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第六話 よし、はじめての友達になろう

 

 第七の塔。

 難攻不落の要塞は、しかし既に『隙』は見つけ出している。後はその『隙』を狙い撃つだけだ。


 だから、第七の塔が見えてきた辺りでミリファははたと気付く。このままファルナと一緒だとまずいのでは、と。


「あ、っと。ファルナちゃん、それじゃあ私はここでお別れね、ねっ!」


「え、えっと、どうして? 第七王女様の側仕えなんだから、目的地は一緒のはずじゃあ???」


「ぅえっ。それは、ああっと、そう! こういうのが一流のメイドに必要な気遣いなのよ、うんうんっ!! というわけでじゃーねー!!」


 完全な力押しであった。何も思いつかないからといって、ここまで不自然な言動も珍しい。


 が、ファルナは消えていく背中を見つめ、感嘆と呟く。


「よく分からないけど……ここが分からないから、あの、私はまだまだなんだよね、ミリファさん」



 ーーー☆ーーー



 あっぶなかったーっ! とバクバク暴れる心臓を押さえ、近くの物陰に隠れるミリファ。王族の居城ということで、ここら一帯は豪勢で巨大がスタンダードなので、隠れ場所に困ることはなかった。


 そんなわけで物陰からチラリと顔を出し、第七の塔へと視線を向けると、ちょうど塔にファルナが到着し、塔から出てきたガジルが対応しているところだった。


 最終確認なのだろう、料理を摘まみ、食べるガジル。そうしてからファルナから料理が乗ったおぼんを受け取り、扉を閉める。


 ファルナは立ち去り、十秒、二十秒、三十秒……までは我慢できなかった。


「ようし、突入ーっ!!」


 料理を王女の元に運ぶこの瞬間、第七の塔は無防備となる。少なくとも内部までは問題なく侵入できるだろう。


 後は出たとこ勝負とはなるが、これまでと違って中にまで踏みこめるのならば、いくらでもやりようはある。


 だから。

 だから。

 だから。



 ミリファが物陰から飛び出した瞬間、ぐえっぷう!! と気管が潰された。後ろから何者かにメイド服の襟を引っ張られたがゆえに。



「ご、うえ、ぶへっほお!? なん、だれ!?」


「おいおい誰とは寂しーなー。仲良く姫さんに仕える同士だろう」


「あれっ? ガジルさん!?」


「おーガジルだなー」


「なんでなんで!? セルフィー様にお料理運んでいるはずなのに!?」


「あーそれな。なー嬢ちゃん。いくら俺が問題行動日常茶飯事の不良騎士でもな、素人の侵入許すほどじゃーねーって」


「もお! ガジルさんのばかーっ!!」


 手段は不明だが、ガジルには不意をついてもリカバリーできる『何か』がある。そう、彼が言った通り、素人の侵入を防ぐほど王族を守る護衛は甘くはない。



 ーーー☆ーーー



「ふひー……やってらんねー」


 そんなわけでふて寝であった。毎度のごとく姉の泊まっている宿に押しかけ、ベッドを占領し、両手両足をだらんと投げ出し、拗ねていた。


「なんだよなんだよ、普通あそこは突入成功する場面じゃん。なんで捕まるんだよーっ!」


「ミリファ」


「なーにが素人の侵入許すほどじゃねーってんだっ。セルフィー様の護衛なら空気を読めよなっ。ばーかばーか命令なら何でもするのかよこの分からず屋ーっ!!」


「ミ・リ・ファ?」


 ブォワッ!! と吹き荒れる暴風に巻き込まれて部屋を舞うミリファ。見た目の割には一切の衝撃やら何やらを排除した安心設計だが、いきなり宙を舞うこととなった当のミリファは目を丸くしていた。


 だが、もちろんエリスが駄目妹に遠慮などするわけがない。


「ふぁ、あう、うおわーっ!!」


「いつまでぐーたらしてるのよっ。もう五日よ! 時間が経てば経つだけ追い詰められるのはこっちなのに、何を不貞腐れて一日中ベッドの上でゴロゴロしてるのよっ!!」


「だってっ」


「だってじゃないっ」


 ギュオン! と縦に一回転させられれば、下手な言い訳しようとしたミリファも『ふぁらびりぶーっ!』などと謎の掛け声と共に目を回すしかない。


 一通り振り回してから、ミリファをベッドに(もちろん衝撃の一切を風の防壁で防いだ上で)下ろす。


「あ、あぶっ、お姉ちゃんのばかっ。なにするのよお!!」


「うるさいクソ馬鹿っ。あんたが不貞腐れている間にも不敬罪発覚まで刻一刻と近づいているのよっ。とにかく動け、第七の塔の『隙』を見つけなさいっ」


「でも、お姉ちゃんっ。確実に意表を突いたのに、ガジルさんってばきちんと対応してくるんだよっ。素人がいくら頑張ったって無理だようっ」


「うるさい喚くなやる前から諦めるなっ。結果ってのは挑戦した人間しか掴めないのよっ」


「だってえ」


「だってじゃない!」


「ぶーぶーっ!!」


 とはいえ、エリスもこのままの方法でいいのか疑問に思っていないわけでもなかった。無能とはいえ王女の護衛網にこうも分かりやすい『隙』が本当にあるのか、と。


 もしも護衛が一人でも問題ない『理由』があるとするなら、ミリファが捕まったのも単に気配を感知したから料理の運搬をやめて捕まえにきた()()()()()()()()()()のかもしれない。


 そこにこそ護衛が一人で事足りる『理由』があるのでは、とエリスの勘が訴えているのだ。


 とはいえ、今はまだ何もわかっていない。ならば、こちらからアクションを起こし、できるだけ多くの情報を集めるべきなのだが……、


「もー無理だってお姉ちゃんがやってよー。あんなの私がどうこうできるわけないじゃーん」


「こんのクソ馬鹿ダメ人間めっ!!」


 まずは不貞腐れてぐーたらに歯止めがきいてないミリファを叩き出す必要があった。



 ーーー☆ーーー



「ふゆう……」


 そんなわけで宿から叩き出されたミリファは主城にある専ら使用人が使用する食堂で机に突っ伏していた。ちなみに周りには昼食として処理した皿の山が突っ伏したメイド服姿のミリファを覆い隠すように積み上がっている。


 と、


「あ、ミリファさん。久しぶり、だね」


「おーファルナじゃん。おひさー」


 同じくメイド服姿のファルナがおぼん片手に声をかける。もちろんおぼんの上には平均的な量の定食が乗っており、決して山のように料理が積み重なってはいなかった。


「お隣、その、いいかな?」


「もちろん、ファルナならいつでも大歓迎だよー。私たちもう友達じゃん」


「とっ、友……っ!?」


「ん? 違った???」


「い、いえいえっ。友達、友達だよね、うんっ」


 何やらどんっ! とおぼんを机に叩きつけるように置いて、顔を真っ赤にして、わちゃわちゃ両腕を振り回すファルナ。小さく『お友達、はじめての……うう、わううっ!!』などと囁いていたが、幸か不幸かミリファの耳に入ることはなかった。


 胸がドキドキしているらしく、高鳴る(控えめな)胸部を押さえながら、席につくファルナ。


「ね、ねえミリファさん。そういえば、最近見かけなかったけど、その、忙しかったりする、の?」


「うあー……まあね」


 まさか何日も姉の借りている宿でふて寝してきたとは口が裂けても言えないので、適当に答えるミリファ。


「ふあ。やっぱり、えっと、側仕えって大変なんだね」


「まーねー。まったくガジルさんってばちょっとは手加減してくれてもいいのに……」


「ガジルさん? それって、その、王族の護衛を担当する専門の騎士団の、えっと、唯一第七王女様の護衛を担当している騎士さん、だよね? そんな人が、え、手加減って、まさかあの人と勝負しているとか???」


「あーうん。そうだねー」


 突撃と共に一方的に捕まっているだけのあれを果たして勝負と呼べるのかは疑問だが、わざわざ自分から失態を晒す理由もないだろう。


 だから、今日もまたファルナの誤解はすくすく育っている。


「王族の護衛を担当している騎士さんと、その、勝負って、戦闘訓練? ああそうか、王女様に何かあった時に、その、剣を手に戦うことも想定しているんだ。そうだよね、護衛の騎士さんが、その、間に合わない場面だってあるかもだもんね。やっぱり、その、ミリファさんは違うよね。私なんかメイドさんのお仕事を、その、頑張ることしか考えてなかったもん」


「えーあー……まあいいんじゃない? メイドがメイドのお仕事頑張るのは普通だし、ファルナはファルナなりに頑張ればいいって」


「そう、かな?」


「そうそう。あれこれ手を出したってこなせなかったら意味ないし、自分の出来る範囲で頑張らないと」


 なぜかミリファがガジルと剣を交えて訓練している、という風にねじ曲がっていたが、訂正するのも面倒だったぐーたら娘は誤魔化すようにそう言っていた。


 何やら誤解がどんどん広がっていくが、どうにも尊敬の眼差しを向けられると悪い気はせず、訂正する気にもなれないのだ。はっきり言って気分が良かったりする。


 ……普段はぐーたらぐーたらと罵倒されることが多いからか。もちろん真実なので言われるのも仕方ないだろうが、それでも。


「そうだ、ミリファさん。ひとつお願いいいですか?」


「ん?」


 だから。

 いずれやってくる『問題』から目を逸らしていたツケが早くもやってきたのだ。



 ーーー☆ーーー



 まずい、とダラダラ冷や汗をかくミリファ。すでにメイド服の中はぐっしょり濡れており、蒸れて気持ちが悪いが、そんなことを気にする余裕もなかった。


 ファルナからのお願いということで二つ返事で了承したのがいけなかった。そもそもミリファのことを()()()()()()尊敬しているファルナからのお願いがどんなものか少し考えれば予想がつくものを……。


「『先輩』の紅茶と私の紅茶、その、同じ淹れ方のはずなのに味に違いがあって……。技術の差というのは分かってます。細かい部分がまだまだ追いついていないのは、あの、重々承知していて、でもっ! 私、頑張りたいの、ミリファさんっ!!」


 だから特訓に付き合って、とお願いされた。

 指導のほどよろしくお願いします、と続けてきた。


 もちろんミリファに美味しい紅茶の淹れ方なんて分かるはずもなかった。そもそもミリファは家事の類に手を出したこともなく、どこに出しても恥ずかしい箱入りぐーたら娘なのだから。


 それ以前の問題として、


(こうちゃ、って、なに?)


 庶民なミリファは紅茶を目にする機会すらなかった。一般的な家庭での飲み物の主流は水であり、お茶というものを飲むことすら滅多にない。


 指導なんて出来るわけがなかった。

 そもそもファルナがなにの話をしているのか、その時点からさっぱりなのだから。


「ミリファさんっ!」


「は、はひっ」


「お手本、見せてくださいっ」


 場所は厨房の一角。話を聞きつけたアーノルド=キングソルジャーが料理長権限でお昼終わりの一時の間、厨房の一角を貸し与えてくれたのだ。


 周りには夕食の仕込みに勤しむ料理人たち。

 目の前にはキラキラした目で見つめてくるファルナ。

 台所に葉っぱやらカップやら謎の容器やらが置いているのを見るに、それらを使って紅茶とやらを作るのだろうが、


(まずいまずいまずいっ! お姉ちゃん助けてーっ!!)


 さあ、どうする?

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