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ぐーたらメイドと無能なお姫様〜無自覚スキンシップで女の子陥落大作戦〜  作者: りんご飴ツイン


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第五十六話 よし、呪縛から解き放とう その一

 

 フィーネ=ガードルド。

 二十歳という若さでガードルド公爵家の当主を務める女性である。


 フィリアーナ=リリィローズと同じく四大貴族の一角を担う女性は幼き頃にエリスと関わりがあった。


 何年前のことだったか。暇潰し、そう暇潰しで誘拐された時のことだ。


 何事も思い通り、想定を超えることがない退屈な人生は誘拐された時も変わらない。刺激にすらならなかった。


 想定通り誘拐され、想定通りガードルド公爵家へと身代金が要求され、想定通りに公爵家付きの武力が誘拐犯を粉砕する。


 そのはずだった。

 全て読み通り……のはずだった。



 ゴッアアアッッッ!!!! と。

 想定を覆す炎と風があった。



 その時からフィーネは『彼女』に夢中だった。そのためだろうか、『彼女』の全てが欲しくなった。


 身も心も魂さえも、だ。

 そのためならば何でもやる。ガードルド公爵家の全て、だけではない。それこそ犯罪組織を使ってでも。


「報告だぜえ、お嬢ちゃん」


『貴族区画』にあるガードルド公爵家本邸、その一室に足を踏み入れたのは燕尾服()()()()格好をした男であった。


 犯罪組織『ガンデゾルト』、その幹部。

 あの戦争さえも生き残った男であった。


 ゾジアック。

 ゼジス帝国のスラムを担当していた幹部の男は犯罪組織『ガンデゾルト』が事実上の壊滅状態となったために『副業』に専念していた。


「報告? 何かあったのでしょうか?」


 貴族らしい贅を尽くした一室、その主たるフィーネ=ガードルドはふんわりと膨らむ雲のようなドレスを纏っていた。


 そんな彼女は想定外の言葉に眉をひそめる。

 ああ、だけど、あの時もそうだったではないか。


 あらゆる事象を読み支配している気でいるフィーネの想定の外を突きつけるのは、いつだって『彼女』ではなかったか。



「エリスの奴、俺の仕掛けたスキル『心情増減』の呪縛があるってのに『玩具No.72』のために動いてやがるぞ」



 計画が崩れる事態であるはずだ。

『彼女』──エリスの身も心も魂さえも手に入れるための計画が崩れるかもしれないというのに、フィーネの口元にあるのは笑みだった。


「おいおい、分かってんのか? 『玩具No.72』とエリスの仲を深く結びつけてから、誘拐云々を暴露、裏切られたエリスをお嬢ちゃんが慰めるんじゃなかったのか?」


「我ながら回りくどい方法ですね。いいえ、臆病でさえあるでしょうね」


 このままではエリスは真相に辿り着くだろう。そうなれば身も心も魂さえも手に入れるなんて言ってられない。


 ならば、どうするか。


「ゾジアック、『玩具No.72』を殺してください」


「あん? まあ構わねえが、どうするつもりだ???」


「ゾジアックのスキルを破るには『優先順位』が存在しないくらい一つのことに集中するしかありません。それだけエリス様の中で『玩具No.72』の存在が大きくなっているのでしょう。わざわざ戦争の時にミリファがアリシア軍に誘拐されたことを()()()甲斐があったものです。苦楽を共にすることで繋がりは深くなる。ふふ、裏切られた時の衝撃も深くなるでしょうね」


「何が言いたい?」


「ようやく踏ん切りがつきました。ああそうです、本当は最初からそのつもりで裏で手を回してきました。踏ん切りがつかなかっただけで。だけど、ふふ、ここまできたらやるしかないですよね。上げて落とす、その落差でもって身も心も魂さえも手に入れるために」


 つまり。

 つまり。

 つまり。



「やることは変わりません。『玩具No.72』が死んだことで嘆き悲しんでいるエリス様を慰めて、フィーネ=ガードルドという存在を刻みつけてあげるのです」



 笑みがあった。

 かの魔女よりもなお深い、醜悪な妄執の笑みが。


「まあ俺も生計立てないといけねえし、やれって言うならやるけどさ。いやあ狂ってるねえ、お嬢ちゃん」



 ーーー☆ーーー



 さて、あの時誘拐されたのは誰だったか。


「フィリアーナ=リリィローズだったっけ。あの時『声』を聞いた限りでは悪意は感じられなかったけど、まあ調べてみないとね」


 黒のワンピースに腰には()()()()()()()()()をつけたエリスは『貴族区画』に通じる門の近くに来ていた。ちなみにエンジェルミラージュはここにはいない。彼女を巻き込まずに事を済ませようとしているのだ。


 ……相変わらず、と言っていいだろう。


「どうしよっかな」


『貴族区画』は壁に囲まれている。唯一の出入り口が目の前の門である。貴族の住処に好んで近づいたってトラブルの元であるから、周囲には人はいない。が、二人の騎士が門番として立ち塞がっていた。


 特別扱いを好む貴族連中はこうして隔離されていることに愉悦を感じるのだろう。


 何はともあれ壁を突破するにしても門を突破するにしても、正攻法では駄目だろう。それこそ貴族か貴族と交流のある人間の協力がなければ、侵入は困難と言える。


 だが、それはあくまで正攻法に頼った場合だ。腰のポーチに手を伸ばすエリス。エンジェルミラージュを救う以外はどうでもいい、それこそ世界を敵に回したって構わない。


 ミリファに対してもそうだが、エリスの『好き』は過剰なくらい濃密だ。一度『好き』になったならば、どこまでも追い求めるほどに。


 だから門の有無なんてどうでもよかった。正攻法なんて無視して、力づくで突破すればいい。



 その時だ。

 ぐらり、と門番たる騎士たちが倒れたのだ。



「貴族様の加護があるってのはいいもんだ。お陰で好き放題やれるしな」


「ククッ、違いねえ。しかも『炎上暴風のエリス』ってばグリズリー曰く魂がズタボロで自力での魔力抽出ができねーとか! お得意の炎と風を封じられたってさあ! こりゃあフルボッコタイムだわなあ!!」


「殺すなよ、依頼主の意向だからな」


「足止め、か。まぁ死ななければ大丈夫って話だし蹂躙させていただこうかね」


「ひっひっ、ひっはー!!」


 代わりと言いたげに門が開き、『貴族区画』のほうからこちらに歩み寄ってくる数十の男たち。即座に『声』を聞き、彼らが門番たちを殺したこともその正体も看破する。


「犯罪組織『ガンデゾルト』の生き残り、ね。残党どもが何の用?」


「なっ!? なんでバレて……っ!?」


 だけでなかった。

 更なる『声』の内容にエリスの中で何かが千切れるような感覚が走る。



 ゴッバァ!! と。

 ポーチから引き抜いた腕から()()()が迸り、男どもを薙ぎ払ったのだ。



「チッ! こんなことなら離れるんじゃなかった!!」


 ここに足止めしたかった、ということは──



 ーーー☆ーーー



『玩具No.72』。

 そんな単語がリーダーの脳裏に浮かんでいた。


 エリスと別れた天使姿のコスプレ女はふらふらと頼りない足取りで首都を出て、森の中の小屋まで戻っていた。


 扉を開ければ、同じ境遇の黒ずくめの少女たちがいた。彼女たちと共に生きていたいと、そう願ったからこそ帝国のスラムから抜け出した。『玩具No.72』、忌々しい数字から逃れ、帝国から遠く離れたこの地で新たな生活を送るつもりだった。



 ああ、だけど。

 なぜ公爵令嬢を誘拐しようと思ったのか。



 偶然目についた、それだけだった。今ならいけると、身代金で悠々自適な生活が送れると、魔が差したのだろうか。


 いいや、そうだとして、なぜ()()()()()()()? 公爵令嬢の誘拐なんてやらかしたのだ、今すぐにでも国外に逃げないと国家権力に拘束、死刑されることくらいはゴロツキ集団でも思い至るはずなのに。


『優先順位』がおかしい。

 そのことに、しかしリーダーは気づけない。


「あ、リーダーぁどうしたのぉ? そんなところに立ってないでぇ早く入ったらぁ?」


「そうそう『準備』まで足止──」


「はいどーんっ! この子は余計なことしか言わないねえ!!」


「ハッ!? そ、そうそう、誕──」


「おいこの馬鹿黙らせよう!!」


「んぐっ、むうむうむう!!」


「りっ、リーダーぁ気にしなくていいからねぇ」


「……うん」


 押し倒して口を押さえて揉みくちゃになる黒ずくめたちなんて目に入っていないのだろう。力なく頷き、小屋の中に入り、扉を閉めるリーダー。ここには八人ほどの黒ずくめが集まっていた。残りは近くの洞窟の中だろう。


 思考が鈍化している。

 考えないようにしていたことを考えたからだろうか、エリスとの別れの時を想像したからだろうか、まるで引っ張り出すように『その前』のことまでも脳裏を巡る。


『玩具No.72』。

 あそこで死んでいれば、希望を持たなければ、自分がこんなに穢れていることを知ることもなかった。世界を恨み、環境を呪い、そのまま死んでいたならば、叶わない夢に焦がれることもなかった。


 エリスと仲良くなりたい、と。

 そんな夢を見ることもなかったのに。


「リーダーぁ?」


 だけど、ああ、だけど。

 こうして()()()()()少女たちと逃げ出したのは決して間違いではない。幸せになりたいとまでは言わない。せめて皆と共に生きていたい。それだけでも許して欲しかった。スラムに『染まり』、犯罪行為に手を出して、暴力を行使するような小悪党でも、せめてそれくらいは望んだっていいではないか。


 いずれ正義がこの身を砕く、それまでは。

 ハリボテの平穏を満喫したって──



「よお、久しぶりだな、玩具ども」



 バギィッ! と背後で破砕音がした。

 振り向き、木造の扉が蹴破られたことを知るが、そのことを認識する余裕すらなかった。


 大陸では珍しい燕尾服を纏った男。

 犯罪組織『ガンデゾルト』が幹部、ゾジアック。


 リーダー含む黒ずくめたちの『所有者』だった男である。


 ──まさに彼女たちにとっての悪魔がそこに立っていたのだ。


「……な、んで」


「なんで? おいおいそいつはまた滑稽な言葉だな。なあ『玩具No.72』、お前の所有者は俺だろ。ならば俺のために使われるのがお前の存在理由だ。くだらない逃避も、その後の足掻きも、最終的には俺のために消費される。そんなことも分からねえか?」


「ふざ、けるな!!」


 天使姿のコスプレに混ぜるように腰に剣を二振り差していた。引き抜き、左右から男の首を挟み込むように斬撃を放ち──だが、最後まで振り抜くことはできなかった。


 ぎぢぃ!! と腕が硬直する。

 ガクガクと身体の芯から震えが走る。

 ゾジアックは動いてすらいない。恐怖がリーダーの肉体を縛った結果だ。


 ……まるで恐怖が増幅されたように。


「あの時はよくやったもんだよ。色々溜まってたもんが爆発したのかね。俺のスキルを振り切るくらい一つに想いを凝縮したみたいだな。まぁ奇跡は二度も続かねえもんだがな。飼い犬以下の玩具が飼い主に二度も逆らえるわけねえだろ」


 男の足が動く。

 乱雑に放たれた蹴りがリーダーの胸板に突き刺さり、吹き飛ばす。


「がっ、う!?」


「リーダーぁ!?」


 倒れるリーダーを受け止めるひとりの黒ずくめ。おしゃれが趣味の彼女は受け止めたリーダーの黒ずくめの装束がはだけていることに気づく。その奥、腹部に刻まれた『印』が目につく。


 72、と。

 ナイフで肉を抉られ刻まれた、その印が。

 決して忘れることはできない、彼女たちの過去の象徴が、だ。


「ぐ、ぅ……なんで、こんな、どうして、逃げたのに。『ガンデゾルト』は事実上の壊滅状態のはずなのにい!!」


「はっはっ! 確かにその通りだが、俺は世渡り上手でな。魔女に媚を売り、戦争を切り抜け、『副業』を頼りに力を蓄えている最中でな。ここで一儲けしてから、今度は俺がスラムを束ねる犯罪組織を立ち上げてやる。その時はお前らもきちんと使()()()()()からな。昔のようにさ」


「……させない」


 二振りの剣を突きつけるリーダー。

 その背にはおしゃれというスラムにいた頃には想像もしていなかった趣味を持った女の子がいた。周囲にも一人一人がスラムにいた頃とは違った笑顔を見せてくれる仲間たちがいる。


 守れ、守り抜け。

 スラムから、いいや目の前の男から逃げ出してやろうと扇動したのはリーダー自身だ。『逃がしてやる』とその口が言ったではないか。


 ならば、通せ。

 絶体絶命のピンチだろうが関係ない、きちんと『逃がして』みせろ。


「そんなことさせな……っ!!」


「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたがよ」


 軽い、あまりにも軽い声音の、その言葉一つでリーダーはそれ以上続けることもできなかった。燕尾服の『所有者』の言葉を無視することなんてできるわけがなかった。


 だから。


「『玩具No.72』、お前を殺すのが指示でな。つーわけで殺すわ」


 ズシャッと燕尾服の中から二振りのナイフが引き抜かれた。明確な殺意を向けられ、しかしリーダーは無様に震えるだけだった。


 動かなきゃと思うのに、動けない。

 恐怖が優先される。想いが通じない。


 あの時はまさしく奇跡だったのだろう。無我夢中で、逃げなきゃということしか考えられなくて、だけどあの時とは違うのだ。奇跡は二度も起きない、今度は当たり前の暴虐が当たり前のように振るわれるだけだ。


「ははっ、つまんねえ逃避自体に興味はなかったが、最期くらいは俺の役に立ってくれるようで何より。よかったじゃねえか、お前にも存在価値あったぞ」


 恐怖は増幅される。

 どれだけの想いがあっても、周りの人間もリーダー自身も動けない。目の前の悪魔のことを知っていればいるほど、全員の腹部に今もなお残る『印』が強烈に存在感を示す。


 同じ境遇の少女たち。

 悪魔に所有されていた彼女たちは増幅される恐怖から脱することはできない。


 だから。

 だから。

 だから。



「あたしの! 友達に!! なにやってんのよクソ野郎がァァァあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」



 ゴグッベゴォッッッ!!!! と。

 小屋を削ぎ落とすように横殴りの炎の竜巻が突き抜け、男の脇腹に直撃。そのまま薙ぎ払っていったのだ。


「……あ、え……?」


 入り口付近の壁を丸々削ぎ落とした炎の竜巻の代わりのように一人の少女が降り立った。リーダーがあげた黒のワンピースを纏い、腰にはポーチをつけた彼女は言う。


「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった。でももう大丈夫っ。貴女のことはあたしが守るから!!」


 まやかしの感情だ。

 騙した結果でしかない。

 リーダーの正体がバレれば、崩れる程度のものでしかない。


 分かっている。

 分かっている。

 分かっている。


 だけど、それでも……っ!!


「ばか、こんな、もう、エリスのばかあ!!」


 止められなかった。胸の中から溢れる感情はどこまでも熱く熱く燃えていた。


 間違いだと分かっていても、いずれ崩れる儚い幻に過ぎないと知っていても、それでもやはりリーダーにとってエリスは特別だった。


 それこそが唯一絶対の真実。

 誰にも覆すことはできない、リーダーの中で光り輝く想い()()()()()()

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