第五十五話 よし、戦後処理しよう、その五
第一の塔、最上階。
そこらの湖レベルの湯船に浸かるは三人の王女(プラスペットが一人)。
美貌の第一王女クリスタル。
人脈の第三王女オリアナ。
政治の第六王女ミュラ。
ぺったんこな美貌の第一王女クリスタルはイヌミミ少女の首筋をつつき、愛玩下僕の反応を楽しみながら、
「まずは基本情報の整理といきましょーか。セルフィーちゃんが背負っていたものは何か、つまりはあのババァに何を聞かされていたのか」
「スキル『千里眼』が見通すことができる無数の可能性、その全てがある一点で滅亡に行き着くって話だったでごぜーますね」
もうお前そんなの反則だろと言うほどにボインな胸部を見せつけながら、仰向けに浮かぶ人脈の第三王女オリアナ。そんな彼女の言葉にどこぞの美貌よりはよっぽど立派な胸部装甲持ちの政治の第六王女ミュラが続けて、
「『運命』、と呼称していたのです。お母様が崖っぷちだと判断したってことはこれもう無理なのかも?」
「ババァの力は決して万能じゃないっつーの。人間の未来を見通す、逆に言えば人間以外が関わった未来までは正確に把握できないみたいだし。くふふ、だから『魔の極致』とやらに敗北したじゃねーの」
『わう、わひゃあ!?』と震えるイヌミミ少女の反応に気を良くしたのか、どこか恍惚とした第一王女クリスタルは言う。
「確かセルフィーか聞かされた『運命』はこうだったわね。(大切な人たちは死なずに済む)ヘグリア国との戦争においてミリファの力をセルフィーのスキルで解放、敵を殲滅することで『奴』にその力が伝わる。その力を求めて『奴』がアリシア国に侵略してくるから、徹底抗戦してアリシア国の存在を誇示した上で滅亡してやれば、『奴』はミリファの魂を憑依、支配して大陸を滅ぼせるほどの力を手にする。このルートが一番アリシア国内での死者の数が多く、王族やら王族に仕える使用人やらセルフィーの周りの人間は全滅する。でも誇りは守れる。隷属にも一定の尊厳が残る、と。それ以外のルートだったならば生き残りの数が多くてもその他の有象無象と同じく奴隷以下のクソみたいな隷属が待っている、だったっけ。それこそミリファが力を覚醒させようかさせまいが、最終的には『奴』が大陸全土を席巻して、アリシア国も滅ぶとか。まー大陸に存在する国の全てが滅亡して、『奴』が好き勝手貪って、鮮血と死と絶望渦巻く世紀末と化すんだし、そりゃあ小国が生き残れるわけないよね」
だからセルフィーは周囲の人間を遠ざけた。『運命』がどういった形となるかは不明だったために、万が一ミリファが覚醒してしまった場合に『奴』の撒き散らす被害が周囲の人間を巻き込まないように。そう、周囲の人間が第七王女セルフィーのために行動して死ぬことを防ぎたかったのだ。
全部一人で背負って。
犠牲を最低限に抑える。
そのためにセルフィーは足掻いてきたのだろう。
総じて第一王女は言う。
「本当馬鹿な妹。無能のくせに生意気だっつーの」
「人脈としては問題に対して個人で思考し選択するなどばっかじゃねーのと言いたいでごぜーます。頭は一人一つ、ならば数を揃えたほうが有意義な案も出るでごぜーますのに」
「まぁお母様の意向に逆らうってことは国に逆らうのと同義なのです。計画の要たるセルフィーはともかく、私たちが下手に動いて邪魔と判断されていたら排除されていたのです。国のその後を左右する一大事だし、娘と言えども容赦はしなかったはずなのです。だからセルフィーはどうせ滅ぶなら、犠牲は最低限に、そんな風に考えていたのでは? うん、ブチ切れそうなの。無能ごときが私たちを舐めるなって話なの。……そんなに私たちは頼りないの?」
どのルートを進んでも最終的に『奴』はアリシア国を含む大陸全土に存在する国々を滅ぼし、己が好き勝手できる世紀末を作り出す。そこは鮮血と死と絶望が渦巻く地獄だ、『奴』の気まぐれで命が踏み潰される究極の絶対王政が席巻するのだ。
王妃はせめて誇りを貫き、『奴』にアリシア国の存在を示し、多少なりともマシな隷属となるようルートを確定しようとした。そのためにミリファの覚醒を必要としたのだ。
第七王女セルフィーはせめて大切な人を守り抜こうとした。できるだけ生き残りの数を増やし、もちろんミリファを死なせないために覚醒を防ごうとした。結果として『どちらにしても』大切な人が死にそうになったために、禁忌の力に手を出したのだが。
……こうしたズレが生まれたのは王妃が自分の娘の本質を理解していなかったから、と第一王女は想像する。おそらく王妃は『運命』をそのまま伝えれば、王族らしい選択をしてくれると考えていたのだろう。そんなわけがないのに、あそこまで王族らしくない王女もそうそういないというのに。
「ここまでは復習でごぜーます。美貌、裏で何をこそこそやっていたでごぜーますか?」
「とりあえず『運命』とやらを一度粉々にしてやらないと、予定調和から抜け出すことはできない。ってなわけだったんだけど……いやー参った参った。逆に被害が大きくなっちまったかも?」
どこかあべこべで本質が見えない第一王女はイヌミミ少女を弄りながら、
「『運命』の外で舞台を埋めてやれば、ちょっとは突破口も見えると思ったんだけどなぁ」
ーーー☆ーーー
『流通区画』、その一角。
イエローストロベリー衣服店。
王都で服を買うならまずはここに、くらいには浸透している大型衣服店であった。安くて可愛いをコンセプトにしており、多種多様な『属性』を網羅している。
そんな衣服店にエリスとリーダーは足を踏み入れていた。なんでこうなった、と天使姿のリーダーは額に手をやる。
妹にだけは黙っててと泣きついてきたエリスに根負けしたことまでは覚えている。そこから記憶をどうにかしないとなんて会話があったのも。その後に紆余曲折あって、こうして思い出の場所を巡れば記憶が戻るかもという話になったのだったか。
そう、ここはエリスとリーダーがはじめて出会った場所。正確にはその前に誘拐云々で激突しているのだが、まあその辺は今は置いておこう。
さて、こうして女二人で衣服店に足を踏み入れる行為を世間一般では何と呼ぶのか。おそらくは友達同士で──
(うお、おおおお!? 復讐、私はエリスに復讐しないとなのにい!! 流されている、なんて、こんな、くそったれ!! 今は私が無害なコスプレ女として思われているからこんな関係だけど、騒動に首を突っ込んで誰かを救うために傷つくくそったれな甘ったれが誘拐犯に心を揺らすものか。『正体』がバレたら、そこで終わり。なら期待するだけ損よ、それなら先手を打って復讐を果たして舐められて搾取される側に落ちるのを阻止して……そうしたら、もう、こうして一緒にはいられないのよね)
「エンジェルミラージュたん? 大丈夫、元気なさそうだけど」
「だっ、大丈夫よ! 私は平気、平気だから……」
ここから全ては狂った。
あの時エンジェルミラージュとやらのコスプレで誤魔化そうとせず、逃げ出すなりミリファを人質とするなり違う道を選んでいたなら、こんな関係になることもなく、心置きなく復讐のために邁進できていた。
スラムの常識。
やられたらやり返せ。そうしないと周囲に舐められ、搾取される側に落ちて一生を終える。
だけど、そんなものを貫いたところで何が待っているのか。万が一エリスに復讐できたとして、リーダーは何を得ることができるのか。
「平気って、本当に? あたし無理に連れ回していたりしてない?」
「そんなことないって、ちょっと考えないようにしてたことを無駄に考えちゃってさ。ほらエリスの記憶を完全に取り戻すための思い出巡りなんだよ。何か思い出せた?」
「歯抜けした分が戻ってはこないけど……そんなことより! 何かあったんだよね、ね!?」
エリスはヒーローと呼ぶに相応しい。
誰かのために拳を握り戦うことができる、物語の主人公にでもなれるほどに格好いい人種である。
対してリーダーはどうか。
スラム出身のろくでなし。同じ境遇の少女たちを束ね、犯罪行為に手を出してきた。盗みなんて当たり前で、必要ならそれ以上のことだってやってきた。最近では公爵令嬢を誘拐したほどだ。
リーダーは小悪党である。ヒーローに倒される世界の不要物、正しくて優しくて完璧なヒーローの活躍のために消費される『いらないもの』なのだ。
それでも彼女は生きている。
仲間たちと共に生きていたい。
だから犯罪行為に手を出すし、時には仲間を守るために敵対グループに暴力を行使する。
……おそらくエリスへの復讐は一種の自己防衛であった。やられたらやり返せ、じゃないと搾取される側に落ちるぞ。そんな脅迫概念に突き動かされていた面もある。
だけど、多分。
一番は悔しかったのだ。
自分たちは肥溜めのようなスラムで足掻いてきた。そこから抜け出しても結局は誘拐という犯罪行為に手を出さないと生きていけないくらい『染まって』いた。あそこから外に出ても、その本質はスラムに蠢く小悪党のままだった。
なのに、だというのに、エリスはどこまでも正しくて格好良くて輝いていた。
誘拐犯を倒し、囚われの公爵令嬢を助け出す。なんて格好いい姿だろうか。リーダーとそう変わらないはずなのに。同じ女なのに、同じように暴力を行使しているのに、なんでエリスはあんなにも正しさを貫ける?
誰かを助ける、そのために力を使う。
そんなの文句のつけようもないではないか。
同じ女、同じ暴力を行為する者でもそんな生き方ができるというなら、リーダーたちはなんだというのだ? 犯罪行為に手を出して、ヒーローに倒されるやられ役。その程度の価値しかないとでもいうのか?
『なるほどね』
あの時。
エリスがリーダーたち黒ずくめ集団を殲滅し、公爵令嬢を助け出した、あの時。つまりは『戦闘』の後。
彼女は全て聞こえているとでもいった態度でこう言った。
『まぁこの人も無事だし、逃げれば?』
見逃された。
やられ役の小悪党、ヒーローの活躍を彩る不要物。その程度の価値しかないリーダーたちは何かの気まぐれで見逃されたのだ。
殺す価値もないと。
そう言いだけに。
「ごめん……はは、なんでこんな、考えないようにしてたのに、本当ごめん。なんでもないから、エリスは何もしてない、ただ私が……私、が」
思い出巡り。
はじめて出会った場所に行けば、もしかしたら歯抜けの記憶が戻るかも。
そんな理由を並べられたからだろうか? 『はじめて』出会った時のことを思い出してしまったのだろう。
不審がられる、バレてしまう、復讐という『上っ面の理由』で隠していたものが噴出してしまう、だから取り繕う必要がある、これ以上は──
「大丈夫、大丈夫だから」
ぎゅっと。
気がつけば、エリスに抱きしめられていた。
「あ……」
「あたしは貴女の味方だから。ミリファのためなら世界だって敵に回せるように、貴女のためにだって世界を敵に回せるわよ。だって好きだもの、歯抜けの記憶だけでもこんなに好きが詰まっているもの、だから大丈夫。何があったのか教えてくれなくてもいい、だけど貴女には味方がいるってことだけは覚えていて。『炎上暴風のエリス』、そんな二つ名で呼ばれるくらいには強い奴がさ」
こんなのはまやかしだ。
リーダーの正体がバレれば、それで終わるだけの関係だ。
ヒーローと小悪党は一緒にはいられない。なぜならヒーローは悪を滅する存在だからだ。
誰かを守るためなら命だってかけられるエリスは、誰かのために悪に立ち向かうのだから。
(ああ……)
燃えるようなエリスの体温に包まれ。
リーダーは思う。
(こんなことなら、あの時殺してもらったほうがマシだった……)
いずれ訪れる離別の時。
エリスの正義にこの身を焼かれ砕かれるというのならば、こんな気持ちを抱きたくはなかった。
こんな気持ちを抱く前に、どこまでもスラムに『染まった』小悪党なんて殺してくれたほうが楽だったというのに。
全ては後の祭り。
いつ、どこで、この気持ちが芽生えたのかは分からない。だが、もしかしたら、復讐なんていう『上っ面の理由』を言い訳に無我夢中でエリスを追いかけていたその時からリーダーの中には燃え盛るような想いがあったのかもしれない。
ーーー☆ーーー
エリスは己に一つの制約をしている。『魂から響く声』は戦闘や依頼でしか使わないという制約をだ。
理由は簡単、誰だって心を読まれるのは嫌だろうし、エリスだってドロドロとした胸の内を読むのは嫌だったから。
だから思考を読むのが勝敗に決するような戦闘や依頼のためにしか使ってこなかった。そう制約を課していても力を使うと周囲の『声』を全部聞いてしまうため、想定していた『声』以外をも聞いてしまうのだが。
──例えば首都に来てすぐの頃。使役魔獣騒ぎの解決をギルドで引き受けた時もそうだった。
魔獣を使役して騒動を起こす賞金首を探し出そうと『声』を聞きながら首都を散策していたら、誘拐された公爵令嬢の『声』を聞いたのだ。
だから助けた。
だけど、その時、なぜ誘拐犯たちを見逃したのだったか。
『なるほどね』
変わりたい、と。
なんでこんなことを、と。
欲を制御できなかった、と。
そんな『声』を聞いたがために。
『まぁこの人も無事だし、逃げれば?』
どうにかしたいと思ったから。黒ずくめたちもまた『被害者』だと分かったために。
ああ、だけど。
なんで行動しなかった? どうにかしたいと思っていたはずだ、すぐにでも行動するべきだった。
なのに、結果としてエリスは『優先順位』をかなり下に持っていった。だからこれまでこの件に関して何もしてこなかった。
(……なるほどね)
エンジェルミラージュには悪いと思ったが、何を背負っているのか知りたくて『声』を聞いた。腕の中の少女があの時の誘拐犯であり、ミリファを人質にしてエリスに復讐しようと考えていたことを。
これが『怖かった』のだろう。
暴き、向き合い、エンジェルミラージュが離れるなんてことになったら耐えられない。
だから戦争の時聞こえた声から目を逸らした。ふざけた話だ、その甘ったれた逃避がエンジェルミラージュを苦しめているとなぜ気づかなかった?
そこで、おそらく、エリスは『誰か』が仕掛けた呪縛を引き千切るほどの想いを手に入れたのだろう。
(これが貴女たちを蝕んでいたクソみたいな呪縛の正体、か。だから今のあたしは本当の問題に向き合えているのね。今は貴女を救う以外の全てがどうでもいい、そこまで想えているから『優先順位』もクソもないわけだしさ)
『声』を聞いた。
エンジェルミラージュが背負っていたものを知った。
そして、その奥で蠢く『何か』の一端さえも。
(力で解決できる範囲なら、『炎上暴風のエリス』の出番よね)
未だ何が裏で蠢いているのか、その全てを把握はできていない。だが、少なくとも、腕の中の少女がここまで己を責める必要がないことだけは確かだ。
彼女は確かに犯罪者なのかもしれない。盗みに手を出して、敵対グループに暴力を行使する小悪党なのだろう。
だけど、それまでだ。
決して公爵令嬢を誘拐するほどまでに突き抜けてはいない。
だって、彼女が戦う理由は仲間を守るためなのだから。公爵令嬢を誘拐なんてしてはいずれ必ず国家規模の暴力に蹂躙されるのは目に見えていたのだから。
つまり、だ。
『何か』が彼女たちの背中を押した。そして、その『何か』はエリスをも蝕んでいる。
そう、『優先順位』の変化。
もっと言えば『想い』への干渉。
(精神、感情、思考。まぁ何でもいいけど、この辺のパラメータを弄るスキルでも使われたんでしょうね。舐めやがって)
だからエリスは根本的な問題を見据えることができている。いかに『優先順位』を変更しようにも、腕の中の少女が今考えている『声』を聞き、これをどうにかするまでは他の事象は全てどうでもいいと切り捨てたのだから。いくら『優先順位』のパラメータを弄っても、たったひとつだけを見据えるエリスの中で『優先順位』は変化しない。
こうした状況の把握能力の高さもまたエリスの強みであった。だからこそ彼女は次に手を出すべき項目もまた悟っていた。
(そもそもなんであの公爵令嬢は誘拐されたわけ? 言っては悪いけど、エンジェルミラージュたんたちに公爵令嬢を誘拐するだけの力があるとは思えないけど)
そう、所詮はスラム出身のゴロツキ集団。
普通ならば公爵令嬢を誘拐できるだけの力はない。
つまり、
(この辺をつつけば何か出てくるかもね)
公爵令嬢に探りを入れるなど重罪であるし、何なら公爵家が保有する私兵に殺されることも十分考えられるだろう。だが、そんな些事どうでもよかった。
そう。
腕の中の少女を救う以外の全てはどうでもいいと切り捨てているのだから。




