第五十四話 よし、戦後処理しよう その四
ザザ。
ザザザザザッ。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!
……これは本当に予想外。『あの時』もそうだけど、私はよっぽど神に愛されているみたいだにゃー
ーーー☆ーーー
ヘグリア国国王は体内の魔石のうちスキルを司るものを摘出した上で地下牢に拘束されていた。最低でもヘグリア国内での革命が終わるまではこうして飼い殺すのがアリシア国の方針であった。
色々と聞きたいことがあったのも彼を生かす理由になったのだが。
今回の戦争の動機については第一王女クリスタルが聞く必要はないと断言したようだが、最大でも一つだけ聞き出す必要がある項目が存在する。
『魔の極致』とは一体なんだ?
魔女モルガン=フォトンフィールドとダークスーツの女。末席と六席という扱いらしいことは彼女たちの口から聞いている。そう、あれだけ強大な存在が最下位や六番目扱いだというのだ。
国王からは傭兵を雇っただけだという情報しか出ていない。その情報が嘘であることは専門の尋問官も感じているようだが、未だそれ以上聞き出すには至っていなかった。
これはもう精神崩壊を覚悟で黒獣騎士団団長を使うしかないか、といった話も出ていた時だった。
コツン、と。
地下牢に響く一つの足音。
「いひひ。国王様ともあろうお方が情けない姿カモ」
そう声をかけてきたのはだるんだるんに伸びた袖で両手を隠す女であった。大陸の外から伝わった黄色のパーカーのような服を着た女はミリファと同じくらいの年齢だろうか。
ひらりと膝を隠す長さの同じく黄色のスカートが揺らめく。キラキラと比喩表現でもなんでもなく、現実として彼女の周りを小さな星型の光が星空のように舞っていた。
そして。
特徴的な長い耳、そしてきめ細やかな白い肌。つまりはエルフの表徴である。
『魔の極致』、第四席。
現地スカウト組、スフィア。
そう、魔女モルガン=フォトンフィールドと同じくこの大陸の生まれで『魔の極致』に抜擢された少女である。
現地スカウト組はスフィアとモルガンだけだったため、こうして第四席たるスフィアが足を運んでいるのだった。
……こういう雑用はダークスーツの女の仕事なのだが、どうやらガジルとかいう騎士に原子レベルでバラバラに『斬られた』ようで、しばらくは修復に費やす必要があった。
「あのさーアタシが足を運んでやったってのに、挨拶の一つもないワケ?」
「ふん……処分しにきたか」
吐き捨てるように国王は言う。
牢の中で肉体を開かせ、中身を見せびらかすような有様でも生きていられるほどには頑丈な魔導兵器は既に己を末路を悟っていたために。
軍事力たるスキルの全てを奪われた……かどうかは問題ではない。あの魔女や死者の女王、それにダークスーツの女が相手であればまだしも、このエルフが相手となるとどうしようもない。
エルフを絶滅寸前まで追い詰めたのが目の前の少女であった。長クラスであれば第九章魔法さえも操るほどに優れた魔法技術を持つ彼女らを一夜にして殺し尽くした怪物である。
それだけなら四十九万もの魂のエネルギーを使役していた国王が恐れるほどではない? いいや違う、彼女の恐ろしさは同族を魔法を使わず殺したことである。
エルフたるスフィアの最大の武器はもちろん魔法であるというのに、その魔法を使わずに同族を殺し尽くしてみせたのだ。人間ではないので技術は使えず、スキルもまた使っていない。
つまりは単純な武術で、だ。
第九章魔法さえも操る集団を前にして魔法もスキルも必要とせず殲滅してみせた怪物、それが『魔の極致』第四席、スフィアである。
「女王ヘルは国王自身の豪運が引き寄せたものだけど、モルガンとファクティスに関しては『魔の極致』からの貸し出しだってのは説明したカモ。こっちにはこっちの目的があるワケだけど、途中までは力を貸してやるって話だったワケだしさ。いやまああの二人が敗北するとまでは思ってなかったワケだけど。だから、うん、本当は処分なんてするつもりはなかったカモ。利用するだけ利用して、最終的には一発で纏めて吹き飛ばしていたワケだし。だからこれでも悪いと思っているワケ。こんな形で殺すことになったワケだしさ」
「……アリシア国はお前らが想定していたよりも強大だ。もしかしたらスフィア、お前さえもあの金色の光には敵わないかもしれんぞ」
「いひひっ。あんなの普通に捻り潰せばいいカモ──こんな風に、さ」
ゴグシャァッ!!!! と。
華奢な腕が生み出す膂力が国王ごと牢屋そのものを捻り潰した轟音が炸裂した。
ーーー☆ーーー
地下牢から出たスフィアはゆらゆらと余った袖を揺らしながら、青空の下を跳ねるように歩いていた。
黄色のパーカーに点々と付着している赤い液体の正体は地下牢に配置されていた騎士を捻り潰した時に飛び散ったものだろう。気をつけてはいたが、完全に付着するのを防ぐことはできなかったようだ。
まあいいか、と流して、スフィアは町の中を歩く。路地裏に入っていったため一応は人目を気にしてはいるようだが、邪魔があれば捻り潰せばいいだけだ。こんなのは気まぐれでしかない。
目指すは主城。
せっかくこんなところまで足を運んだのだ、国王を処分する雑用のついでに金色メイドに『挨拶』でもするつもりだった。
と。
路地裏でも比較的ひらけた場所に出た時だ。
「よお、あの戦争の時の盗み見女だな」
直後に視界が高速で霞んだ。
構わず前に突っ込み、袖を振り回すように右腕を横に振るう。
ガッギィィィン!! と右腕と長剣とが激突する。
スフィアも相手もこの一撃で決められるとは思っていない。反動に逆らわずに弾かれるように距離を取り、小高い丘の上で対峙する。
何やら半分ほどが崩れ消えた丘であった。どうやら首都から移動させられたようだ。
「ガジルだったカモ。アタシがあの戦争を見学してたの知ってたワケ?」
「まぁな。ジロジロ見てる奴がいるとは思ってた。今日確信したわけだが……気づくのが遅かったな。みすみす情報源消されるとはな」
「いひひっ。気にする必要ないカモ。アタシが教えてあげなかったら気づくこともなかったワケだし」
「チッ」
じわりとガジルの額に汗が浮かぶ。
長剣を構えた状態でそれ以上踏み込めずにいた。
「金色メイドもそうだけど、その前にガジルの実力も確認しておきたかったカモ。暇潰しくらいにはなるカモだしさ」
「言うじゃねーか」
瞬間。
激突があった。
ーーー☆ーーー
洗練された動きであった。
動作一つ一つが魅せるために磨き上げられた、滑らかで美しいものだった。
少なくともお湯をぶちまけていたどこぞのメイドとはレベルが違うことは分かる。
(いや、いやいやいや! 美味しさが変わるわけないって!! だって、ほら、あれじゃん結局は葉っぱから出汁が出てる感じなんだよね!? だったら淹れ方が多少あれでも味は変わらない、はず!!)
気がつけば第四王女エカテリーナの手によってカップに紅茶が注がれていた。ミリファが淹れたものと並べてみると、知識も何もないミリファでも何かが違うような気がしてきた。
香りというか色というか、とにかく同じものとは思えないのだ。
「さあ、飲み比べになって? それで分かるはずですわ」
「じょ、上等だこんにゃろーっ!!」
ほとんど自暴自棄にまずは自分から淹れた紅茶を飲んでみることに。
「うえ、なにこれ。なんか苦いというなんというか……美味しくない」
顔をしかめたミリファは、しかしファルナが淹れた紅茶は美味しかったような? と首をかしげる。確か第四王女が口にした紅茶名らしい単語があの時のものと違ったから、ミリファの口に合わなかっただけ、なのかもしれないが。そうに決まっていた、そうじゃないと困る。
もう完全に嫌な予感がしまくってはいたが、それでも第四王女の手前逃げるわけにもいかない。エカテリーナが淹れた紅茶に手を伸ばし、一口。
「あ、美味しい……」
思わず素直な感想を漏らしてしまうほどには味に明確な違いがあった。同じ茶葉から出来たものとは思えないほどに。
「おほほ、美味しいのですね?」
「ハッ!? ちがっ、違う違う違う!! 今のは、その、あれよっ。なんていうか、あれなんだから!!」
「ミリファ」
びくりと姿勢を正すほどにその言葉には力があった。下手な言い訳が紡げなくなるほどに。
「妾と貴女の紅茶、違いはありましたか?」
「あ、う……それ、は」
それを認めてしまうとミリファがメイドとして劣っていると宣言するようなものであった。それだけならまだしも、勝手に勝負を受けて無様に敗北しては第七王女の顔に泥を塗るようなものだ。
セルフィーに対する嫌味を撤回させるためには、ここで退くわけにはいかない。負けを認めるわけにはいかないのだ。
「べ、別に? 大した違いはなかったし、うんうん」
「なるほど」
第四王女は一つ頷き、
「己の未熟さを直視できない愚か者ですのね。都合の悪いことからは目を逸らす、典型的なダメ人間ですわね」
「っ!?」
だって、そんなの、仕方ないではないか。
だって側仕えなんてものは王命で無理矢理やらされているもので、だってミリファはただの村娘で、だってメイドの作法だなんだなんてものは知らないわけで、だって──
「言い方を変えましょう。貴女はそのままでよろしいのですね? メイドとして未熟なままセルフィーの隣に立ち、セルフィーの価値を下げる足手まといとして生きていくと。無能の第七王女には無能の側仕えしかついていない、そんな『攻撃』を与える餌になると。貴女を理由にセルフィーが悪しきように侮辱されてもいいと。散々セルフィーの価値を落とした上でどこぞの貴族に従者として身柄を確保され、一生を終えると。そんな結末でよろしいのですね?」
だって。
だって!
だけど!!
「……よろしいわけ、ないじゃん」
ぼそり、と。
溢れたら、もう止まらなかった。
「そんな、そんなの! 私が馬鹿にされるならいい、正直私が駄目駄目なのはわかってるから。メイドとしての誇りなんてこれっぽっちもないから! でもっ。私のせいでセルフィー様が色々言われるのなんて耐えられない!!」
「ですが、これからそういったことが増えますわよ」
「なんで!? 私は王族のアレソレはわかんないけど、ちゃんとした格式ばったところに私が出なければいいだけの話じゃん!!」
「そうも言ってられません。貴女はかのヘグリア国王を倒したメイドですもの。そういった場に引きずり出されるのは時間の問題ですわ」
「な……っ!?」
「そして、そういった場で貴女は救国の英雄としてだけでなく、第七王女セルフィーの側仕えメイドとしても見られます。今のこの状況が面白くない連中はこぞって貴女の肩書きを利用するでしょう。貴女の性能を取っ掛かりに英雄の教育環境が劣悪だの無能の第七王女には救国の英雄を保有する資格はないだの並び立てるでしょうね。セルフィーを悪しきように侮辱して、貴女の身柄を確保するために」
「そんなの、嫌だ! 私はセルフィー様の側仕えだ!! それ以外のかたっ苦しい称号も立場もいらない!! お偉いさんのよくわかんないアレソレに巻き込まれて、セルフィー様と離れ離れになんてなりたくない!!」
「そういった主張が通用しないのが、今貴女が足を踏み入れている『場』ですわ。格式、慣例、作法、そういったルールの下に闘争を繰り広げるのが貴族であり王族ですのよ。はっきり言いましょう、このままでは貴女はセルフィーの名を落としに落とした上でどこぞの貴族の政治的道具となります」
「嫌、そんなの絶対やだ!! 『運命』とか『頭に響く雑音』とか面倒なものがいっぱいなのに、ああもう!! そんなくだらない理由でセルフィー様と離れ離れになってたまるか!!」
「そうですか」
くすり、と。
これまでとは違う、どこか柔らかな笑みがあった。
第四王女エカテリーナは頭にのぼった血が冷えたのだろう、当初の予定の通りに言葉を紡ぐ。
「ならばメイドとしての性能を向上させるしかないでしょう。堅苦しいだけでなんの役にも立たない政治的闘争で今の環境を失いたくなければ、そういったルールの下で貴族連中を黙らせるしかありませんわ。どうしますの?」
「それがセルフィー様と共に歩むために必要なことだっていうなら、メイドとしてちょー凄くなってやる!!」
「おほほ! ではとりあえずは勝負の続きといきましょう。今のミリファの性能を把握しないと教育のしようがありませんもの」
「教育、え? 教えてくれるの?」
「妾は第四王女エカテリーナ=アリシア=ヴァーミリオン。身内の側仕えメイドがこのような有様では妾の名に傷がつきます。最低限妾の邪魔とならない程度には仕上げてやるのはそう不思議なものでもないでしょう」
ーーー☆ーーー
部屋の外では壁に寄りかかっている第四王女の側仕えが小さく息を吐いていた。中で行われている第四王女と第七王女の側仕えメイドとの会話を風系統魔法を使って盗み聞いていたのだ。
総じて彼女は言う。
「最初っから今後に向けて力を貸してやるとでも言えばよかったものを。本当素直じゃないな、お嬢は」




