第五十三話 よし、戦後処理しよう その三
第一の塔、その最上階。
美貌の第一王女が大金をつぎ込んただけはある大浴場であった。天井まで数階分はある広大な空間を埋めるように広がる浴場はそれこそ遊泳できるほどである。ちょうど真ん中には天使の像があり、両手で掲げた鏡型の造型からお湯が出ていたりする。
その他の装飾も贅を尽くした、まさに貴族らしいものであった。
「くふふ。オリアナちゃん、進捗状況は?」
そう声をかけたのは天使像に寄りかかるように湯船に浸かる美貌の第一王女クリスタル。肩まで伸びた煌びやかな金髪は天使像から流れるお湯を浴びているイヌミミ少女が湯船に浸かないように両手で持ち上げていた。
ちなみに凍えた刃を連想させる美しい肢体のある部分は鋭く磨き上げたように『ぺったんこ』である。
「ヘグリア国は国家の中枢が人身売買や違法薬物に手を出していたくらいでごぜーますからね。『それ以外』も酷いもので、結果として革命軍なんてものが生まれていたでごぜーます。人脈としては前からその辺には干渉していたでごぜーますから、後は足りない部分をそれとなく補ってやれば良かったのでごぜーますよ。もちろん国王や四天将軍が健在であればまた別だったでしょーが、連中がいない今なら革命が失敗するわけねーでごぜーます。近いうちにヘグリア国の権力図式は一新されるでごぜーますよ。今回の戦争の『後』で報復やら何やらが根付く心配はねーでごぜーます」
そう答えたのはぷかぷか湯船に浮かぶ人脈の第三王女オリアナであった。普段はツインテールであるのだが、お風呂ということで解いており、長い金髪が湯船に広がっていた。
ちなみに肢体のある部分は王妃に並ぶ立派な『バイン』である。
「……ここは政治的闘争の出番ではないのですか? 侵略よりも実質的な隷属状態にしたほうが都合がいいのはまだ分かるのですが、だからといって報復を防ぐために『国家の図式』そのものをぶっ壊すだなんて暴論にもほどがあるのです」
どこか不貞腐れたようにそう言ったのは政治の第六王女ミュラ。姉たちは元より妹たる第七王女セルフィーよりも小さな王女は三つ編みを輪っかにして三つ繋げる独特のポニーテールのような髪型であったが、お風呂ということで解いている。彼女は湯船の中で両手で膝を抱えるように座り込んでいた。戦後処理は政治の出番だと意気込んでいたところに『人脈使ってヘグリア国内で反乱起こしておいたから』なんて言われたものだから、無理もないだろうが。
ちなみに肢体のある部分は平均よりも上の『ボイン』であった。
……それら肢体のある部分から第一王女は意識して視線を外す。美しさとは総合評価で下される、そう例えばある部分の大きさもその人に合ったものであるべきなのだ、凍えた刃のごとき美しさを醸し出すなら控えめであったほうが正解なのだ、だから変に主張しない今の状態が最善なのだ、そう、その通り、正論だ論理的破綻はどこにもない今のこの状態が最上の美貌を形作っているのだ、もっとおっぱい大きくなりたい!!
「……ちくしょう」
「美貌、どうしたでごぜーますか?」
「私のほうが美しいんだから!!」
「? ???」
キョトンと見返してきた第三王女の反応を見て、ごほんと咳払いを一つ。
切り替えるように、
「そう、そうです、今はヘグリア国『なんか』に構っている暇はないのですよ。セルフィーがもたらした『その後』の対応を論じないといけまけん」
「わう。ご主人様がいい子ちゃんぶってる。『運命』についてある程度知ってたくせに」
「くふ、ふふふ。随分と生意気言う下僕ねぇ。この口、この口がいらぬことほざいたのかしらぁ!?」
「わっふう!?」
イヌミミ少女の口に指を突っ込み、引っ張る第一王女クリスタル。イヌミミ少女はなぜかビクビクしていた。
「やっぱりでごぜーますね。裏でコソコソやってるのはなんとなーく感じていたでごぜーますが、よもやこのレベルの問題とは思ってなかったでごぜーますよ」
「ええ!? オリアナ姉知ってたの!?」
「人脈使っても何かコソコソやってるくらいしか分かってなかったでごぜーますが。ねえ美貌、そこのイヌミミと同じく手駒たるレッドフィールドを『あの国』に派遣させたのも策の一環?」
問いに美貌の第一王女は苦々しげに表情を歪めていた。
「そうだけど……正直甘く見ていたってのが実情ですわね。ほんっとうさーあのババァが滅亡受け入れる気満々だからケツ叩いてやろうとしたのが間違いだったっつーの。やっちまったなーちくしょう!」
取り繕っていた仮面もその奥の粗暴な口調さえもどこかあべこべな第一王女はイヌミミ少女の口内から引き抜き唾液で濡れた指を今度は首筋に向けながら、
「まーなんだっけか。その辺のアレソレも踏まえながら、セルフィーがもたらした『その後』の問題とやらに向き合うとしよーか」
つまりは、
「このまま放っておけば『奴』に大陸全土を支配され好き勝手に貪られる。そんなクソみたいな世紀末を回避するためにさ」
ーーー☆ーーー
さて、メイドを評価して優れているかそうでないかを判断するにはどうすればいいのか。そんなの仕えてみれば自ずとわかるものだ。
つまり、勝負の方式は魔法の第四王女エカテリーナにミリファが仮の側仕えメイドとして働き評価するといったものだった。
第四の塔にある第四王女エカテリーナの私室では昼食の準備が行われていた。第七王女セルフィーの食事風景と違い多くの従者が食事用だけの広い部屋で何やら動き回っていたが、ミリファは勝手が分からず立ち尽くしていた。というか動きが一種の演舞みたいに洗練されすぎていて手の出しようがなかったといったところなのだが。
気がつけば席についている第四王女エカテリーナの目の前には豪勢な昼食がミリファが知らない何らかの法則に従って並べられていた。
「おほほ、ミリファとやら。貴女は、今、妾の側仕えメイドですわよ。何を突っ立っているので? よもや勝手が分からない、などとは言いませんわよね? 細かい点はさておいて、この辺りの『動き』についてはどこの王族付きでもそう変わるものではないのですから」
「ぐ、むう。わっ、私の出番はまだ先だしっ。ここから本気出すしっ!!」
「……なるほど、セルフィーの側仕えらしい口だけの甘ったれですわね。まぁ甘ったれなセルフィーの側仕えなんてこんなものなのでしょうが。まったくこういうところは昔から変わりませんわね」
「なっ!? セルフィー様が甘ったれだって!?」
「貴女を見れば大体分かりますのよ。あの妹がどこまで愚かで甘ったれで現実逃避していて……王族『らしくない』ことが」
「王族らしいのがそんなに偉いの!? いいじゃん、一人くらい王族らしくない王女様がいたってさっ。そんなのがそこまで馬鹿にされないといけないこととは思えないっ!」
「ええそうですわね、自分らしくあることは尊重すべき点なのでしょう。少なくとも庶民の価値観では。ですが妾たちは王族であり、貴女は王族に仕える側仕え。『こちら側』の常識に適応しないといけませんのよ?」
「ぐっ」
言葉を詰まらせて、しかし何か言いたげに拳を握りしめるミリファ。そんなメイドから視線を外し、身振りで控えていた従者たちに指示を出す第四王女。
瞬間、あれだけいた従者たちが音も立てずに部屋から出ていった。
「本来であれば各々役割を分担させるものですが、今回は貴女の評価をするのが勝負内容ですわ。というわけで見せてもらいましょうか、メイドとしての性能を」
「……上等。お前をギャフンと言わせて、これ以上セルフィー様を馬鹿にさせない!!」
頭に血がのぼる。
怒りに我を忘れる。
そんな状態では正常な判断はできない。第七王女の側仕えとはいえ、所詮はただの村娘でしかない身分の小娘が王族に楯突いて無事で済むはずがない。
『大きな枠組み』で考えるならば、最初に思いきり叫んだ瞬間、メイドとしての職をクビになっていたって不思議ではない。いいやそれが普通だ。
そうなっていない『理由』にまで思い至るだけの思考能力が戻っていないミリファだ、メイドとしての評価で第七王女への嫌味を撤回させるという勝負方式がどこまで不利かなんて思い至っていなかった。
だから、
(あれ? そういえばメイドって何するのが仕事なんだっけ???)
「とりあえず紅茶でも煎れてもらいましょうか」
「あっ、それなら一回見たことあるっ」
「……、ん?」
ーーー☆ーーー
「セルフィー様の側仕えメイドが戻るまで、代わりといっては何ですが『彼女』が身の回りのお世話をさせていただきます。よろしいでしょうか?」
第四王女エカテリーナに接するよりも『完璧』で『他人行儀』な所作でそう言ったのは第四王女の側仕えメイド。そんな彼女の隣には後輩のメイドがガチガチに緊張した様子で佇んでいた。
つまりは、
「ふぁっ、ファルナですっ。あの、その、よろしくお願いしますっ!!」
「……少々緊張してはいますが、腕は確かです。一日の繋ぎにはなるかと思いますが、いかがでしょうか?」
「…………、」
第七王女セルフィーはミリファ以外のメイドを寄せつけない。護衛もガジル一人だけという徹底っぶりだ。側仕えのメイドを目指す後輩に経験を積ませてあげたかったが、拒否されるだろう……と思っていたのだが、
「そうですね……お言葉に甘えましょうか。よろしくお願いしますね、ファルナさま」
「はっ、はいっ、その、よろしくお願いしますっ!!」
何らかの変化があったのか、それとも思惑でもあるのか、提案は受け入れられた。
『そろそろ尻尾出すかなー?』などと言いながら退室した第五王女ウルティアに続くようにファルナの先輩メイドも第七の塔を後にした。
第七王女セルフィーとファルナだけが残されることとなったのだ。
ーーー☆ーーー
「ええとファルナちゃんは葉っぱをこの容器の中に入れてたっけ。とりあえずいっぱい入れたらいいのかな?」
「…………、」
「確かこの魔導兵器つまみを回すことで火が出るんだっけ。便利だよなーこんなのうちにはなかったよ。火力の調整ができるって話だし、最大火力でいっきに沸かしちゃえ!!」
「…………、」
「後はお湯を容器に入れて……あっつう!? これ熱っ、うわこぼしたっ!?」
「…………、」
「な、なんとかお湯入ったぁ。後は……待つんだっけ? あれ? カップにもお湯入れていたような……まあいっか! どうせ捨ててたしっ」
「…………、」
「できたーっ! どうだ縦ロールっ!!」
我慢の限界だった。
「貴女、紅茶を馬鹿にするのも大概にしなさい!! そんなものを紅茶と呼ぶだなんて冒涜ですわ!!」
「ふにゃ!? え、だって、ほら! ちゃんと色ついてるじゃん!?」
「紅茶の淹れ方とは一種の演劇ですわ! 美しく、華麗に、芸術的に魅せるのが基本です!! 淹れ方一つでメイドとしての性能を示すと言っても過言ではありませんっ。それ、それを、なんですのそれは!? 『バクルーヤ』の淹れ方を知らない以前の問題ですわ!! ポットに溢れるくらい茶葉を入れるだなんてふざけていますの!? というか辺りにお湯をばら撒くなんて、本当、『作法』を何だと思ってますの!? 動き一つ一つが礼儀を示すといいますのにっ。貴女側仕えどころかメイドとしても全くもってなってませんわ!!」
「な、なん、そりゃあちょっと手間取ったかもしれないけど、そこまで言う!? 私ちゃんと紅茶淹れたじゃん!!」
『あの』第七王女セルフィーの側仕えメイドである、ある程度は予想できていたはずだが……それでも『ここまで』とは予想できていなかった。
「はぁ。これは実例で教えてあげるしかないですわね。妾が紅茶の淹れ方を見せてあげますわ」




