第五十二話 よし、戦後処理しよう その二
魔法の第四王女エカテリーナは四天将軍の一角を打ち破って戦線を維持することに成功していた……という事実はあまり知られていない。
魔力関連を消去するスキルの使い手、という魔法特化部隊には相性最悪の敵将を前にして、しかし第四王女エカテリーナは頭脳を駆使して勝利したのだ。
まず大規模な土系統魔法を使用することで敵軍の足場から土を奪う。奪われた分だけ落とし穴のように土が消失したところに上から土系統魔法を叩き込む。
土系統魔法を消去した場合崩れることは先制攻撃時に確認できていた。つまり土自体は消去されないということだ。
ならば大量の土を使用した土系統魔法を頭上から叩き込めば、無効化したとしても崩れた大量の土に押し潰されることになる。そうして四天将軍ら敵軍を生き埋めとすることに成功したのだ。
……その事実は砦を崩して敵軍にぶちまけるやら高濃度魔力集合体の猛威やら王妃の敗北やら四十九万もの魂の奔流やら第七王女の側仕えが無双したやらといったインパクトに流され埋もれているのだが。
「お、おほほ……妾だって活躍したのですわよ! それ、それをっ、ウルティアならまだしもセルフィーの側仕えメイドの戦果にすら埋もれるだなんて!!」
ギリギリと情けなさに歯噛みする第四王女エカテリーナ。
このままで終わってやるほど彼女は優しい性質を持ってはいなかった。
ーーー☆ーーー
エリスは『魂から響く声』を普段から聞いているわけではない。戦闘時以外は聞かないようにしているのだ。逆に言えば戦闘時には聞くようにしているため、先の戦争では多くの『声』が流れていた。
例えば王妃。
十年以上前からヘグリア国『勢力』での特定スキル持ちが死ぬ時期や順番を調整していたとか。あの時は何のことか分からなかったし詳しく精査する余裕はなかったが、先の国王打倒時の状況を考えればその目的も見えてくる。
王妃には未来を見通す眼があり、無数の未来から好きなものを選択できる。つまり『運命』を確定するためにあの戦争でセルフィーを焚きつけミリファを覚醒させたがっていた王妃は覚醒後の展開をも確定させていたのだ。
ヘグリア国所属のスキル持ちの死亡時期や順番を調整することで最期の攻防の時に使用されるスキルがセルフィーが視認できる範囲の魔石に封入されている、という『未来』を確定させていたのだろう。
完全に王妃の狙い通りとはいかなかったようだが、それでも『人間』たる国王やミリファの行く末を確定させるだけの力はあったようだ。
例えば第七王女セルフィー。
ミリファの覚醒が原因で絶望的なまでに増幅されることとなる破滅を阻止しようとしていたようだが……それでも大切な人を犠牲にはできなかった。
未来見通す王妃の口からあの戦争ではセルフィーの大切な人が巻き込まれる心配はない(と思わせられていた)ようだが、そのように誘導していた王妃自身の想定さえも超えた状況下において、彼女は一つの選択をした。
『大きな枠組み』で考えたならば確実に間違いであったのだろうが、最低でもあの時ミリファが殺されずに済んだのはその選択のおかげだ。そのことだけはエリスは感謝していた。
例えば、例えば、例えば。
様々な『声』を聞いた。敵の声に集中してはいたが、それでも多くの『声』が流れ込んでいた。
────いつまでもこのままでいられるわけがない
その中の一つ。
ノイズの中に埋もれた、その『声』。
────私はザザザッ! 復讐しないとザザザザッ!ザザッ!!
どこか辛そうで。
どこか悲しげで。
今にも張り裂けそうな、その『声』。
────でも、もしも。あんな出会い方じゃなかったら……もしかしたらザザザザザジジザザザザザッ!!
忘れてはいけないものだ。
決して目を逸らしてはいけない想いのはずだ。
あの時はミリファだけでも生き残らせることに精一杯で、他のことに時間を割く余裕はなかった? そんなものが言い訳であることだけは猛烈に感じられた。
怖かったのだ。
何がなのかは今のエリスには思い出せない。だけど、怖いという感情だけが強く強く残っていた。
これだけは思い出さないといけない。
そうしないと『声』の主のことを本当の意味で好きになることはできないだろう。
ーーー☆ーーー
第七王女セルフィーの膝の上にちょこんと座っているミリファは困惑していた。
この体勢はいつも通りだから構わない。第七王女の私室に二つある椅子のうちの一つに第五王女ウルティアが座っていることもそう不思議なものでもないだろう。
つまりはそれ以外。
第七の塔、その一階。第七王女の私室を訪ねてきたのは豪快な縦ロールの第四王女であった。
本日は八枚羽の蝶のように広がる色とりどりの装飾が施された避けるようなスカイブルーのドレス姿であった。
着飾ることが当然というか着飾らないと霞むほどの活力に満ち溢れた第四王女エカテリーナは側仕えだろうメイドを侍らせていた。
鈍器のように強烈な縦ロールを靡かせながら、ふんと鼻を鳴らす第四王女。
「妾が来たというのに席の一つも用意しないとは随分な対応ですわね」
「あ、すみませんエカテリーナお姉様っ。今用意します!」
「別に構いませんわ。率先して人を遠ざけたぼっち王女に来客用の椅子なんてものは必要ないのでしょうし」
ぴく、とミリファの眉が動くが、第四王女エカテリーナはそんな些事には気づかない。
「あのエカテリーナお姉様、本日はどのようなご用事があって……」
「セルフィー。姉が妹を訪ねるのに理由が必要で? それとも理由がなければ訪ねてくるなとでも言いたいので?」
「そ、そんなことありません! わざわざこんなところに来ていただいて嬉しいくらいです!!」
「まぁ当然ですわよね!! おほ、おほほほほ!!」
高笑いを響かせる第四王女エカテリーナの後ろでは従者らしく気配を殺していた側仕えのメイドが呆れたように息を吐いていた。
「そう、そうでしたわ。セルフィー、どうやら貴女優秀なメイドを仕入れたようですわね。……というか、なんで膝の上に乗せているので?」
「あ、ああっ、いえこれはですね……っ!!」
わたわた慌てて取り繕うとするその態度にぴくぴくっとミリファの頬が動く。
「まったく第七とはいえ王女の誇りはないので? そのような情けない姿、どこぞの貴族にでも見せてみなさい。これ幸いと『攻撃』されますわよ。はぁ、本当情けない」
「う、ごめんなさいエカテリーナお姉様」
「王族としての誇りを持ちなさい、セルフィー。所詮は第七王女、王族としての価値なんて地に落ちているとはいえ、貴女は王女なのです。常に見られていることを意識し、その挙措一つ一つが国の価値を左右することを知りなさい。そんなことも考えられないから貴女は無能などと呼ばれてし──」
もう我慢ならなかった。
相手が第四王女だろうが知ったことじゃないと魂が叫ぶがままに行動していた。
「さっきから黙って聞いていれば、偉そうにべちゃくちゃうるさいんだよ、こんにゃろーっ!!」
その叫びに第四王女は興味深そうに目を細めていた。
その叫びに第五王女は口元を緩めていた。
そして。
その叫びに第七王女は驚いたように肩を跳ね上げていた。
「ミリファ、さま?」
「いきなりやってきたと思ったら嫌味を言いに来たのかよっ。第四王女だか何だか知らないけど、王族の誇りだ国だ『大きな枠組み』持ち出してそれっぽく取り繕ってさ。そりゃそんなの持ち出したら礼儀正しいほうが正しく見えるよね。ふざけるな! 王族だって普段ゆっくり怠けてたっていいじゃんっ。大体年がら年中気を張っていたってどこかで限界迎えるだけに決まってる!!」
「ま、待ってください、ミリファさま!? そんな、わたくしなんかのためにエカテリーナお姉様にそのようなことを──」
「なんかじゃない、だからだよ!! 自分を卑下するのいい加減やめてよね、セルフィー様!! 私にとってセルフィー様はなんかで切り捨てていい存在じゃないってこと、分かってよ!!」
「ミリファさま……」
ぎゅっと。
知らず知らずの内にミリファを抱くセルフィーの腕に力が入っていた。
「おら意地悪姑みたいな嫌味ったらしいクソ王女!! これ以上セルフィー様を虐めるなら私が相手になってやるからな!!」
「まったく……側仕えの教育もできていないだなんて。まあセルフィーのことです、こんなことだろうと思ってはいましたが。身分差を気にしないその思想がどうかはさておいて、王女の側仕えともなれば『見られる』ことも多いと──」
「つーかその縦ロールなに!? ブォンブォン振り回してさぁ!! 格好いいとでも思ってるの? 鈍器装備しているとしか思えないんだよ、こんにゃろーっ!!」
あ、と。
第七と第五が同時に声をあげていた。
手遅れだった。
「なん、なに、もしかしてですが、妾の縦ロールちゃんたちを侮辱したのではないでしょうね?」
「何が縦ロールちゃんよっ。今時貴族様でもそこまで馬鹿げた大きさの縦ロールにしてるの見たことないっての。その縦ロールで戦うつもりってくらいじゃん。おっきければ格好いいとでも思うなよ縦ロールお化け!!」
「な、なな、なななあ!! こっ、こいつう!! これから慣れないことが多くなるからと顔を出してあげたというのに……っ!!」
「はぁ? 慣れないこと??? よくわかんないけど嫌味言いに来ただけじゃんクソ縦ロール!!」
「くっ、クソ!? 妾の高貴なる縦ロールちゃんたちにそのような蔑称をお!!」
「先に嫌味言ってきたのはそっちじゃん!!」
きゃんきゃん言い合う横ではウルティアが楽しげに笑っており、ミリファを抱きしめるセルフィーがどうしようとオロオロしていた。
だから、最初に割り込んだのは第四王女の側仕えメイドであった。ファルナの『先輩』が今にも掴み合いに発展しそうな両者の間に身体をねじ込ませる。
「わっ、誰!?」
「イリーナっ。邪魔しないでくださる!?」
「そういうわけにもいかないっつーの。大体そんなに言い合ったってお互い納得がいく終着点に辿り着くとは思えないし。それとも気が済むまでわーわー言い合うつもりか?」
ぐっ、と言葉を詰まらせる二人。
そこに第四王女の側仕えは軌道修正のための言葉を並べていく。
「というわけで白黒はっきりつけようか。そうだな、そこのメイドはセルフィー様に対する言葉が気に食わなかったみたいね」
「もちろん!」
「で、お嬢は縦ロール様を馬鹿にされたのが気に食わなかった、と」
「そうですわ!!」
「ならばそこのメイドが証明すればいいって」
キョトンとする二人。
そんな反応が返ってくるのは分かっていた。これは一度白熱した場の空気をある程度冷やし、第四王女の側仕えメイドの声が届くようにするためのものだ。
本命は、
「第七王女が嫌味を言われる存在ではないくらい素晴らしいのだと証明すれば、そこのメイドの主張を無下にはできないって。だったら従僕を評価するのが手っ取り早いもの。優れた主には優れた従僕が引き寄せられるものと相場が決まっているものだしさ。その辺りをお嬢に直に評価してもらい、優れていると納得させることができればそこのメイドの勝ち、できなければお嬢の勝ち、といこうか」
「むう、そんなんで本当に納得してくれるわけ?」
「もちろん。というか騒動の中心たるセルフィー様自身を評価しようにもメイドもお嬢も不公平な評価となってしまうもの。だったらその外を評価したほうがまだしも公平性が出るものだしさ」
「あっ!? そうだよ縦ロール女が評価するってことは何があっても絶対に納得できなかったって言うかも──」
「それだけは絶対にない。お嬢は私的な考えで評価を変えたりは絶対にしない」
「なんでそう言えるんだよ?」
「あたいがお嬢の側仕えだから。あんたみたいに側に仕えたきたからこそ、あたいはお嬢のことをよーく知っている。それじゃ納得できない?」
「ぐ、ぬう……っ!」
こう言えばミリファがそれ以上突っかかることができないと知っての解答であった。もちろん第四王女の側仕えメイドはエカテリーナならば公平な評価をしてくれると知っているのだが。
「……分かった。そこの縦ロール女に私が優秀だと納得させることができれば、セルフィー様への嫌味を謝るというなら! やってやる!!」
「ということだけど、お嬢は?」
「妾の縦ロールちゃんたちを侮辱した報いを受けさせられるなら何でも構いません。おほほ! 高貴なる場がもたらす返礼を味わってもらいますわ!!」
ようやく当初の予定に流れを戻せた、と息を吐く第四王女の側仕えメイド。無理矢理な部分もあったために言っていることが矛盾していた気がしないでもないが、頭に血がのぼったミリファに気づかれていないならば構わない。
……エカテリーナ自身が当初の予定をすっかり忘れている有様ではあるが、それでも陰ながら主のために尽くすのがメイドの仕事である。




