第四十八話 よし、戦争しよう その十五
アリシア国本陣。
そこでは第七王女セルフィーがおろおろしていた。
「みっ、ミリファさまーっ! 待ってくださーい!!」
心情を溶け合わせたままだったから、力加減を間違っただけなのは分かっている。とはいえ効果範囲外に飛び出た今、ミリファが何を考えているのかは不明だが。
とにかく早く合流して万全の体制を整えなければならない。
だが、どうやって?
先ほどの攻撃で軍勢が真っ二つに引き裂かれたとはいえ、未だ敵軍は残っている。このまま呑気に敵本陣まで行こうとすれば、敵兵からの洗礼を浴びることとなるだろう。
と。
その時だった。
『やあ、妹その五。お困りのようってことよ』
ギャリギャリギャリッ!! と地面を削る音。四頭の鋼鉄の馬にひかれる、八の車輪持つ巨大な鉄箱が目の前に飛び出てきたのだ。
馬車を模した魔導兵器。
ただしそのサイズは通常の馬車の五倍はあり、左右に同サイズの鉄筒を束ねた『砲』、上部に数十の鉄の『腕』を装備していた。
魔法陣が展開、空気を震わせ作られるは遠隔地にて引きこもる王女の声。
つまりは第二王女リゼ=アリシア=ヴァーミリオン。魔導兵器の専門家である。
「リゼお姉様っ」
『はいはいお姉様ってことよ。で、今なにがどうなってるってことよ。妹その五のメイドが吹っ飛んでいったけど』
「ミリファさまが本陣に攻め込んでいったんです! でもミリファさまの本領を発揮するにはわたくしのスキル『転移』が必要なんです! だからリゼお姉様っ。わたくしをヘグリア国軍本陣まで連れていってください!!」
『よく分かんないけど、魔導兵器でどうこうできる事態じゃないし、妹その五と側仕えに賭けるのもアリってことよ。でも──後で何を背負ってたのかは教えてってことよ。これでも魔導兵器を司る第二王女だし、なにか手助けできるかもってことよ』
「リゼお姉様……はい、分かりました」
ガゴンッ! と重々しい音が鳴り、馬車型魔導兵器の扉が開く。さあ乗り込むぞ、といった時だった。
「あたしも行くから」
「はぁ!? エリス何を考えて……ああはいはい、その顔言っても聞かない感じね。じゃあ私も行ってやる!!」
「ウルティア放って『遊ぶ』なんて生意気だよねー」
「民間人が敵陣に突っ込むのに、放っておけるわけないっすよね」
「待って待って、私も格好つけたいーっ!!」
わらわらとついてきた。
どいつもこいつもズタボロのくせにだ。
「あの、みなさん。少しは己の身を大事にしてください!!」
そう叫んだセルフィー自身、言っても無駄なことは薄々理解してはいたのだが。
ーーー☆ーーー
ヘグリア国軍本陣。
そこではミリファとヘグリア国国王とが真正面から激突していた。
ミリファはただただ拳を突き出しただけだ。ただしその拳に集うは金色のオーラ。四十九万もの魂から生み出された風の刃を粉砕するほどの威力を持つ。
対して国王はスキル『魔力檄奏』を発動。魔力の崩壊現象を誘発し、そこで生まれる膨大なエネルギーを凝縮するスキルである。ここで生まれるエネルギーは魔力とは異なり、その性質もまた異なる。炎の爆発で爆風が生まれるようなものか。つまり異なるエネルギー同士を混ぜ合わせても拒絶反応が起きないばかりか、相乗的に増幅するのだ。結果生まれるは四十九万もの魂をさらに増幅した不可視の剛槍。身の丈以上の槍を突き出す。
ゴッガァッッッ!!!! と。
激突と共に地面が数十メートルも潰れ、バギバギバギッ! と亀裂が走る。
「ふっ!」
「う、にゅおお!!」
国王は手首を返し剛槍を縦に振るい、今度は穂先でミリファの右肩を上から撫で斬るように放つ。対してミリファはほとんど反射的に、それこそ羽虫が飛んできたから手で払うように腕を振り上げる。
再度の激突。
ビリビリビリッ! と空気が不気味に震え、荒れ狂う暴風。凄まじい風圧に耐えきれずオッドアイ兵士が吹き飛ばされる。
「あっ、兵──」
「よそ見とは余裕だな、クソガキィッ!!」
ゴッバァッ!! とあまりの威力に空気が破裂する異音が炸裂した。剛槍による横薙ぎの一撃がミリファの脇腹に突き刺さったのだ。
人間なんて腐った果実のように弾けるほどの威力が秘められていた。小柄な村娘なんて一撃で砕け散るはずだった。
しかし、そうはならない。
金色のオーラ。その光はただの村娘に一騎当千の猛者にも匹敵する力を与えるのだから。
「チッ! 死ねよクソガキッ!!」
「死んでたまるかあ!!」
その激突は戦の分岐点にして戦況の天秤を傾ける転機であったのだろう。ここでヘグリア国国王を倒すことができれば、バルベッサ砦の崩壊による礫の雨や四十九万もの魂が生み出すエネルギー波によって肉体的にも精神的にも弱っているヘグリア国軍は崩れる。撤退という二文字がチラつくはずだ。
それも国王を倒せるかどうかにかかっている。彼が崩れない限りヘグリア国軍は戦うしかなく、彼が崩れない限り膨大な魂が生み出す破壊が両軍を呑み込むことだろう。
だが、ミリファだけでは押し切れない。いくら特別な力を覚醒させようとも、本質的にただの村娘に戦況を左右できるポテンシャルはない。
そんなこと皆知っていた。
だからこそ、
ドガドガバッゴォンッ!!!! と。
兵士の壁を火炎系魔法による火炎の砲弾の『連射』で吹き飛ばし、進路を確保。軍勢に穿たれた穴に鉄の馬車が突っ込む。
筒を束ねた『砲』がギュルギュルギュル!! と回転する。その動きに合わせて魔法陣が点滅するように展開されては消失するを繰り返す。その繰り返しの合間に火炎の砲弾が連続して放たれるのだ。
魔導兵器『ギャラルホルン』。
本来はまずはじめに敵陣に突っ込み進路を切り開くためのものだ。戦争の到来を示す先陣の象徴であったのだが、ウルティアがド派手にやらかしてくれたため『温存』することができた。
崩れそうな場所に向かわせたり、押し切れそうな時の駄目押しの一手と使うつもりだったが、その後の戦況は魔導兵器『ギャラルホルン』でどうこうできるものではなかった。
だが、今ならば。
戦争の到来を示し、勝敗を左右する因子を運ぶことができる。
ーーー☆ーーー
第二王女リゼがなぜ魔導兵器を司るのか、その理由は二つある。
一つはもちろん魔導兵器作成技術に優れているから。彼女が生み出す魔導兵器は従来のそれの五倍以上も優れた性能を持つ。
そして、もう一つ。
第二王女リゼは魔導兵器に己の五感を移し操ることができる。
スキル『魔導信仰』。
視覚も触覚も聴覚も味覚も嗅覚も付加できるため、第二王女リゼは首都にいながら戦場の様子を把握できた。その他にも魔導兵器越しに感じたものを元に魔導兵器を操ることで自在に臨機応変に暴れることができる。
鉄の馬車が突っ込む。
四十九万もの魂が生み出したエネルギー波によって通路が開かれてるように『消失』した穴を埋めるように敵兵が押し寄せてくる中をだ。
ゴッドゴドゴドゴォン!! と火炎の連射が兵士を吹き飛ばしていく。軍勢の中に飛び込んだ鉄の馬車、その左右に装備された『砲』から兵士の動きに合わせて的確に砲撃が放たれる。
「くそっ、どうなってやがる? 完全自動運転なら状況に適した動きはできない。手動だとしたらどこから状況を確認しているんだ!?」
兵士の嘆きのごとき叫びがあった。
ザシュッ!! とその首が断ち切れた。
「な、んだ? 鉄の腕だと!?」
「惚けている暇はねーぞ! 逃げても逃げなくても運が悪ければ死ぬんだっ。だったらせめて役に立つとアピールしておかねえとっ」
そう、馬車の上部に装備された数十の腕が触手のように散り散りに伸び、魔法陣を展開。炎や水や風や土を束ねた剣を生み出し、駄々っ子が暴れるように無秩序に振り回したのだ。
敵は数えるのも億劫なほど存在するし、無駄に密集している。当たるを幸い、色とりどりな剣が兵士の命を刈り取っていく。
勇猛果敢……いいや、背後のヘグリア国国王に役立たずだと判断され、まとめて吹き飛ばされることだけは避けたいがために戦うしかない兵士たちがガラクタのように勢いよく両断されていく。
『このまま本陣まで突撃ってことよ』
その時。
馬車の中では空気を入れるための穴から外の状況を確認していたリーダーが口元を緩めていた。
「とりあえずは問題なく本陣まで行けそうね。その後どうするって話だけど」
「……いいや」
そこでエリスは静かに立ち上がる。
対面に腰掛ける第五王女へと声をかける。
「ねえ第五王女様。魔力は出せる?」
「『武力』を何だと思ってるのかなー? その辺は必修科目だよ」
「なら貸して。すぐに必要になってくるだろうしさ」
ーーー☆ーーー
鉄の馬車が戦場を駆ける。
その『砲』で敵を吹き飛ばし、その『腕』で敵を斬り裂きながら。
『ヘグリア国軍も大したことないってことよ。敵と味方に挟まれ、生き残るには戦うしかない状況で、それでもこれが死にものぐるいの抵抗ってことよね。これなら「ギャラルホルン」だけでも止まることなく目的地まで進めるってことよ!!』
残り百メートル前後。
砲撃を連射し、兵の壁を崩してやれば、難なく本陣へと続く進路を切り開くことができるだろう。
『砲』が唸る。勢い良く回転する『砲』から放たれるは紅蓮の猛火。まさに横殴りに爆発の雨を浴びせるような形で敵兵を吹き飛ばしていく。
背後や左右から迫る兵に関しては上部に備えつけられた数十の鉄の『腕』が握る炎、水、土、風の剣が斬り裂いていく。
と。
ザシュッ! と胸の中心を貫かれた敵兵が生命活動を停止させた──瞬間、ボゴォンッ!! とその肉体が内側から爆発し、ばら撒かれた爆風に鉄の『腕』が巻き込まれ、肘から先が砕け散った。
『ぎ……ッ!?』
スキル『人身御供』。
死した後の肉体が持つ魂のエネルギーを爆発へと変換するスキルである。元は『二つ前の』四天将軍のスキルであったが、死亡と共に国王へと『献上』されたものである。
続くはスキル『死肉舞踏』。
死者の肉体を操るスキルであり、元は女王ヘルが持っていたものである。もちろん現在は国王のものではあるが。
一斉に死体が跳ね起きた。
死体になったほうが都合がいい、そんな国王の想いが透けて見える光景であった。
精密に誘導された爆発物が標的に襲いかかる。肉を抉られ、骨を砕かれようが、お構いなくだ。
爆音が連続する。
『腕』を巻き込むだけならまだいいが、中には馬車本体に突っ込み爆発する死体もあるほどだ。
鉄屑が舞う。爆発の度に魔導兵器『ギャラルホルン』の装甲が噛み砕かれていく。
『ぐ、ううううう!!』
第二王女の苦悶の声が響いていた。
前述の通り魔導兵器の第二王女リゼは五感を魔導兵器に移すことで変幻自在の挙動を実現している。つまり魔導兵器の損傷をダイレクトに味わっているとも言えるのだ。
装甲が剥がれれば、肉を剥がれる感覚が走る。
『腕』が砕かれれば、腕を引き千切られた感覚が走る。
それでも第二王女リゼは魔導兵器の操縦を止めはしなかった。この瞬間、最も有意義に魔導兵器を動かすタイミングを伺っていたのだ。皆が命を燃やしていた時も、利口ぶって静観していたのだ。
だったら、果たせ。
最も有意義なタイミングで、最も有意義な戦果を叩き出せ。
それこそが第二王女リゼが果たすべき義務にして、果たしたい想いであるのだから。
『引きこもり、舐めるなってことよおおお!!』
ドッゴォンッ!! と一際巨大な爆音が炸裂した。鉄の馬の横から突っ込んできた死体が爆発し、一頭の馬を粉砕した爆音であった。
『ぐ、がぁ!?』
想いだけでは駄目だと。
そこまで世界は優しくないと。
残酷なまでの真理が示される。
続くように左右から死肉の爆発物が飛びかかる。残り八十メートル、もうすぐそこまで目的地が迫っているというのに、辿り着く前に爆発の魔の手に捉えられる。
その。
直前であった。
「『炎の書』第六章第三節──炎獄爆撃、いっけーっ!!」
「『魔力技術』!!」
ゴッァあああッ!! と鉄の馬車、その左右の扉を蹴り開き、身を乗り出した二人の女が放った濁流のごとき炎が死肉を焼き尽くしたのだ。
一人は武力の第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。『大気技術』を不可思議なまでに増幅し使用したために詳細不明の損傷を受けていた。つまり『技術』を行使しすぎたことが原因であるのだから、『技術』以外の力、例えば魔法を使う分には問題はない。
そしてもう一人はエリス。
こちらは魂を限界以上まで消費したために肉体的に判別がつく範囲ではタンパク質が茹で上がるほどの高熱を出している。『魔力技術』用の魔力を用意できる状態ではないが、あくまで『魔力技術』は魔力を増幅するもの。他者の魔力、例えば第五王女ウルティアの魔力を増幅して炎や風を展開するのならば、エリスが消費するのは『技術』だけで済む。
とはいえ両者共に本来であれば絶対安静すべき状態だ。それでも道を切り開くために無理を通した。
とするなら、
「はは、ははははは!! こんなところに挽回のチャンスが転がっているとはなあ!! グランジルド様の手で殺されろ、敵兵どもっ。その成果でもってガキを始末できなかった汚点をそそいでやる!!」
本陣から吹っ飛んできて、今まで目を回していた誰かであった。中級に匹敵する炎を右手に、左手に握る剣に『技術』を束ね、鉄の馬車へと迫る。
瞬間、右の炎が馬車から突き抜けてきた高圧水流に撃ち抜かれた。
「な、ん!?」
「くっそー! 格好つけるタイミングだったのに出遅れたーっ!!」
フルアーマーが馬車から身を乗り出し、突きつけた剣から高圧水流を放ってきたのだ。誰かは敵を視認、フルアーマーと並んでいるくせにこちらを見ることもない黒のバトルスーツ女共々剣を依り代とした不可視のエネルギー刃を数十メートル伸ばし、両断してやろう──とした時だった。
ズッパァンッ!! と。
フルアーマーとバトルスーツ女の間を突き抜け、誰かが反応できないほど高速で飛来してきた銀の閃光がその左肩を貫いた。
爆散するように肩が消し飛び、『技術』を纏う剣を持つ左手が地面に落ちたことにすら気づくのに時間が必要だった。そんな誰かには飛来してきたのが長剣であることも、それを投げたのが肉体のリミッターを解除し腕を内側から弾けさせた少女騎士であったことにも気づけなかっただろう。
遅れて走る激痛に絶叫する誰かを置いて鉄の馬車は駆ける。残り五十メートル、目と鼻の先で戦う小柄な少女の元に駆けつけるために。




