第五話 よし、侵入しよう
第七の塔。
いくら無能の王女の居住空間とはいえ、そこは王族の象徴。何やら無駄に大きいし、豪華だし、堅牢だとミリファが呆れるほどには王族スケールであった。
そんな重要拠点に侵入する、となると、それこそ歴戦のスパイ顔負けの技術が必要になってくる……のだろうが、あくまで今回は側仕えのメイドが主人を訪ねるだけ。王女自身が拒絶しているという項目を抜きにすれば、そう不思議なものでもない。
だから、外部からの妨害は考えなくとも良い。
とするならば、障害は一つ。
「ふふふ。総当たりだあーっ!!」
太陽が地を照らすと共に飛び出すミリファ。目指すは第七の塔、正面入り口。スパイ顔負けの超技術を持たないミリファにしてみれば、唯一の真っ当な侵入経路に挑戦するしか道はない。
残り数メートル。これは最初から当たりかもと目を輝かせるミリファだが──ぐえっぷう!! と気管が潰され変な声をあげることとなる。
プランプランと揺れる体。
そう、いつの間にそこにいたのか、ガジルの手によってメイド服の襟を掴まれ、地面から足を浮かせているのだ。
「悪りぃーな嬢ちゃん。個人的にゃあ大いに味方してやりてーところだが、こちとら姫さんの護衛でな。姫さん命令で嬢ちゃんの立ち入りは禁止されている。というわけで、ご遠慮いただこーかね」
ぽいっとぞんざいに放り捨てられるミリファ。何やら喚くだろうな、と早くもミリファの性質を把握しつつあるガジルの予想は、しかし外れることになる。
ふっふう! と響く笑い声。地面を転がるミリファとガジルとの力量差は明白だというのに、ぐーたら娘らしからぬ挑発的な表情を浮かべているのだ。
「ここはダメってことね。まあ一発でアタリを引けるだなんて思ってなかったし、総当たりでぶつかってやるってね!!」
そんなわけでさらば!! とゴロゴロ地面を転がるミリファ。どうやら彼女には彼女の狙いがあるようだ。
ーーー☆ーーー
『いい? 第七王女様の護衛が一人ということは、必ずどこかに「隙」ができるはずよ』
姉エリスの作戦は以下の通り。
ガジルの実力がどの程度かは不明だが、24時間364日王女を護衛し続けることなど肉体的に不可能なはずだ。つまり、どこかに『隙』がある。それが睡眠時間なのか排泄時間なのか飲食時間なのかはどうでもいい。とにかくどこかに存在する『隙』を見つければいい。
つまり、
『今日は2時、4時、明日は1時、3時と突入時間を変えていけば、どこかで「隙」をつく形で第七の塔に侵入できるのよ!!』
『???』
『はいはいぐーたら娘に理解力なんて期待してないわよ。とにかく! 時間をずらして総当たりしていけば、いつかは上手くいくってこと。分かった?』
『えっと、めちゃんこ挑戦すれば、いつかは攻略できるってことねっ』
『もうそれでいいから、かましてきなさいっ!!』
『よしきたっ!!』
ーーー☆ーーー
三日後。
使役魔獣騒ぎやら公爵令嬢誘拐事件やらを真正面から解決し、首都滞在費を稼いだエリスはというと、頭を抱えていた。
場所は安宿の一室。
目線の先はベッドの上。
そこに転がるぐーたら娘は早くも諦めムード全開だった。
「はふう。惰眠さいこー……」
「こんのクソ馬鹿っ。なにやってんのよ!? いい? 今回は数がものをいう作戦よ。どれだけぐーたらで怠け者で貧弱な奴でも数さえこなせば、いずれアタリを引くことができる。それなのに、あんたはっ!!」
「だってえー……いつ突入してもガジルさんに捕まるもーん」
「ああもうっ」
確実に前進しているはずなのに、生来のぐーたら気質が邪魔をする。このままいけばいいだけなのに、面倒だのキツイだの休みたいだのという思考が邪魔をして、足を止めてしまう。
いくら王女付きの護衛とはいえ、人間だ。一人でできることには限度がある。その限界はそう遠くない未来に訪れるはずなのに、好きな時に休めて好きな時に挑める断然有利なはずのミリファが先に根を上げていた。
いや、三日も保ったほうかもしれない。
ミリファの本来の姿はこういったものなのだから。
「ねえお姉ちゃん。一発で突破できる方法ないのお?」
「こんのクソ馬鹿ダメ人間め……。王女様の居住区画に一発で侵入するだなんて、そんなのどうすればいいってのよ」
ベッドに寝転がり、片足を床に落とし、ぎゅっと枕を抱き締め、完全にリラックスした状態でふにゃふにゃに溶けた声をあげるミリファ。そんなミリファのお願いを最終的には叶えようとするエリスの存在がぐーたらを促進していることに、はてさて当の本人は気づいているのか。
「……そういえば」
「おっ、何か思いついたんだっ」
「いやでも……うまくやれば、もしかしたら」
やがて。
姉はこう告げた。
「塔に使用人がいないとするなら、分かりやすい『隙』があるじゃない」
ーーー☆ーーー
そんなわけで情報収集の任を胸にミリファは主城内部の食堂を訪れていた。専ら使用人が使う食堂は利用者が多い分、そこらの大衆食堂顔負けの規模を誇る。しかも主城で働く人員は無料で三食おかわり自由という破格の待遇ということで、ミリファも毎日お世話になっている。
さて、そんな食堂はもちろん食事時は忙しいということで、ある程度落ち着いたタイミングでミリファは突入することにした。
朝と昼の境、比較的マシな時を狙って、ドバン!! と扉を勢いよく開き、ババっと謎のポーズを決めるミリファ。
「へいへーいっ! ミリファちゃんだぜーっ!!」
「はっはあ!! これはこれは腹ペコ小娘っ。どうしたどうしたさっき大盛り肉丼三度もおかわりしたばっかりだってのに、もう腹ペコなのか?」
右眼を縦に切り裂く古い裂傷やら白い割烹着を内側から押し上げる強靭な筋肉やら二メートル近い体躯やら、おおよそ料理人には見えない30過ぎの大男が愛用の長大な肉切り包丁片手に厨房から顔を覗かせる。
アーノルド=キングソルジャー。
四大貴族の一角にして代々将軍を輩出してきた公爵家の次男坊……のくせに料理長なんかやっている大男である。
どうやら小さな体躯で大盛りご飯を平らげる食べっぷりが気に入ったらしく、こうして親しげに声をかけてくれるのだ。
流石のミリファもキングソルジャー公爵家の名は聞いたことがあったが、本人が気にしてなさそうということで、いつも通り接していた。
「むう。アーノルドさんってば人のことなんだと思ってるんだよう」
「ちなみに朝食の残りが奥に──」
「よしきたっ。残飯処理は任せろーっ!!」
そんなわけでテーブルいっぱいに並べられた料理の数々をかっ喰らうミリファ。そんな彼女を小動物にでも餌やりしているかのような暖かな目で見守るアーノルド。
と、きちんと完食した後にミリファが口を開く。
「そうだった。ねえアーノルドさん。王女様たちの食事ってどうしてるの?」
「あん? そりゃ各塔内部にある厨房で王女様専用の料理人が腕をふるってるが……ああ、もちろん側仕えのミリファは知ってると思うが第七王女様は別な。使用人遠ざけているとはいえ、料理ばっかりは毒殺の危険性を排除できないってことで王女様の手でなく、俺らが作って毒味等済ませてから第七の塔に運んでるな」
「はいきたーっ! 決まったあっ!!」
「?」
予想通りの答えを聞けたところでミリファは作戦を開始する。『隙』は裏取りできた。後は貫くだけだ。
ーーー☆ーーー
使用人の類は第七の塔の中には存在しない。唯一の例外は護衛のガジルのみであり、その彼が料理以外は第七王女自身が行うといったことを言っていた。
ならば、料理は塔の外で作られ、塔に運ばれる。
ならば、料理を受け取る場面が『隙』となる。
第七王女自身が受け取るなら扉を開けたところで突撃して思いの丈をぶつければいい。そして、ガジルが受け取り、第七王女に届けるとなれば、その間は防衛網は崩壊している。王女の部屋に料理を届ける間に塔に侵入することもできるということだ。
というわけで、
「あっ、きたきたっ。おーいファルナちゃーんっ!」
「あの、その、は、はーい」
厨房から出てきたおぼんに料理を乗せた同年代の女の子に手を振るミリファ。アーノルド=キングソルジャーから今日の昼食を配膳する者について聞き出していたのだ。
ファルナ。
茶色のボブカットの(ミリファと同等の胸部装甲を持つ)メイド。側仕えのメイドであるミリファに比べてメイド服の質が違うのは、立場に応じたものなのだろう。(確実にファルナのほうが優秀なのだが)王女付きとその他大勢の扱いが同じでは問題も出てくるのだ。
そんなファルナは緊張しているのか瞳がよく動くが、何度か目にした彼女は常に同じような様子だったので、この状態が通常通りなのかもしれない。
「今日はセルフィー様の昼食の配膳についていきたいなんて無理言ってごめんね?」
「そ、そんなこと、ないよ。いきなり王女様の側仕えに抜擢されるくらい、あの、優秀なミリファさんの頼みだもん」
……どうにも肩書きで騙している気がしないでもないが、スムーズに話が進んでいるので指摘する必要もないだろう。
ちなみにミリファと違い、特定の誰かの側仕えにまではなれていないファルナとは何度か顔を合わせた程度であり、つい先程自己紹介したくらいだったが、同年代で庶民の女の子と仲良くなりたいというミリファの気持ちがファルナ『ちゃん』という呼称に現れていた。
「あの、ミリファさんっ」
「ん? どうかした、ファルナちゃん。あ、馴れ馴れしすぎたかな? どうにもここって同年代の女の子少ないからさ、親近感が湧いちゃって。そうでなくても距離を縮めるのが早いってよく言われるからさ。嫌なら嫌って言ってもらっていいから」
「ち、違う、の。あのね、その、ミリファさんって、やっぱり有名貴族様のところで、えっと、働いていたりしたのかな?」
「ぅえ?」
「だって、だってだって! いきなり第七王女様の側仕えに任命されて、その、他の使用人の方々みたいに遠ざけられたって聞かないし、あの、どこか格式高い家での経験があるのかなって」
「……そういったのは、ないかなーうん」
「じゃ、じゃあ、使用人としての英才教育を受けた、その、凄いメイドの家系だったり!」
「……私の家はありふれた農家かなーうんうん」
「そう、なんだ。それなのに、その、いきなり王女様の側仕えに任命されて、あの、やっぱり私なんかじゃ想像ができないくらい凄いんだろうなぁ」
「…………、」
謎の尊敬が眩しい。思わずただの勘違いだと言いたくなるが、こうにもキラキラした無邪気で純粋で真っ直ぐな感情を向けられると、
「ふふんっ! まーあー? 私ってば王命で、そう! 王様の命令でっ!! セルフィー様の側仕えに任命されちゃうくらいだしー? 凄いのは当然かなーっ!!」
「わ、わぁっ」
──簡単に乗せられてしまうのがミリファであった。
もちろん全て勘違い。ファルナの尊敬は虚構に過ぎないのだが……。
「あの、その、ミリファさんっ。メイドとしての極意、私に教えてもらっても、えっと、いいですか!? 私、昔から絵本のお姫様に憧れていて、その、自分がお姫様にはなれないかもだけど、せめてお姫様のそばで支えるメイドにならって思って……っ! だから、その、もっと頑張って、成長して、いつか憧れを支えられるメイドになるためにも、その、力を貸してくださいっ」
「ふふんっ! まーあー? 初日から王女様の側仕えに任命される私の力を借りたいってのもよーく分かるし? よおし、この私が力を貸してしんぜよう!!」
「ミリファさんっ! ありがとうございます!!」
「ふふ、ふはははは!! いいってことよっ」
もちろん後先なんて考えていない。
褒められて嬉しかったから、つい承諾してしまっただけであるから、次の日にはばっちり後悔することになるが、それはまた別のお話。