第四十六話 よし、戦争しよう その十三
その時。
先のバルベッサ砦よりも巨大な白にも黒にも見える閃光、つまりは四十九万もの魂が生み出すエネルギー波が所属に関係なく人間を蒸発させながら突き進んでいた。
中央を引き裂き、生き残りの三分の一もの人間が消し飛んでいく光景を見据え、エリスは拳を握り締め、立ち上がろうとしていた。
「だから待てって! 何するつもり!?」
「妹だけは守る、そのためなら──」
「本当くそったれな自己犠牲精神ね!! さっさと逃げるわよ!!」
「逃げ切れないわよ」
「私の奥の手使えば──」
「それは、今すぐ、全員を逃がすことができるくらい便利なもの? 違うわよね、そんなに便利なら、もっと早くに使っていたはずだしね」
むぐっ!? と息を詰まらせるリーダー。
その時にはエリスは『第一希望』を捨てて、『第二希望』に移行、せめて迫る破滅だけは魂を完全に消費してでも食い止めようと決断する。
その直前、
「民間人は逃げるっす。私が何とかしてみるっす」
「あ、ずるい私も格好つけたいーっ!!」
ひび割れるように壊れた肉体から鮮血を漏らすノワーズとフルアーマーの白露騎士団団長がそう言いながら、近づいてきた。
「今にも死にそうなくせに格好つけるんじゃないわよ。今のあんたにあれをどうこうできる力は残ってないでしょ。ミリファ連れて避難しなさい」
「騎士が民間人を見捨てて逃げられるわけないっすよ。そっちこそさっさと逃げるっす」
「妹の命運を託すのよ、一切の不安要素を排除するのが基本でしょ。だから──」
「ああもう! 言い合ってる暇あるとでも!? もうすぐそこまで来てるってえ!!」
リーダーの叫びと彼女たちを禍々しい光が照らすのは同時だった。残り十メートル前後を突き進む閃光が──
「チッ! だったら共に死ね!!」
「舐めるなっす! きちんと守ってやるっすよ!!」
『砕ける』のは目に見えていた。
これ以上の力の行使は彼女たちの命を散らす暴挙でしかない。
それでも戦う理由があった。
命よりも大切な『何か』があった。
だからエリスは死ぬのだろう。魂を燃やし、削り、崩壊させてでも、妹が生き残るという最低限の未来だけは貫くために。
だからノワーズは死ぬのだろう。誓いを貫くために。もう二度とつまらない悪意が民間人を殺すことだけは阻止するためにだ。
どこまでも格好良かった。
物語の主役になれる華やかさがある。
それこそどこぞの英雄譚や勇者の伝説にでも語られそうなほどに立派な生き様だろう。褒め称えられ、語り継がれていくほどに魅力的なものなのだろう。
ふざけるな。
そんなもののために大切な人が死ぬというのならば、より多くの犠牲を生み出してでも覆してみせる。
ーーー☆ーーー
シュッパァン! と。
四十九万もの魂の奔流が消滅した。
ーーー☆ーーー
その時。
迫る膨大なエネルギー波に対して大きく前に踏み出した影が二つ。
一つは第七王女セルフィー=アリシア=ヴァーミリオン。十メートル前後まで接近していた閃光が霧散したことを驚きもせずに見つめていた。
そして、もう一つは、
「ミリファ!? 馬鹿、何をやって……っ!!」
「もう大丈夫だよ、お姉ちゃん」
妹は後ろを振り向き、小さく笑みを浮かべる。形だけは笑顔であるが、姉にはわかる。今にも泣き出しそうなくせに強がっていることが。
だけど。
それでも。
ミリファは選択したのだ。
「ここからは私が──」
瞬間。
ゴッァアアアッッッ!!!! と。
迸る金色。そして肺腑を抉るような甚大なプレッシャー。
そう、ミリファの全身をとてつもない金色のエネルギーが包み込んでいるのだ。
「うわっ、本当にできた!?」
「できたって、なにやってるのよ!!」
「なにって、それは……凄いモードに変身して悪党退治突入?」
「こんのクソ馬鹿っ。ふざける時じゃないでしょ!!」
「ふざけてないでーす! だって凄いモードとしか言えないじゃん、これ」
あ、あの、それはですね……、と第七王女が説明を入れようとしていたが、ヒートアップする口論に流されていく。
「何が凄いモードよ! 『それ』がどういうものか、本当に理解してる? 理解して『それ』に手を出したわけ!?」
「はぁ!? 普通手を出すに決まってるじゃん!!」
「似合わない真似するんじゃないって言ってるのよ! ミリファに『それ』は似合わないのよ、いらないのよ、不釣り合いなのよ!! だから、お願いだから……戦いになんて関わらないでよ」
弱々しく伸ばされた手がミリファのメイド服の袖を掴んでいた。あの姉が制止するための行動として『こんなこと』しかできないほどだった。
なぜか。
決まっている、ミリファを守るために無理を通したからだ。
だからこそ、ここからはミリファの番。
エリスがミリファのためなら命だってかけられたように、ミリファだってエリスのためなら命だってかけられる。
……姉のように格好良くとはいかないだろう。みっともなく泣き喚き、グタグタ駄々をこね、何度だって目の前の恐怖に屈したくなるだろうが、それでも──やっと見つけた『答え』を曲げたりはしない。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「なにがよ、クソ馬鹿っ!!」
「すぐに戻ってくるから。だから、待ってて」
「……っ。だっ、て、だって!!」
「たまには私にも格好つけさせてよ」
袖を掴む手に自分の手を重ね合わせ、一本一本解きほぐすように外していく。最後の一本が離れた瞬間、エリスは迷子の女の子が泣き出しそうになっているような、どうしようもなく怯えた表情を見せた。
だから、ミリファは笑うのだ。
内心では恐怖や怯えが渦巻いていても、この瞬間だけは大好きな姉の不安を取り除いてあげるために。
「いってくるね」
ゴッォン!! と炸裂する轟音。
地面を踏みしめ、踏み潰し、数十メートルもの『深さ』の足跡を残し、真っ直ぐに飛び出した音だった。
ーーー☆ーーー
その時。
漆黒の愛馬に騎乗するヘグリア国が国王ゾーバーグ=ヘグリア=バーンロットはあまりの事態に思考が停止していた。
魔女が操っていた七百の二乗、四十九万もの魂を纏めて放射したのだ。魔法という形に整えてすらいないので二乗もの力の差があったわけではないが、それでも圧倒的な物量は魔女の力を遥かに超えるものだっただろう。
その力が、一瞬で消えた。
だけで終わらない。
「チィッ!」
ほとんど反射的な行動だった。脳髄を駆け巡る悪寒に従って『一つ前の』四天将軍の一人が死亡した際に『献上』されたスキルを発動する。
『鉄壁構築』。
物質の硬度を底上げするスキルである。
ただの石ころにすら上級魔法を耐え凌ぐほどの硬度を付加するスキルでその手に握った大剣を増幅、盾のように構えて──そのままぶち抜かれた。
「ッ!?」
邪魔な障害を粉砕した『拳』はそのまま国王を打ち抜くが、ブォン! とその姿がブレ消える。スキル『虚構蜃気』。己の幻覚を生み出すと共に術者の位置を半径三メートルのどこかに移動させるスキルである。
間一髪であった。
直撃の瞬間に今回の戦争で死んだ兵士から『献上』されたスキル『虚構蜃気』を発動、幻影を生み出すと共に愛馬の右横三メートル地点に瞬間移動した国王は二の足で地面を踏みしめ、襲撃者を見据える。
金色のオーラを纏う小柄な少女だった。
というか、そのまま通り過ぎていった。
「わ、わわ、勢いつけすぎたーっ!」
愛馬の上を突っ切り、そのまま後方に残る兵士の中に突っ込む。あまりの勢いにそれなりに鍛えられているはずの本陣つきの兵士たちが木っ端のように薙ぎ払われていく始末だ。
「……なんだ、あれは?」
ーーー☆ーーー
一方ミリファはというと『効果範囲外』のため一人っきりで敵地に放り込まれた形であった。大切な人を守る、そう決めたのはいいが、具体的にどうすればいいかもただの村娘には判断つかなかった。
そもそも一歩前に出ただけで敵陣に突っ込むとは考えていなかったし、兵士を薙ぎ払いながら、最終的に誰かの胸の中に飛び込んで押し倒すことになるとも思ってもみなかった。
「ふにゃあ!」
「ぐっ!」
一緒くたに倒れ込み、『いてて』と唸りながら顔を上げて、エリスと同じぐらいの歳だろう赤と青の瞳を持つオッドアイの女性と視線が合う。つまりはヘグリア国の兵士とだ。
とりあえず挨拶してみることに。
「は、はじめまして」
「あ、どうもであります」
お互いぺこりと頭を下げ、再度目を合わせて──ようやく事態を認識したのか、女性がミリファを突き飛ばし、飛び退く。
「お、お前何者でありますか!? というか凄い勢いで突っ込んできたでありますよね!?」
「ふっふっふう。私は第七王女が側──」
「いいや、そんなのどうでもいいであります! 敵は倒す、それが兵士の務めであります!!」
「あれえ!? 問答無用なのーっ!?」
ズシャッと腰の剣を抜くオッドアイ兵士につられて、ミリファの周囲を取り囲む兵士たちが同じように武器を構える。
ミリファの正体が何であれ、アリシア国軍所属の敵兵であることに変わりはない。よって始末する。それだけの話なのだろう。
……この戦いを続けていいのか、そもそも『あんな奴』に従っていいのか。先の攻撃で味方ごと蒸発していった光景を見た彼女たちの中にはそのような考えが流れていたことに果たしてミリファは気づけていただろうか。
それでも兵士としての務めを果たそうと身体が動いたのだろう。染みついた癖はそう簡単には抜けない。あるいは未だに混乱したままであり、条件反射的に動いているに過ぎないのか。
「覚悟するであります! 被害だけ馬鹿みたいに生み出す『あんなもの』がこれ以上使われる前に決着をつけてやるであります! お前を倒して、アリシア国軍も殲滅して、こんな戦争もう終わりにしてやるんでありますよ!」
「これはこっちの台詞だよっ。コテンパンだからな、こんにゃろーっ!!」
ふにゃーっ! と唸り、拳を握り締め、構えるミリファ。運動なんて大の苦手なぐーたら娘らしいへにゃへにゃした構えであったが、あまりにも隙だらけの素人丸出しフォームの癖にあれだけの特攻をぶちかましたギャップがいい具合に作用したのだろうか。
もしかしてわざと隙を作って攻撃を誘っているのか? とか、このまま馬鹿正直に突撃すればカウンターで粉砕されるのではないか? とか、そういった囁きが兵士の中から漏れていた。
その結果、じーっとオッドアイ女性とミリファは見つめ合うことになった。
「あれ? 攻めてこないの???」
「む、むむむぅ!」
疑心暗鬼に雁字搦めに縛られ、ジリジリと焦りだけがオッドアイ兵士の胸の中に燃えているのだろう。突きつけるように剣の切っ先を構えるが、その刃はグラグラと揺れているほどだ。
あるいはあまりに大勢が呆気なく消滅した光景が脳裏に焼きつき、ミリファと戦う余裕なんてどこにもないのか。
やがて。
ミリファはふとこんなことを口にしていた。
「戦争終わりにしたいんだ」
「……それが、どうしたでありますか」
「貴女の味方もさっきので消し飛んだけど、『あんなの』は貴女も嫌だったんだ」
「なっ。ふざけるなであります!」
問いかけてきたのは敵だ。
本陣に突っ込んできた危険人物だ。
それが分かっていて、それでもそんなことが頭から吹き飛ぶくらい瞬間的に頭に血がのぼったのだろうか。
まさに栓が外れたように、女性の口から感情が溢れ出る。
「そんなの当たり前であります!! あの野郎、ふざけやがって。戦争の大義名分なんてくだらない利益追求でしかないのは分かっているであります。それでも! 自分たちは命をかけているのでありますよ!!それを、あのクソ国王は仲間たちを巻き込むように攻撃を仕掛けたんでありますよ!! そう、そうであります、よりにもよって捨て駒どころか攻撃したら巻き込まれていたくらいの感覚で味方を殺しやがったでありますよ! 勝つために必要な犠牲じゃない、自分以外はどうなってもいいと本気で考えてやがるでありますよ!! そんな奴のためにどうして仲間たちが死ななければならなかったのでありますかあ!!」
対して。
ミリファは困ったように眉根を寄せていた。
こういう時どうすればいいんだろう、と思っていたからだろうか、どこか誤魔化すようにこう返していた。
「あー……あっと、そうだ!さっきの傍迷惑な攻撃そっちの国王がやったんだっ。というか、もしかして真っ黒な馬に乗ってた人とか? とりあえず攻撃が通ったところをなぞるように突っ切った時に一番最初にぶつかりそうになったしさ!」
「そうでありますよ! それがどうしたでありますか!」
「だったら私が国王を倒せば、少なくともさっきのやつみたいな傍迷惑な攻撃にお互い巻き込まれる心配はないってことじゃん」
さらりと口にしていた。
あまりに自然に『お前んところのトップ潰すから』的なことを言うものだから、オッドアイ女性の反応が遅れたほどだ。
「な、にを……」
「あっ。よくよく考えたら国王倒せばヘグリア国軍も撤退してくれないかな!? そうじゃん、そうだよ、こういうのって頂点倒せば撤退してくれるのが定番だよねっ」
「何を言っているでありますか!? 大勢の人間を呆気なく消し飛ばしたほどの力を持つ国王を倒せるとでも思っているでありますか!?」
「それなら大丈夫」
不敵に笑みを浮かべ。
ミリファはトントンと確認するように己の胸を拳で叩き、こう言った。
「さっきの攻撃、全部私が食べちゃったからさ。その分だけ強くなっているのです!!」
「……はぁ!? 確かに途中で消えたような気がしたでありますが、食べたってマジでありますか!?」
「えへへ。照れるなぁ」
「褒めてないでありますからね!?」




