第四十四話 よし、戦争しよう その十一
アリシア国軍本陣まで届くほどの閃光。
アリシア国軍中央を照らす白にも黒にも見えるその光は魔女の奥の手たる五百以上もの魂の集合体が潰えた証明である。
「にひ、にひひっ、にひひひひひ!! 違うよね、こんなの間違ってるよねーっ! ストックは十分だった、存分に殺しを楽しめる力があった、なのに!!」
ジュッバァッ!!!! と地面を蒸発させ迸るは漆黒の閃光。
『炎の書』第九章第五節──煉獄招来。
超高温度の光の筋は大陸のどこにいようとも招来と同時に対象を焼き払う『速度』と『熱量』を併せ持つ。
関係なかった。
ズッゾォンッッッ!!!! と振るわれるは騎士の斬撃。光の一撃に合わせるように薙ぐ銀の一閃が煉獄の擬似展開魔法を受け止めたのだ。
「な、める、なっすう!!」
溶接時の何百倍もの火花が辺り一面に飛び散る。あまりの熱量に長剣が真っ赤に赤熱し出すほどだった。
それでもマシなほうだ。もしも『剣術技術・限界突破』が出力する膨大なエネルギーがなければ、鉄の剣など瞬く間に蒸発し、ノワーズ自身も同様の末路を辿っていただろう。
だが、それで終わりではない。
「『土の書』第九章第一節──領域滅亡」
地面が、崩れた。
ゴグシャッア!!!! と地面を砕き、めくり上げるは『領域』を抹消する第九章魔法。地面を津波のように薙ぎ払い、地面を構築していた土や石が数百メートルもの高さまで達する膨大な質量が迫る。
対して、
「ハッァァァッッッ!!」
ボッゴォン!!!! と。
猛火と暴風が合わさり、相乗的に増幅され、茶色の絶壁へと突き進む紅蓮の閃光と化す。
紅蓮と絶壁の衝突と共に戦場が真っ赤に染め上げられた。目を焼くほどに凄まじい光量は、それだけ互いに秘めたるエネルギーが莫大である証拠だろう。
瞬間、紡がれるは明白な決着。
響くは轟音。
騎士の剣と姉の炎風とが第九章魔法を打ち破ったのだ。
「さあ、次はなに!?」
「何でもいいっす。ぶった斬るだけっすから!!」
魔女モルガン=フォトンフィールドが体内の魔石にストックしている魂の数は既に四にまで減少していた。そこまで消費してもエリスやノワーズは崩れていなかった。
届く。
死肉の魔女は決して勝てない敵ではない、と。
そういった眩いばかりの希望が溢れるのがひしひしと感じられた。
(……にひ☆)
──それこそが魔女の『演出』であるとも知らずに。
(わざわざ魂を一つずつ消費して第九章魔法を具現化した甲斐があったにゃー)
まず一つ。
第九章魔法に必要な魔力は魂一つ分だが、だからといってそれ以上使用してはいけないわけではない。それ以上消費することで対ウルティアの時のように、より強大な力を引き出してもいいのだ。
(あと少し、もうちょっとで勝てる、と。希望が見えてきたところで奈落に突き落とす。それくらいしないと楽しくないし、それくらいしないと腹の虫が収まらないよねー!!)
そして、二つ目。
確かに体内に入った魔石に込められたストックは残り四つだが、この場には無表情女が殺した騎士の魂が漂っている。百を超えるその魂をいつでも使用できるのだ。
さあ、今こそ絶望の時。
熟成した魂を殺してやろうではないか。
ーーー☆ーーー
その時。
少女騎士は首都で魔導兵器と戦った時と同じ移動速度で戦場を駆け抜け、その刃にリミッターを解除した不可視のエネルギーを凝縮させる。
『剣術技術・限界突破』。
前人未到の領域へと手を伸ばし、掴むほどの才能が死肉の魔女を追い詰める。
ふわりと魔女が羽織る白のマントが舞う。ギラリと光るは胸に組み込まれた魔石。死肉の体内から感じられるものとは比較にならないほど禍々しい圧を放っていた。
あの中に『奴』がいる……らしい。
他の魂と同じように、自身の魂を魔石に封入していることはエリスから聞いていた。
風を操る彼女は特定の振動を生み出すことでノワーズだけに聞こえる声を作り出し、そのことを伝えたのだ。
どうやらエリスにはそのことを見破れる『力』があるらしい。詳しいことは不明だが、あれだけの力を振るう冒険者の中の有名人、『炎上暴風のエリス』の言葉だ。信用に値するだろう。
ならば攻略法もまた導き出せる。
後はどうやって『奴』まで攻撃を届かせるか、という話になるだろう。
「にひ☆ 漂ってるねー。勝てると、もう少しでハッピーエンドだと、そんな願望がひしひしと感じられるにゃー」
瞬間。
これまでとは違う、次元が異なる気配が炸裂した。
第九章魔法。地形を変え、物理現象を超越する力ではあるが、その属性は明確に区別されていた。炎、水、風、土。四大属性を肥大化、増幅させた性質であったために、振るわれる力もまた単純なものだった。
だが、今回は違う。
なぜなら、
「『炎の書』第九章第五節──煉獄招来、『水の書』第九章第四節──零点突破、『風の書』第九章第二節──風神ノ鉄槌、『土の書』第九章第一節──領域滅亡」
各属性の第九章魔法、その同時使用ではない。
「分解、結合、再構築」
一度完全に分解した上で元素因子を結合し再構築する。つまりは四属性を『束ねる』ことで生まれる第五の領域。
「『極の書』第九章第一節──天上顕現」
それは純白の閃光であった。
炎であり水であり風であり土である、この世界を構築する四大元素を『束ねた』新生の一撃。
その一撃は次なる世界を紡ぐ創造の極致。絶対的な『生』の前に古き理はそのことごとくが塗り潰されかき消え死滅する。水で炎を消すように、炎で土を焼くように、土で風をせき止めるように、風で水を吹き飛ばすように。
これぞ究極。
森羅万象を司る究極の魔法。
戦争が始まってから構築を開始して、ようやく完成したほどには発動までに時間がかかる真なる奥義。
純白の超新星爆発のごとき究極が芽生えた希望を蹂躙する。
ーーー☆ーーー
その時。
エリスは口元をつり上げていた。
(聞こえていた通りよ、クソ魔女が)
エリスにはある特技がある。
『魂から響く声』を聞くことができるのだ。
つまり魔女の思考は筒抜けであり、こうして『極の書』を顕現することも分かっていた。
そして、もう一つ。
エリスは純白の奇跡を『知っている』。
(四属性魔法を分解、結合、 再構築することで究極に至ることができるってのは破滅の賢者との殺し合いで散々思い知ったのよ)
数多の猛者との殺し合い、その一つ。
四属性『束ねし』破滅の賢者を打ち負かしたという偉業がある。そう、破滅の賢者も四属性を束ね、究極の扉を開いていたのだ。
……ただし、破滅の賢者は第二章魔法を束ねており、だというのにエリスは全力でぶつからなければそれを破ることはできなかったが。
だが、データはある。
破滅の賢者の使っていた力を元に概算ではあるが、第九章を再構築して生まれた究極魔法の力を分析することはできる。
つまりは、
(全力『以上』を振り絞れば、何とかなるのよ!!)
──魂が爆ぜる音がした。
魂から魔力を抽出する魔法という力に基本的には副作用がないことからも、ある程度の消費は回復することが予測できるだろう。が、何事にも限度はある。
もう二度と元の形には戻らないだろうな、とか、このまま砕け散ってしまうかも、とか、脳裏には浮かんでいた。
全部ねじ伏せた。
ミリファの笑顔を守る、それ以外はどうでもいい。
最低限、死なずに済むのならば、後はどうとでもなる。だから振り絞れ。魂を燃やし、削り、力と変えろ。
ギヂィ!! と握り締められた拳に集うは猛火と暴風。『炎上暴風のエリス』を示す魂の一撃である。
「おォおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
音も光も消えた。
ただただ純白と炎風の激突があった。
瞬間。
臓腑を抉る笑い声が一つ。
「追加にゃー」
ぐにゃりと空間が歪んだかと思えば、無数の光の球体が歪みから滲み出るように顕現したのだ。
総数百二十。
無表情女が殺した騎士の魂である。
「さあ、どうする?」
そこまで、全部、聞こえていた。魔女の悪趣味はもちろんのこと、純粋な友愛もまた猛烈に感じ取れた。
つまり、
「その球体どもをなんとかすれば、ミリファや第七王女様を救える。だから! 力を貸せ、第五王女様あ!!」
応えるように百二十に及ぶ光の球体がその動きを止めた。まるで空間に押し潰されるように──空気が牙を突き立てたように。
つまりは『大気技術』。
空気に暴虐性を付加する『技術』にして、第五王女ウルティアの得意技である。
「な、に!?」
第七王女もそうだが、『友達』たるミリファを助けたいと願うその意思はエリスまで届いていた。全部聞こえていた。面識なんてないが、共通の想いがあれば、共に戦える。
だから。
だから。
だから。
ーーー☆ーーー
その時。
しかし魔女は獰猛に笑っていた。
(にひ☆ 本当予想外も予想外、心底ムカつく展開だけど──あの時と違って、私には最後にして最大の武器があるのよねー!!)
エリスは魔女の肉体を消し飛ばした。
そうすることで『生物』という括りを崩し、魂だけの存在として魔女を再定義するに至った。
そう、今の魔女は己の魂さえも『魔力隷属』で操っている。己の肉体と己の魂、合わせて『生物』だったあの頃と違い、その魂を操り消費することができるのだ。
高純度の魂であればあるだけ膨大な力が発揮されるのはいくつもの魂を消費しても、単一の魂を使うエリスを削りきるに至らなかったことからも分かるだろう。
ならば、魔女モルガン=フォトンフィールドの魂を生存本能が制限する以上に消費したならば? 生まれるエネルギーはこれまでの比ではないだろう。
(にひ、にひゃははっ、にひひひひひ☆)
これが終焉。
これが結末。
これが決着。
(『魔力隷──)
ズッゾォォォンッッッ!!!! と。
胸に埋め込まれた魔石を貫く刃があった。
「に、ひ?」
それは騎士の剣であった。
それは少女の決死の想いであった。
それは『技術』だけでなく、肉体のリミッターをも解除した一撃であった。
ぶしゅっ!! と腕や足が内側から爆ぜる。最初の邂逅、第九章魔法が生み出した土の兵を両断した後のように。
それ以降は肉体への負荷は見られず、また少女騎士の移動速度も首都で戦った時と同じだったはずだ。だからそれが最大速度だと見誤った。
ゆえに、遅れた。
致命的だった。
肉体のリミッター解除が生み出す超高速移動が『魔力隷属』で己の魂を力と変える『前』に到達したのだ。
魔女の心臓部。
魔石を──その魂を貫く。
「魂は異なる魔力を混ぜれば崩壊するっす」
「あ、あ……? はぁ!? まっ、待って、それは駄目だって! そんなことしたら、もう復活できない!! 死、死んじゃっ」
「そうっすか」
ブァッ、と長剣が光る。
微かな魔力の流れ。それこそ閃光を出して目くらましに使うくらいしか使い道がないそれが、しかし異なる魔力が流れ込むことで魔女の魂に拒絶反応を起こす。
「ぎ、ぁ──」
ザンッッッ!!!! と長剣が振り抜かれ、死肉を両断する。その口から不快な悲鳴が漏れないように。これ以上魔女の傀儡としないために。
『何か』がのたうち回る気配がした。
肉体を殺すだけなら痛みによる気絶や神経の損傷、脳の許容量オーバーによって苦痛が遮断されることもあるだろうが──魂の死にそんなものはない。
魂『だけ』の存在たる魔女はその苦痛を存分に味わって味わって味わっているのだ。
「さよならっす」
パン、と。
軽い、あまりにも軽いその音が魔女モルガン=フォトンフィールドの魂が死滅した証であった。
ーーー☆ーーー
魔女は死んだ。
アリシア国軍中央を崩し、王妃を倒し、エリスやノワーズやウルティアが三人がかりでないと倒せないほどに強大な敵を下すことができた。
だからハッピーエンドか?
いいや違う、今回の勝利条件は魔女に勝つことではないはずだ。
死肉の魔女のインパクトが大きくて忘れているかもしれないが、今回の主軸は戦争。つまり敵は軍勢である。
だから、
「さて」
ヘグリア国軍本陣。
そこに君臨するは軍勢の支配者。
つまりは、
「ほとんど戦力を失わずアリシア国軍に大打撃を与えることができたことだし、そろそろ反撃といこうか」
ヘグリア国が国王。
ゾーバーグ=ヘグリア=バーンロットが動き出す。戦争という図式を最も強烈に示し、最も冒涜的に利用するために。




