第四十一話 よし、戦争しよう その八
エリスは決して無傷ではなかった。
白露騎士団との戦闘で全身には決して軽くない傷を負った。中には骨まで達している裂傷もあるほどだ。
だからどうした。
妹を泣かせたクソ野郎を殺すためなら限界だろうが突破してみせる。
「『炎の書』第八章第四節──獄炎灼槍撃」
ゴッアアア!!!! と魔女がその腐敗した左腕を振るい、漆黒の猛火を吐き出す。視界を覆い尽くす漆黒の炎、小さな町の一つや二つ丸々呑み込むほどの規模を誇る猛威が槍の形に収束する。
上級に至る力、地形を変えるほどの猛威を前にして、しかしエリスには手加減する理由は一つもない。
ゆえに首都を飛び出した瞬間から準備しておいた必殺を解放することに躊躇はなかった。
ブゥン!! と展開されるは二重に重なり合う魔法陣。紡ぐは風と炎の合わせ技。万象焼却粉砕するドラゴンの顕現を示す。
「混合魔法──焼き砕け、炎上暴風龍!!」
ブォワッ!! と迸る暴風が紅蓮の焔を巻き上げる。燃え盛る暴風の龍へと変貌を果たす。
炎上暴風龍。
エリスの魂を削り具現化される魔法がそのアギトを大きく開き、地面を溶かし抉りながら漆黒の炎槍へと喰らいつく。
第八章魔法・獄炎灼槍撃など先の殺し合いで打ち破った魔法である。ならば同じように焼き喰らえばいい。
だから。
だから。
だから。
ぐちゅりと死肉の中に左腕を突っ込む魔女。そこから取り出すは白にも黒にも見える鉱石。つまりは死者の魂を内蔵した魔石である。
「『風の書』第八章第六節──魔癌風砲」
ずるりと魔石から滲み出るように噴き出した高濃度魔力たる魂が変質。第八の次元に君臨する風系統魔法へと生まれ変わる。
「にひ☆ 『あの時』と同じと思ったかにゃー?」
ズッゾァッッッ!!!! と細く細く濃縮した漆黒の風槍が放たれた。小指ほどの太さの一撃が炎上暴風龍へと突き刺さる。
じわり、と。
漆黒の風が燃え盛る暴風の龍の内部に『染み込む』。
紙を水に浸したかのように紅を漆黒が染めていく。半分ほど体表を染めた瞬間、ズッパァン!! と弾けた。漆黒の起爆、炎を抉る暴風の爆発が龍の構成エネルギーを削ぐ。
そこに町を丸々呑み込んだってまだ足りないほどの漆黒の炎槍が襲いかかった。抉れた体表を広げるように禍々しく荒れ狂う穂先が突き刺さり──凄まじい閃光が炸裂した。
膨大なエネルギー同士が激突し、対消滅したのだ。
そう、つまり。
魂を削る捨て身の魔法が死肉の魔女に届かなかったということだ。
「にひ☆ 『魔力隷属』って知ってるかにゃー?」
わざわざ語る必要はないのかもしれない。
だが、それでも、魔女は口を開く。
勝つことが目的ではない。ただ殺すことが目的でもない。恐怖を苦痛を絶望を極限まで搾り尽くしてから、魂の尊厳を踏みにじり殺すのが目的なのだ。
ならば。
圧倒的な力の差を言って聞かせて理解させて、そして殺したほうがいいに決まっている。
「その名の通り魔力を隷属、支配するスキルにゃー。魔力にしろ魔法にしろ支配できるんだけど、『炎上暴風のエリス』の魔法に関しては力づくで破られたっけ。本当メチャクチャだよねー。まーあー? エリスちゃんほどの猛者が宿す純度が高い魂を削って具現化したものだし、それだけの力があっても不思議じゃないよねー」
そう、魂を削るほどの無茶を通せば、魔法に込められる魔力量は凄まじいものとなる。エリスの場合は生存本能が壊れた結果ではあるが、どちらにしても魂を削っていることに変わりはない。
ならば。
エリスが宿す純度の高い魂ではないにしても──魂全てを魔法構築のエネルギーとしたならば?
「私の『魔力隷属』は魔力を支配する。そこから派生した魔法、そして魔力の供給源たる魂さえも。にひ☆ とはいえ肉体から魂を剥がすことはできないんだけど。私が干渉できるのはあくまで魔力のみ。肉体という不純物と組み合わさった『生物』は適応外ってわけにゃー」
包み隠さず話すことにも意味はある。
欠点さえも把握して、なお、戦力差が絶望的だと理解してしまうことに意味がある。
「にひ☆ 私は、今、七十二の魂を魔石に装填し、ここに入れているにゃー」
ぽんぽんと己の手でぶち抜いた腐敗した腹部を叩く魔女。
「その一つ一つが第九章魔法を構築可能なまでのエネルギーを秘めているわけ。にひ、にひひっ。命は尊い? 確かにその通りだにゃー! 『向こう側』との境界線に干渉できるエネルギーがあるってことだしねー」
楽しげだった。
七十二の魂の保有。つまりは七十二回第九章魔法を放てるということ。先の事件では死者の魂を保有していなかった上に近場に死した者がいなかったために魔女の保有する内蔵魔力だけしか使えなかった。その結果敗北したが、こうして事前に準備しておけば魔女に敗北はない。
そもそも七十二の魂の他にも無表情女が今なお騎士を殺害している。追加の魂はいくらでも──
「あ、れ? ……あいつ、どこいった?」
静寂が流れる。
騎士の抵抗をねじ伏せる無慈悲な暴虐が死肉の魔女が気づかぬ内に消失していた。
そして。
「ねえクソ野郎。御託は終わり?」
ゴッバァッッッ!!!! と。
炎上暴風龍と同等、あるいは超えるほどの熱波が吹き荒れた。
「……な、に!?」
炎が噴き出し、風が舞い上げ、エリスの全身を包み込む。戦闘スタイルは今までと同じだ、だがそこに込められたエネルギーは先の比ではない。
「ようやくテメェの想像の外に足を踏み入れることができたようね。『魂から響く声』がそのアホヅラが『演出』なんかじゃないと伝えてくるわよ」
「なにを、した!? その力は一体どこから絞り出したのよ!!」
対して。
エリスは首を傾げ、小馬鹿にしたように口元を歪める。
「敵に手の内明かす馬鹿がいるわけないじゃん。ああ、あんたがそうだっけ。ごめんね、あたしそこまで馬鹿じゃないのよね」
ぶちぃ!! と腐った唇を犬歯が貫く。
魔女の想定の外、『演出』を超えた先に歩を進めた──とはいえ、戦力差は変わらないはずだ。
第九章魔法七十二発分のストック及び無表情女が殺害した騎士の総数百二十、合わせて百九十二もの魂を使用可能な死肉の魔女に敗北はない。
いいや、もしもこれでも足りなかったとしても、アリシア国軍中央を進軍する五百以上もの魂の集合体を呼び出せばいいだけだ。
「殺してやる」
「あたしの台詞よ」
直後。
真正面から死肉の魔女と妹を守護する姉とが激突した。
ーーー☆ーーー
その時。
『魔の極致』が六席に君臨する無表情女はクラン草原の端に立っていた。遠くに両軍がぶつかっているのが見える、ということは戦場から飛ばされたのか。
瞬きの前と後とで光景が変貌した。
瞬間移動や高速移動とは少し違うことは分かるのだが、何をされたのかまでは把握できなかった。
そして。
彼が正面に立っていた。
「よお、随分と殺してくれたなーおい」
「……何の用? 黄泉の収束点たる我が主からの命により、この大陸に生きとし生けるもの全てを殺す必要があるのですが」
「ったくよ。ヘグリア国の侵攻やら嬢ちゃんを縛る『運命』やら、色々面倒なの溢れかえってるってのに……こいつはまた別口なんだろうなー。何せ全てを掌握した風だった古カビ臭い王妃負けてるしさ」
不真面目を隠そうともせず不良騎士はガリガリと頭を掻く。腰の剣に手をやり、気だるそうに息を吐き──空気を引き裂く音より先に激突があった。
ッッッゴッガァ!!!! と。
細身の剣と騎士の長剣とが噛み合うように衝突したのだ。
一撃なんてものではない。まさに幾千もの銀の閃光が舞い、打ち払い、受け止め、弾き、合わさり、遅れて草原を抉る衝撃波と幾千もの金属音が重なり合う不協和音とが炸裂した。
吹き荒れる余波自体が風の中級魔法に匹敵するエネルギーを秘めていた。その中心でガギィン!! と刃と刃が激突し、ようやく動きを止める。
「この力、人間? 本当に???」
「見て分からねーか? どう見ても人間だし、どう見てもただの不良騎士だろうが」
首都から馬を使い潰したとしても数日はかかる距離にあるクラン草原まで走ってきた不良騎士──ガジルは第七王女を害する敵の中で一番厄介な相手を戦場から引き離した。
理由の一つは他の敵を相手する余裕があるか不明であったことだが、こうして激突した結果を見れば、距離を離したことが正解であったことが分かるだろう。
殺し合うだけで周囲に多大な被害が出てしまう。それこそ全方位に中級魔法をばら撒くような『余波』に護衛対象たる第七王女を巻き込んでしまっては元も子もないだろう。
ーーー☆ーーー
エリスには大きく分けて五つの力がある。
一つ目は『魔力技術』。生存本能が壊れたエリスは魔法を具現化するほどの魔力を引き出そうとすると、限界以上まで垂れ流してしまう。だが『それ以下』の微弱な魔力ならばコップを揺らし中の水を零すように『漏らす』ことができる。そうして引き出した微弱な魔力を『技術』で増幅、加工しているのだ。
二つ目は『防具技術』。身に纏う黒のバトルスーツに『技術』を付加することで炎や風が生み出す余波がエリス自身を壊すことを防いでいる。
三つ目は『魂から響く声』。スキル……なのかも不明だが、とにかくエリスは魂の声を聞くことができる。思考を読むと同義なのかもしれないが、どうにもそうではないとも思える不思議な力である。敵の考えを読めるためフェイントや策略や死んだふりはエリスには通用しない。
……先の魔女との殺し合いでは当の本人が打つ手なしと思いながら死んでいた。その『後』に復活のきっかけを掴み、こうして再度立ち塞がっている。そういった例もあるため、決して万能でもないのだが。
四つ目は炎上暴風龍。生存本能が壊れているエリスが魂から削ぎ落とされる魔力を調整、具現化する魔法である。この魔法は安全装置という意味合いもある。生存本能が壊れたまま考えなしに力を絞り出せば、それこそ魂が消滅するまで垂れ流しになることだってあるだろう。そういった自滅を防ぐために炎上暴風龍は魂からの魔力の流出を制限する。時間をかけて、丁寧に、魂から引き出す魔力量を調整しているのだ。
ならば、垂れ流せば?
わざわざ魔力の流出を制御しようとせず、流れるままに流せば時間をかけずとも炎上暴風龍と同等かそれ以上のエネルギー量を引き出せるはずだ。
五つ目は『魂魄技術』。
文字通り魂を武器とする『技術』である。
基本は『魔力技術』と同じく魔力を操り、炎や風と変える『技術』であるが……たった一つだけ違う点がある。
『魂魄技術』は生存本能が壊れたままに魔力を引き出す。つまりは魔法という形に整えていた安全装置を解除する方式であるのだ。
そもそも炎上暴風龍と同等かそれ以上の力を振るうことができるということは、それだけの魔力を引き出しているということだ。ならその源たる魂から『どれだけ』魔力を引き出す必要があるのかも分かるものだろう。
そう、『魂魄技術』に限界はない。退き際を誤れば、エリスの魂が消滅するまで魔力を引き出すことだろう。
ーーー☆ーーー
「『土の書』第七章第一節──地爆滅葬」
魔女の腹部が内側から白にも黒にも見える光を放つ。肉の中に埋め込まれた七十二の魂を収納している七十二の魔石が反応しているのか。
直後、起爆。
エリスの足元が猛烈な閃光と共に指向性を付加した漆黒の爆風を撒き散らす。爆発自体に砦を一撃で吹き飛ばす破壊力が宿っているというのに、さらに一点集中させているのだ。
対軍魔法、あるいは大量破壊兵器。
そもそもが個人を標的に設定された魔法ではなく、集団を殲滅するための力だ。そんなものを個人に向けたならば、跡形もなく吹き飛ぶのが普通である。
ゴッドォン!!!! と。
足を振り上げ、振り下ろす。たったそれだけの動作で上級に位置する対軍魔法が踏み潰された。
魔女の生み出した爆風とエリスが叩き出した炎と風の衝撃波とが戦場を舐める。まさに竜巻にでも巻き込まれたように周囲の騎士が吹き飛ばされていくほどだ。
ちらりとエリスは後方を確認する。
妹の無事を……ではない。そちらは予想通り天使姿の『友達』が近くにいた王女らを含めて押し倒すことで被害を最小に抑えていた。そう、妹が無事なのは当たり前のことだ。
「お姉ちゃんっ!」
不安なのだろう。
敗北するとは考えていないにしろ、怪我をしてしまうのはこれまでも散々思い知っている。だからこそ、心配そうに声を張り上げたのだ。
そんな妹の声に応えるように。
姉は小さく笑みを浮かべる。
「大丈夫。お姉ちゃんに任せなさい」
怪我をしないとは言えない。
心配をかけるのは承知の上。
それでも、それが妹の身を守るためならば、姉はいくらでも押し通す。
ミリファの想いを汲み取った上でエリスは静かに拳を握り締める。せめて命だけは繋げて、散々妹に心配をかけて、それでも最後には二人で笑い合える未来を掴むのだと。
だから。
「『水の書』第八章第一節──水蒸崩撃」
ブォッワァ!! と死肉の右腕、その断面より溢れ出した漆黒の蒸気が一気に膨れ上がる。頭上を覆う漆黒のモヤ。巨大な怪物がアギトを開くように迫る蒸気は触れ合う地面を腐敗させ、塵と変えていくほどのエネルギーを撒き散らす。
「ハッァァァ──!!」
気合い一閃。
両手を突き出し、魂から魔力を引き出す。
視界をオレンジに焼く猛火が吹き荒れる。余波だけで周囲の騎士の鎧を赤熱させ、地面を溶かす灼熱へとさらに雲を吹き散らすほどの暴風が炸裂した。
ブォッゴォ!! と猛火を巻き込み、天を突き抜ける灼熱と暴風の壁が展開される。
直後に激突。
対象を侵食し、腐らせ、塵と変える蒸気のアギトが凄まじい勢いでかき消える。焼き刻む赤き障壁は害意ある力を根こそぎ抹消する。
「焼き、尽くせええええええっ!!」
灼熱の障壁がブクボブッ! と沸騰するように膨らみ、蠢き、破裂。堰き止めていた川の水を解放したかのように、猛烈な勢いで噴き出したのだ。
まさに赤熱の津波。
天まで届く障壁が魔女へと覆い被さるように襲いかかる。
「『水の書』第八章第一節──清廉水界」
ジュッバァァァ!! と灼熱の壁の『内側』から漆黒の水蒸気が溢れ出した。対象を漆黒の水へと変質、支配する魔法──なのだがあまりのエネルギー量に完全に水と変換することはできなかったのだ。
それでも半分程度は水と変換されたため、灼熱と水とが互いを殺し合い、液体から気体への体積変化が限界を突破。直後に爆発を引き起こす。
バッボォン!! と馬を薙ぎ払い、騎士を吹き飛ばす爆風の中、しかし引き裂くように飛び出したモルガンとエリスとが拳を握りしめる。
「にひ☆ 死んじゃえ!!」
「テメェがな!!」
渦巻く大気が互いの左拳へと集う。まさに力の奪い合い、ここを制したほうが次の激突を制すると言わんばかりに。
「『風の書』第七章第十節──風葬」
「吹っ飛べえ!!」
アクションそれ自体は単純であった。風を集め殴りつける、ただそれだけ。ただしその拳に秘められしエネルギーが膨大なだけだ。
ゴッッッ!!!! と。
拳と拳がぶつかり合う。
ビギビギビギッ!! と足場が砕ける中、大気を使役する拳同士は拮抗していた。第九章魔法を纏いし漆黒の打撃と暴風の拳が激突したものだから、それこそ災害と見間違うほどの余波が吹き荒れるが、そこで終わりではない。
そう、エリスは炎上暴風の冠を持つ者。
その真価は炎と風の合わせ技であるのだ。
ヂリッ、と火花が散ったかと思えば──その拳に凝縮された風と同等のエネルギーを秘めし炎が噴き出したのだ。
「『水の書』第八章第七節──氷花繚乱」
ビヂィ!! と魔女の周囲を舞う数百に及ぶ漆黒の氷の花と荒れ狂う炎とが激突。呑まれた途端に爆発するようにその体積を数百、数千と肥大化させる氷花の冷気が炎を消滅させる。
「『土の書』第八章第二節──地殻噴槍」
エリスの足元に走る不気味な震動。『何か』が突き抜けてくるのだとそう感じた時には動いていた。
その繊手が地面に突き刺さる。
魂を燃やし荒れ狂う紅蓮の猛火を迸る暴風で巻き上げた、その一撃の『余波』が地表を舐める。
ズズン……ッ!! と地を揺らすは地中深くに突き進んだ猛火と暴風が『何か』と激突、互いを殺し合った結果だ。ついに『何か』は姿を現すことなく粉砕されたのだ。
ぐにゅりと赤熱して溶けた地表で足を踏み出すエリス。地中へと炎風を叩き込んだ『余波』で辺りは溶岩が流れたようにドロドロに溶けた高温の泥に満ちている。
「にひ☆ やっぱりそそるにゃー。流石は私を殺した女よねー。死者の魂をこれだけ消費して、まだ死なないなんて」
「他人の力におんぶに抱っこな甘えん坊にあたしが殺せるとでも思っているのやら」
「言うねー。だけど、にひひっ。私には『視えて』いる。その力が文字通り魂を削る力だってね」
「っ」
微かに。
エリスの表情が軋む。
「魔力はおろか魔法や魂さえも支配する『魔力隷属』だけど、これだけだと魂の支配までは届かない。亜空間内に存在する魂に『魔力隷属』を仕掛けようにも、どこに標的があるのか『視えない』ものねー」
つまりは、
「私には亜空間まで『視る』ことができる眼がある。だから『視えて』いるんだよねー。エリスの魂が崩壊寸前だってことが、ね」
「…………、」
足りない。
どう戦っても『時間』がかかる。
時間がかかれば、追い詰められるのは魂を削り戦うエリスのほうだ。ゆえに明確なタイムリミットが存在するエリスに求められるのは短期決戦。魂が擦り切れる前に魔女を殺すしかない。
だが、届かない。
戦力差がほとんどないのだから圧倒できないのもそうだが、モルガンはエリスの力の秘密を見抜いている。時間稼ぎに入られては、先に潰れるのは確実にエリスだ。
(一手、魔女を追い詰める一手があれば……っ!!)
決して勝てない勝負ではない。
現にエリスは魔女が振るう魔法の数々を粉砕してみせた。後一手、何かがあれば、戦局は大きく傾くはずだ。
だから、何か。
戦力差を広げる一手を!
と。
その時だった。
ドッゴォン!!!! と。
何かがエリスの真横に降り立った。
「相変わらず民間人に手を出しているんすね」
彼女は眼帯の騎士であった。
彼女はミリファと近い年齢の少女だった。
彼女はノワーズ=サイドワームと呼ばれていた。
「白けるよねーこーゆーの。ねー騎士様。今ちょー楽しくなってきたところなんだよ? やられ役のおつまみが出しゃばったって場違いってのが分からないのかにゃー?」
ゴブ、どぶどぶっ!! と地面が蠢き、土くれの巨像が生み出された。鎧姿の騎士を模したそれは斬撃一つで上級魔法級の破壊力を叩き出す兵器。
つまりは、
「『土の書』第九章第三節──魔神兵。人間一人分の魂を全消費して具現化したおもちゃにゃー。にひ☆ 大興奮の大盛り上がりに水を差した愚かな行いを後悔して、死んじゃえ!!」
究極に至る鍵にして魔法の最奥に位置する騎士像が腰の大剣を引き抜く。ブォッ! と駆け出すだけで周囲に暴風を撒き散らし、まさに瞬きの間に間合いを詰める。
エリスが魂を削り炎と風を振るうよりも早く、それは炸裂した。
ザンッッッ!!!! と。
巨像の頭の先から股に走る銀の閃光が一つ。
ぐらり、と揺らいだと思えば、その軌跡に沿うように巨像が割れ、倒れたのだ。
そう、それは、つまり。
その場で長剣を振り抜いた少女騎士の斬撃が導いた結末であった。
「……は?」
プシュッ、と長剣を振るった右腕が内側から爆ぜた。肉体のリミッターの解除、限界を超えた動きに腕が耐えきれなかったのか。
それだけではない。
黒獣騎士団団長に『勝った』少女騎士が手に入れた……いいや、『使い潰す』力は肉体の限界を超えるだけではない。
併用して解除したのは不可侵にして人類が未だ解明できていない秘奥。それでいて一般に出回っている人間だけが持つ力。
「どこから絞り出した? おつまみ感覚のやられ役のどこにそんな力があった!?」
「そんなに驚くことっすか。ただの気剣っすよ」
つまりは『技術』。
ノワーズ=サイドワームは肉体のリミッターだけでなく、『技術』の源たる『何か』のリミッターをも解除したのだ。
「す、らっしゅ? そんなわけないっ! 第九章魔法を破ったのがそんな初歩的な『技術』のわけ──」
「ごちゃごちゃうるさいっすよ、小悪党。民間人に手を出すってんなら、今度こそ叩き斬ってやるっす」
『剣術技術・限界突破』。騎士の誓いを果たすために手を出した禁忌の秘奥がその力を解き放つ。
ーーー☆ーーー
因縁が集い、そして始まる前人未到の攻防。
誰かを殺す意思が勝つか、誰かを救う意思が勝つか、最後の審判が下される。




