第三十八話 よし、戦争しよう その五
アリシア国軍本陣。
騎士の中でも精鋭が集められた軍の中枢にして最後の砦。類い稀なる才持つ騎士たちでさえも、その激突を遠巻きに見ていることしかできなかった。
一人は魔女モルガン=フォトンフィールド。千切れた右腕の先から炎の剣を伸ばし、左手には水の槍を持ち、双方の武具を振り回す。技術も何もあったものではない素人丸出しの動きだというのに、巻き起こる破壊は地面にクレーターを穿ち、雲を吹き散らすほどである。
一人は王妃。こちらは魔法陣を展開、空気を両手に薄く濃縮し展開。迫る剣や槍を受け流すと共に力の流れに干渉。勢いをつけすぎさせたり、空回りさせることで体勢を崩し、生まれた隙に同じく薄く濃縮した空気で覆った蹴りを叩き込む。
ドゴォン!! と音そのものに暴虐性が付加されているのではと思うほどの轟音であった。吹き荒れる余波でさえも周囲の屈強な騎士たちがふらつくほどである。
死肉の魔女の胸板に爪先が突き刺さり、薙ぎ払ったのだ。
ごぶっ! とこぼれるは黒く変色した液体。何らかの防腐対策は取っているのだろうが、どこかの女王のような専門家ではない魔女では死肉が腐るのを止められなかったのだろう。
ぐるんと宙でバク転でもするように回転し、着地する魔女。べろりと舌が壊れ崩れるのも構わず舌舐めずりして、娘に慈愛を向けていたあの母親が決して浮かべない鮮血と死に満ちた快楽の笑みを刻み込む。
「にひ☆ やるじゃん、王妃様」
「あらあら、まさか勝つつもりですか? 全ては『視えて』います。人の肉体を改造し、魔女と呼ばれる高次元生命体に自己を高めたとはいえ、負ける時は負けるものですよ」
「あ、私の正体まで知ってるんだね」
「全て『視えて』いると言ったはずです」
「スキル『千里眼』だっけ? 幾多もの未来の可能性を『視る』とか。なるほどね、確かに未来が分かっているならこうして戦争に突入したのも勝てると分かってるからかー。それは、まあ、自信満々なのも頷けるよねーうんうん」
王妃には幾多もの『可能性』が見えている。
枝分かれする未来のルートの中から最善を選べるのだから、どれだけ低確率だろうとも勝てるルートが存在するのならば、必ず勝つことができる。
未来予知。好きな未来を選択できる王妃にとって魔女との殺し合いも、ヘグリア国との戦争も、勝敗が『視えた』勝負でしかない。
「なら、こーゆーのはどうかにゃー!!」
炎の剣と水の槍を消し、代わりに左手を己の腹部に突き刺す死肉の魔女。ぶちゅりと取り出すは魔石。そこに収められた『魂』を消費していく。
紡ぐは上級の最奥にして究極の領域に至る鍵。
「『風の書』第九章第二節──風神ノ鉄槌」
ゴォッッッ!!!! と。
上級の中でも頂点に君臨する暴虐の一角が召喚された。
それは晴天の空を歪め、太陽の光を捻じ曲げるほどに高濃度の風であった。雲の上から地上に向けて一直線に落ちる槍のごとき漆黒の竜巻。あるいは物理現象の『外』に位置する規格外。
現象自体は渦巻く風、竜巻であるのだろうが、漆黒のそれはビリビリと『何か』に干渉していた。薄皮一枚挟んだその先、現人類の認識の及ばない『何か』に影響を及ぼすほどに物理現象から外れた力であるのだ。
余波なんてものはない。
何かを吹き飛ばすことも、吸い込むこともない。ただただ渦巻くのみ。空気が渦巻いているのに、周囲に影響を及ぼさないことこそが既存の物理現象では説明のできない領域に手を伸ばしている証左とも言える。
地上に向けて迫る漆黒の竜巻に対して、弾かれるように本陣に展開された騎士たちが剣を抜く。
「くそが! あの野郎上級魔法を使ってきやがった!!」
「迎撃だ迎撃せよ!!」
「くそったれが!!」
放たれるは色とりどりの魔法や不可視の『技術』であった。一発一発が首都を襲った魔導兵器を一撃で破壊できるシロモノであり、それほどの攻撃が数十数百と放たれた──というのに。
呑まれて、消えた。
砕くとか引き裂くとか貫くとかではない。漆黒の竜巻に直撃したと共に文字通り消えたとしか思えなかった。
漆黒の竜巻が秘めるあまりのエネルギーに氷をマグマに放り込んだように消滅したのだろう。
「お母様! 逃げてください!!」
せめて戦闘の邪魔にならないようにと息を潜めていた第七王女セルフィーが我慢ならずに叫ぶが──王妃は穏やかに微笑んで、愛らしく小首を傾げたほどだ。
「あらあら、何を慌てているのかしら?」
直後。
ゴッッッボォッッッ!!!! と漆黒の竜巻が頭から王妃を呑み込んだ。
「お母様ぁ!!」
第七王女の悲痛な叫びが響く。
魂の消費による究極の一撃をまともに受けて無事で済むはずがない。
章の数と魔力量は魔法の力に直結している。
もちろん章が上のほうが強力であるし、エリスのように章の小ささを込める魔力で補強することもあるだろう。
ならば。
一つの命、その魂が秘めたる膨大な魔力。あの第五王女をただの魔力だけの状態でさえも押していた『量』と魔法の最高峰、究極に至る第九章とが組み合わさったならば、破滅的な超常が生まれることだろう。
第五王女でも第四王女でもなす術なく殺害される、まさに絶対的な強者の一撃。敵を消し去る既存の法則の『外』にある暴虐は、
ぱんっ! と。
弾けた。
「……な、ん」
さしもの魔女も呆然としていた。
上級の中でも最高峰、どこかの誰かの命を費やし具現化された必殺を受けて──無傷であった。
弾けた漆黒の中から歩み出た女はただただ穏やかに微笑んでいた。こんなものかと言外に告げるように。
「第二スキル『根絶看破』。このスキルはあらゆる害意及ぼす事象に適応されるものです。その害意を認識さえできれば、それがどのようなものであれ抹消します」
それだけならば、対処のしようもあっただろう。王妃が反応できない速度で攻撃を仕掛ける、王妃が感知できない不可視の攻撃を仕掛ける、など選択肢はいくらでも残っているはずだ。
だが、王妃には第一スキル『千里眼』がある。幾多もの未来の可能性を見通すその瞳がある限り、王妃が認識できない攻撃など存在しない。あらゆる可能性を『視て』、認識できるのだから、死角など存在しないのだ。
「スキルが、二つ……だって?」
「いいえ、三つですわ。まあどこぞのトレジャーハンターは七つ所有しているという話ですし、そう誇るものでもないのでしょうが」
そんなわけがない。
第一と第二スキルを組み合わせるだけで絶対に突破できない防衛網が完成している。というのに、まだ先があるというのだ。その奥にはもう一つのスキルが存在するのだ。
これぞアリシア国が誇る頂点にして最強。
国家の誇りを守護する最終防衛ラインである。
「さあ、続きといきましょうか。ああ、心配はいりませんよ。その命は存分にアリシア国のために消費してあげますから」
「…………、」
あまりといえばあまりな力を前にこれまで減らず口を止めることがなかった魔女が黙り込んでいた。さしもの魔女もこれほどの怪物を前にすれば、闘志が折れたのか。
さあ、今こそ反撃の時。
あらゆる害意を抹消する王妃ならば、単騎で軍勢を殺し尽くすことだって不可能ではない。
ーーー☆ーーー
『現在』。
薄暗い密室空間に閉じ込められて何日が経過しただろうか。時間感覚なんてとうに壊れている。さしものミリファも元気がなくなってくるほどに。
壁に寄りかかるように座り込んだミリファ。その膝の上にはファルナの頭が乗っかっていたりする。
「ミリファさん。私たち、その、これからどうなるんだろう? もしかして、あの、このまま出られないんじゃないかな?」
「だ、大丈夫。大丈夫だよ。だって私は第七……」
「ミリファさん?」
「あーうん、なんでもないよ。とにかく、あれよ、何とかなるって、うん!」
誤魔化すように頭を撫でてやれば、『ふあ』と気持ちよさそうに声を漏らし、身体を震わせるファルナ。
(第七王女が側仕え、か、どの口がそんなこと言おうとしてるんだか)
そう。
あの死肉の魔女が現れた時、みっともなく逃げ出したクソ野郎に側仕えを名乗る資格などなく、友達になりたいなど決して口にできるものか。
自分の身の安全のためにセルフィーを見捨てた時点で致命的に間違ってしまっているのだから。
「ミリファさん」
「なーに、ファルナちゃん」
「どんな『答え』でも、その、それがミリファさんが納得いくものなら、私は全力で支持するから」
「っ……。はは。ファルナちゃんには敵わないなぁ。まあ、うん。もうちょっとだけ待っててほしいかな」
「もちろん」
どうやら『友達』は全てお見通しのようだ。それでいて、こんなにもどうしようもない奴を支えてくれる。
ならば、後は向き合うのみ。
本当にミリファが納得できる『答え』を示す必要がある。
ーーー☆ーーー
ミリファはアリシア国軍に連れ去られた。
所詮はスラムから飛び出たゴロツキ集団でしかない黒ずくめがそのことに行き着いたことに何者かの作為を感じずにはいられないが──正直、リーダーはそこまで考える余裕がなかった。
なぜか?
町が小粒の塊に見えるほどの高度、景色が目まぐるしく流れていくほどの速度で空を飛んでいるのだから。
「ば、ばぶっ、ばぶぶっ!!」
ある程度は風の膜で保護しているようだが、それでも突き刺すような暴風が全身を叩く。馬を全力で走らせ使い潰したとしても三日はかかる距離をものの数分で駆け抜けるほどの速度だ。もちろん何の保護もなければ失神しているほどの衝撃があっただろうから、これでもマシなほうなのだろうが。
生存本能というか溺れる者が両手を振り回すような心境なのか、エリスに抱きつくリーダーはぐりぐりとその小ぶりな胸に顔を埋める。決して立派なものではないだろうが、バトルスーツ越しに柔らかな感触が返ってくる。生地が薄い分、それこそ直に触れ合うような生々しい感触がだ。
「エンジェルミラージュたん」
「ば、ばぶ?」
「ちょっとキツイかも」
瞬間。
弾かれるように進路を九十度変えるエリス。その横をズゾァッ!! と地上からの高圧水流の狙撃が通り抜けた。
「ばぶあ!?」
加わる圧は先の比ではなかった。あまりの衝撃にエリスの胸の中で目を回すリーダーだが、そこで終わりではない。
ズドドドドォッ!! と数十にも及ぶ高圧水流の狙撃が地上から放たれたのだ。
「チッ。避けるのは無理ね。ってなわけで攻めますか」
「ばぶっ、 ばうばう!」
再度の急速反転。
回避コースを潰すように放たれた矢の雨を連想させる数十の高圧水流に対して、頭から突っ込むように落ちたのだ。
ゴォッ!! と地面に頭から突っ込むように突き進む。もちろん回避など考えていないので眼前には空気を引き裂き迫る高圧水流の狙撃が──
「エリっ、ばうばぶっ!?」
「大丈夫、ぶち抜くから」
瞬間。
ゴッアア!! とエリスたちを覆っていた風の膜を包み込むように炎が噴き出す。全方位を揺らめくオレンジ色に包まれた、ある種幻想的な光景に目を奪われるリーダー。
そんな暇はなかった。
じゅッッッバァァァ!! と貫通力を突き詰めた高圧水流と炎の流星とが真正面から激突し、水流が蒸発する音が耳をつんざくほどに響き渡ったのだ。
「ばぶぶっ!?」
ぐにゅりと前方のオレンジが歪む。高圧水流が炎の壁を突破しようとしているのだ。このままでは貫かれるのも時間の問題だっただろう。
が、
「舌噛まないように気をつけて」
直後、着弾。
ぐいっと体勢を反転させ、足を下に揃え、ドッバァン!! と凄まじい轟音が炸裂した。そう、地面に着地したのだ。
炎の壁を風で吹き散らし、ついでというように全方位に撒き散らす。おそらくは先ほどまで炎の壁を突破せんとしていた高圧水流の術者だろう鎧姿の騎士がそれに巻き込まれていた。
宙を舞う騎士になど視線を向けることもなく、胸の中にリーダーを張りつけたエリスがゴギと首を鳴らす。
クラン草原、つまりはアリシア国軍とヘグリア国軍とが激突している戦場から数キロ離れた小さな丘の上。そこに展開されるは数十の騎士たち。
周囲を囲む騎士のリーダー格なのだろう、フルアーマーの騎士が一歩前に踏み出る。
「すまぬな、貴公に恨みはないが、これも仕事なのだ」
「白露騎士団団長、か。王族直属の『攻め』の騎士団が何の用? あたし妹を助けにいかなきゃいけないんだけど」
「……すまぬ」
「そう、そういうことなら仕方ないわね」
アリシア国軍にミリファは連れ去られた。
妹を救いに来たエリスの妨害をするために白露騎士団は攻撃を仕掛けてきた。
ならば、もうこれ以上の問答は必要ない。
炎と風の猛威が白露騎士団へと襲いかかる。




