第三十六話 よし、戦争しよう その三
アリシア国軍右翼、その先陣。
周囲に『固定砲台』たる黒のローブ姿の魔導近衛騎士たちを侍らせ、近接用護衛たる歩兵たちを展開している第四王女エカテリーナはわなわなと震えていた。
「ウルティアああああ! よくも妾たちの出番を横取りしてくれましたわねえ!!」
「うっわー流石は武力よね。あたいたち放って暴れまくってるし。というか、あの巨大兵器瞬殺かよ」
「イリーナっ! 妾たちも攻めますわよ!! ウルティアだけにいい格好させません!!」
「はいはい、妹だけを危険な目に合わせない、と。そうやって本音をつまんない戯言で覆い隠す癖やめたほうがいいんじゃない?」
「な、ななな、何をお!!」
ヘグリア国軍右翼、その先陣では指揮官クラスの女が命令を下す。周囲の騎馬兵たちは役に立たない。兵に広がる恐慌もそうだが、先の礫の雨のせいで馬が興奮して、落馬が相次いでいるのだ。そのまま暴れる馬に踏み潰されて、人の形を崩している兵どもは使えない。
だから、恐慌に呑まれない力を放った。
つまりは魔導兵器である。
魔力を流し、起動する。ガゥンッ! と合計35もの金属の塊が動き出す。外観としては馬でひく必要がない馬車といったところか。代わりに前方に筒状の『出力口』が伸びている。
魔導兵器『重戦』。
炎系統魔法を放つ移動式無人兵器である。
ギャリギャリギャリッ! と後方に展開された魔法陣から噴射される炎の推進力を使い、車輪で地面を削りながら前進する『重戦』。
歩兵を軸とした右翼は未だに動く気配はない。この好機に何のつもりかは分からないが、動かないならば仕掛けるだけだ。いかに中央で武力の第五王女が暴れているとはいえ、ここまであの猛威は届かない。アリシア国軍の右翼を粉砕し、その結果でもって広がる恐慌を鎮め、そのまま本陣まで攻め込んでやればいい。
瞬間。
ドゴドゴドゴォンッ!! と地面から生えた巨大な杭の数々が『重戦』の群れを貫いたのだ。
コアたる魔石が砕かれたのか、爆音が炸裂した。強烈な閃光と共に『重戦』が一つ残さず爆発したのだ。
『重戦』の真下、地中に魔法陣を展開、土系統の魔法を放ったのはエカテリーナ一人であった。つまりは35もの魔導兵器を一撃で潰せるほどの高威力、広範囲に魔法を展開したといえる。
35もの巨大な杭を生み出したエカテリーナはバッ! と敵陣を指し示す。
「おほほ! 蹂躙しなさい!!」
ブゥン!! と展開されるは魔導近衛騎士たちの魔法陣の数々。放たれるは色とりどりな魔法の乱舞。
「しま……っ!!」
迫る猛威に対して指揮官クラスの女にできることは何もなかった。頼みの綱の魔導兵器は全滅、兵は恐慌で普段通りの力を発揮できないとなれば、襲いかかる色とりどりの猛威に叩き潰されるしかなかった。
ーーー☆ーーー
中央では第五王女ウルティアが暴れ回っていた。あるいは敵兵を馬ごと圧縮し、あるいは敵兵の頭を蹴り砕き、あるいは敵兵を掴んで振り回し遠心力を蓄えた砲弾と変えた。
ドッパァン!! と人間だった肉の塊が敵陣を突き抜ける。間に存在する肉を平等に薙ぎ払いながらだ。
「アハッ☆ どうしたどうしたーっ! せっかくの楽しい楽しい遊びだよっ!! やる気出せよなーっ!!」
『大気技術』。気流を歪め、空気に暴虐性を付加する第五王女ウルティアの支配領域は三キロを超える。もちろん距離が離れるほどに威力は落ちるため、殺傷範囲はもう少し狭いだろうが、それにしても脅威に変わりはない。
砦だった巨大兵器を一撃で破壊するその力が最も前に出て、最も危険な場所を切り開いていくからこそ、後ろに続く騎馬兵たちは臆せず戦うことができる。
と。
鳳凰騎士団副団長アリーシェは地面を抉るように点在する『胴体』の残骸の間を馬で駆け抜けながら、ふと視界をよぎる鉱石の塊が一つ。
それは無数の魔石を寄せ集めた球体であった。白にも黒にも見えるそれは『胴体』の頂点に君臨していた気がする。
(あの巨大兵器の動力炉か。あれだけの質量を動かしていたのだから、莫大な魔力が内蔵されているのだろうな)
瞬間。
爆ぜた。
バッボォンッッッ!!!! と全方位を襲う衝撃波に馬が横薙ぎに吹き飛ばされた。ぐるんっ!! と筋肉の塊たる馬が宙で一回転するほどの衝撃波が炸裂したのだ。
「くっ!!」
そのまま筋肉の塊が宿す質量に下敷きにされそうになった副団長は馬を足場に跳躍、ゴロゴロと地面を転がりながらも押し潰されることだけは回避する。
たった一撃。
迸った衝撃波に味方も敵も関係なく薙ぎ払われていた。鎧纏う人間同士がぶつかったり、馬に潰されたりと、百キロを超える質量同士の激突が肉を壊し骨を砕く被害を叩き出していた。
現に副団長の周囲に生存者は存在しない。彼女以外は先の衝撃波で首を折ったり内臓を潰されたり馬に押し潰されたりして、近くに転がっているからだ。
「動力炉の内蔵魔力が暴発したか!?」
そうならば、どれだけ幸運であっただろうか。
『悪趣味』はその程度の規模に収まらない。
『にひ☆』
それは無数の魔石の集合体から響いた。ずるり、と白にも黒にも見える『何か』が滲み出る。
バルベッサ砦の防衛を任されていた五百以上の兵、それと全く同じ数の魔石の集合体。そこに内蔵されていたのは高濃度の魔力、つまりは魂であった。
──五百以上の白にも黒にも見える光の球体が触れ合わないように集まり、塊となる。決して触れ合わず、しかし人の形を形作るのは単なる『演出』だろう。
それは魔女の形をしていた。
そう、つまりは、
『そろそろ参戦といこうかにゃー』
わざわざ風魔法で声を作る魂の集合体。異なる魔力を混ぜると拒絶反応が起きるため、触れ合わないように気をつけてモルガン=フォトンフィールドの形を作っているのだろう。
ずいっと。
五百以上の兵の魂で形作られた腕が動く。指を副団長に突きつける。
『ソウルキャノン』
「っ!?」
果たしてそれはいつ何が放たれたのか、それすら副団長には視認できなかった。鳳凰騎士団副団長、つまりは団長に次ぐ実力者であるはずのアリーシェが『結果』が突きつけられて、はじめて気づいたほどに。
消滅していた。
彼女の右腕がまるでそこに存在しないほうが正しいと思わせるほどに綺麗に消えていたのだ。
ぶしゅう! と肩口から鮮血が噴き出す。慌てて圧縮空気で傷口を押し潰し止血するが──ここからどうしろというのだ?
「副団長っ!」
「おのれえ!!」
副団長よりも遠くにいたために動力炉を中心に撒き散らされた衝撃波を受けても死ぬことがなかった騎士たちが剣を抜き、魔女に迫る。馬は先の衝撃波のせいで混乱状態にあったり足が折れたりと使い物にならないからか、その足で地面を蹴ってだ。
「馬鹿、やめろお前たち!!」
遅すぎる。
視認できる程度の速度であれに対抗できるわけがない。
だから。
ゴッバァッッッ!!!! と魔女が放った『何か』が迫る騎士たちを粉砕する寸前、空より降り立った第五王女ウルティアの拳が『何か』と激突した。
「ぐ、うううう!!」
ぢり、ギリベギッ!! とあれだけ敵兵を圧倒していたウルティアの攻撃と『何か』は拮抗していた。手首に嫌な衝撃が走ったのか、ズキズキと痛みが走るほどだ。
ウルティアが『何か』を受け止めたため、ようやく騎士たちでも『何か』を視認できた。
それは魔力の塊だった。
無数の球体、その一つ。小石ほどの大きさの魔力の塊は、しかし見た目に反して膨大な魔力を秘めている。
人間の魂。一人の命を絞り出して具現化された攻撃である。
『やるじゃん』
「あ、アハッ☆ 楽しくなって──」
『ちなみにそれ、五百分の一以下の力だったりするんだけど……いつになったらそれ破れるのかにゃー?』
告げられた意味が理解できるよりも前に魔女からのアクションが一つ。
パッ、パババ!! と魔女から弾かれるように分かたれた数十の光の球体がウルティアめがけて放たれたのだ。
「あ、は。あはははは!!」
ゴギィン!! と手首が砕けるのも構わず、力づくで拳を振るう。光の球体を上空に受け流し、前に飛び出す。数十の光の球体が生み出す壁のごとき光景へと『大気技術』を叩き込む。
周囲の騎士たちは視認すらできない。
結果のみが広がる。
ぶぢぶぢぶぢぃ!! と腕や足を骨が見えるほどに抉られ、鮮血を噴き出しながら、それでも魔女の懐に第五王女の姿を目撃する。
だんっ! と魔女が逃げるように後方に飛び退くが、
「これで」
ゴォッ!! と突き出した右手が周囲の大気を凝縮、渦潮にも似た圧倒的な吸引力を発揮する。周囲の存在を根こそぎ呑み込む魔の領域。逃げようとした魔女を引き寄せ、
「壊れちゃえ!!」
左手に迸るは魔光。純粋な魔力の塊であった。魔法を冠とするエカテリーナほどではないにしても、ウルティアだって魔法は使える。もちろん真っ向から力をぶつけ合えば、光の球体には敵わないが、あくまであの球体は魔力の塊だ。魔法であれば『魔力から変異』した結果、魔法や魔力をぶつけても『浸透』しないため崩壊現象は発生しないが──
異なる魔力を混ぜれば、魔力は崩壊する。
つまり吸い寄せ一瞬でもいいから動きを封じたところに魔光をぶつければ、魔力の塊たる光の球体は拒絶反応と共に消滅する。
だから。
だから。
だから。
『「風の書」第八章第一節──暴陣風滅』
気流の流れそのものが『消えた』。
『大気技術』で支配していたはずの圧倒的な吸引力が掌からこぼれ落ちるように失われたのだ。
「チッ!!」
苦し紛れに放った魔光は光の球体の一つが崩れ、代わりに展開された十メートルクラスの水の剣で斬り裂かれた。あれだけの威力の魔力を魔法と変換したのだ、得意の『大気技術』でさえ拮抗していた『量』をただの魔光が破れるわけがなかった。
『対風系統魔法の極意。気流の流れそのものをゼロ近くまで落とす魔法にゃー。そよ風以上に増幅するのを防ぐって感じかなー。まーあー? 術者を超える力をぶつければ破れる程度のものだけど──魔力の拒絶反応なんかに頼ってる時点で真っ向勝負じゃ勝てないって言ってるようなものだよねー???』
返す刃で迫る特大の水の剣に対してウルティアは『大気技術』を使おうとして──気流そのものが魔女の掌の上であることを思い出す。
咄嗟に魔光をぶつけ、斬撃の軌道をなんとかズラす。ドバァ!! と真横に落ち、地面を抉る刃。土煙を巻き上げる余波が華奢な王女の肉体を襲う。足が地面から離れ、空中で一回転するほどの力で薙ぎ払われた。ドン、ガンドン! と地面を何度もバウンドし、そして、
『にひ☆』
ごぢゅっ!! と。
馬乗りになるように飛びかかってきた魔女が振り下ろした光の腕が胸の中心に叩き込まれた。ビギッ!! と地面に亀裂が走る──ということは、間にあるウルティアの肉体をも貫いたということだ。
「が、……ぶっ!?」
『まず一つ』
ブォンッ! と第五王女を貫いた腕を無造作に振り回す魔女。すっぽ抜けた王女が穴から噴水のように赤い液体を吐き出しながら、副団長の近くに落ちる。溢れこぼれる赤が地面に広がっていく。
武力の象徴、最も前に出て、最も危険な戦場を切り開き、最も殺しを撒き散らす王女が敗北した。
であれば。
武力の象徴でさえ勝てないのであれば、この場の誰が五百以上の魂の集合体に勝てる?
『さあて、お次は誰かにゃー? せっかくのメインディッシュなんだし、げっぷが出るくらい満足させてくれるよねー?』
誰が。
こんな怪物に勝てるというのだ?
ーーー☆ーーー
アリシア国右翼から流星群のように迸る魔法攻撃の雨が敵兵を襲っていた。遠距離からの一方的な攻勢。あまりに一方的なものだから、歩兵の出番すらない。
そんな中、魔法の第四王女エカテリーナは眉をひそめていた。中央にはウルティアがいる。ならば今頃本陣に突っ込むくらいの突破力をみせてもいいはずだが……、
「お嬢! 戦の最中に考え事なんて余裕だねっ!」
「おほほ。イリーナ、妾が指揮する魔導近衛騎士団は魔法に特化した超絶強力な戦力ですわ。敗北があるとでもお思いで? それより中央が気になるわ。こちらからいくらか精鋭を見繕って──」
ぱんっ! と。
敵軍を襲うはずの魔法攻撃の乱舞が弾けるように消滅した。
まさに一瞬で、瞬きした前と後とで光景が変貌したのだ。
そこで。
一人の青年が敵軍から前に出てきた。
真紅のマントを羽織る彼にはこれまでの敵とは比べ物にならないほどの『圧』がある。
「余裕だなぁ、エカテリーナちゃんよぉ。ここを無視して中央の心配かよぉ」
その青年は額と広げた両掌に複雑に入り組んだ魔法陣らしきタトゥーを刻んでいた。ニィ、と粘着質に口元を引き裂く。
「まぁどうせ死ぬんだしぃ、どうでもいいわな。それより──ミリファとかいう奴はどこだぁ?」
「……なんですって? どうしてここでその名が出てくるのです?」
「おいおい質問に質問で返すなよ、失礼な奴だなぁ。まあ、なんだ、大した理由はねぇよぉ。純粋な興味さ。魔女が殺してやると息巻いて──」
「おほほ」
自分で聞いておいて、最後まで聞く気もなかった。
腕を横に一振り。
展開される魔法陣から噴き出るように炎が迸り、青年の左右から地面が変質して飛び出た土の槍が迫るが──
「はっはっ! しょーもねーなぁ!!」
ぱんっ! と。
先ほどと同じように消滅した。
炎は消え、土の槍は魔法が付加していた硬度を失い自重によって自壊する。
「魔法の第四王女だったかぁ? はっはっ! 魔法に頼りきりの馬鹿ほど俺の獲物なんだよなぁ!!」
「…………、」
彼こそが『四天将軍』が一角、ザング。
ヘグリア国が保有する主戦力にして国王に次ぐ四人の実力者の一人。彼らは全員が強大なスキルに特化している。というよりも、そうなるように国王が『調整』している。
「分かったかぁ? なら始めっかぁ」
ザングにとって、エカテリーナたち魔法特化部隊は格好の獲物でしかない。
「おらテメェらぁ! 何を遊んでやがる!! 俺らが数では圧倒してるんだぁ!! ただ進軍し、ただ殺し、ただ勝てばいいんだよぉ!! 分かったら剣を抜け、前に進め、敵を討ち滅ぼせぇ!!」
まさに戦況の転換期であった。
唯一この戦場に存在する四天の一角の命令を受けて、何よりこれまで苦しめられてきた魔法の猛威が失われたことで、ヘグリア国軍の士気が盛り返す。
そう、数では未だにヘグリア国軍が圧倒している。本来のポテンシャルを発揮し、真正面からぶつかれば、ヘグリアの勝ちは揺るがない。




