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ぐーたらメイドと無能なお姫様〜無自覚スキンシップで女の子陥落大作戦〜  作者: りんご飴ツイン


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第三十五話 よし、戦争しよう その二

 

 アリシア国左翼先陣では鳳凰騎士団団長が特注の極太金属メイスを振り上げ、号令を下す。


「総員前へ! 第五王女様が切り開いた勝利への突破口をこじ開けるのであるぞ!!」


 騎馬隊が駆ける。団長を先頭に一心不乱に敵陣めがけて。


 対して左翼の敵は不自然であった。中央のように降り注いた礫の雨がもたらした甚大な被害によって恐慌が広がっているのではない。無表情に佇む歩兵どもは、しかし武器を持ってすらいない。


 だらりと下がった両腕。虚ろな瞳。半開きの口からは涎が流れているほどだ。


(ヘグリア国は人身売買や違法薬物に手を出している、などという真偽不明の噂があったのであったな)


 なぜそのようなことを思い出したのか。

 ズタボロの布切れと化した身なりや痩せぼそった身体を見て奴隷という単語が浮かんだからか、敵兵の状態が違法薬物で快楽を得る副作用に脳の機能が破壊された時に見られる状態と似通っていたからか。


 至近まで接近した団長ら騎馬隊に対して、ヘグリア国軍左翼の歩兵たちの行動は以下の通り。



 肩を組み、立ち塞がったのだ。

 まさに壁でも作るように。



「『奴隷壁』といこうか」


 果たしてそれは誰の言葉だったか。少なくとも騎馬隊にそこまで把握する時間はなかった。馬で駆けるままに歩兵の壁に激突したからだ。


 あるいは剣で()()()()()、あるいは槍で()()()()()、あるいは盾で()()()()()()


 敵からの反撃がないためこちらの被害はゼロ。一体敵は何を考えているというのだ?


「やっぱえげつないよなあ。我らがモルガン様からの命令らしい悪趣味っつーか嫌がらせ具合ってな。まぁ単純に思いついたからやってみたってだけかもしれないけど」


 それは先ほど耳にしたものと同じ声だった。意識が混濁しているのか、虚ろな目で壁を展開する歩兵どもの肩や頭を足場にスキップでもするように近づくはロン毛の男である。


「その顔、知っているぞ。『ガンデゾルト』の幹部、クランベリーであるな」


「そういうあんたは鳳凰騎士団の団長だろ。大物が釣れたもんだ」


「で、これは何の真似だ?」


 くっくっ、と肩を震わせるロン毛。

 犯罪組織『ガンデゾルト』、その幹部。こうして生き残っているということは魔女に屈した一人なのだろうが、その顔には悪意に満ちた笑みがあるのみだ。あるいは彼にとっては強い者であれば、誰に従うのでも構わないのかもしれない。その庇護下で好き勝手に生きられるのであれば、だ。


 ……あのモルガンに仲間意識なんてあるわけないのだが、彼はすっかり怪物の庇護下に入れたものと思い込んでいた。


「奴隷部隊、あるいは単なるモルガン様への賄賂か? 人身売買のために用意しておいた奴隷どもの人格を薬物でぶっ壊したってだけだ。面白いものでよ、こうなった馬鹿どもの脊髄を風系統魔法でも使って震わせて、空気の波で声ができる要領で言葉を作ってやれば、単純な命令なら従うようになるんだとよ。だから、ほら、こうやってひれ伏せとでも伝えれば」


 瞬間、一斉に歩兵たちが跪いた。

 ロン毛の男の命令に従うように。


 ベギ、と跪く歩兵の頭に降り立ったロン毛が肩をすくめる。


「こうなるってな。まーなんだ、戦力的にはもっと有効な使い方もあるんだろうが、こういう『演出』がモルガン様の好みみたいでな。言ってみれば、攫われて人格ぶっ壊された被害者を正義ヅラして殺していくのを面白がってるだけ的な?」


 それ以上の問答に意味はない。

 馬鹿はやはり馬鹿、あのモルガンを様付けして従うような破滅一直線男にこれ以上付き合う義理はない。


 鳳凰騎士団が団長は馬から降りもしなかった。その右手に握った金属メイスを横薙ぎにする。


 ブォワッ!! とそれだけで鎧を引き裂くほどの破壊力と指向性を持つ衝撃波が炸裂した。一直線に男の胴体を粉砕せんと迫る一撃に対して、


「舐めてるだろ、お前?」


 その手を突き出す。

 通常であれば人間の腕などひしゃげてしまうだろうが、その腕に一瞬走るは魔法陣。噴き出すは水。透明の液体が腕全体を覆い、硬度を付加。ズァッ! と二メートルを超える腕を模した水量がメイスが生み出した衝撃波を受け止めたのだ。


「なあ、まだ気づかないか? モルガン様の悪趣味はここまでだった。お前ら罪なき人々を殺したんだぞーってまでだった。だがよ、この舞台装置どもだって使いようだ。例えば──抱きつけとでも命令すれば」


 魔法陣が展開され、風が震える。


 だんっ!! と歩兵どもが飛び出す。歩兵同士で抱き合う様も確認されたが、ほとんどは騎馬隊へと飛びつこうとしていた。その動きを封じるために。


「舐めてる、か。それはこちらの台詞であるぞ」


 繰り返すだけでよかった。



 あるいは剣で()()()()()、あるいは槍で()()()()()、あるいは盾で()()()()()()



「ははは! いいのか、そいつら罪なき被害者枠だぜ!! それを容赦なく殺すかよっ。ちっとは罪悪感に足を引っ張られて、対処に手間取ると思ったから、そこを狙うつもりだったが……まぁそういった視点で見れば作戦失敗ってか。正義もクソもない光景だがな!!」


「何度も言わせるでない。舐めるな、と」


「……なに?」


「我らは騎士である。時にはスキルで操られた者と戦う必要があるだろうし、脅されて犯行に及んだ者と戦う必要もあるだろう。分かるか? 『不殺』が必要な場面は必ず存在する。つまり、この程度は通常業務であるぞ」


 確かに騎士は歩兵を倒した。

 剣腹で殴り、槍の柄で薙ぎ、盾で叩いて──そこまでだった。出血すらなく、意識のみを刈り取られた歩兵たちが転がっていた。


「は、はは。なるほど、なるほどねえ。そりゃあ結構。ならそのくだらない正義を砕いてやるよお!!」


 魔法陣が展開される()()()()()、その一閃は走り抜けた。



「ったく、どいつもこいつもくだらない真似ばっかりしやがってっす」



 ぶしゅっ! とロン毛の首筋から噴き出るは赤。

『後ろ』から響く声が鼓膜を震わせる頃には決着はついていた。


「ま、てよ……いつの、間に……?」


「死を何度も経験して、ようやく手にした『力』っすよ。クズの一人や二人殺すのなんてわけないっす」


 そこまでだった。

 奴隷と扱った者たちに自殺でも命じ、騎士の正義を砕くと共に奴隷どもを助け出そうと足掻いている間に逃げる算段だったのだろうが──やはり男は騎士を舐めていた。敗因といえば、その一言に尽きるだろう。



 ーーー☆ーーー



 アリシア国、首都。

 黒獣騎士団、つまりは王族直属の『守り』を司る騎士の『全員』が主城の防衛に配置されていた。第四、第五、第七を除く王女たちが残っているので、前のような事態を阻止、あるいは対応できる戦力が必要なのだ。


 とはいえ、ガジルは毎度のごとく命令違反しそうなものと黒獣騎士団団長は睨んでいたのだが、なぜか真面目に業務に勤しんでいた。


 ……なぜ真面目に働いているだけでおかしいと思うのか、と首をひねる眼帯の団長。


「よお、何かあったか?」


「いえ、特には」


 正門を守護する門番二人に声をかける眼帯の男。ここは彼と少女騎士とが『殺し合った』場所であった。



『まだやるか?』


 はじめ眼帯の男は狙いを外した斬撃をお見舞いした。首都全域を揺るがす一撃に対して少女騎士は()()()()反応すら出来なかった。ここで折れればそれで良かったが、少女騎士は立ち向かってきた。だから、『説得方法』を変えた。


 つまりはスキルの行使。

『幻影侵略』。生み出すは幻覚なのだが、その攻撃を幻覚だと『完全に』信じ込まない限りはその幻覚は現実のものとなる。オマケに元は幻覚なので物理的な手段で防御、迎撃、回避は不能。こういった形の幻覚がこういった経路でぶつかりこういった痛みを与える、までが幻覚なので、現実は反映されないのだ。オマケに目を瞑ろうとも脳に直接作用しているので、遮断することはできない。


 人間は突飛な話を信じられない生き物だ。己の目で見たモノしか信じない、と公言する者さえいるほどに。


 ならば、その目で見えるものであれば?

 それが偽物だと、嘘だと、虚構だと、そう信じることは難しいだろう。


 現にこのスキルを破れた者はこれまで一人だけ。幻覚に真面目に対処する気がなかった不真面目な不良騎士くらいである。


 だから、ノワーズ=サイドワームは倒れていた。首を剣で斬り飛ばされ、胸を槍で刺し貫かれ、頭を鈍器で潰されて、足を獣に喰い千切られ──そんなありきたりなものから、現実には不可能な『手段』が与える『痛み』を徹底的に叩き込まれた。それこそ好きなだけ与えることができる。何せ幻覚なのだ。通常であれば死に至り終わるものだが、幻覚は肉体的ダメージは一切与えていない。あくまで脳が誤魔化されているだけだ。


 だから、死による逃避すらできず、殺され続けた。生きながらに死の痛みを幾千通りも味わった。


 それでも。


『ま、だ……っす。まだ、勝てて、ないっす』


 仰向けに倒れる少女騎士はその手に握った剣を手放さなかった。かろうじて握れている、といったところだが、決して離すことはなかった。


『確かにお前は強いよ。今だって戦闘の最中に成長してる。天才ってヤツなんだろうな。だが、ダメだ。()()()()じゃ足りねえよ。お前が目指す領域じゃ才能がある奴くらいうじゃうじゃいるだろうよ。そいつらに勝つにはそれ以上の力が必要だ。そいつらに劣る才能だけでやっていけるほど騎士の理想ってのは甘くねえってことだ。それでも想いに従って進むってんなら、こころざし半ばでくたばるだけだろうよ』


 その通りなのだろう。

 才能『だけ』では足りないのだろう。


 ならば、何がある?

 少女騎士の中に残っているのはなんだ?


『「あんなの」はもう嫌なんすよ……』


 女の子から両腕を奪い、母親を守れず、あれだけ天真爛漫だった彼女に暗い憎悪を埋め込んだ。


 それが結末だ。

 あんなふざけた結末をもう二度と迎えないために力を求めた。


 だったら、それ以外は捨てろ。

 必要なものは、残すべきは想い。誰よりも強く、この世のどんな悪を前にしても誰かを守り抜ける、そんな騎士になる、と。その誓いさえ果たせるならば、後はどうでもいい。



 ザンッ!!!! と。

 走る一閃は少女騎士の限界の『先』にあるものであった。



『……ふん。やるじゃねえか。そこまで「捨てる」とはなあ』


 胴体を斬り裂かれ、豪快に鮮血を噴き出しながら、しかし眼帯の男は獰猛に笑っていた。


『スキルとも思ったが、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってところか』


 ぐぢゅり、と。眼帯の男が放った『現実の』指が斬撃と交差するように少女騎士に放たれていた。その指は一直線に右目を貫いていた。


『が、ぁぐ……っ!!』


『捨てる覚悟なんぞ自殺志願者でも持ってるもんだ。そこで終わりか?』


『いいや……そんなわけないっす』


 想いは灯っている。

 後は駆け抜けるだけだ。


『勝つまで剣を振り続けてやるっす! そうすれば、もう二度と失わないっす!!』


『ははっ! 本当脳筋のお気に入りだけはあるよなあ!! なら最後まで付き合ってやる。どうせ何言ったって止まらねえんだろうし、だったらこころざし半ばで死ぬか、ここで死ぬかの違いだ。殺してやるよ、理想主義者!!』


『ここで殺されたら、意味がないっす!!』


『ならば、勝て! 少なくとも身体のリミッター解除「以上」じゃないと黒獣騎士団団長は倒せないぞ!!』


 交差するは互いの刃。

 最初は幻覚で適当にあしらっていたはずなのに、もう直接刃を交えなければならない領域にまで到達した『天才』を前にして、眼帯の男は獰猛に笑みをこぼしていた。



 ーーー☆ーーー



 問題、密室空間で『処理』するには?


『消臭効果ある薬草はあるから、これを空の桶に突っ込んで、と』


『み、ミリファさん。やっぱり、その、しないと、だよね』


『我慢できるならしてほしいけど、未だに脱出手段見つからないし、こうするしかないって』


『うう』


 薬草が詰まった桶を前にファルナは顔を真っ赤にしていた。ミリファはといえば、背を向け、


『にゃあにゃあにゃあーっ!!』


『み、ミリファさん!?』


『においは薬草で何とかなるし、後は音が問題なんだよね! だったら、ほら、大声出すから、うん!!』


 そこもなのだろうが、一番のハードルは背中合わせに体温が伝わるほどに触れ合う『友達』の存在を感じながら『処理』するという事実なのだが。


 とはいえ、迷っている時間はない。物理的なタイムリミットが迫っているのだから。


『う、うう、ううううう!! ミリファさん、私、やりますう!!』


『よしきたっ! うにゃあ、にゃあにゃあにゃあーっ!!』



 ーーー☆ーーー



 しばらくお待ちください。



 ーーー☆ーーー



『処理』後、叫び過ぎでぜえぜえ息を切らせるミリファは、しかしギラギラと目を光らせていた。


『誘拐犯め……ここ出たら絶対ぶん殴ってやる!!』


『う、ううう』


 ドキドキと。

 羞恥に決まっている胸の高鳴りにファルナは胸を押さえていた。


『こんにゃろーっ! 私の時はファルナちゃんお願いね!!』


『っ!!』


 羞恥に、決まっていた。

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