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ぐーたらメイドと無能なお姫様〜無自覚スキンシップで女の子陥落大作戦〜  作者: りんご飴ツイン


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第三十三話 よし、準備しよう その二

 

 万年常夏の大陸、その最南部、アリシア国。

 北部の国境線を守護するバルベッサ砦に向けて進撃を開始したヘグリア国軍を迎え撃つべく、ついに軍勢が動き出す。


 鳳凰騎士団を主軸とした二千の騎馬兵と三千の歩兵、総勢五千の軍勢はアリシア国が動員できる最大兵数であった。冒険者や傭兵を寄せ集めた結果、さらに五百を追加して五千五百を突破しはしたが、それでもヘグリア国の軍勢には及ばないだろう。


 頼みの綱はいつものごとく塔の地下に引きこもっている第二王女リゼが用意した魔導兵器群、第四王女エカテリーナ直属の魔導近衛騎士団、武力を振りかざす第四王女ウルティア、そしてアリシア国最強たる王妃であるだろう。


 量で及ばないなら、質を武器に。

 適切なタイミングで敵軍の脆い箇所を狙い撃ち、一気呵成にトップを討ち取るのが最善手だろう。



「あらあら」


 首都の主要な街道を練り歩くように白馬に騎乗した純白の鎧姿の王妃を先頭に軍勢が進む。溢れんばかりに集まるは首都中の人をかき集めたのではと思うほどの群衆の波。誰も彼もが期待と不安とを織り交ぜており、だからこそ出陣する軍勢を一目見ようと集まったのだ。


 分かっていて、わざわざ大々的に出陣に移った。分かりやすい印象操作、士気高揚と共に国内の不安や恐れを払拭するための演出。理由なんていくらでも存在するが──それは無能の第七王女が参加していいものなのか?


 王妃は表情を崩さない。同じく騎乗した第四と第五の王女に両脇を挟まれ、後ろに第七王女を侍らせて、なお。


 聞こえているはずだ。王妃や第四、第五の王女を褒め称え歓声をあげ勝利を期待する庶民の感情の奔流の中に侮蔑や嘲笑が混じっていることを。


『おいあれ。なんで無能が混ざってんだ?』『魔法の第四王女様が強力な魔法攻撃で、武力の第五王女様が圧倒的な暴力で、王妃様が絶対的な才能で、敵を打ち滅ぼしてくれる。じゃあ無能は何をしに行くんだ?』『お遊び気分か手柄を横取りするつもりか。何の才能もない無能は国家の一大事に何を企んでいることやら』『心配するな、「女傑の血」は今日も我らを守ってくださる。同じ血が流れていながら、何もできない無能に足を引っ張られたってな!』『そうだな、王妃様たちならやってくれる。アリシア国を救ってくださる!!』


 ()()()()()()()()()。才能を理由に庶民よりも裕福な暮らしを約束された貴族、その頂点たる王族に無能が混ざっていること自体が相応しくない事例なのだ。


 本来であれば国外追放にでもしてしまうのが定例だ。汚点を消し去ることで特権階級の地位を盤石なものとするのが普通だ。


 でも、できなかった。

 無能の第七王女。セルフィー本人には()()()()()()()()が、そこにはもう一段階秘密が存在する。その秘密にこそ誇りを守る力があり、だからセルフィーは未だに王女の枠に収まっていた。


 それだけだった。

 そんなもののために生かされていた。


(……いつものことです)


 機動力を重視しているのか、いつも身につけている装飾品の数々を外し、真っ赤なド派手ドレス姿の第四王女は妹に向けられる悪意に気づいていて、それでも豪快に高笑いして群衆へと大きく手を振っていた。己に注目を集めることで群衆が妹に悪意を吐き出す暇を与えないために。


 動きやすいよう膝下から先を引き裂いたドレス姿の第五王女は密かに大気を支配、今にも妹を侮辱した人間をぶっ壊すつもりであったが、隣で迸る王妃の『圧』を前に舌打ちをこぼす。


 姉たちは常に妹の味方であった。それだけで良かったはずだ。それで耐えられたはずだ。


『セルフィー様っ』


(……ッ!!)


 脳裏に浮かぶは側仕えの笑顔。最初は塔に立ち入ることすら禁じていたし、側仕えとなったせいで魔導兵器に殺されかけた。それでも第七王女のそばにいてくれた暖かな存在。


 弱くなったのだろうか。

 依存してしまっているのだろうか。

 辛い現実から逃げ出すための心の動きなのだろうか。


(ミリファ、さま)


 巻き込むわけにはいかない、と思ったのではなかったか。だから今この場にミリファはいないのではないか。今回の戦争が原因で誇りを守るために滅びに向かう闘争が幕を開くのではなかったか。


 だから、好都合だったはずだ。魔導兵器を操っていた魔女はミリファを狙っていた。その恐怖から逃げるよう誘導したのはセルフィーだったはずだ。


 あれから姿を見ていない。

 遠くに逃げてくれているはずだ。


 だから、これでいい。

 これが最善のルートなはずだ。


(最低ですね。わたくし、全てを知っていながら、それでもミリファさまに逢いたいんです……)


 ああ。

 だからセルフィーは『無能』であり、だから──



 ーーー☆ーーー



『誰かーたーすーけーてー!!』


 数日前のことだった。

 時間感覚なんてとっくに壊れている『現在』からどれだけ前の出来事だったかは不明だが、とにかく閉じ込められたことに気づいたミリファは木製の壁をドンドン叩いていた。


 起きたら、薄暗い密室に閉じ込められていた。

 明かりは天井に燃える小さな火の玉のみ。何もない虚空で燃えているため、おそらく魔法によるものなのだろう。それならもう少し明るくしてくれと思う。


『こんのー! なんだよこのふんわり!!』


 そう、ミリファは壁を殴っているはずなのに、返ってくる衝撃は枕でも殴っているような柔らかなものなのだ。


 何がどうなっているのか。

 答えはファルナが示してくれた。


『空気の層が、その、壁を覆ってるね』


『ん? つまり???』


『衝撃を緩和して壊すのを防いで、その、声が外に届かないように防音している、かも』


『な……っ! こんのー! 監禁難易度高すぎだよー! もうちょっと手加減しろよー!!』


 苛立ちをぶつけるように蹴ってみたが、やはり返ってくるのはふんわり感触であった。


『ぐぬぬう! こっちは魔女のこととか、セルフィー様を見捨てて逃げちゃったこととか、色々いっぱいいっぱいなのにっ! 監禁なんてぶっ飛んだの追加するなよなー!!』


 そうは言っても状況は変化しない。

 今はいかにしてここから抜け出すかを考える必要がある。


『その、ミリファさん。どうしよ?』


『探索よ! どこかに抜け道とか脱出に使える便利グッズとかあるはず! あってよ!!』


 一番に目についたのは布袋の山であった。何やらパンパンに膨れ上がった布袋が複数積み重なっているのだ。それこそ何かを小分けするように。


『ようし、この中に脱出用の便利グッズがあるはず!!』


 一つ目。

 干し肉やチーズ、パンがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


 二つ目。

 水が入った樽が複数。


 三つ目。

 消臭作用がある薬草がぎゅうぎゅうに。


 四つ目。

 空の小さな桶が複数。


 五つ目。

 布や簡素な服が複数。


『は、はは。ここで生活しろとでも言うつもりかこんにゃろーっ!!』


『み、ミリファさん落ち着いて……っ!』


 後ろから覆いかぶさるように抱きついてきたファルナの声を耳にして、むうううっ! と唸り声をもらすミリファ。


 さあ。

 ここからどうやって脱出する?



 ーーー☆ーーー



 アリシア国北部国境線を守護するバルベッサ砦は硬度と魔法防御力を併せ持つ『白亜』という鉱石で組み上げられた砦であった。基本に忠実に堅牢な壁で周囲を覆ったバルベッサ砦は長年北部国境線を守護してきた防衛の要である。


 そんな砦を前に漆黒の鎧に身を包むヘグリア国の軍勢は停止していた。なぜか? 攻める必要がなかったからである。



 変貌していた。

 四方を囲む壁がほぐれ、伸び、砦と接続。バカン! と壁が八に分割され、それぞれが『足』のように動き出したのだ。



 ずず、ズブズブ……ッ!! と砦本体が持ち上がる。まさに『胴体』が動くように。


 砦の頂点、掲げられたアリシア国の旗印は吹き飛ばされ、代わりと告げるように無数の魔石をかき集めることで直径十メートルを超える球体を形作ったものが鎮座していた。


 まさに巨大な蜘蛛を連想させる『兵器』である。


 つまりは、


「にひ☆ バルベッサちゃん出発しんこーっ!!」


 軍勢の先頭。馬の上であぐらをかき、無邪気に笑う死肉が一つ。新調したのか、白のとんがり帽子に白のマントを羽織るは魔女モルガン=フォトンフィールド。魔導兵器に見せかけた兵器を用いてアリシア国の首都で幾多もの殺しをばら撒いた怪物である。


『砦内の人間を使い』、バルベッサ砦を破壊兵器に変えたその狂気に周りの兵士たちは不気味そうに身震いしていた。腐敗臭撒き散らす死肉というビジュアルだけでも常軌を逸しているのに、こうもイカれた手段を平然と選択することに恐怖を感じないわけがない。


 味方で良かったと安堵すらできない。いつ、どんな気まぐれで、あれほどの狂気が自分たちに降り注ぐか分かったものではない。


 とはいえ、例外もいるものだが。


「なるほど、『魔力隷属』か」


 同じく騎乗した男が隣に並ぶ。

 薄い布地のラフな格好は戦場に赴くというよりは近所に散歩に出かけるような雰囲気を漂わせる。ブワッ! とパンチパーマを靡かせ、彼は顎髭を撫でていた。


 犯罪組織『ガンデゾルト』がボスの言葉に魔女は肩をすくめる。


「まーこれだけ大規模なのやれば気付くか。『炎上暴風のエリス』クラスの実力があれば、ここからでも砦を覆う空気の層や魔力を感じ取れるだろうし。というか砦内の人間を皆殺して、その魂を魔石に収納したしねー。大体のスキルは長い歴史のどこかで観測されているものだし、さっきのが『魔力隷属』のものだって予測は簡単だよねー」


「魔力を操作する、つまりは魔法への変換も可能か。とはいえあれだけの魂を掌握するのは並大抵の技能ではないだろう」


「そう? 人間やろうと思えばなんだってできるって。魔女に変質した私が言うんだからそーゆーものってことよ」


「たった一人の人間の魂でさえ、アリシア国の首都に大打撃を与えたのだろう? なら、あの砦はどれだけの破壊力を秘めているというのだ?」


「なんだよそこまで知ってたのかよー。こそこそ嗅ぎ回ってたのはお前だなーこのこのーっ!」


 右肘で隣に並ぶボスをつつく魔女。ぐちゅりと肉が弾けるのも構わずにだ。人肉が壊れるのも厭わない行動に周囲の兵が吐き気に襲われているのを知っていて繰り返す死肉にボスは失笑を返す。


「まず魂を分割し、五つのフラグメントを生み出す。そこから首都にばら撒いた魔石に魔力を分配、魔導兵器擬きに変換したのだろう?」


「だねー」


「そのガラクタに『ガンデゾルト』の幹部が殺されたんだが、知ってたか?」


「何言ってるんだか。()()()()()()()()()()じゃん。もー馬鹿にしてるなーこのこのーっ!」


 ぐちゅべぢゅと肘を潰す魔女に対してボスの行動は明白だった。



 ドゴンッッッ!!!! と。

 振るわれた拳が魔女の右肘を打ち抜き、砕いた。



 べちゃっ! と地面に落ちた腕に魔女は視線すら向けない。いつものように楽しそうに笑うのみだ。


「にひ☆ いきなり何するんだよー。騎士様の心を踏みにじる格好の肉なのにさー」


「覚悟しておけ。俺の仲間に手を出したツケは必ずや払ってもらうぞ」


 ザッと。

 その言葉に合わせるように『包囲網』が展開される。いつの間にか周囲を犯罪組織『ガンデゾルト』の幹部クラスの実力者たちが取り囲んでおり、しかし。


「えーそんなの無理だって」


 魔女は笑う。

 ただただ楽しそうに。



「だって、ねえ?」



 最後まで言う必要はなかった。

 ごぶっ、とボスの口から血の塊が吐き出されたからだ。


「な、に……?」


「人間爆弾、ちっちゃいバージョン。心臓だけぶっ壊してやりましたっ、いえいっ!!」


 魔女は左手で作ったピースサインを顔の横に持っていく。ふりふりとピースサインを動かしながら、


「魔法陣抜きで魔法を使えるものだから不意打ちやり放題って感じかにゃー。まー『炎上暴風のエリス』なら魔力の流れで気付くものだけど──どうやらボスちゃんには無理だったみたいだねー」


「き、さま……っ!!」


 何かをしようとしたのだろう。

 犯罪組織『ガンデゾルト』がボス。複数の国家に跨いでスラムを支配、その力でもって今まで裏社会を牛耳ってきた巨大組織の一つを掌握するに足る力であったのだろう。



 関係なかった。

 漆黒のそよ風がボスの左半身を丸々消し飛ばしたのだ。



「あ、が」


「ナイス演出っ。メインディッシュの前の前菜にはちょうどよかったよー。だからもう死んでよーっね」


 ぐらりと傾く半身。そのまま地面に落ちた肉は二度と起き上がることはなかった。


 ここまできてようやく周囲を囲む実力者たちが動こうとしたが、ザンゾンザザンッ!! とその半数が味方であるはずの『ガンデゾルト』メンバーに襲いかかっていた。


「お前ら、何を!」


「うるせえ馬鹿野郎! 最初からあんなのに勝てるわけねえのは分かってたんだ。だから()()()()()()()っつー魔女の言葉に従ってんだよ!!」


「な、あ!?」


 とっくの昔に犯罪組織『ガンデゾルト』の実力者の『半分』を引き込んでいた魔女は、だからこそ対等の力がぶつかり死が撒き散らされていく光景を慌惚と見つめていた。


「さあて、アリシア国はどれだけ楽しませてくれるかにゃー?」


 戦争が始まる。

 より充実した味わい深い殺しを堪能したい、たったそれだけのために特大の暴力が振るわれようとしていた。



 ーーー☆ーーー



 本陣では漆黒の愛馬の上でヘグリア国国王が口元をつり上げていた。漆黒の鎧を纏い、身の丈以上の大剣を片手に持つ彼は五十を超えているとは思えないほどに『不自然な』若々しさを維持していた。


 それこそ王として降臨した時のままの姿で国王は正面を見つめる。その先には、


「復活方式については予測がついていたが、これで確定だな。これなら万が一の場合も利用できるというものだ」



 ーーー☆ーーー



「エンジェルミラージュたぁん」


(なんでこうなった?)


 首都の一角、安宿の一室ではベッドに腰掛ける天使姿のリーダーの右腕をエリスが完全ホールドしていた。あまりにすりすりしてくるものだから、はだけたスリットから白い肌が覗いていたりする。


 ──外ではヘグリア国を迎え撃つべくアリシア国の軍勢が進軍を開始していたが、そんなことを気にする余裕はなかった。


(お、落ち着け。そう、私はコスプレでエリスを誘導する係で、その間に仲間たちが妹を誘拐する段取りだった。エリスのほうから近づいてきたから、誘導してやったはず。まんまと引っかかったはずなのに!!)


「あのね、ミリファがね、もう三日も帰ってこないの。そんなにお友達がいいのぉ? あたしのことはもうどうでもいいんだぁ! やだやだそんなのやだぁ!!」


 部屋の片隅には空になったカップがいくつか。ミルクを飲んでいたはずなのに、エリスはすっかり出来上がっていた。


 実はミルクにアルコール入ってるんじゃあ? と首を傾げたくなる状況である。


「あー……そんなに寂しいなら会いにいけばいいじゃん」


 どうにも仲間たちはミリファを見つけられないようなので、こうなったらエリスに案内してもらおうという魂胆であった。


「でも鬱陶しいって思わないかな? 友達の家に姉が行くのって変じゃないかな? 嫌われないかな?」


「大丈夫だって。それだけの愛情を向けてくれる姉を嫌いになる妹がいるわけないじゃん」


「……だよね。そうだよね! ありがとうエンジェルミラージュたん!!」


「うおわっ!?」


 ミリファの元に案内させる流れには持っていけた。その代償は感激したエリスに押し倒されるといったものだったが。


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