第二十九話 よし、お出かけしよう その二
野郎二人が息も絶え絶えといった様子で『プレイルーム』に到着した。
「ぜえ、はあ。な、何とか振り払えたぞ」
「お前なあ。部下を守るのが上司の仕事じゃねーのかよ」
「こんな時ばかり部下ヅラすんじゃねえ」
複合施設『プレイルーム』の一角ではミリファたちが白熱していた。マトに矢を投げては一喜一憂している。
微笑ましい光景であった。
第五王女の本質を知らないのであれば、という注釈はつくが。
「なあ、ガジル。広場で殺しを行った時点でお出かけを中止すべきだったんじゃねえのか? 『暴走』してからじゃ遅いんだぞ!」
「いやーそれはどうかな」
「あん?」
「よく見てみろよ。第五王女、『そういうの』以外でも楽しめるみてーじゃねーか」
ーーー☆ーーー
結果としてはミリファの圧勝であった。経験があるのとないのとが勝敗を大きく左右したのだろう。
「ふ、ふ、ふうん! まーあー? ミリファちゃんにかかればこんなものかなーっ!」
「ぐ、ぐぬぬ……っ!!」
「ああ、お姉様落ち着いて。女の子がしてはいけない顔になってますよ」
ぷるぷる全身を震わせていたウルティアだが、やがて勢いよく腕を振り上げ、ズビシッ! と納得いかないと言いたげにミリファを指差す。
「ずるいっ! ずるいずるいずるいいいいい!! そりゃあ経験あるほうが有利に決まってるよー!!」
「負け犬の遠吠えが心地いいなあ」
「ぐぬおおおーっ! ウルティアもう怒ったからねっ! ぷんぷんだよっ!!」
既に己の名前を口にしていることにすら気が回っていない第五王女。何のために『ティア』と呼ばせているのか分かったものではなかった。
それだけ頭に血がのぼっているのだろう。『遊んで』やると闘志が噴き出る。ブォ! と気流に暴虐性が宿る。
周囲の被害なんて考慮しない。
仕掛ける──寸前だった。
「しっかたないなぁ。だったら私もティアもフィーもやったことない遊戯で勝負しよっか。それなら平等だし、文句ないよね?」
「……む」
パン、と気流が弾ける。
経験の差が勝敗に結びついていたことが気に食わなかった、のならば、
(武闘派メイドがどれだけの闘争を経験してきたかはわかんないし、普段の『遊び』だったらウルティアのほうが経験をつんでいるかも、かー。ウルティアが経験の差を不公平だと持ち出したのに、自分に得意な『遊び』を選択して勝ってもなー。そんなの本当の意味で負かしたことにならないよねー)
「ようし、それでいこうっ! 今度はウルティアが勝つんだからなー!! こてんぱんだぞーっ!!」
叫び、駆け出すウルティア。早速『プレイルーム』内の遊戯を物色しに出たようだ。地元の娯楽施設よりも大規模なのでミリファがやったことない遊戯を探すのは簡単だろう。王女二人は言うに及ぼす、そもそもこのような遊戯に触れたことすらないはずだ。
『まぁ私が勝つに決まっているけどっ』と浮かれまくっているぐーたら娘はとてとてとセルフィーに近づく。置いてけぼり気味だった第七王女の手を握りしめ、優しく引っ張っていく。
「あ……」
「ほらフィーもいこっ。勝つのは私だけどねっ」
「ふふ。わたくしも負ける気はありませんよ?」
「ふはははっ。上等!」
ーーー☆ーーー
例えば、並べた十のピンを鉄球を転がし薙ぎ払う遊戯。
「ふんぐううう!!」
「フィーがんばっ。あと少しだよっ!」
「両手で持ち上げられないほどに重いかなー?」
「そういうティアは……うわあ! ぶん投げたあ!? しかも隣のレーンに突き刺さってるしっ」
「ふうっ!……あ、倒れましたっ」
例えば、九つに分割されたマトをボールで撃ち抜く遊戯。
「えいっ! あ、当たりましたっ!」
「ふふ、ふはは! 必勝法見つけたりっ。これって間を狙えば二枚抜きできるじゃん!! とおーっ!」
「それで外してちゃ意味ないよねー。うおりゃーっ!!」
「ふぎゃー! ティアなんでボールが後ろに飛ぶのー!?」
例えば、出っ張りがある壁をいかに早く登るかという遊戯。
「ふにゅう」
「わあ! フィーが落ちたあーっ!?」
「これならウルティアの独壇場だーっ!」
「ええ!? ティアが壁を駆け上がってる!? なにそれどうやってるのお!?」
例えば、地中に穴を掘って生活する魔獣を模した人形が穴から出てきたところをハンマーで殴る遊戯。
「やっ、はっ!」
「なんだろう。決してスマートじゃないけど、着実にフィーが点数稼いでいる気がする……」
「こうなったら『大気技術』で複数のハンマーを操ってやるうー!!」
「あ、こらーティアー! そんなの反則だよー!!」
例えば、人工の池に泳ぐ魚を釣る遊戯。
「わあ、お魚さんかわいいですっ」
「おらー釣りまくるぞーっ!」
「『大気技術』なしでもやれるんだからなー! 手掴みで乱獲してやるうー!!」
「うわあ! お魚さんがーっ!」
例えば、例えば、例えば。
気がつけば『プレイルーム』内で平等に勝負できる全遊戯を制覇していた。夕暮れに染まる中、勝者が降臨する。
「ふぐぐう!」
「むぐぐう!」
「あの、ミリファさま。お姉様。お顔が怖いですよ?」
漁夫の利とビギナーズラックの合わせ技であった。ミリファとウルティアがお互いをライバル視して潰し合っている内にラッキーパンチが頻発したセルフィーが一位となったのだ。
「でも、ふふ。わたくしミリファさまやお姉様に勝てたのですね。ふふ、ふふふふふ」
「こんのおーっ!!」
「妹のくせに生意気だぞー!!」
「あ、やめ、ごめんなさい調子に乗りました、だから、うわ、そんな、そこはだめーっ!!」
ーーー☆ーーー
あまりにも熱中しすぎていたために昼食を食べ損ねていた。というわけで昼食兼夕食を食べるために『プレイルーム』から出る三人。
「次こそは私が勝つんだからっ」
「ウルティアだもんっ」
「うう、好き勝手弄んで放置だなんて酷いですよ、ミリファさま、お姉様ぁ!」
さて、わざわざ街まで出た目的は食事にある。正直なところ料理の質でいえば城で提供されているもののほうが遥かに上である。だが、ただ一点、出来立てホヤホヤを食べられないという短所があるのだ。
ならば、だ。
「食べ歩きだぜ、やっほーっ!」
焼いた肉を雑に串に刺してタレをぶっかけた料理片手にミリファはそう叫んでいた。
『食事区画』でも出店が多く集まる『食べ歩き街道』。そこらじゅうに多種多様な料理が並べられており、食欲を誘う匂いが充満していた。
夕暮れ時ということで人も多く、気をつけなければ肩と肩がぶつかりそうな人工密集地。ガヤガヤと洪水のような喧騒に慣れてないのか、どこか肩を狭めるようにしていたセルフィーが疑問を口にする。
「食べ歩き、ですか?」
「そうそうっ。やったことないよねっ」
「そうですね。小説なんかではたまに出てくる題材ですが、実際にやったことはないですね」
「じゃあ、はいっ!」
ぐいっと差し出される肉串。食べ歩きという行為には多少の興味はあるし、食べさせてもらうことも何度もあるから問題はないはずなのだが……こうして大勢の人の目がある中となるとまた別だ。実際には彼女たちに注目している人間なんてほとんどいないとしても。
「フィー?」
「あ、と……ですね」
戸惑い、恥じらうセルフィーを見て思うことがあったのか、ミリファは肉串を一口食べてから、再度差し出してきた。
「うん、大丈夫っ。美味しいよっ!」
「ミリファさま……」
そうではなかった。
『毒味』して欲しいのではなかった。
だが、そう、ミリファはそこまでしてでもセルフィーにあったかい食事を食べて欲しかったのだ。
そう思うだけで胸が熱くなった。抱えてはならないと、未練は断ち切るべきだと、そんなことは分かっていても、それでも。
「んっ!」
気づいた時には身体が動いていた。はしたなく口を大きく開けて、肉串にかぶりついたのだ。口元にタレがくっつくのも構わず、まさしく『食べ歩き』の作法に則って雑に豪快にだ。
「どう? 最高級の食材を最高の料理人が調理したのも美味しいけど、たまには安物を雑に調理したのもありじゃない? というかご飯はあったかいのが一番なのです!!」
「ふふ、そうですね。美味しいです、ミリファさま」
それは確かに料理の持つ魅了も影響していただろう。食べ歩きといういつもと違うお祭りにも似た環境も影響していただろう。
だけど、そう、だけどだ。
セルフィーに美味しいご飯を食べてもらいたいと、楽しんでもらいたいと、そう願う少女の存在が強烈に作用しているに決まっていた。
「隙ありっ!」
と、横から飛びかかってきたウルティアがミリファが持つ肉串を豪快に喰い千切った。もぐもぐと咀嚼し、口についたタレを指の甲で拭い、
「こーゆーのもたまにはいいねー。気に入ったよー」
「だよねっ。高級料理には高級料理の、出店には出店の魅力があるよね!!」
「ようし、いくぞミリファー! 出店を制覇してやるぞーっ!!」
「いいねいいね! そういうノリだいっ好き!」
駆け出すウルティアを追いかけようとして、ミリファは忘れていないよ? と囁きかけるような自然さでセルフィーの手を握った。
絡め合うように。
繋がりを強固なものとするために。
「あ、フィー待って」
「?」
それだけでも十分すぎたというのに、ミリファは逆の手をセルフィーの顔に伸ばした。正確にはその口元についたタレをぐいっと拭い──そのまま口に運んだのだ。
「あ……」
「んへへっ。タレついてたよ」
ミリファは容赦をしない。
遠慮なんてしてくれない。
どこまでも真っ直ぐに距離を詰めてくる。逃さないと抱きしめるかのように、その存在を魂の奥底にまで刻み込もうとしてくる。
だけど、駄目なのだ。
駄目だと言い聞かせることがミリファを、いいや、この国の被害を最小に抑える唯一の道なのだから。
ーーー☆ーーー
世界は幸せに満ちていた。
影ではガジルや眼帯の男といった黒獣騎士団の最精鋭が毒殺や暗殺の可能性を排除するため尽力しており(ほとんどは無能の第七王女に気づいた一般市民が吐き出す侮蔑や罵倒を遠ざけたりといったものであったが)、その甲斐あって笑顔が崩れることはなかった。心の奥底にまでは未だ届いていないが、それだって時間の問題だっただろう。
なのに。
だというのに。
ーーー☆ーーー
それはミリファが本当に出店を制覇してみせて、周囲を沸かせた後のこと。帰路の途中、主城の(職人の頑張りの甲斐あって最近修復された)正門が見えてきた頃の出来事だった。
だんっ!! と。
立ち塞がるように何かが降り立ったのだ。
それは女の形をしていた。ただしその頬は腐りただれ、ズタボロの衣服の奥には心臓に組み込まれた魔石が見えており、指先から濁った液を滴らせ、身体を支える両足は今にも折れそうなほどであったが。
それがある女の子の母親の『死体』であるとまでは分からなかった。だが、その異様さは十分なほどに伝わっていたし、何より──
「にひ☆」
「ひっ!!」
その笑い声を忘れられるわけがなかった。
直接本人に出会ったことはないが、彼女が操る魔導兵器には強烈なトラウマを与えられた。今なおミリファは宿泊施設で人間がゴミのように殺され、取り込まれていく光景を夢に見るほどだ。
先の事件の首謀者。
その名は、
「魔女モルガン=フォトンフィールドが挨拶に来たにゃー!!」
「あ、あうあ……っ!?」
忘れるわけがない。聞き間違えるわけがない。その声は脳の奥底にまでこびりついている。あれだけの血みどろの悲劇を演出した怪物、その本体がこうして姿を現すだなんて想像すらしていなかった。
耐えきれなかった。本質的にはただの村娘であるミリファに受け止めるには凶悪すぎる。ガクガクと両足は頼りなく震えており、気がつけば自身の体重すら支えられず尻餅をついていた。ずりずりと地面を這うように遠ざかろうとするが、ロクに立てもしないほどに恐怖で力を削ぎ落とされた状態だ。ほとんど移動できていなかった。そもそも魔導兵器越しにさえもあれだけの殺しをばら撒いていた怪物から身体能力的にはただの村娘たるミリファが逃げられるわけがない。
「ミリファさま、大丈夫ですか!?」
「せ、セルフィー……様」
飛びつくようにセルフィーがしゃがみこみ、肩を抱いてくれたが、恐怖は一向に止まらなかった。
瞬間。
ズッパァン!! と不可視のエネルギーが吹き荒れ、死肉を薙ぎ払った。それこそ木っ端のように吹き飛んだ魔女はそのまま正門に叩きつけられ、主城を守るに相応しい強度を誇る正門を砕き、転がっていった。
「つまんないなー」
フラグメントとの殺し合いをあれだけ楽しんでいたウルティアは、しかし不愉快だと隠すこともせず、こう吐き捨てた。
「朝と違って、『今日』はこーゆー『遊び』やる気分じゃなかったんだけどなー」
と。
ようやく腰の剣を抜こうと動いていた門番たちの間を『飛び抜けた』魔女がウルティアの懐に飛び込んだ。その刃が外気に晒されるよりも前に『風に乗って』迫る魔女に対し、やはりウルティアは不愉快を隠さずに腕を横に払う。
ドッバァン!! と合わせて振るわれた魔女の腕から迸った炎と不可視のエネルギーとが激突する。
紅蓮が吹き散り、開けた視界の中、魔女は笑う。未だに魔法陣を見せない怪物は、どこまでも欲望に忠実な歓喜を漏らしていく。
「そうだねー。こっちとしても『今日』はこーゆーノリはなしにしたいんだよねー。演出は大事だよー第五王女様?」
だから、と。
死肉は告げる。
「『今日』はらしくない手を使おっかなー?」
「……ッ!!」
背筋を巡る悪寒に従って不可視のエネルギーをあらぬ方向に放つ第五王女ウルティア。だが、手遅れだった。スパン、と呆気なく見えるほどに軽々しくそのエネルギーは『斬られた』のだ。
「双方武器を納めろと提案させていただきます」
それは女の声だった。
どこまでも無機質な、ともすれば人工的に生み出されているのではと思うほどの声であった。
彼女はしゃがみこむミリファとセルフィーの後ろに立っていた。正確にはその手に握った細身の剣を後ろから回りこませるように二人の首に添えていたのだ。
「常に『大気技術』で周囲三キロ以上を支配、索敵しているんだけど……その外から一瞬で間合いを詰めた? でも、どうやって???」
「そんな些事が重要ですか、第五王女? こちらとしては二つとも処分したっていいのですが」
「それは困るなー。そこのミリファちゃんは私が出来るだけ苦しませて殺すんだしさー」
「っ……!!」
向けられるはおぞましいほどに濃厚な殺意。そこだけは笑顔を消し、明確な憎悪が表情に出るほどであった。
あれだけの殺しを撒き散らした怪物がなんといった? 誰の名を口にした?
勘違いではない。錯覚ではない。誤解ではない。かの魔女は確かにミリファを標的と定め、あれだけの死を演出した悪趣味を注ぎ込むつもりなのだ。
出来るだけ苦しませて殺す。たった一文のシンプルな単語の羅列。いっそ陳腐なほどの脅し文句ですらあったが──それがどのようなものかは先の事件で存分に目撃している。あれと並ぶかそれ以上の悪意がミリファ一人を苦しめるために叩きつけられるというのだ。
それだけで身体の芯から恐怖が噴き出し、涙は溢れ、今にも吐き出しそうであった。首に剣を突きつけられている状況さえ忘れるほどであった。
そこで終わらない。
悪趣味は一つではない。
「では第七王女だけ殺すとしましょう」
ウルティアはまだ何も答えていないというのに、無感情な声は勝手に話を進めていた。その細身の剣がセルフィーの首を斬り裂くべく動き出す。
どこかズレていた。
ウルティアを止めるために人質としたはずなのに、どうしてすぐに殺そうとする? ミリファだけでも十分だと考えた、にしては魔女の提案を受けてミリファを見逃したようではなかったか。
そのズレが恐怖を助長する。
整合性を無視した破壊が撒き散らされる。
「待って! 分かった、手出しはしないっ。だから二人を解放して!!」
「そうですか。ならば殺します」
「な、やめ──ッ!!」
女はどこまでも無感情だった。細身の剣をそのまま押し込む前に──ガギィン!! と金属音が響く。
いつの間にか細身の剣は後方に振るわれており、その先でガジルが薙いだ長剣と激突していた。
そして、もう一振り。
女の首に突きつけるように眼帯の男が長剣を添えていた。
「ちっとばっか調子に乗りすぎじゃねーか?」
「ったく、あのお方にあんなこと言わせてるんじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」
急所に刃を添えられている状況で、しかし女は表情一つ変えなかった。無機質に瞳を蠢かせ、機械的な正確さで口を開く。
「そうですか、ならば皆殺すしかないですね」
「にひ☆ 私もそうだけど、『魔の極致』にはロクなのいないよねー。『今日』はそーゆーのなしだって言ってるじゃん」
ビリビリと大気を震わせ、今にも妹に手を出した女を殺しかねないウルティアは意図して思考を冷やす。普段ならば誰が止めようともぶっ壊していたが、ああも鮮やかに二人の命を掌握された直後だ。自分の命ならともかく、二人の命を賭けるわけにはいかない。
──壊すために戦うなら得意だが、守るために戦うなんて出来そうにもなかった。ならばそもそも戦闘に発展させないようにするしかないだろう。
「何が目的なのかなー? 少なくともつい最近あれだけの殺しをばら撒いたゾンビ女はやり合う気はないみたいだけど」
「『今日』はそういったノリじゃないからねー」
なぜなら、と。
殺しを纏う災厄はこう続けた。
「ヘグリア国の使者としてやってきたんだしねー。にひ☆ ほらほら使者だぞ丁重にもてなせよー」




