第二十八話 よし、お出かけしよう その一
そんなわけでお出かけなわけだ。
とはいえまさかドレス姿の王女様をそのまま外に出すわけにもいかない。そんなことをすれば意外と認知度が高くない第五王女はともかく、悪い意味で有名な第七王女だと露見して騒ぎになりかねない。
というわけで顔まですっぽり覆う純白のローブを着てもらうことに。
「よし、これなら大丈夫っ。似合ってるよっ!」
「そ、そうですか、ふふ。……いや、そうではなくっ。本当にこんなので大丈夫ですかね?」
「バレる時はバレると思うけど、まぁその時はその時だよー。もしもの時はウルティアが何とかするからだいじょーぶ!」
「ようし、それじゃあ行こうか。セルフィー様、ウルティア様っ!」
と。
そこでウルティアはコクンと首を傾げた。
「名前呼んだら意味なくない?」
「ハッ!? そ、そうだね。じゃあ……」
じっとセルフィーを見つめ、うんうんと頷き、ミリファはビシッと指を突きつける。告げる。
「フィー! 街に出ている間はフィーって呼ぶから、よろしくっ!」
「フィー……ですか」
「あれ、だめだった?」
「いえ、いえいえっ。フィー、フィーですか。いいですとも、ふふ、ええ、いいですとも。ふふ、ふふふ」
「?」
何かツボにでもハマったのかなあ、とアホなことを思いながら笑いを抑えきれないセルフィーからウルティアへと視線を移すミリファ。『ウルティア様はティアでどうだ!』『おーそのまんまだねー』『ふぐっ』などといった会話があったのだが、セルフィーの耳には入っていなかった。
(はじめて愛称をつけていただきました……)
こんなの反則だ。
ミリファはこちらの予想を常に上回っていく。
だから、捨てられない。出会うごとに大きくなっていく『それ』が決別を辛くするだけだと分かっていても、貪欲に傲慢に追い求めてしまうのだ。
ーーー☆ーーー
純白ローブ姿の王女二人とメイド服の少女が正門から出ていった。その背中を追いかけるガジルと眼帯の男はといえば、呆れたようにため息をついていた。
「メイドが付き添っていたら、この人身分が高い人だと周囲に宣伝してるようだとなぜ気づかん?」
「王女を外に連れ出すと言うような馬鹿だからなー。あーそうだ、分かってると思うが変に口出しするなよ? 色々台無しだ」
「分かってるさ。俺だってあのお方には楽しく過ごしてもらいたいからな。何事もなければ、こっちだって口うるさい姑みてえに騒がずに済むさ」
何はともあれ王女たちは外に出た。門番の二人には話を通していたとはいえ、『大丈夫なの?』と心配そうに見られもしたが、男二人は『大丈夫だ』と頷くしかなかった。
「ガジル、どこに行くつもりだと思う?」
「さぁ? まぁ城で一生を飼い殺されるよりはマシだと思うがな」
「チッ!」
と、その時だった。
『女傑像』がそびえ立つ首都の中継地、ここから六つの区画へと道が続いているということで人通りもひとしおなそんな広場に女三人が足を踏み入れた時だった。
「なあ、ガジル。気づいたか?」
「とっくに。しっかしなんだあいつら」
「どこぞの間諜か犯罪組織か。しかも白露んところの真面目ちゃんが出張るほどだ。こりゃあトップが現場に出てくる価値があるクソ野郎どもってことだな。勘弁してくれ」
一つ、二つ、三つ、四つ、と。
指折り数えるのは王女へと即座に注目した影。その身体から滲み出る死の匂い。そして、そんな影を監視する同僚の気配を察知したのだ。
白露騎士団。
黒獣が『守り』を司るならば、こちらは『攻め』を司る王族直属騎士団であった。主に王妃や政治の第六王女辺りが国内反抗勢力や他国へと派遣、アリシア国の不利益となる『問題』を未然に防ぐことを主としている。
そんな白露騎士団のトップが出張ってくるほどの案件と王女たちとがこうも接近するだなんてツイていないにもほどがある。
「どうする?」
「それは連中が姫さんらに危害を加える前に排除するかって話か? 奴らが仕掛けるつもりかも分かんねーうちから下手につついてやぶ蛇になるのは避けたいぞ」
「そうじゃない。お前は問題がちっとも見えてない!」
「はぁ?」
「白露んところは奴らを泳がせて全貌把握してから仕掛けるつもりだろうし……ああもう! これ絶対ロクなことにならねえぞ!!」
ーーー☆ーーー
その時、ミリファはといえばウキウキしていた。ぐーたらが信条のミリファだが、それでも誰かと遊ぶことが嫌いなわけではない。第一候補が常にぐーたら過ごすことなだけで、外で遊ぶのだってありといえばありなのだ。もちろん今からでもぐーたらしようと言われれば、即座に飛びつくが。
ともあれ、ミリファはウキウキしていた。セルフィーとこうして遊びに出かけるような仲になれたこともそうだし、ウルティアと仲良くなれたのも嬉しいに決まっていた。
だから。
第五王女はこの空気を壊したくなかった。
(敵意だけで今すぐ仕掛けてはこない、かー)
だから。
第五王女はセルフィーとミリファの手を握った。
(だからっていつ仕掛けてくるか分からない危険物を放置する理由はないよねー?)
だから。
ぐいっと二人を振り回し、視界から標的を外し──
ぐぢゅう!!!! と。
内臓を丸ごとかき回す嫌な音が『四箇所から』響き渡った。
「ん? 今なにか音がしたような……」
「ねーねーどこ行くのー?」
「あ、えっと、こっちだよ、ティア」
「そっかそっかー」
「あの、お姉様。どうして手を繋いでいるのですか?」
「はぐれないためだよー。あ、もしかして武闘派メイドと手を繋ぎたかったとかー? フィーってばやっらしー!」
「っ!? そ、そんなことありません!!」
「うぐっ。そこまで全力で否定しなくてもいいじゃん」
「あっ、違うんです今のは反射的にといいますか本心ではなくてですね!」
「つまりおてて繋ぎたいと。やっぱりフィーやっらしー!」
「お、お姉様ーっ!」
……ストン、と『見た目は』変わりない四つの影が地面に座り込んだのだが、幸運なことにミリファたちが目にすることはなかった。
ーーー☆ーーー
「外傷なしに呻き声一つ上げさせずに始末する、と。あれが噂の『 大気技術』ってやつか。凄まじーな、おい」
「そんなことよりも……うわあっ。白露んところの真面目ちゃんが来るぞっ。メチャクチャ怒ってるぞー!!」
「なあ、一つ聞きたいんだが、第五王女はお前らの担当だよな?」
「ガジル?」
「つまり第五王女の責任はお前らの責任ってわけだっ。後は任せたっ!」
「ふっざけんな元はと言えばお前んところのメイドのせいだろうがあ! 逃がすかお前も道連れだあ!!」
「やめろ離せ俺を巻き込むなーっ!!」
ーーー☆ーーー
その時。
リーダーを中心とした黒ずくめ集団は偶然にもミリファたちを見つけていた。何やら純白ローブ姿の女を二人引き連れているが、力づくで誘拐することも可能だろう。
「リーダーぁどうするぅ? 正直こっちとしては下手にリスクを背負うくらいならぁ『炎上暴風のエリス』と関わらないのもアリなくらいだけどぉ」
「……逃げるわけにはいかない。エリスとは絶対に決着をつけてやる!」
「(なんでスラムの常識を外に持ち出してるんだか。本当良くも悪くも頑固だよね)」
ちんちくりんはやれやれと肩をすくめる。ならば最後まで付き合おう。どうせ言葉で止まるほど聞き分けがいい人でもないのだ。止めようとすれば、一人で突き進んでしまうのだ。
だったら、共に戦うほうがいいに決まっていた。一人で突き進んで殺されました、なんてふざけた結末を迎えるくらいならば、共に死ぬくらいがちょうどいい。
「はぁ。じゃあ今から仕掛けるのぉ?」
「そうね。力づくでも誘拐して……む」
「? リーダーぁ???」
今にも腰の双剣を抜き出しかねないほどに闘志をむき出しにしていたリーダーであったが、なぜかその場で動きを止めていた。
ミリファ……ではなく、純白ローブの一人を見つめ、不審そうに目を細める。
「今日はやめとこう」
「えぇなんでぇ? 『炎上暴風のエリス』がいない今がチャンスじゃないのぉ???」
「だからって博打に出るほど追い詰められてもいない。なら『やばそう』って思ううちは逃げたほうが賢明よ」
ーーー☆ーーー
「へぇ」
ブォッ! と第五王女の周囲の気流が不可思議に歪む。物理法則を無視した指向性を与えられ、人を殺す力を内包する。
常に『大気技術』で周囲三キロ以上の空気を支配・索敵している第五王女ウルティアにとって、人の足での逃走など意味をなさない。どう足掻いても空気を裂いて進む人間の居場所は丸分かりであるし、標的が纏う空気に暴虐性を付加してやればどこにいようともスクラップにできる。
ゆえに、もう、逃げられない。
「潰れ──」
「フィー、ティアっ。こっちこっち!」
繋いだ手をぐいっと引っ張られ、第五王女ウルティアはふとその手の先に視線を向けていた。楽しそうに笑顔をこぼす少女を見つめ、しばし沈黙し──肩の力を抜く。彼女にあてられたのか、気流に内包された暴虐性が霧散したのだ。
「……逃げるなら、まーいっか」
「?」
ーーー☆ーーー
ミリファたちが訪れたのは『流通区画』であった。出店や商店が軒を連ねる区画には娯楽施設も多く存在するのだ。
その一つ。
複合的に娯楽を提供している『プレイルーム』の一角、ダーツのような遊戯をミリファは選んだ。
あまり疲れることはしたくないミリファはマトに小さな矢を投げることで点数を競う遊戯を選択したのだろう。
「んー? こんなところで『遊んだ』ら、色々大変じゃない? 被害甚大だよー」
「?」
コクンと首をかしげる第五王女を不思議そうに見やりながらも、ミリファは三人分の料金を払う。セルフィーは自分が払うと言ってから、所持金を持ち歩くような身分ではなかったと思い出す。ミリファはといえば今日は私が奢ってあげるよー! などと返していたり。これでも第七王女の側仕えに見合う給金を貰っているのだ。
「申し訳ありません、ミリファさま」
「いいっていいって。というか、このお金も元はといえばフィーのメイドやって稼いだものだしさ」
「ねーねーそれなにー? キミの武器???」
「あ、ティアこれ知らないんだ。これをあそこのマトに投げて、得点を競う遊びなんだよ。真ん中に近いほうが得点高いから、真ん中狙うようにしてね!」
「んーあそびー? こんなのが???」
「まぁまぁやってみようよっ!」
というわけで遊戯開始なわけだ。
初手はセルフィーから。おっかなびっくり矢を掴み、えいっ! とふにゃふにゃフォームで投げる。目をつぶっているぐらいではあったが、運良く矢はマトの端に突き刺さった。
「あ、当たりましたっ」
「フィーやるじゃん!」
「やりました、ミリファさま!」
「矢を刺す、かー。ねーねーこれってマトをぶっ壊したら得点ってどうなるのー?」
「そんなのどこに当たったか分からないんだから、無効に決まってるじゃん」
冗談と思っているのか、笑って答えるミリファ。第五王女といえば『それじゃあ力使えないかー』と呟きながら、矢をクルクルと手の中で回す。
こんなつまらない些事はさっさと終わらせて、周りに何もない場所に移動してから『遊ぼう』とビリビリと空気を震わせる。
次はミリファの番だった。
ふっふう! と自信満々に前に出て、矢を投げる。ストン、と真ん中よりも少し右に突き刺さった。得点でいえば上から二番目であった。
「ふふ、ふはははは! どんなもんだいっ」
「ミリファさま、上手なのですね」
「ふっふん! これ私の地元では結構人気だったからねー。たまに引っ張り出されて、付き合わされたものだよ。だから、まあ、あれよ、経験が違うのです!!」
ブォンッ、と矢が宙を舞う。
クルクルと回り、落ちてきた矢を掴み、第五王女が一歩前に出る。
「どうでもいいよ。早く終わらせて『遊びたい』し、ここは瞬殺かなー」
「げっ。その余裕、まさかティアってば経験者!?」
「経験はないけどさーこれでもウル、ごほん。ティアは武力を司ってるんだよー。身体能力が違うってー」
ズドン!! と凄まじい音が炸裂した。
豪快なフォームで繰り出された矢が深々と突き刺さった音であった。
どこに?
ウルティアの足元にである。
「……あ、たまにはこんなこともありますよ、お姉様っ!」
「ぶふうっ!」
せっかくセルフィーが慰めようとしていたというのに、ミリファが見事に台無しにしてくれた。
「ティア、それ、ぷぷう! あれだけ格好つけて、まさかの床に直行っ。マトどころか前に進んですらいないって、ぷふ、ははははは!!」
「な、なな……っ! 違う違う、だっていつもは『力』を使ってるからで、でも『力』を使ったらマトが壊れるからで、これは違うんだよー!!」
「これは私の圧勝かなー?」
「なんだとー!!」
ウルティアはズボッと床に刺さった矢を引き抜き、ドヤ顔で胸を張るミリファへと突きつける。早く終わらせて『遊んで』やるだの、そんな考えはとっくに吹き飛んでいた。
「勝負だこのやろーっ!!」
「ふはははは! かかってこーい!!」




