第二十七話 よし、おもちゃにしよう
ミリファは特別なことなんてするつもりはなかった。一緒にご飯を食べて、お話しして、ご飯を食べて、一緒の本を二人で読んで、ご飯を食べて、と過ごしただけだ。
……ご飯の思い出ばかり残っている気もするが、ともかく。
セルフィーは決して嫌がってはなかった。いいや楽しげですらあった。つまりミリファ自体が嫌われているわけではないということ。
それでもふとした瞬間に辛そうな顔をしていた。まるで自分にはこんな風に過ごす資格なんてないのだと言いたげに。
無性に腹が立った。そんなに『何か』は重いものなのかと。それは一人で背負う必要が本当にあるのかと。ミリファではセルフィーの力にはなれないのかと。
だから、今日も少女は第七の塔へ足を運ぶ。
セルフィーを心の底から笑顔にするために。
ーーー☆ーーー
「ミリファさんっ!」
「おーファルナちゃんだー!」
いつものように第七王女の朝食(一人前)と自分の朝食(計測不能)をワゴンに乗せて、食堂から移動しようとしていた時にとてとてとやってくるファルナ。とりあえずぎゅーっと抱きしめてみる。
「わ、わわっ」
「今日もお互いがんばろーねっ」
「ひゃ、ひゃいっ」
いつも通り真っ赤なファルナから離れ、これまたいつも通り残念そうに眉根を寄せる友達。ミリファはといえば、やっぱり抱き合うの好きなんだなあと斜め上に勘違いしていたり。
と。
その時だった。
「見つけたーっ!」
ガバッ! と後ろから誰かがミリファの背中に飛び乗ってきたのだ。
「にゃ、にゃんとお!?」
そのまま前のめりによろめいた。ちょうどファルナの胸にダイブする形で。咄嗟に受け止めたファルナがギリギリ倒れることだけは阻止したが、
「ふが、ふごがっ!?」
「……っ!!」
そんなところに顔を埋められるのは抱き合うのとはまた別の衝撃が走るものだ。ポンッ! と収まりかけていた熱が再来したところで、ようやく気付く。
ミリファの背中に乗っかっている人物。
彼女は、
「ウルティア様!?」
「だねーウルティアはウルティアだよー」
その名前にさしものミリファもファルナの胸の中で驚きを隠せずにいた。
武力の第五王女ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。文字通り武力に特化した人物であり、『技術』やスキルの腕は四大貴族を超えるとまで言われている。ただし魔法だけは第四王女に敵わないようだが、それでも武力という冠を待つだけあって王女の中では最強と名高い。
王妃に次ぐ国内でも屈指の実力者がミリファの背中に乗っかっていた。なんだこれ? と思わなくもないが、兎にも角にも対処しないといけない。
そんなわけでファルナの胸から顔を上げ、声をかけてみることに。
「人違いではないですか? 私、ただの村娘……じゃなくて、第七王女が側仕え、ミリファちゃんですけど」
「かたいよー普段通りの話し方でいいって武闘派メイドちゃん」
武闘派? とぐーたら娘には似合わない単語が飛び出てきた。これはいよいよ誤解されているのだろう。
「えっと、私、戦闘能力なんてさっぱりだよ」
「何言ってるんだよう。この前ので魔導兵器を素手でぶっ壊しまくったって噂じゃん。ねーねーあそぼーよー!!」
「えーっと」
何やら誤解がここでも進行しているようだが、つまりは一緒に遊んでというお誘いなのだろう。
第七王女と友達になろうと挑んでいるのだ、相手が第五王女だろうとも尻込みする必要がどこにあるというのだ。
「よし、遊ぼうかっ」
「ええ!? み、ミリファさん!?」
「やったーっ! あそぼあそぼっ」
「その前にご飯だけどねー」
えーっ! と不満そうなウルティアを背中に乗せ、お腹ペコペコじゃ遊べないじゃんと言いながらワゴンを押していくミリファ。またねーと手を振るミリファに反射的に手を振り返したファルナはこう呟いていた。
「王女様と遊ぶだなんてやっぱりミリファさんは凄いなぁ」
ああ、だけど。
ほんのちょっとだけ胸が痛むのは止められなかった。
ーーー☆ーーー
側仕えのメイドが第五王女を背中に張り付けてきた。セルフィーが思わず二度見するのも無理はないだろう。
「え、ええ!? ウルティアお姉様!?」
「やっほー」
「や、やっほー……ではなくて! どういう状況ですか!?」
「どうって言われても、さっきそこで仲良くなったんだよねー」
「ねー」
「なんですか、それ……?」
困惑が深くなる第七王女だが、当の本人たちはといえば食事の準備など始めていたりする。『こんなにいっぱい誰が食べるんだよー』『そんなに多いかな? 私いつもこれくらい食べるけど』『ほーこの食事量が武闘派メイドの強さの秘密なのかー』なんて長年付き合ってきた友達のように親しげに。
「…………、」
むう、と頬が膨らむのを自覚したセルフィーははたと気づきブンブンと首を横に振る。『これ』を捨てないといけないと己を戒める。そうしないと、別れが辛くなるだけだ。
「よし、早く食べよ、セルフィー様っ」
「ご飯の後は遊ぶんだからねー!」
「はいはい、分かったって、ウルティア様」
と。
第五王女ウルティアはコクンと首を傾げた。
「そういえば椅子一つしかないねー」
「あ、ああ、そうでしたっ。今用意しますね、お姉様っ!」
まるで何かを誤魔化すように部屋を出るセルフィー。そんな雑事メイドに押しつけるべきなのだが、それができないからこそ『無能』であり友達になりたいと思わせるのだ。
「ねーねー武闘派メイドー」
「ん?」
「セルフィー、どう?」
どう? とおうむ返しすると、ウルティアといえば無邪気に純粋にこう言い返してきた。
「今ならウルティアのメイドに鞍替えしてもいいけどー。『おもちゃ』はいくらあっても足りないくらいだし」
「悪いけど、私はセルフィー様のメイドをやめる気はないかな」
「ふーん。『前』ならともかく、『今』のセルフィーつまんなくない? 勝手に背負って、勝手に塞ぎ込んでさー。しかも何をってのを言わないしさー。本当つっまんない」
「楽しいよ」
「……へぇ?」
「『前』だとか『今』だとかは分からない。私は『今』のセルフィー様しか知らない。だけど、うん、楽しいよ。意外と負けず嫌いなところも、私みたいな木っ端のメイドとも対等に話してくれるのも。だから、そんな良い部分を必死に押し殺してでも『何か』を隠しているのはまあ、うん、確かにつまらないけどさ。だからこそ、頑張らないとね。つまらないと切り捨てるんじゃなくて、根気よく私は信頼できるんだと証明しないと」
「わっかんないなー。なんで勝手に塞ぎ込んでる妹のためにこっちが努力しなきゃなんだよー」
「そっ、か」
「でも」
そこで。
第五王女は口元に今までとは違った『笑み』を浮かべ、
「キミになら任せられるかなー。できれば『前』みたいに笑ってくれる妹にしてくれるとうれしーよ」
「そんなの頼まれるまでもないって」
ーーー☆ーーー
その後、椅子を二つ持ってきたセルフィーにミリファが『あれいつもみたいに一緒に座らな』『わーわー! ミリファさまだめーっ!』といった絡みがあったり、第五王女と側仕えメイドが仲良く食事しているのをじっと見つめて食事が進んでいないところにミリファが『あーん』と肉を差し出してきたり、わたわたしている妹に『前』の面影を感じた姉が嬉しげに鼻歌など漏らしていたが、概ね平和に朝食は終了した。
ここからだ。
第五王女ウルティアはゴギリと首を鳴らし、遊んでいいメイドに視線を向ける。
「それじゃー遊ぼっか」
「あー……ちなみにウルティア様は一日中ぐーたら過ごすのは遊びに入る感じだったりするかな?」
「なにそれつまんない」
「ぐう!」
さしものミリファも王族相手にぐーたらと『遊ぶ』ことを強要するほど命知らずではなかった。とはいえ、どうしたものか、と考える。ウルティアが言う『遊び』がどういったものかは分からないが、できればあまり疲れることはしたくない。
と。
空になった食器を見つめ、ミリファは思い出す。
そういえばはじめて王族用の食事を食べた時、毒味等で冷めていたのが気になった。できれば、と思いつきはしたがぐーたら先延ばしにしていたことがあったと。
「よし! お城出よっか!!」
「み、ミリファさま!? 一体なにを言い出しているのですか!?」
「いいから、いいから。ほらウルティア様も。たまにはあったかいご飯を食べましょうよっ」
「えー。さっきご飯食べたよー」
「だから、腹ごしらえに『遊んで』、お昼はあったかご飯といくんだって!」
「へぇ。ほーん。ウルティアとの『遊び』を腹ごしらえ扱いかー。いいねー流石は武闘派メイド。ちょーっとやる気が倍増したかなー?」
「よし、そうと決まればお出かけいくぞー!!」
「いえ、あの、ミリファさま? あのですね、これでもわたくしたち王族でして、そう軽々しく城から出ることはできないんですよ!」
「あーそれって護衛的なアレソレ?」
「アレソレです」
と、ミリファは『ガジルさーん!』と叫び、しばらく待てば不真面目そうな雰囲気満点な不良騎士がやってきた。
「なんだよ嬢ちゃん。おっ、これまた面倒な組み合わせだな。道理で『上』がこんなところまで足を運んでいやがったのか」
「セルフィー様とウルティア様と街に遊びに行きたいんだけど、あり?」
「あー? そんなのありに決まってんだろ」
「ええ!? ガジル、何を言って……っ!!」
「護衛だなんだはこっちで何とかしてやる。だから行ってこいよ。姫さんも楽しめそうだしな」
というわけで、と笑顔を見せるミリファ。
今度こそ心の底からこう言った。
「よし、そうと決まればお出かけいくぞー!!」
ーーー☆ーーー
『準備』をするということで第七王女の私室から出ようとするガジル。その背中にかかる声が一つ。
「『そっち』はお願いしていいってことかなー騎士さん」
「ええまあ何とかするよ。姫さんのためだし」
そんなわけで第七の塔を出たガジルを待ち受けていたのは騎士の群れであった。その全員がガジルと同じく腰に長剣を差しており──つまりは武装していた。
王族専用の『守り』を司る黒獣騎士団の上位陣。その長、黒獣騎士団団長の眼帯の男が一歩前に出る。
「よお、ガジル。『そっち』は何とかするって?」
「まぁな」
「ったく、俺の部下のくせに生意気だぞ」
「同期だろ、仲良くしよーぜ」
ふん、と中年の眼帯男は一蹴し、
「俺らが第五王女の『首輪』であることは知ってるな?」
「まぁな」
「あのお方が暴走した時は殺してでも止めるために黒獣騎士団でも精鋭を護衛として配置していることも知ってるな?」
「まぁな。第五王女を殺すなんて実力的にも心情的にも出来るのかって疑問はあるがなー」
「こんなのは宰相ら馬鹿どもを黙らせる詭弁だ! だが、そうじゃなくても、だ。第五王女を外に出すなんて危険すぎる。万が一あのお方が遊びに熱中することがあれば、先の魔導兵器戦以上の被害が出るぞ」
「まぁそうなんだろうが……なんだろうなー。そうやって箱庭に閉じ込めていたって問題は解決しねーだろ。それよりもあの第五王女と仲良くなる気満々なミリファが上手く鎮静化してくれる、かも?」
「かもってお前なっ!」
「まぁいいじゃねーか。そのために俺らがいるんだろ?」
その返しに団長はチッ! と舌打ちをこぼす。
「俺はあのお方の護衛だ。あのお方の幸せを一番に行動する。危険だと判断すれば、武力的な手段を用いてでもお出かけとやらを終わらせるからな」
「俺は姫さんの護衛だ。姫さんの幸せを一番に行動する。たまには気兼ねなく楽しんでもらうためなら、上司だろうが武力的な手段を用いてでも排除するからな」
言って、笑って、男たちは同時に互いの顔面に拳を叩き込んだ。




