第二十六話 よし、接近しよう
「ふっふう! おらーミリファちゃんの帰還だぜひゃっほーっ!!」
ドバン! と朝食前の食堂の扉を開け放つミリファ。完全メイド仕様な小柄少女の登場に朝食の準備に勤しんでいた筋肉マッチョな料理長が喜色満点な笑顔で飛び出してくる。
「おーおー腹ペコ小娘っ。聞いたぞ、例の事件で活躍したって話じゃないかっ」
「活躍???」
「ファルナちゃんや居合わせた女の子、オマケに傷ついた騎士を助けるために魔導兵器に立ち向かったんだろうっ。くうう、やっぱり王女様の側仕えはちっがうなーっ! そんなちびっこい身体で『数十の』魔導兵器に特攻したってのに、大した怪我もなかったってんだからよっぽど強いんだな腹ペコ小娘っ」
「……ちなみにその話、誰から聞いたの?」
「俺は知り合いからだが、なんかファルナちゃんが喧伝してるって話だな。隙を見つけては、というか自分からねじ込む形でミリファさんに助けられたーって言って回ってるらしいぞ」
「は、はぁ」
「いやー本当己が身を鑑みず凶悪な魔導兵器に立ち向かい、きちんと勝つなんてかっちょいいなーおい!!」
「あれは偶然、というか二機しか……」
「今日は俺の奢りだっ。一般用じゃなく、王族用のメシをたらふく食わせてやるぞ!!」
「マジで!? なにそれさいっこう!!」
こうやって即物的なものに飛びつくから誤解は広がっていく。ファルナは正しく情報を言って回ったつもりでもそこに憧れ補正があったり、噂として回るごとに変質していったなどなどの要素が絡み合い、ついにはミリファがその拳で数十の魔導兵器をぶち壊したなんてものになっているのだとか。
いや、そんなことよりも大事なのが、
「あ、そうだ! 今日からセルフィー様と一緒にご飯食べるから、セルフィー様のも用意してくれないっ?」
「なんだ唐突だな」
「ふっふっふう! ねーねー私を誰だと思ってる? 第七王女が側仕え、ミリファちゃんだぜ!!」
ーーー☆ーーー
第七王女セルフィーはふわふかベッドの上で目を覚ます。寝るときは何も身につけない派なお姫様──つまりその胸部を覆うものは何もない。吐息に合わせてミリファと違って自己主張が激しい胸部がぷるんと揺れる。柔らかさが視覚で実感できるほどであった。
むにゃ、と眠気まなこなお姫様。
ドタ、ガタ、ドドン、という調子外れた足音が響いていたが、朝に弱いセルフィーはその正体について察することができなかった。
ドバン!! と勢い良く扉を開け放ち、ワゴンいっぱいに溢れんばかりに料理を乗せたミリファが登場する。
「セルフィー様ーっ! 朝ごはんでーすよー!!」
「むにゃあっ!?」
いくらなんでもあんまりな轟音にさしものセルフィーも跳ね起きた。寝るときは何も身につけない派なお姫様が。
「わ、わわっ、セルフィー様……すっごい」
「きゃっ。み、ミリファさまっ」
「バインだなー」
「ミリファさまっ!!」
ーーー☆ーーー
そんなわけで締め出されたミリファはといえば、お姫様の部屋の前でちょこんと座り込んでいた。何やら王族専用らしく豪勢な食事を摘み食いし、『んふっ、ふうほぉう!?』と小躍りしていたり。
「んぐっ。もっとあったかだったら最高に良かったんだけどなー」
「それはちっとばっか難しいわな」
そう声をかけてきたのはガジルだった。
相変わらず覇気のない不真面目全開な騎士である。
「んーなんでー???」
「毒殺の危険があるからな、何度も何度もチェックするんだし、そりゃあ冷めるって話だ」
「あ、そうだったっけ。んーそっかー。あ、良いこと思いついたっ」
「何でもいいが、一ついいか?」
「んー?」
「姫さんは『運命』とやらに尻込みしてる。それが何なのか詳しくは知らねーが、姫さんなりに考えた上での対応だ。だから──大変だぜ?」
「何言ってるんだよー。ガジルさんの相手するほうがよっぽど大変だったって。ふふ、ふははっ。そう、そうよ、入ってしまえばこっちのもん! ちょっと話して、ちょっと遊んで、そしたらもう友達になれるよ!! そうなったなら……笑顔見せてくれるよね」
「そうかい。じゃあ頑張れ」
「おうともさっ!!」
ーーー☆ーーー
着替え終わったらしく許可をもらったミリファはワゴンを伴って第七王女の部屋に入る。王族の私室にしては簡素な部屋であった。椅子と机がワンセット、後は本棚に立派なベッドくらいか。
そんな中でも第七王女は目立っていた。
決して豪華ではないシンプルな純白のドレス姿だというのに、いいやだからこそセルフィーの美しさが引き立っているのだろう。
ぐいっと胸部の盛り上がりを見て、先ほどの『バイン』を思い出し、むぐっと変な声が出た。
「ミリファさま?」
「あ、あっと、セルフィー様っ! ごはん、あっさごはんだよー!!」
「あ、椅子が一つしか」
「私は立ったままでいいよー」
「だめですっ。そんなの……」
「そう、それじゃあ、えいっ」
無理矢理セルフィーを座らせたミリファはその膝にちょこんと座る。ようやく第七王女と接する機会が生まれたからか、姉が帰ってきたからか、今日のミリファはいつもよりも積極的であった。
「み、ミリファさま!? 何をしてっ」
「えへへ……せっるふぃーさまー! 小さいことは気にしちゃだめだってーっ!」
「そう、ですか?」
「そうそう。こんなの普通普通っ」
「そ、そうなんですね。これが庶民の方々の接し方なのですか」
もちろんこの『接し方』が一般的なわけがない。ある『姉妹』の普通でしかなかった。
何はともあれ朝食の時間である。
と、
「多くないですか?」
いつもの倍どころではない、それこそパーティ会場にでも迷い込んだような有様であった。だがミリファはといえばウキウキ気分で、
「今日はアーノルドさんの奢りだから私の分もあるのです! 食っべ放題だぜ!!」
「はぁ。いえでもそれにしたって多い気が……」
「大丈夫、大丈夫っ。ほらほら早く食べよーっ!」
はじめは巨大なツインニードルバッファローのステーキ。魔光撒き散らす魔獣の肉はほとんど抵抗なくフォークが突き刺さった。そのまま切ることなく口に運ぶ。入るだけ詰め込み、はむはむと咀嚼する。じゅわ……っと濃厚な肉汁が口いっぱいに広がる。
「んふう、ふううう……っ!! ほれすごはふほぐふぐう!!」
「え、えっと、美味しいですか?」
「しゃいほうっ!!」
むぐごくむぐぐ、と肉から口を離すことなく食い進めていき、巨大なステーキを胃袋に収めるミリファ。今度はミリオンバードの煮卵へとフォークを伸ばす。千年生きる巨大な鳥の卵にはそれだけの生命力を生み出す源が詰まっているからか、その分だけ味が凝縮されている。
えいっとフォークを刺そうとするが、コロンと逃げる煮卵。む、と眉根を寄せたミリファはえいっえいとフォークを振るうが、やはりコロンコロンと逃げる煮卵。
「こんにゃろっ!」
業を煮やしたミリファが思いきりフォークを振り下ろし──すぽんっ! と飛んだ煮卵が彼女の鼻っ面に直撃した。
「はぶっ!?……た、卵のくせに生意気なあっ」
「ふふ、ふふふ……っ」
と、そこで頭の上から笑い声が。
ミリファを膝に乗せたセルフィーの笑い声であった。
「何をやっているんですか、ミリファさま」
「だって卵が、たまごがあ!!」
「ぷふっ、ふふふふふっ」
「もうセルフィーさまっ。そんなに笑わなくてもいいじゃん!!」
「ごめ、ぷっ、ふふ、ごめんなさっ、ふふふ!!」
「セールーフィーさーまー?」
「ごめ、ごめんなさい……おかしくて」
「まったくもう! そんなに笑うならセルフィー様もやってみてくださいよっ」
「ふふっ。いいですけど、末席とはいえわたくしも王女です。テーブルマナーに関しては徹底的に学んでいます。卵をフォークで刺すくらい簡単ですよ」
そんなわけでフォークが動き。
コロンと逃げる煮卵。
「……ぷっ」
「ま、待ってくださいっ。今のは間違いですっ。調子が悪かったんですっ!」
「今度は私のターンだねっ! えいっ」
タンッ! とミリファが振り下ろしたフォークが煮卵を貫く。
「あ……」
「ふふ、ふはははは! やったやったセルフィー様に勝ったっ」
「待ってください! わたくしだって!!」
「ほいっ」
そのままセルフィーの口に煮卵を突っ込むミリファ。顔を反らし、目を白黒させる第七王女を見上げ、ニヤニヤと笑う。
「セルフィー様も食べないと」
「むぐっ……ミリファさま」
「卵、まだ食べます? セルフィー様の代わりにとってあげますよー?」
「わ、わたくしだってあのくらいできます! そもそもミリファさまは何度も挑戦して、ようやくでしたでしょう! わたくしならもっと早く成功できます!!」
「おー」
意外と負けず嫌いな第七王女の一面に口元を綻ばせるミリファ。これもセルフィーと触れ合わないと見つけることができなかったことである。
やはり友達になるには話すのが一番だ。
ちょっと話して、ちょっと遊べば、友達になれるだろう。
ーーー☆ーーー
「食べた食べたー。冷めてはいたけど、美味しかったなー」
「本当に全部食べてしまいました……」
空の皿が山のように積み上がっていた。小柄な身体のどこにそんなに入ったのか不思議なほどだった。
ぷにゅっと膝の上のミリファのお腹に触れてみるが、やはりあれだけの量が入っているとは思えないほど小さく、柔らかい。
「ふあっ。せ、セルフィー様っ、何をするんだよーっ!」
「あ、ごめんなさい。つい」
「お返しだ、こんにゃろーっ!」
「きゃっ、やめ、くすぐった、ふふふ!」
ぷにっとミリファが脇腹を突けば、セルフィーがヘソあたりをつついてくる。そこからはもう揉みくちゃになりながら、互いの腹部をつつき合った。王女だ村娘だ細かい身分なんて忘れていた。いや本来であればこうあるべきなのだ。セルフィー=アリシア=ヴァーミリオンはそんな小さなものを気にする人間ではない。であれば、無能だ何だといった悪評を気にしない人間であれば、誰だって仲良くなるチャンスは転がっていた。
だけど。
やはりセルフィーは『無能』であり、やはりセルフィーは『運命』から目を逸らすことはできない。
「っ」
現実を思い出すだけで叫び出したいくらいの嫌悪感が走る。本当は第七の塔に立ち入りを許可したって話すつもりはなかった。だが、結果はこの通り。最初のインパクトで押し込まれた部分もあるだろうが、完全に流された結果でもあった。
だって、拒めるわけがない。
こうして同年代の女の子と触れ合うのが嫌なわけがない。
本当は仲良くなりたい。無能という悪評を気にしていない女の子が相手ならば、絶対に仲良くなれるはずだ。
手は伸ばされている。後は掴むだけでいい。それだけでセルフィーは満たされ、『運命』は強固に接続を始めるだろう。いつか、必ず、ミリファを失うだけの戦いに巻き込んでしまう。
「えへへ。なんだかセルフィー様とは仲良くなれそうな予感がするっ! セルフィー様はどう?」
「あ……」
ああ、やはり第七王女は『無能』だ。
一時の衝動に流され、こうして触れ合っている。いずれ拒絶しなければならないというならば、最初から甘い夢なんて見せなければいいものを。
「わた、くしは……」
「わふっ」
ぎゅっと膝の上に乗っかった小柄な身体を抱きしめることしかできなかった。これを求めていた。己を無能の第七王女なんて侮蔑と共に見やる有象無象なんて知らない。やはりミリファは『運命』だ、こうして触れ合うだけでこうも幸せになれるなんて麻薬にも似た禁断の果実に等しい。
だからこそ、断ち切れ。
ミリファを決して『運命』の底に突き落としたくなければ。
「ちえ。ちょっと早かったかー」
「ミリファさま?」
「セルフィー様が『何を』背負っているのかなんてさっぱりだよ。それがなんだって他の使用人や私を拒絶することに繋がるのかも全然わっかんないよ。でも、うん、そんなの諦める理由にはならないから」
その身体に回された腕に手を這わせ、ぐーたら娘はだからこそ不敵な笑みを浮かべる。こんなに頑張るのはぐーたらな彼女らしくないかもしれない。だけど、頑張りたいと思える理由ははじめから提示されている。
「セルフィー様の『答え』が変わらないなら、それでもいいから。だから、もうちょっと時間をくれないかな? 別に特別なことをして欲しいわけじゃない、ただこうやって何気ない触れ合いができればそれでいいから」
「ミリファ、さま」
「セルフィー様が背負ってる『何か』を振り払えるくらいぞっこんにしてあげる。だから、その時は──私にもそれを背負わせてよ」
「なんで、そこまで……? だって、ミリファさまがそこまでする理由なんてどこにも──」
「あるよ、理由」
ぐいっと頭を反らし、お姫様の顔を見上げ、ぐーたら娘は告げる。
「そんな目をしたセルフィー様を笑顔にしたいんだよ」
「え、がお?」
「そうそう。セルフィー様美人だからさーもう凄い絵になると思うんだよねー。見たことないけど著名な画家の絵画みたいな感じ? とにかくそれが理由かな」
「そんな理由で」
「私にとっては大事な理由だよ」
「必ず後悔します」
「今はその判断さえできないからね。ならしたいことしないと損だよ」
「わたくしはミリファさまにとって害悪でしかありません。可能性を提示するようでいて、その先には破滅しかありません」
「そうだね。セルフィー様だけで背負ったら、そうかもね。だけど、私は知っている。面倒なものは他の人に投げて、分担していいんだって。私みたいなぐーたらでも生きていけるくらい世界は優しいんだってことを」
だから。
だから。
だから。
「覚悟してね、セルフィー様。絶対に笑顔にしてやるから!」
「……そう、ですか。無駄なことと思いますが、精々頑張ってください」
「んー。そんな泣きそうな顔で言われたって迫力ないよ、セルフィー様」
「うっ。そ、そこは言わなくてもいいではないですかっ」
「セルフィー様にはそーゆーの似合わないんだから、早く楽になっちゃえなっちゃえっ」
「ぐ……っ! な、なりませんっ。わたくしは決してミリファさまを受け入れたりはしません!!」
「あれだけ楽しく食事したのに? もー意地っ張りなんだからー」
「ぐ、ぐぐぐっ!」
『運命』だなんだ意味わからないものは知らない。そんなものがセルフィーを縛っているのならば、そんなものを投げ捨てるくらいの幸せを与えるだけだ。
セルフィーは決して笑えないわけではないことは既に確認している。ならば、後は塞ぎ込んだ心の底までミリファという存在を刻み込むだけだ。
そうしてセルフィーが背負っている『何か』を曝け出してくれるくらい仲良くなって、ついでに『何か』は出来る奴に何とかしてもらって、そしてセルフィーを笑顔にする。そんなハッピーエンドを掴み取ってみせろ。




