第二十五話 よし、帰還しよう
「お姉ちゃん、今回はいつもより無茶したんだなー」
宿の一室。
ベッドの上でゴロンと転がり、ミリファはぼそりと呟く。いつものことだ、苦痛も損傷も隠すのが姉だ。こうした騒動を解決して怪我をしたことを隠すどころか騒動に関わっていないと言い張るのが姉だ。妹が気づいていないと思い込んでいるのが姉だ。
だったら、付き合ってやるしかない。別に四六時中そばにして励ますだけが正しいとは限らないのだから。
……姉が望むなら、という冠がついているだけで、こんな気持ちで我慢したいわけでもないのだが。
「あんまり心配かけないでよね」
だから、妹は待ち続ける。
そして、笑顔で出迎えてやるのだ。
ーーー☆ーーー
「ふっかーつ!!」
首都近郊、丘を囲むように広がる森の奥にある小屋では黒いワンピース(大胆なスリット入り)姿のエリスが足がはだけるのも構わず跳ね起きていた。
チラチラと肌を見せびらかすものだから、そばで見ていた天使姿のリーダーは全力で顔を背けていたり。
「? どうかした???」
「な、なんでもない。それより! もう治ったんでしょ。ならさっさと帰ったら? 妹さんだって心配してるだろうし!」
「そうだね。騒動に首突っ込んで今まで高熱出してたのバレないようにしないと」
「はぁ。絶対バレてるって」
「え、でもいつも何とか誤魔化せているけど」
「んなわけないじゃん。どーでもいい奴ならともかく、大切な奴のことなら大半は分かるものよ。というかエリスみたいなめちゃんこ強い善人が騒動解決後に決まって留守にするなんて、無茶して怪我しましたって言ってるようなものじゃん」
「うぐっ」
「あんまり妹に気を遣わせるんじゃないわよ。お姉ちゃんでしょ」
「で、でも、ミリファの前では格好いいお姉ちゃんでいたいし、心配かけたくないし、だったら騒動に首を突っ込んだことそのものを隠したほうがいいと思わない?」
「はぁ? それ騒動を解決したはいいけど、怪我したのが格好悪いって言ってるわけ? じゃあ聞くけど民間人助けるために殺人鬼に立ち向かった騎士が怪我したら、エリス格好悪いって思うわけ?」
「そんなわけない!」
即答だった。
聞いたリーダーが呆れるほど自分が見えていないようだ。
「一緒よ。エリスだって見知らぬ誰かのために命をかけて戦った。その際に怪我したからって格好悪いわけないじゃん。いやそもそもそんな慈善活動やめたほうがいいじゃんとも思うわけだけど、その辺はどうせ言っても無駄だものね。なら、せめて胸を張れ。私は誰かを助けたんだと、頑張ったんだってさ。そうして傷だらけで帰ってきたなら、妹だって散々心配しながらも安心するでしょうよ」
「どっちにしても、心配かけるのね」
「当たり前でしょうが! でも、少なくともこっちのほうが気が楽ではあるわ。生死不明で宙ぶらりんよりは、とりあえず生きていることだけは分かるんだから」
「……そう、だね。ありがと、私の間違い正してくれて」
「ぐっ」
真っ直ぐだった。
目の前の復讐相手はどこまでも真っ直ぐに生きていた。
不器用な生き方だ。エリスほどの力があれば、もっと器用にもっと裕福にもっと利益を得る生き方だって出来たはずだ。それでも彼女は誰かを救うために身を削り生きている。
そんなのが格好いいと。
そう思えるほどに。
(私には……どれだけ意地汚く足掻いたって権力や財力や暴力には屈するしかない弱い奴には出来ない生き方よね)
「それじゃあ、またね。このお礼絶対するから! だから、また会おうねっ。約束だよっ!!」
「そうね、ええ。約束よ」
そう、再会の時は近い。
妹を誘拐し、抵抗ができなくなった『炎上暴風のエリス』へと復讐する。その時はもうすぐそこだ。
(復讐、そうよ復讐よ。やられたらやり返す。そうしないと舐められる、搾取される側に回ってしまう。だから! 私はこいつに復讐しないといけないんだから!!)
どこか己に言い聞かせているようだと、果たしてリーダーは気づいていたのか。少なくとも胸の奥に走る痛みの理由にまでは気づくことはできなかった。
ーーー☆ーーー
もうそろそろ主城に向かわないと、とベッドから起き上がるミリファ。こうして退院でき、体調は万全なのだ。
だから、動かないといけない。
姉は無事だ、あの姉が負けるわけがない。そもそもここで待っていたって何にもならない。
だから、行くしかない。
せっかく第七の塔へと立ち入ることを許されたのだ。今こそセルフィーと距離を詰め、友達となるチャンスだ。
だから。
ガチャッと外側から扉が開けられ、いつものバトルスーツではなく、黒いワンピース姿の姉が姿を現した。
「ただいま、ミリファ。あ、あはは。首都で暴れていた魔導兵器の使用者倒したのはいいんだけど、ちょびっと、ほんのちょびっとだけ熱出しちゃってさ。今まで休んでたんだ。ごめんね、心配かけたよね?」
だから。
もう我慢なんて出来なかった。
「お姉ちゃんっ」
「ミリファっ」
「何がちょびっとだこんにゃろーっ!!」
枕を思いきり投げつけてやった。ぼふんと顔面に直撃した枕が床に落ちた時にはタックルを仕掛けてやった。
心配をかけやがってと、今日は隠さず曝け出すのかと、だったらこっちも『我慢』する必要はないのだと。
「お姉ちゃん……よかった。よかったよぉ」
「うん、うん。ごめんね、ミリファ」
「お姉ちゃんが無事なら、それでいい、いいよぉ」
あの事件で流したものとは違う涙がボロボロと溢れて止まらない。止める必要はない。ぐりぐりと押し付け、吐き出していい。
たったひとりの姉の生死が不明なんて心配に決まっている。本当はいつもこうしたかった。だけど姉は隠していたから、それが姉の望みだから、我慢するしかなかった。
だけど、もういいのだ。
心配だったと、生きていて良かったと、そう吐き出していいのだ。
ーーー☆ーーー
「先輩っ。ミリファさん凄いんだよ、魔導兵器に襲われた私たちを助けてくれたんだから!!」
「そ、それもう何回も聞いて……」
「あのねあのねっ!」
「話、聞いてくれない?」
ーーー☆ーーー
もうべったべただった。
ベッドに腰掛ける姉の膝に頭を乗せて、そのお腹にぐりぐりと顔を擦り付けるミリファ。
「お・ね・え・ちゃーん」
「なーに?」
「呼んだだけー」
「まったく今日は随分と甘えん坊ね」
「いいじゃーん。心配だったんだもーん」
うなじなど撫でてやれば『ふにゃあ』と甘い声を漏らす妹。姉はといえば表面上は何でもなさそうな表情ではあったが、
(み、ミリファが、ミリファがあ! あっまえってるうー!! ふあ、ふわあああっ。かーわーいーいー!!)
もうぐでんべれんだった。
姉らしく振る舞おうとしているが、ぴくぴくと頬なんかは震えていたりする。今すぐにでも頬ずりして抱きしめて愛でてやりたいが、姉だからという一線が自分から甘えることを躊躇させる。
だが、もしも。
今回の件だけでこんなになるのだとしたら。
『これまで』のアレソレを暴露すれば、もっと甘々になるのではないか?
(甘える。もっと、ふにゃふにゃっと……アマエテクレル)
心配をかけたという負い目はもちろんある。が、それ以上に甘々ミリファの破壊力が凄まじいものだ。
というか、そう、もう終わったことだし別にいいのでは、という思いもあったり。自分のことについては軽く考えているからこそ、騒動に首を突っ込み傷ついてきたことについて気にしてないというのもあるだろう。
……もしもこの場にリーダーがいれば殴ってでも目を覚まさせてやっただろうが、不幸なことにこの場にはミリファの甘々に思考を犯された姉がひとり。だからこそ、普段であればありえない方向に話が飛んでいく。
「ミリファ」
「にゃあに、お姉ちゃーん」
「古龍討伐に私も参加してたんだよね」
「……ん?」
「後は破滅の賢者だとか女王ヘルだとか犯罪ネットワーク『トライアングルゾーン』だとか人狩り集団『殲滅蒐鬼』だとか集落焼却犯だとか風塵翅だとか禁域魔獣領域だとか獣人王バジルだとか精霊ファイヤルナだとか、他にも色んなの相手にしてきたんだよねえ。ミリファには伝わらないようにしてたけどさ」
「…………、」
「ね、ね、どう?」
これで甘々が加速する……と、なんでそう思ったのか。それほどに甘えてくるミリファの破壊力が凄まじかったのだろう。思考能力が破壊され、暴挙に出るほどに。
すくっと身を起こしたミリファはといえば、もちろん目が死んでいた。握りしめた拳を胸板へと叩きつける!
「こんの大馬鹿お姉ちゃんがーっ!!」
「あっれえーっ!? 甘々ミリファはーっ!?」
「うるせーこんにゃろーっ!!」
そんな怪物どもを敵に回しても生きて帰ってくれたのだと安堵していることだけは隠すべきだろう。そうしないとこの姉は調子に乗るに決まっているのだから。
ーーー☆ーーー
「魔導兵器を数十も素手で破壊したメイド? へーそんなのがいるんだ。メイドなら遊んでいいおもちゃだよねー?」
ーーー☆ーーー
「セルフィーってば随分と面白いものを所有していたのですね。おほほっ。これは調べる必要がありますわねえ?」
ーーー☆ーーー
ぐっちゃぐちゃに荒れたベッドの上で服が乱れた二人の少女が転がっていた。小柄な妹はといえば、ぷうと頰を膨らませ、ぺちぺちと姉の頬を叩いていた。
「お姉ちゃん。私は怒ってます」
「は、はい」
「なんであんなことをサラッとカミングアウトするの? 隠すのをやめたのはいいけど、だからって適当に言っていいことじゃないじゃん! あの時もあの時もあの時もっ、遊びに出てただの迷子になってただの言い訳してたけど、やっぱり騒動に首を突っ込んで怪我してたんだなーっ!!」
「甘えタイムは???」
「あぁ!?」
「ひゃっ」
「もう二度と! 一人で抱え込まないで!! ……私じゃ戦闘の役には立たないけど、そばにいることしかできないけど、それくらいは許してよ」
「あ……ご、ごめんね、ミリファ! なんだか、こう、興奮してて暴走しちゃった」
「もうっ」
コテン、と横になっている姉の胸板に頭を乗せ、体重を預けるミリファ。エリスが何か言う前に『罰として枕になって』と突きつける。
「うん……ふふ、ミリファは可愛いなあ」
「ふんっ。今日ぐらいはいいじゃん」
「あたしとしては毎日でも……」
「調子に乗らないでっ」
「えー。じゃあ、これは?」
さらりとミリファの黒髪に手を通すエリス。頭を撫でてくる姉に対して、妹は何も返事をしなかった。分かってよ、と告げるように。
「ふふ、大好き、ミリファ」
「そんなの私もだよ、お姉ちゃん」
そのまま姉妹は一日中ベッドの上で過ごした。
お互いの体温を触れ合わせ、その存在を刻み込むように。




