第二十話 よし、邂逅しよう その四
「おらー! くそったれども!! ちんたらするんじゃないっ」
「リーダーぁどれだけお熱なんだよぉ!」
「(……本当悪癖だよね)」
黒ずくめたちは首都を出て、丘を目指して走っていた。首都を飛び出した炎を追いかけるようにだ。
『炎上暴風のエリス』は相変わらず規格外であるが、丘のほうでは轟音が連続していた。つまり戦闘は未だ続いているということだ。
(借りを返してないし、仕返ししてないし、とにかく私が行くまで死ぬんじゃないわよ、ばかっ)
ぎゅっと無意識なのかエンジェルミラージュのコスプレが入った紙袋を強く握り締めるリーダー。何が起きているのかなんてさっぱりだ、エリスが見ている光景なんて見えていない。それでも関係ない。ここで逃げてはスラムに多く存在する有象無象どもと何も変わらない。格好つけるぐらいで丁度いいのだ。そうじゃなければ、腐ったまま生きていたって、そんなの死んでいるのと同じだ。
「待ってろよ、『炎上暴風のエリス』う!!」
ーーー☆ーーー
ゴンドンバゴンッ!! と轟音が連続する。猛火を滾らせ、暴風を荒ぶらせ、エリスはその四肢を存分に振るい、モルガンを襲う。
猛火の爆発による瞬間的な加速と暴風を纏いベクトルへと干渉する制御方法。爆発的な加速を行うと共に四肢を覆う暴風が軌道修正を行うことで変幻自在の動きを可能としているのだ。
生身の人間の挙動では決して到達できない高速戦闘、黒ずくめたちを速度でもってねじ伏せた源には『防具技術』の存在が不可欠であった。バトルスーツを軸とした不可視の防御フィールドの展開によって肉体に翻る反動を防いでいるためにエリスは変幻自在の高速挙動による負荷で肉体を壊すことなく戦闘を持続できる。
──だけでは実現できない継続的な高速戦闘であった。
「ハァッ!!」
足の裏に溜めた炎を爆発させ跳ね上げた蹴りがモルガンの顎を蹴り抜き、もう片方の爪先を横から爆発させることで側転するがごとく縦に回転、上に振り上げた足が地面と水平になったと共に再度爆発、加速させた踵を標的の脇腹に叩きつける。
「ご、あ!?」
振り抜き、吹き飛ばし、そして暴風がエリスの身体を浮遊させ体勢を整える。地面と水平のまま見えない足場に着地するかのように膨大な風の塊に足をつける。
そのまま点火、加速。吹き飛ばされている最中のモルガンへと強襲。宙を舞っているその肉体へと炎を滾らせ風で巻き上げたその拳が突き刺さる!
「がぁ!!」
ボッア!! とモルガンの姿が炎に呑み込まれる。人間一人を軽々と呑み込む質量が肉を骨を焼き尽くさんと猛威を振るう。
だが、当のエリスといえば苦虫でも噛み潰したような表情でふわりと風で操作した肉体を地面に着地させるところだった。
これまでの戦闘で一度も魔法陣を見せていない規格外の女は、だからこそ気づいていた。
「で、いつまで寝てるわけ?」
「にひ☆ なーんだバレちゃってたかー」
それこそ気軽なという冠がつく動作であった。加速された蹴りを受け、猛火でその身を炙られた後だというのに、モルガンはダメージを感じさせない滑らかな動きで起き上がったのだ。
「魔族? エルフ? それとも獣人???」
「にひ☆ そこは格好で察してよー。魔女だにゃー」
舐めた返事であった。女の魔法使い、もっと言えば森の奥で怪しげな実験をしている女魔法使い、という絵本の記号でしかない単語を提示されたところで何の説明にもなっていない。
魔法陣を展開せず、つまりは魔法を使わずに炎や風を操っているエリスも規格外ではあるが、あれだけの攻撃を受けてもダメージ一つ受けていないモルガンもまた規格外であった。
「魔女モルガン=フォトンフィールド。知らないなら覚えておいたほうがいいにゃー。世界の真の実力者、あるいは『魔の極致』なーんて付加価値なんかも生まれちゃってるしねー」
「そう、どうでもいいわ。テメェがどんな肩書きを持ってようが、どんな価値があろうが、どれだけ強かろうが、あたしはテメェをぶっ殺すだけだし」
「にひ☆ 『技術』の二重展開なんて英雄や猛将でも成し遂げられるか分からない無茶を通し、しかも一つは希少属性持ちの『技術』という規格外をいたいけな女の子に向けちゃうの? こっわーい、助けてー☆」
「言ってろ、クソ魔女」
言下にエリスの全身を猛火が走り、暴風が舞い上げる。魔法を用いない炎や風の操作、その正体は『魔力』への『技術』の適応であった。
通常魔法は魂が具現化、魔法陣を用いて現実世界に召喚するものである。だが、『魔力』だけならばその限りではない。純粋な魔力の放出、一般には魔光と呼ばれる攻撃手段であれば、魔法陣の展開は不要であるのだ。一説には純粋な魔力であれば、亜空間と現実世界とを区切る境を染み込むように突破できるという話もある。
ともあれ魔法という魔力を原材料とした『別の何か』は魔法陣が必要であり、魔力そのものは不要であるのならば、その魔力へと『技術』を適応、剣の斬撃力や槍の貫通力を底上げしたように、魔力が持つ性質を底上げすることもできるのではないか。
つまりは炎系魔法や風系魔法へと変質できるその性質を増幅することで魔法陣の展開なくして現実世界で炎や風を操ることができるということだ。
『魔力技術』。
おそらくは現在エリスしか使えない、希少な『技術』である。
『魔力技術』は魔法のように逐一魔力を放出、変質、召喚する必要はない。あらかじめ魔力を現実世界に呼び出しておいて、必要に応じて『技術』を流し変質を促せばいい。その分だけ魔法よりも早く炎や風を具現、操作することが可能であった。
ただし、これはあくまで裏技。正規で効率的な変換能率を持つ魔法よりも威力は落ちることになるが。
ボォンッ! とエリスが加速する。炎の爆発、そして風の操作。二つの高速戦闘技術を駆使してモルガンを殺すために。
ーーー☆ーーー
少女騎士は半ばよりへし折れた長剣を手に思考を回す。肉体の損傷はとっくに限界値を超えている。オマケに二つの魔石を組み込んだフラグメントとやらには真っ向から勝てるとは思えない。その上母親は心臓を貫き殺され、近いうちに娘だって殺害されるこの状況での最適解は一体なんだ?
(天才だなんだもてはやされていたくせに、このザマっすか)
ノワーズ=サイドワーム。
サイドワーム男爵家が四女にして、天才的な戦闘センスを持つ少女であった。奇跡の申し子、突然変異の体現者、最年少天才騎士などなど彼女を讃える声は数多なれど、結果はこれだ。
なるほどノワーズは確かに天才だったのかもしれない。年齢の割には強かったのかもしれない。
だが、現実はそう甘くはない。ノワーズよりも強い人間など小国の一騎士団にだって存在する。ならば、より広い視野で見渡せば、それこそ掃いて捨てるほどに存在するはずなのだ。
だから、この結果は当然と言えば当然のものだった。天才的な戦闘センスにかまけて訓練を怠り、結果として己よりも強いガラクタに惨敗し、任された命を無為に散らしてしまった。
ならば、どうする?
ここからできることはなんだ?
(はぁ。めんどうっすね……気合いだ足掻きだそんなめんどうなもんに手を出さないといけないくらい追い詰められるだなんて、本当めんどうっすね!!)
ブォン! と折れた長剣の先へと『技術』を展開、不可視のエネルギーを伸ばし伸ばし伸ばし、そのまま斜めに振り下ろす。その先にはフラグメントツー……ではなく、地面に叩きつけることが目的であった。
ゾッパァン!! と裂かれた衝撃で粉塵が舞い上がり、一時的とはいえ視界を潰す。その隙に少女騎士はその両足にありったけの力を込めた。今にも倒れそうなほどにふらついているくせに、それこそ万全の時の全力全開も霞むほどの速度で駆け出してみせたのだ。
「邪魔っす!!」
ガリガリガリッ!! と地面を引きずる不可視のエネルギー刃が華奢な少女の腕の動きに合わせて宙を走る。まさに斬撃、並べた空き樽を纏めて蹴り倒すがごとき格好でその刃は女の子を踏みつけていた鎧やその周辺のガラクタ共を刈り飛ばしたのだ。
そのまま彼女は女の子の首根っこを掴み、走り抜ける。コアを破壊できたのかそうでないのかも分からないガラクタどもが活動を再開する前にその場を離脱するために。
『にひ☆ やるじゃん騎士様。だ・け・ど──逃げ切れるかにゃー?』
ブォッ!! と粉塵を引き裂き飛び出してきたのはフラグメントツーであった。その両刃の腕をガギンガギンと叩き合わせ、舌なめずりするかのごとく。
「やだ、離してよっ。あんな、やだ、やだあ!!」
「あそこにいたって死ぬだけっすよ!!」
「知らない、そんなの知らないっ。やだ、やだやだやだ!!」
『そうだよねー鮮度が命だよねー。恐怖も苦痛も絶望も殺しも旬の時にささっと刈り取らないと。さあさあ殺しを彩る絶望満ちた悲鳴は絞り出した、なら後はきちんと殺してやらないとねー!!』
「黙れっすよ、この人殺しがあ!!」
少女騎士は痛みでどうにかなってしまいそうだった。全身に刻まれた傷が、ではない。こんなめんどうな光景を許してしまったことに胸の奥から痛みが止まらないのだ。
『にひ、にひひ☆』
この手に剣があり、戦う力もあって、それなのに騎士は背中を向けて逃げ出す。そうするしかない己の弱さにノワーズは内側から壊れてしまいそうだった。
ーーー☆ーーー
「あ、ぁぐ………」
三階もの高さからのダイブ。その代償は決して安くはなかった。己の体を下にしてファルナへの衝撃を軽減するなんて格好つける余裕もないがむしゃらな行動は確かに魔導兵器から逃げ出すことには成功したが、代わりに全身を覆うような激痛をもたらした。
(足は……大丈夫。手も折れてはいないけど……くそ。痛い、意識が飛びそう)
どうやって落ちたのかも覚えていない。もしかしたら一時気絶でもしていたのかもしれない。だが、そう、だが距離を取ることはできた。後はこの距離を詰められる前に安全な場所まで、姉の元まで、走り抜ければいい。
そのはずなのに。
ミリファはファルナを抱いたまま地面に横たわった状態で身じろぎするのが精一杯だった。
(ちくしょう……情けないにもほどがある)
「ファルナ、ちゃん。だい……じょうぶ?」
「は、はい。う、ぐ。大丈夫、です」
ミリファもファルナも肉体的にはそう大した怪我でもないはずだ。少なくとも骨が折れたりといった歩行にも支障が出るようなダメージは受けていなかった。
肉体ではない、問題は精神にある。
殺しなんて経験はなく、死なんて触れたこともない少女たちにとって先の光景は地獄以外の何物でもなかった。ミリファはファルナを助けるという軸を持つことで巣食う恐怖を押さえつけていたが、それも三階からの落下という『衝撃』が吹き散らしてしまった。
高所からの落下、結果として生まれた痛み、それらががむしゃらに突き進むことで施されていた心の麻酔を消してしまったのだ。
その身を縛るは損傷ではない。
恐怖という見えざる鎖であった。
(怖い、もうやだ、あと何度無茶を通せばいい、あんなの二度も続かない、絶対どこかで躓く、大体あんな高いところから飛び降りた後でどこまで走れるの、ちんたら歩いていたって追いつかれるに決まってる、出来るわけがない、無茶だよ無理だよ私みたいなぐーたらに何ができるんだよ!!)
それでも。
それでも。
それでも。
(……やるしか、ないじゃん。それ以外に選択肢なんてないじゃん!!)
ミリファは友達を抱く腕に力を込める。折れかけている心を奮い立たせる。一時的でいい、錯覚でいい。ファルナの命の鼓動を抱きしめ、守るのだと意思を燃やす。
半分以上は自分のためだ。
ファルナを心の支えにして、言い訳に使っている部分があることは認める。
ミリファは決して聖人君子でもなければヒーローでもない。どこにでもいるちょっとぐーたらな普通の女の子でしかないのだ。あまりの恐怖に泣き出したくなるのは止められないし、命の危険があれば助かりたいと願う。
だけど。
そんな人間らしい意地汚い部分がファルナを助けるのならば、理由なんて本質なんてどうでもいい。
さあ、叫べ。
今だけでも格好つけろ。
「ふぁ、るな……ファルナちゃん! 早く立って、立ってよ!!」
「ミリファ、さん」
「ふ、ふふん。大丈夫、なーんの問題もないんだよ。ほら、だって私は──」
ああ、だけど。
『にひ☆』
こんなのが出てきては、奮い立たせた心なんて砕け散るに決まっている。




