第二話 よし、友達になろう
さて、そもそも側仕えのメイド、しかも王女のだなんて、どんな仕事をするのだろうか?
「あのう、ガジルさん。私の教育係とかは?」
「数年前から姫さんったら身の回りのことは自分でやるからとメイドの類を遠ざけちまったからなー。そもそも側仕えどころかメイドの仕事自体ないに等しいみたいな?」
無精髭を撫でながら、中年の騎士は眠たげな表情でそう答えた。
ガジル。
王族直属の黒獣騎士団団員であるが、素行の悪さから他の王女や国王の護衛にはあてられず、無能の第七王女専用の護衛にあてられていた。
彼だけが第七王女の側に存在する人員であった。
彼だけでも問題がないくらい第七王女の『役割』はないに等しいのだろう。
「いくらなんでもそんなことってある、んですか?」
「あーいい、いいって、慣れない敬語なんてやめちまえ。たった二人の第七王女親衛隊だろう」
おちょくるような口調でガジルは続ける。
「まーなんだ。王女なんて他に六人もいるんだ。公的なアレソレは姫さん抜きでどうとでもなる。だったら、後は一人暮らしができるかって話になってくるからな。メシはお抱えのシェフ任せだが、それ以外は自分一人で出来るってもんよ」
「それは、また、ふざけた話ね」
「はははっ。そうかそうか。そう言えるか、嬢ちゃん。そんな嬢ちゃんなら側仕え、見事にこなせるだろうよ」
ーーー☆ーーー
さて、どうやら側仕えのメイドといえども、仕事なんて何もないようだ。
つまり、一生働かずに、高い給金をもらうことができる、ということ、か?
「ふ、ふふ」
主城の周辺には七つの塔が存在する。
その一つ一つが王女が住まう専用の塔である。
ちなみに第七王女の塔は一番奥の離れ、もちろん他の塔よりも小さく貧相なものだったりする。
……完全な庶民であるミリファは贅沢するならぐーたらしていたほうがいい、と自信満々に胸を張れるのだから、第七王女の塔であっても無駄に大きいなーと感心するほどであったが。
「ふうーっはははあっ! なにこれさいっこう!! 働かずに食う飯は美味しいだろうなーっ!! あーはっのはあ!!」
とはいえ、本当に何もしないというのも問題だろう。というか、どうにも無性に第七王女のことが気になるというのもあるのだが。
(女の子の憧れたる王女様だっていうのに、あんな寂しそうな目をしちゃってさ。国民の血税で働かずに食う飯は美味しいなーっと吹っ切ればいいのに……)
「働くのは嫌だけど、メイドとして王女様に話しかけるのはアリだよね」
そうと決まれば第七王女を探しに行くとしよう。
……塔のどこが王女の部屋なのかも知らないメイドというのも、そうそういないことだろう。
ーーー☆ーーー
第七の塔。
第七王女の住まう塔、その一階の奥の奥に第七王女の私室は存在する。王族にあるまじき一般的な家庭の一室にも等しい広さに例外的に豪華なベッド、後は机と椅子と本棚があるだけだ。本棚の中には国内外で有名な冒険小説の数々が納められている。
第七王女といえば(機能性重視の)椅子に腰掛け、癖なのか長い金髪を指に巻きつけつつ、
「お母様が仰っていた『運命の人』、ですか。なんというか、可愛かったですわね」
ちっちゃくて、小動物みたいに愛らしくて、オマケに『第七王女のために』あんなことを言える人だった。
王族に対して堂々とぐーたらしてやると言い切る胆力の原因はやはり第七王女が己を卑下したからか。それだけであそこまで『できる』ほどの性質を持つ彼女だからこそ……。
「はぁ。お母様のことです、『運命』を切り離すことを良しとはしないでしょう。このままではわたくしなんかと『運命』を共にして、ミリファさまは死んでしまうのでしょう」
だから。
第七王女には選択肢なんて一つしかなかった。
『運命の人』。
第七王女のために剣を握ってくれて、第七王女のために微笑んでくれて、第七王女のために死んでくれるメイド。
彼女を無駄死にさせるわけにはいかない。救国なんて目指してすらおらず、誇りを守るためにせめて一矢報いる。そのためだけにミリファを地獄の底に叩き落としてたまるものですか、と無能の王女は決意を新たにする。
……ゆえに彼女は無能と呼ばれているのかもしれない。王族のくせに小を切り捨て、大を手にする覚悟もないのだと『王族の常識』は判断するのだろう。
ーーー☆ーーー
「ひい、ひい……ああーっ! きっつう!!」
第七の塔、その最上階。
五階から先は数えるのも馬鹿馬鹿しくなったミリファはメイド服を滴る汗でぐっしょりと濡らしながら、ようやく最上階まで辿り着いていた。
目の前には巨大な扉が一つ。
横目で見てきただけだが、他の階には複数の扉や通路が見えたのに、ここだけは巨大な扉が一つだけ。どうやらミリファの予想通りだったようだ。
「ふふ、ふはははっ! 偉い奴ほど高い所に馬鹿でかい部屋でぐーたらするものよねえ!! 悪党と金持ちは高い所が好きってものよっ!!」
そんなわけで突撃なわけだ。
なんだか汗でメイド服の中がぐっしょり気持ち悪いわ、ぐーたらが信条なミリファの体力は階段を上がるだけで尽きかけているのか体が鉛のように重いわ、こうして感情に任せて来てはみたが何を話せばいいのかさっぱりだったりするわ、つまりは猪突猛進なわけだった。
「さて、と」
あの寂しげな表情をぶち壊し、笑顔を見せてくれたならば絶対に綺麗だろうなと、ぼんやりそんなことを考えて、その笑顔を見るにはどうすればいいと思考を回す。
ぐーたら庶民に精巧で高精度な策を期待されても困る。そんなの思いつけるわけがないのだから、ミリファは早々に考えるのをやめた。
とにかく仲良くなろう。
一緒に遊べば、笑顔だって見せてくれる、と。その程度の考えでミリファは突き進んでいく。
「よし、友達になろう!!」
おおよそ王女に向ける言葉ではなかっただろう。
不敬罪でクビになったって不思議ではないだろうが、それならそれで大歓迎、地元でぐーたら生活に戻るだけだ。
だけど、そう、だけどだ。
セルフィーの笑顔が見たいと、どうにもミリファは抗いがたい感情に急かされていた。あの憂いを帯びた瞳がキラキラと輝く様を想像するだけで胸が高鳴るのだ。
それだけ想えれば友達になりたい理由には十分。
王族だろうが村娘だろうが関係ない。生物学的にはどちらも人間の女なのだから。
コンコン、とノックしても返事はなかった。
だから、勢い良く開け放ってやった。
最初が肝心だと、ミリファは腹に力を込めて叫ぶ。
「友達になってくださいっ!!」
「あらあ、これはこれは熱烈なことで」
…………。
…………。
…………。
「あれ、あれれ???」
一つ、扉の奥には脱衣所が広がっていた。お風呂、という単語がミリファの脳裏を掠める。
一つ、もちろんそこはセルフィーの私室ではなく、そしてそこにいたのはセルフィーではなかった。
一つ、金髪にグラデーションがかった蒼い瞳という王族の証、そしてセルフィーを一回り以上成長させたかのようなその女性にさしものミリファも見覚えがあった。年に一度の『王族演説』で国王の隣に寄り添っている女性なのだから。
「王妃様っ!?」
「はい、王妃様ですよ。我が第七の娘の『運命のお方』」
セルフィーのお母様にして国王の妃。『万物見通す清廉なる者』にして『女傑の血』を最も強烈に覚醒させた歴代最強の女傑。ともすれば国王よりも権力を握っているのではとも噂されるアリシア国の最上位権力者が目の前にいるのだ。
……ミリファと違ってバインバインな胸部を晒している、というか、一糸纏わぬ姿で。
(そういえばセルフィー様も『凄かった』けど、王妃様のほうがおっきいなあ……って、違う違うっ。現実逃避しちゃダメだってえ!!)
己を卑下している第七王女相手ならば、先の言葉も適切だったかもしれない。というか、あれくらいはしないと響かないとミリファは直感していた。
だが、目の前にいるのは己を卑下することなど絶対にないのだろう、獰猛に瞳を輝かせる王妃様。これは、流石にまずいのでは、とぐっしょり濡れ濡れなメイド服に脂汗が追加される。
「え、えっと、ですね……さっきのはですねえっ」
「いいのですよ、ミリファちゃん。我が第七の娘の『運命』ですもの、それくらいで丁度良いのでしょう」
「は、はあ」
『運命のお方』だの『運命』だの妙な言葉がチラついていたが、今はこの場をどうにか切り抜けるのが先決。藪蛇つつく余裕なんてどこにもない。
「それよりも」
だというのに。
魔の手は遠慮なくミリファを呑み込んでいく。
「随分と汗だくですね。どうです、一緒にお風呂に入りませんことで?」
「…………、よ、よろこんで」
拒否権なんて哀れ雇われメイドにあるわけがなかった。ああ、こんなことならば不相応に王女様と友達になりたいなんて思わなければよかった、とぐーたらな本質が燃えていたやる気を削ぎ落としていくのを感じていた。