第十八話 よし、邂逅しよう その二
主城の正門を守っていた二人の門番の片割れは迫る土くれの人狼型魔導兵器へと槍を突き出す。ガギンッ! と相手は土くれであるはずなのに金属質な音と共に弾かれ、お返しとばかりに鋭利な爪が振り抜かれた。
「ちっ!」
身体をさばくが完全には回避できず、二の腕から鮮血が噴き出す。その隙に相棒が槍を人狼の頭部に組み込まれた魔石めがけて突き出すが、そちらはもう片方の爪で弾き飛ばされる。
こちらの攻撃は通じず、あちらの攻撃は軽々しく通る。それでは戦闘になどならない。いつかどこかで敗北するのが分かりきった蹂躙である。
それでも彼女らは退かない、退けるわけがない。
彼女らは門番なのだ、主城を守る盾であるのだ。その身を呈してでも悪意ある存在の侵入を防ぐことが使命である。
「お、おおおおお!!」
ああ、だけど、現実は残酷である。
にひ☆ と。破滅はやってきた。
『フラグメントツー……いや遭遇順的にスリーかにゃー。にひ、にひひっ☆ この国の王女どもってば強い奴が多いみたいだし、殺されるなんて考えたことないんだろうなー。そんな奴を殺すのがいいんだよねー。自分は死なないと、大丈夫だと、そーゆー傲慢な魂を踏みにじる瞬間が快感なんだよねー! 激しく抵抗してよ、無理矢理押さえつけて死の感覚をじっくり教えてあげるからさー!!』
それは頭部に不気味に光る両目代わりの魔石を組み込んだ魔導兵器であった。その機体は『肉』を束ねて人の形を作った異形でもあった。魔石が周囲のものを取り込み、外装回路へと作り変えることで魔導兵器として構築されるのだとすれば、フラグメントスリーの『材料』は──
「次から次へと!!」
『いいね、いいね。主城の正門を守るのは自分たちの使命だと張り切っちゃってる感じ? だったら負けられないよねー。だって、負けちゃったら、危険物が主城に侵入して王族ども皆殺すんだし☆』
「悪趣味なゲテモノがっ! 調子に乗るんじゃない!」
叫び、槍を前に突き出し、駆け出す門番の一人。
その穂先に集う不可視のエネルギーはまさしく『技術』。『槍術技術』──『突撃』。貫通力を増幅した一撃が真っ直ぐに肉の異形の胸にあたる部分に吸い込まれる。
だが、直撃の寸前に腸を束ねて形作られた腕が鞭のようにしなった。ばぢんっ! と槍を絡めとり、受け止め、それ以上突き込むことはできなかった。
「ぐっ」
『私は殺すよ?』
べちゃりと顔の下方が横に引き裂かれた。口でも作っているつもりなのか、肉が響く声に合わせて人形劇のように滑稽に開閉する。
『美貌の第一王女、魔導兵器の第二王女、人脈の第三王女、魔法の第四王女、武力の第五王女、政治の第六王女、無能の第七王女。それに王妃に王だって。ああもちろん使用人だの護衛だのだって仲間はずれにはしない。きちんと、丁寧に、盛大に! ぶっ殺してやるから!! だから、うん、己の無力さを嘆きながら死んじゃえ』
「ぐうう!!」
相手を喜ばせることにしかならないのは分かっていたが、それでも屈辱に表情が歪むのを門番の女騎士は止められなかった。
もう一人の門番は人狼型魔導兵器に足止めされており、武器を絡め取られた彼女を助ける者はいない。
それでも、せめて一矢報いると槍を手放した門番は肉の異形の懐へと飛び込んだ。魔導兵器の動力源にして急所たる頭部の魔石へと掌底を叩き込もうとするが、その前に異形が魔法陣を展開し、
『にひ☆』
ゴッバァ!! と異形から鮮血が噴き出した。肌を焼き、騎士の証たる青のレザーアーマーを溶かすほどの熱を含む液体を真正面から受ける。おそらくは先ほどの魔法陣で異形内部の血液を沸騰させたのだろう、その液体は瞬間的に蒸気を撒き散らす。
「ご、ひゅ……っ!!」
腕と言わず顔と言わず全身を焼かれ、激痛に動きが止まりそうになるが──焼き爛れて満足に声も出せない喉を限界まで震わせ、咆哮を響かせ、そのまま掌底を振り抜いた。
魔石を破壊する、あるいは掴み取るつもりだったが、決死の覚悟も力の前では無力だった。ゴォ! と空気を引き裂き脇腹に叩き込まれるはもう一つの腕。腕というよりは触手にも似たそれの打擲に門番の足が地面から離れ、数メートルも滑空し、地面を転がる。
「がぶ、はひゅ……!!」
『よく頑張りましたー。結果は残念だったけど』
ギチギチぐじゅべちゅと異形が脈動する。まるで喜びに打ち震えているかのように。
『うんうん、殺しはこうじゃないと。お前の人生こんなもんなんだと呆気なく吹き飛ばすのもアリだけど、やっぱり魂からの想いを踏みにじってこそ甘美な感触を感じることができるよねー』
腸の右腕の先端がねじられていく。それこそ槍でも形作るように。もちろん腸をいくら束ねたところで人間を貫くことはできないだろうが、瞬間的に発生した魔法陣が腕を補強した。必要な硬度を手に入れた。ならば、後はシメるだけだ。
『にひひっ☆ 今日は大漁だにゃー!!』
「……っ!!」
瞬間。
彼女たちが命がけで守っていた正門が内側から吹き飛ばされた。
その『原因』はもう一人の門番を裂き殺さんと迫る人狼型魔導兵器のコアを破壊し、そのまま肉の異形の右槍を両断した。
ぶるる、と異形が不快感を噴出するように脈動する。
『せっかくのシメだってのに、無粋な横槍だねー』
「おーほほほ! 醜いですわね。妾、貴女のような穢らわしい存在が我が国に存在することを認めておりませんの。ですので──殺処分決定ですわ!!」
「アハッ☆ 楽しそうなおもちゃじゃん。ねーねーエカテリーナーあれウルティアの獲物ねっ」
「妾の話を聞きていて? あれは妾が殺処分を決定したでしょう!」
「ぶーぶー独占はんたーいっ」
一人は豪快な金の縦ロールを靡かせ高笑いする女である。これまた豪勢で派手な真紅のドレスや煌びやかな宝石で己を着飾っているというのに、そこまでしても足りないと思わせるほどであった。
一人は簡素なドレスを動きやすいように半ばより引き千切った女である。美しい金髪を動きにくいからとボーイッシュに切り揃え、まるでおもちゃを前にした幼子のように瞳を輝かせていた。
共に端まで染まった青のグラデーションの瞳を持つ女であった。つまりは王族。王女ということだ。
『魔法の第四王女エカテリーナに武力の第五王女ウルティアが出てくるだなんて最高なんだけど……今はそこの女を殺している最中でねー。少し待っててくれないかにゃー?』
ぐちゅりと両断された腕から新たな腸の槍を生やしたフラグメントスリーが今度は両手を門番めがけて放つが、
「人の話を聞いてまして?」
「ウルティアのおもちゃでしょーっ!」
展開されるは魔法陣、具現するは風の刃。縦ロールを豪快に靡かせるエカテリーナが具現化するは『風の書』第三章第一節──風刃。速度を付加した遠距離攻撃たる風の刃が一方の腕を切り飛ばす。
だんっ! と前に出たウルティアがもう片方の腸の腕を掴み、捻り、不可視のエネルギーでねじ切る。
『……まったく。せっかちちゃんなんだから☆』
「おほほ! 死ぬがいいですわ!!」
「おもちゃ、おもちゃ、壊していいおもちゃっ」
瞬間、彼女らは真正面から激突した。
ーーー☆ーーー
ミリファはファルナの手を取って部屋を飛び出した。通路に出て、そこらじゅうから『矢』が飛び出しているのを目撃する。どうやらミリファたちの部屋を襲ったように、各部屋に一発ずつ撃ち込んだようだ。キラリとどの『矢』にも白にも黒にも見える鉱石が組み込まれていたが、そんなこと気にする余裕はなかった。
耳に届く声と鼻につくにおいを前にファルナが表情を崩す。
「あの、ミリファさん、あれ……っ!!」
「っ!!」
あるいは『矢』に胴体を貫かれ壁に縫いつけられた女がいた。あるいは『矢』が撒き散らした壁の破片で目を潰した男がいた。あるいは半端に『矢』を受けて肩から先が引き千切れた少女がいた。
部屋から出ているだけでも、血と絶叫の嵐であった。おそらく部屋の中にはそれ以上の惨劇が残っていることだろう。
……ミリファたちは幸運であった。首都全域に響いた震動と轟音に対してベッドに横になっていたことで殺傷範囲から逃れることができたのか。
全ては紙一重。
ミリファたちがこうなっていたことも十分あり得る話だった。
「くそっ! おい誰か助けろ!!」
それは隣の部屋からの声だった。思わずといった風に覗き込んだミリファたちは『矢』が撃ち込まれたことで崩れたのか、ベッドの上に瓦礫が落ちて、それに下半身を押し潰されている男を目にする。その瓦礫の下からどろっとした赤い液体と細い手が出ているということは、もう一人は完全に崩落に巻き込まれたのか。
「ひっ」
あまりといえばあまりな惨状にファルナは顔面を蒼白にして荒く息を吐いていた。おそらく人の死どころか大きな怪我をした人を見たこともないだろうファルナには刺激が強すぎた。
もちろんミリファも似たようなものだった。一度だけ似たような現場を経験したことはあれど、慣れてなどいない。それでも──その手を繋いだ女の子を救うためならば、と気力を振り絞る。
「おらクソガキどもっ。何を突っ立ってやがる!? さっさと助けろや!!」
『矢』がどうしてここに撃ち込まれたのか、犯人の目的はなんなのかは分からない。分からないが、これで終わりとは到底思えなかった。生存者がいると分かれば第二、第三の攻撃が行われる可能性は高い。
この場に姉がいればどうとでもなった。怪我人を助けることはもちろん、そもそも第一の攻撃の時点で怪我人も死者も出ることはなかったはずだ。だが、この場に姉はいない。無条件に信頼できて、安心して命を預けられる絶対的なヒーローはどこにもいない。
ならば、どうすればファルナと二人で生き残ることができるのか。何を切り捨て、何を選び、どう動けばいいのか。
「ミリファさん! あの人助けないと……っ!」
「っ」
それはどこまでも正しい意見だった。眩い限りの善性で、甘ったれた考えで、だからこそ失ってはならないものなのだろう。
だから、ファルナはそうあるべきだ。
『救う』のはミリファの役目である。
だから、握った手に力を込めた。
引っ張り、駆け出し、せめてファルナだけでも救うつもりだった。こんな場面でも助けないとと言える優しい彼女に後でどれだけ失望されても、せっかくの尊敬を不意にするとしても、姉以外にこの首都で頼れる存在を失うことになろうとも、せめてファルナの命だけは救いたかった。
それは選択する直前の出来事だった。
部屋に刺さっていた『矢』に組み込まれた魔石が強烈な光を放った瞬間、『矢』から無数の土の棘が飛び出し、瓦礫ごと男の下半身を貫いたのだ。
「が、ぐおああああっ!?」
そこで終わらない。『矢』はその形を変えていく。周囲を取り込みながら、己の肉体を形作るように。
「ぎ、があああ!! なんだよこれ、ぐぞがぁ!! 俺は『ガンデゾルト』の幹部だぞ! それを、それをお!! おいそこのクソガキども、何を突っ立ってやがる!? 早く助けろやあ!!」
「あ、あ……」
「クソガキどもっ。逃げてみろ、『ガンデゾルト』がてめぇらの家族も友人もぶち殺すからな!! おいこら分かってんのか、スラムを支配する『ガンデゾルト』に目ぇつけられたら無事じゃ済まねぇんだぞ! だから、ぐぎぎ、がァあああ!! こんな、なんでだよ。殺すのは俺だろうが好きなだけ奪う側のはずだろうが!! それを、くそがあああ!!」
瓦礫も床もベッドも下半身も関係なかった。まるで蟻地獄にでも巻き込まれたように、刺し抜かれた物体が『矢』に取り込まれ、その形を変えていくのだ。
そんな異様な光景にファルナは呆然と動きを止めていた。許容範囲なんて超えており、何もできなかった。
だから、ミリファは選択した。
ファルナの手を引っ張り、その場から逃げ出すことを。
「ちくしょう……」
どうやら変化はあの『矢』だけではなかったようだ。壁や天井や縫いつけた女やらを取り込み、数々の『矢』がその形を変えていく。
「ちくしょう!!」
ここからだ。
惨劇はまだまだ始まったばかりである。
ーーー☆ーーー
ガシャガシャガシャン、と。
鎧型魔導兵器の群れが剣や槍を手に迫る。
対して少女騎士は女の子を母親に預け、腰の剣を抜剣。だんっ! と前のめりに駆け出す。体勢を極端に低くして、右手の長剣を後ろに回す独特のスタイルで先頭の鎧型魔導兵器へと突っ込む。
『ガガ……ッ!』
鎧型魔導兵器はその手に握った剣を振り下ろす。振り抜かれた斬撃が少女騎士の脳天に叩き込まれて、ブォンとその姿がブレる。いいや斬撃が裂いたのは残像であり、最小限の動きで身をさばいた彼女は勢いを殺さないまま後ろに回した長剣を回しこむように鎧の横腹に叩きつける。
ザギンッ! と胴体を豪快に輪切りにして、そのまま右手から迫る第二の鎧型魔導兵器が突き出してきた槍を跳ね上げた蹴りで弾き飛ばす。
『ガガギギッ!!』
そこで胴体を輪切りにされた第一の鎧が剣を振るう。そう、魔導兵器はあくまで兵器。人間相手ならばともかく、魔導兵器であればコアを破壊されない限りは動作を持続できる。
だが、少女騎士は嘲笑を消さない。蹴りとは逆の軸足に使った足で地面を蹴り跳躍。剣を蹴り飛ばす。そこで宙を舞う騎士へと左手より迫る第三の鎧が両拳を放つ。
「『剣術技術』──『気剣』!!」
舞うは斬撃。不可視のエネルギーで斬撃力を底上げした一撃が迫る両拳に合わせ、両断。そのまま第二の鎧の右腕を斬り飛ばし、第一の鎧の頭部の魔石を叩き斬る。
「まず一つっす!」
着地した少女はそのまま第二の鎧へと突きを放つ。『剣術技術』──『気突』。『気突』の切っ先は片手で突き出された槍と激突し、バキィン!! と穂先を砕き、噴き出した不可視のエネルギーが槍を粉々に吹き飛ばした勢いのまま第二の鎧のコアを刺し砕く。
「二つ、そして──」
『ギギガッ!!』
ブォン! と顎に向かって蹴り上げられた第三の鎧の蹴りをバックステップで回避、無防備な股間部へと『気剣』を叩き込み切断。打撃の威力を左右する『支え』を奪われた鎧が裂けた拳を振るうが、狙いも定まらず速度も落ちた打撃ごと手首を返して放った長剣で斬り払い、そのままコアを裂き壊す。
「三つ目っす!」
まさに瞬く間の出来事だった。
ミリファと変わらぬ歳の最年少騎士は地面に転がる残骸を嘲笑で切り捨て、残りの鎧型魔導兵器へと視線を向ける。
その時だった。
他の鎧型魔導兵器と違い、頭部に二つの魔石を組み込んだ機体が前に出る。
『これはこれは見事なことで。にひひっ☆ 殺し甲斐がありそうだにゃー』
「悪いっすけど、『こっち』は私の担当なんすよね。というわけで壊れとけっす!!」
地面すれすれを駆け抜け、少女騎士はフラグメントツーへと突撃する。
ーーー☆ーーー
「モルガンの悪趣味も陽動には役立つというものだな」
男は嫌悪感を隠しもせずに表情を歪めて、第一の塔のそばに立っていた。この混乱下で防衛網が正しく機能していないがためにここまで侵入することができたのだ。
「さて、こっちはこっちの仕事をするとしよう」
と。
男は不機嫌そうに眉根を寄せた。
ザン、と地面を踏み抜く音が一つ。
不真面目を体現させたような不良騎士、つまりはガジルである。
「あっちゃー。見つけちゃったよー。嬢ちゃん助けに行かなきゃってのにさー。ここ見殺しにしちゃったら、それはそれで姫さん悲しむじゃねーかよー」
「余計な邪魔をしないほうが身のためだぞ。命を無駄にすることもないだろうしな」
「いやーもう終わってるんだがなー」
「?」
男は不思議そうに首を傾げていた。傾げたまま、頭が落ちたのだ。
「この様子だと他にも侵入者いるっぽいなー。うっわーこれ絶対放っておいたら無駄な犠牲が出る流れだってー。しゃーねー。嬢ちゃんにはもうちっと頑張ってもらうとして、侵入者狩りといきますかっ」




