第一話 よし、逃げよう
フロンティア大陸の最南端、アリシア国。
周辺国家からの印象といえば芋が美味いくらいしか出てこない小国であった。
そんな小国アリシアには才ある王女が多く存在する。
美貌の第一王女、魔導兵器の第二王女、人脈の第三王女、魔法の第四王女、武力の第五王女、政治の第六王女を生み出したとされる『女傑の血』の伝説はアリシア国内では有名な話である。
……芋が美味いくらいしか特徴がない、と周辺国家に認識されているということは、才ある王女を生み出す『女傑の血』の伝説の信憑性も甚だ疑問ではあるが。
そんな小国アリシアの中でも(悪い意味で)有名な王女が存在した。
セルフィー=アリシア=ヴァーミリオン。
無能の第七王女である。
ーーー☆ーーー
「お、おねえちゃーん……。本当に、本当に私なんかが王家の方々にお仕えしちゃっていいの?」
「何度も言わせないで。王様直々のご命令よ。拒否権なんかないと知りなさい」
「でもでもっ。お姉ちゃんと違って私は凡人の才能に満ち溢れているのにい!!」
「その台詞は死ぬ気で努力してから言いなっ。大体、あたしだって駄目人間のあんたを王女お付きのメイドとするなんて暴挙も暴挙、自滅行為のご乱心としか思えないわよ。それでもやるしかないのよ。王族の決定に逆らえるわけないんだから」
「ううーっ! もお!! やだーっ!!」
「ほんっとうあんたは諦めが悪いわね! せっかくのチャンスよ、クビになるまでの間にがっぽり稼いできなさいっ」
「クビになるの前提なんじゃん! やだやだ働きたくなーい!!」
「こんのクソ馬鹿ダメ人間め!!」
小国アリシアの首都、その中心にして王家の住まうクリスタルスノー城の正面付近を守る門番二人に見守られての姉妹喧嘩であった。
駄々をこねているのが妹のミリファ。今年で12才になるにしては小柄な体躯の少女である。大陸南部では珍しい黒髪をボーイッシュに切り揃えていた。その髪色は他の家族にはない特徴だが、基本的に面倒くさがりで細かいことを気にしないミリファは一片の興味すらなかった。
そんなミリファだからか、国からの支給品である由緒正しいメイド服を着ているというよりは着せられているといった印象が強かった。お世話する、よりも、お世話されるのほうが得意だと胸を張るほどにはだ。
そんな妹の首根っこを掴んで引きずり回しているのが五才年上の姉エリスである。こちらは南部では一般的な青髪をポニーテールに纏めた蒼眼の少女であった。ぐーたらな妹と違い、地元の冒険者ギルドのエースと名高く、機能的に鍛えられた肉体美を持つ。そんなエリスにとってぐーたら妹を引きずり回すなど朝飯前なのだ。
(お姉ちゃんのばかばかっ。私なんかにお姫様に仕えることなんてできるわけないじゃんっ)
ミリファの脳裏に浮かぶは三日前、家を訪ねてきた白露騎士団長の言葉。『王命により娘さんを第七王女セルフィー=アリシア=ヴァーミリオン様の側仕えとさせてもらう』などと彼女は言っていた気がする。
(第七王女様……。他の王女様と違って何の才もない無能なんて言われているんだっけ。私に言わせれば類い稀なる才女生み出す『女傑の血』なんてちゃんちゃらおかしいと思うんだけどなー。だって、そんなに凄い才があるってんなら私たちの国は小国なんかに収まってないだろうし、王女様たちの才を求めて各国の王族がこぞって婚姻を申し込んでくるはずだし)
実際は美貌の第一王女以外にそういった話はあまり聞かない。女としての部分に価値を見出す者はいれども、才の部分に価値を見出す者はいない証である。
だからこそ、無能などと第七王女を馬鹿にする雰囲気が昔から嫌いだった。こんな小国の中でどれだけ凄くても大陸を見渡せば下から数えたほうが早いに決まっているというのに。
人間得意不得意はある。
そもそも多少の『差』が人の価値を決めるのなら、ぐーたらで長所の一つもないミリファだって無能のロクデナシなのだ。
だというのに、王女だからという理由でセルフィーは無能と民衆から嘲笑される。出来損ないの烙印を押され、アリシア国の恥だと罵倒されることが『当たり前』とされている。
だから。
村を出るときだってあの第七王女に仕えることになるなんて、という言葉が聞こえたものだ。他の王女様だったなら、村の誇りとなるのに、なんてものもあっただろうか。
そんな風潮がミリファは大っ嫌いだった。
怠けて、ほどほどで、平凡な人生を送らればいい。最低限生きていけるだけの力があればいいミリファには、努力なんて無縁で才能なんて皆無で長所なんてカケラもない自分を侮辱されているように感じるからか。
それはそれとして、働きたくないという想いが心を占めているのだが。
(よし、逃げよう!!)
王命にだって抗ってやる、とヤル気を燃やすミリファ。ぐーたらのためなら頑張れる、それがミリファという少女であった。
ーーー☆ーーー
「姫さん。ミリファとやらが到着したみてーだな」
「そうですか。ガジル、お出迎えしたいのですが、よろしいですか?」
「ぷ、ははは!! 王女様が側仕えのメイドを出迎えるだって!? 相変わらず王族らしくねーこって」
「駄目でしょうか?」
「まー普通なら警備的にも外聞的にも駄目だろーが……こちとら不良騎士だからな。問題行動は日常茶飯事だ。というわけで、いつも通りやらかしますかっ」
ーーー☆ーーー
状況を確認しよう、とミリファは(彼女の中では)博識ぶって考える。
王命により第七王女の側仕えメイドとして働かされそうになっている。
姉に首根っこを右手一本で掴まれ、引きずられている。このままでは主城に放り込まれてしまう。
姉は地元の冒険者ギルドでエースと呼ばれるほどの実力者。所詮は田舎の中では、という冠はつくが、『炎上暴風のエリス』なんて二つ名持ちの彼女にぐーたら第一な小柄少女が勝てるとは思えない。というか真っ向からなら年下の女の子にだって勝てるか分からない、とミリファは自信を持って言える。
だが、手札がないわけではない。
速度重視なエリスは肌にぴったりとくっつく黒のバトルスーツを着込んでいる。物理防御は皆無だが、魔法防御はそこそこある最近の冒険者の中では流行りの服装なのだとか。
逆にミリファは年中常夏な大陸において、意外と布が多いメイド服など着させられているのだ。そう、モノを隠す場所に困らない程度の布地が備わっている、そのアドバンテージを生かして状況を打破してやれ。
(魔導兵器なんて高いものは無理だったけど、魔石だったら何とかなったんだから! ……貯金弾けたけどねっ)
魔石。
白にも黒にも見える、相反する性質を持つ鉱石。その特徴として魔力を溜めることができる、というものがある。
魔力だとか何だとか細かいことはさっぱりなぐーたら娘だが、一つだけ知っていることは、
(魔力を溜め込んだ魔石は刺激を加えることで爆発する。こんな掌サイズだと破壊力なんて全然だけど、目くらましの閃光くらいは出るんだから!!)
お小遣いをやりくりして貯めたお金を使ってでも逃げ出したいのだ。そう、ミリファはぐーたらのためなら全力で頑張れるのだから。
そんなわけでこちらを見もせず突き進むエリスの後ろでメイド服の中に隠しておいた魔石を取り出すミリファ。
「お姉ちゃん、分かった。分かったよ! 働く、働くから!! せめて自分の足で歩かせて、ね、ねっ!?」
「本当でしょうね?」
ちらり、と姉が振り向いた瞬間、ぐーたら娘らしからぬ動きで魔石を地面に叩きつける。
カッ!! と閃光が弾け、一瞬首根っこを掴んでいた手が緩む。その隙を見逃さず、ミリファは一目散に走り出す。
「はーっはっはあ! だーれが働いてたまるものかあ!!」
「はいはい」
ガバッと胴体に回される両腕。
そう、姉が妹を捕まえたのだ。
「な、ん……ですとお!?」
「ふん、お姉ちゃん舐めるんじゃないわよ」
『炎上暴風のエリス』。
その二つ名の通り、彼女は炎と風を操る。勉強するという言葉とは無縁な怠け者は知らないだろうが、魔法の力は人間の力を底上げするものなのだ。
『さあ行くわよ』と姉にだっこされたまま連れていかれる妹。なんだか正門を守る二人の門番の視線が生暖かい気がする。
「やだ、これはやだあ!! 恥ずかしいってお姉ちゃんっ」
「もう逃がさないから」
「か、観念しましたっ。だからやめて、こんなの駄目だって、この歳でだっこで初出勤なんてやだよお!!」
「そう、だから?」
「うわーん!! お姉ちゃんのばかーっ!!」
と。
そんな時だった。
「ん? あれは……まさか!?」
何やら姉が素っ頓狂な声を出してるなーと現実逃避気味に不貞腐れていたミリファは『彼女』が近づいていることに気づくことはなかった。
だから、声をかけられて、初めて気づくことができた。
……もっと早く気づいていたならば、『だっこーだっこー私はだっこの子ー』なんてアホなこと考えず、何が何でも逃げようとしていただろう。
「ミリファさまですね」
「んぇ?」
そこに立っていたのはお姫様だった。
それこそ絵本の中から飛び出してきたかのような綺麗な女の子が無精髭の騎士を従えて、そこにいたのだ。
膝下まで伸びた金の長髪、そして王族の証たる中央から端にいくにつれて薄くなっていく蒼のグラデーションに染まった瞳。仕草一つ、いいや呼吸の一つさえもぐーたらなミリファには真似できないほどに整っているという印象を受ける。
白のシンプルなドレス以外には何も身につけていないが、だからこそ素朴な魅力が『彼女』には備わっている。
人はそれを王族に相応しくない貧相な者と揶揄するだろう。だが、その姿がひどくミリファを惹きつけた。
あるいは憂いを帯びたその表情に少しの苛立ちを覚えたからかもしれない。
『彼女』が口を開く。
悪い意味で小国アリシアで有名なその名を。
「はじめまして、わたくしはセルフィー=アリシア=ヴァーミリオンですわ」
「え、えっと……」
「わたくし『なんか』のために遠路はるばるごめんなさいね」
ぴくり、と。
ミリファの眉が上がるのをセルフィーは気づいていなかった。
「無能の第七王女の側仕えなんて嫌だとは思いますが、できるだけ迷惑はかけないつもりですから」
「…………、」
もう逃げられないのだろう。
こうして王族に捕まった以上、クビになるまでは第七王女の側仕えとして働かざるをえないのだろう。
ならば、そう、ならばだ。
悲しげに、寂しげに、己を卑下する王女様のために何か出来ることもあるはずだ。
働くなんて嫌で嫌で仕方ないけれど、初対面の庶民、それも顎で使うべきメイド風情に迷惑をかけてしまうとまで言うほどに寄せ集まった悪意が彼女を追い詰めているのならば、ミリファ一人くらいはそんなに自分を卑下することはないと『証明』するべきだ。
だから。
ミリファは胸を張って、姉にだっこされた状態で、堂々と告げるのだ。
「ふふん。迷惑かけるのは私のほうよ! ぐーたら伸び伸びとサボってやるんでどうぞよろしくっ!!」
その後、姉の腕の中で圧殺されかけたのは言うまでもない。
百合でファンタジーでたまにバイオレンスな物語となります。少しでもおもしろいと思って貰えたならば感想やブックマーク、評価等頂ければ励みになりますので、よろしくお願いします。