第197話 人気取り②
ギルドが集めてくれた人達は、その大半が三十代から四十代といった感じの女性達だった。女性と言ってもか弱さはあまりなく、子供を何人も育ててきたような逞しさを感じる体型をしていた。これなら体力面でも精神面でも問題無いだろう。しっかり働いてくれそうだ。
一人一人と挨拶を交わし、お互いに簡単な自己紹介を済ませた。こっちが他国の勇者パーティーだと名乗ると恐縮されたが、気にせずただの雇い主だと思ってくれと言うと、幾分緊張が解れた様子だった。
そんな彼女達とギルド職員に集めた理由を説明していく。女性達には好意的に受け入れられたものの、流石にギルド職員は懐疑的な目をしていた。
「食べ物に困る人には大変感謝されるでしょうけど、それも一時的なものだと思いますよ? 食糧難を解決するのが目的で同じ資金を使うなら、もっと効果的な方法がありそうですが」
「確かに。時間をかければ他国から定期的な食糧の確保や田畑の開発などがあるでしょうけど、俺達には時間がないんです。なるべく短時間で効果的な方法を採りたいので」
「それは……ラピス様達が勇者パーティーである事に関係が?」
「ええ、まあ。同じ方法で色んな国を回らなければいけないので」
目的が目的だけに言い淀むと、少し考え込むように俯いた。何のために俺達がこんな事をするのか。どこからお金が出ているのか。その目的と効果を考えているんだろう。
「……なるほど。事情はわかりました。そう言う事情なら我々も出来る限り協力させていただきましょう。手段はどうあれ、世界が平和になればそれだけ安全に商売ができますからね」
「ありがとうございます」
人気取りだとはっきり悟られたな。流石、海千山千の商人を日々相手にしているギルド職員だけある。こんな短い情報で答えを導き出すなんて。
「さて、それでは炊き出しを行う場所ですが」
空気を入れ換えるようにギルドの職員にそう切り出され、俺は炊き出しの場所を確保していないことに今更ながら気がついた。ちゃんと出来ているつもりでも色々と抜けている部分があるな。
ギルドが用意してくれたのは、まだ復興途中にある街の広場だった。以前は魔族に殺された人々の遺体が集められた血なまぐさい場所だったけど、今そんな痕跡は跡形もなく、ただ何も無い空間が広がっているらしい。
「ここに出店したいという希望はあるんですが、慰霊碑を建てて憩いの場にしたいと言う希望が通るようです。その場所で炊き出しを行うなら、復興の象徴になると思いますよ」
ちなみに、治安部隊にはこちらが届けを出しておきますからご安心くださいと言われて、思わず胸をなで下ろす。確かに無許可で炊き出しなど行えば、すぐ国から目をつけられるだろう。根回しの良さに感心させられる。
そうこうしている内に買い出しに出ていたカリン達も合流し、計画を具体的に煮詰めていくことになった。買ってきた食材で作れるものは何か。誰を何処に配置するのか、人が集まってきた時、列をどうやって捌くのかなどだ。
「荒事なら私達だけでも大丈夫そうだけど、流石に数が足りないわね」
「それに見た目が問題かも。外見だけ見ると、ラピスちゃんは普通の女の子に見えるし。男の人には舐められるよね」
「う……」
確かに。ギルドで受け付けをしていた時も舐められることは何度かあった。そんな奴は殺気でも叩きつけて黙らせれば良いかと思ったけど、今回の目的を考えるとそれもできない。結局、冒険者ギルドから暇をしている冒険者を何人か雇うことで話がついた。新人で暇を持て余している冒険者でも、普通の人を注意するぐらいは出来るはずだからな。
色々と話し合った結果、炊き出しは明日の昼に行う事になった。メニューは野菜たっぷりのスープのみ。比較的簡単に作れて、誰が作ってもハズレのないメニューだ。一時的に腹を満たすにはそれで十分だろう。実際に動く俺達は早朝から準備を始め、その間に商業ギルドが宣伝をしてくれるという寸法だ。と言っても、宣伝をするのは貧困層のみ。それ以外の人の場合、居合わせれば運良く食べられると言った具合だ。まぁ、普段腹を空かせている人を優先するんだから当然の処置だろう。
代金を支払い、ギルドを後にした俺達は宿屋に向かった。てっきりこのまま他の教会に行くのかと思ったけど、フレアさんは首を振るだけだった。
「話だけ聞いても賛同してくれないと思いますよ。ですからまず私達が動き、その後でリュミエル教が動けば、他の教会も動かざるを得なくなるでしょう」
「なるほど。嫌でも動く状況を作り出すと」
「そう言うことです」
なんだかフレアさんに頼り切りだなと思いつつ、食事を終えた俺はベッドの中に潜り込んだ。
§ § §
翌日。まだボンヤリする頭を振りながらもそもそとベッドから身を起こす。同室だったディエーリアはまだ起きず、静かに寝息を立てていたが、フレアさんは既に起きていた。
「おはようございます」
「おはようフレアさん。早いね」
「これも修行の成果です。以前より睡眠時間が短くなったんですよ」
寝ることも出来ないような修行って、かなり厳しい事をしたんだろうな。道理で強くなるわけだ。あと一時間、あと三十分とベッドにしがみつくディエーリアを無理矢理起こした後、顔を洗うことで意識をしっかりさせ衣服を整える。するとタイミングを見計らったようにドアがノックされた。
「ラピスちゃん。準備出来てる?」
「うん。ディエーリアがまだだけど」
「ちょっとまって! すぐに準備するから」
緊張感の欠片もないその様子に、俺とフレアさんは肩を竦めて苦笑した。良い意味で緊張が解れたな。
宿屋を後にし、広場までやって来ると、既に昨日募集した人達の大半が集まっていた。簡単な挨拶を済ませて打ち合わせ通りに鍋やテントを設置していると、冒険者ギルドから派遣されてきた冒険者達も集まってきた。数は二十人ばかり。見た目が厳つくて性格温厚な人と注文をつけただけあって、集まってきた人は全員が強面だ。外見だけなら俺達より余程強く見えるに違いない。彼等を押しのけてまで列を乱そうとする人はいないだろう。
「ルビアスとシエルは彼等と警備の打ち合わせに入ってくれ。こっちの準備は俺達でやるよ」
「了解です師匠」
「わかったわ」
資料片手にしたルビアスの指示で、シエルが土魔法を使い簡単なポールを立てていく。列を形成するならポールを立てるのが効果的ですよと言われて、思いついた方法があれだ。商業ギルドとしてはそれらを貸し出して更に儲けを期待したみたいだけど、俺達なら魔法で事足りるため、断った。
会場の設備や仕込みを始めていると、だんだん周囲に人が増えてきた。気がつけば宿屋を出発して三時間ほどが経っていた。人通りも多くなり、気の早い人なら昼食をとる時間かもしれない。いったい何事が始まるんだと皆興味津々だ。いくつも並んだ大きな鍋から、食欲をそそる良い匂いが周囲に漂う。それにつられるようにボロボロの衣服を纏った孤児達や浮浪者達が集まってきた。準備は出来た。後は実際に食べさせるだけだ。
チラリとルビアスに視線を飛ばすと、心得たとばかりに彼女に率いられた冒険者達が動き出す。彼等は手順通り広場に広がり、一部が簡易式の櫓に登った。列を乱す不届き者を監視するために。ルビアスは彼等の働きぶりを見て満足そうに頷くと、孤児の集団に近づいていく。
「さあ、腹が減っているだろう。食事を提供するから並んでくれ」
もう少し優しい物腰ができないものかなと思わなくもないが、生粋の王女様であるルビアスにそれを求めるのは酷な話か。言われた孤児はオロオロするだけだ。
「あ、あの……僕達お金がなくて……」
「気にしないで良い。いくら食べてもタダだ」
「ほ、本当に!?」
「ああ。その為の炊き出しだからな」
タダでご飯が食べられる。彼等にとって衝撃的なその言葉はあっと言う間に伝染し、腹を空かせた彼等は一斉に押し寄せようと動き出した。
「慌てるな! 十分食べられる量を用意している! ちゃんと順番を守らない者はいつまでたっても食べられないぞ! ちゃんと列に並べ!」
ルビアスに一喝された孤児達はピタリと動きを止める。強面の冒険者達がそんな彼等を易しく誘導しようとしたが、顔が顔なので怯えたままだ。しかしそれも束の間。運良く先頭に並んだ孤児が温かいスープを口に運ぶと、緊張した顔が綻んだ。
「美味しい……」
「ぼ、僕も欲しい!」
「私も!」
「ちゃんと上げるから順番を守りなさい」
孤児達が食事にありつけたのを見ると、次第に浮浪者達も列に並び始めた。大人の彼等は孤児達よりいくぶん理性があるためか無駄に騒ぐようなことはない。それでも例外はいるもので、列に割り込もうとする輩は強制的に排除されていた。
スープを受け取った人達が次々に口に運び、その味に満足したように笑顔を見せる。作った甲斐があったというものだ。すると調理を担当していた女性達が声を上げ始めた。
「さあ、並んだ並んだ! 勇者様達の炊き出しだ!」
「滅多に無い機会だよ! 感謝して味わいな!」
逞しい女性達の声が広場に響く。図らずも宣伝をまでしてくれたようだ。そんな彼女達に感謝しつつ、俺は慣れない手つきでスープを更によそっていく。スープを受け取った人々から直接感謝されるのは、戦って得られる高揚感とは全く違ったものだった。




