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第176話 メリアの望み

「お願い……じゃと? いったいどんな……?」

「簡単よ。教皇様にはしばらく眠っててもらいたいの」


意味がわからず困惑するワシとは対照的に、メリアはうっすらと笑みを浮かべた。


「眠る……?」

「別に死ねって意味じゃないわ。あなたの生命力を少しだけ私に分けて欲しいのよ」


そう言うとメリアは自分の上着をガバリと捲り上げた。若い娘が突然何をと驚いたが、メリアの体を見て更に驚くことになった。


「……なんじゃ……それは?」

「ふふ」


メリアの体――その中心には、一つの宝石が埋め込まれていた。人間の拳ほどはある大きさのその宝石は、まるで生物のようにドクン、ドクンと波打っている。普通の人間ならあり得ないその光景に、ワシは言葉が出なかった。メリアは愛おしい者を愛でるように、その宝石に指を沿わせた。


「綺麗でしょう? これはね、私を生かしてくれる力なのよ」


まともな人間の体とは言えず、だからと言って突き放すことも出来ない。戸惑うワシなど眼中に無いように、メリアは言葉を続ける。


「あなた達に見捨てられた後、気がつくと私は暗い森の中に一人で放り出されていた。たぶん、運良く体が木に引っかかって死なずに済んだんでしょうね。そして私は何日も彷徨って、魔物から逃げ隠れしながら必至に生きようとしていた。でも、子供の体力なんてたかが知れている。あっと言う間に力尽き、倒れた私を餌と思った魔物は体に牙を突き立てた。ここで死ぬんだと思いながら意識を失って次に目が覚めたら、私は暖かいベッドの上で眠っていたの」

「…………」


あの状況で生きていたことにも驚いたが、まさか魔物の餌食になりかけていたとは……。これではメリアにいくら恨まれても仕方がない。


「目が覚めた時、私の体はすでにこんな状態になっていた。あの人が言うには、私は一度死んでいて、この心臓の力で生き返ったそうよ」


あの人……? それがメリアを助けた人物の事か。しかしこれは……。不気味に光る宝石を、ワシは何とも言えない気持ちで眺めていた。


「この心臓はね。人の生命力を吸収して動き続けるの。でも、いつまでも動くわけじゃない。私が生きるためには、誰かから生命力を分けてもらわなければならないの。だからね、教皇様」


次にメリアが何を言うのかわかり、喉がゴクリと鳴るのを自覚した。


「あなたの生命力を分けてくださいな。魔力を多く持つ者の命を吸い取れば、それだけ長く生きていられるの。私を見捨てた事に少しでも罪悪感があるなら、それぐらいしても罰は当たらないでしょう?」

「メリア……」


フレアとそっくりの顔で冷たい笑みを浮かべたメリアはそう言った。やはりか。どうせ老い先短い命じゃ。別に残りの寿命を全てよこせと言われても、ワシは無条件で差し出してもいい。しかし、その前に聞いておかなければならないことがある。


「メリアよ。ワシの命を寄こせというなら喜んで差しだそう。じゃが、その前に聞きたいことがある。答えてくれるか?」

「何かしら? 答えられる範囲で答えてあげるわ」

「生命力を吸うといったが、お前は今まで何人の命を吸ってきた? そして、吸われた者達はどうなった? それだけは教えておくれ」


それを聞いた途端、メリアは笑いを引っ込めて憎々しげにワシを睨んだ。まるで聞かれたくないことを聞かれたように。


「……なぜ、そんな事が聞きたいの?」

「生命力を吸い取った対象が悪人ならば何も言わん。しかし、もし何の罪もない者達から命を吸ったと言うのなら、それは……」

「じゃあ私が死ねば良かったって言うの!?」


今までの冷静さが嘘のような絶叫に、ワシは二の句が継げなかった。この取り乱し様は……やはり、嫌な予感が当たったようじゃな……。しかし、この子の罪を明らかにし、糾弾することなど、ワシにはとてもできん……。この子がここまで追い詰められたのはワシの責任なのだから。


「……メリアよ。お前が望むなら、ワシの命を全てやろう。その代わり約束しておくれ。お前の事情を全てフレアに話し、そんなものがなくても生きる術を探すと」

「なにを……! そんな都合の良い方法があるわけないでしょう!」


メリアの拒絶は、まるで子供の癇癪のようじゃった。他に方法はない。どんなに頑張っても助かる見込みがない。絶望に囚われた小さな子供のように。


「一人で見つけられないことでも、二人揃えば可能になるかもしれん。メリア。どうかフレアにこの事を――」

「うるさい!」


一瞬で間合いを詰めたメリアはワシの喉を掴むと、信じられないような力でベッドへと押し倒した。


「ぐ……!」

「誰があんな奴に相談なんてするか! 自分一人助かって、のうのうと生活していたあんな奴に!」


底知れぬメリアの闇を垣間見て愕然とするしかなかった。あれ程仲の良かった姉妹がこんな事になるなんて。首を絞めるメリアの手は徐々に強まり、ワシは次第に呼吸すらままならなくなってくる。それと同時にメリアの手と心臓が妖しい光を放ちだし、ワシの体から何か大事なものが抜け落ちいくのを感じた。


「眠る前に一つ教えておくわ教皇様。私は今まで何人もの命を奪った。生きるためにね。そして今後もそれを止めるつもりは無い」


朦朧とした意識の中で、メリアの言葉だけがやけにはっきりと聞こえる。


「そして私達――『虐げられた者』――は、世界に対する復讐を始めるの。他者を踏みにじり、顧みることもしない人間達にね」

「それ……は、どう……いう……!」

「あなたが次に目を覚ますことがあったのなら、きっと世界は崩壊しているでしょう。そして絶望するが良いわ! 自分達が築いてきたものが全くの無意味だったって!」


メリアを止めなければいけない。この子は取り返しのつかない事をしようとしている。しかし、ワシに止めることは不可能じゃ。フレア……。どうかお前の妹を救ってくれ。ワシはそう思いながら、意識を手放したのじゃった。

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