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第174話 メリア

錫杖を手に入れた後、大急ぎで大神殿まで戻った私は、休む間もなく教皇様の眠る寝室へとやって来ました。見慣れぬ木の棒を抱えて戻ってきた私を何人もの神官が怪訝な目で見ていましたが、それに構うことなく私は錫杖の先端を教皇様へと向けたのです。


「フレア様。その棒は一体……?」

「これは聖人リチウム様の使っていた錫杖です。ある方に譲っていただきました」

「聖人リチウム様の!? まさか、そんなものが簡単に見つかるだなんて……!」


見つけた経緯は簡単と言うよりただの偶然だったのですが、それを事細かに説明する必要もないでしょう。私は彼の言葉に応えず、そのまま錫杖へ魔力を流し始めました。使う魔法は状態回復。毒や呪いと言った、ありとあらゆる異常を正常な状態へと戻す魔法。私の力だけでは教皇様に効果はありませんでしたが、この錫杖の力があれば――!


「……おお!」


自分の魔力が通常よりも遙かに高まり、魔法の手応えがいつもと違うのをハッキリと自覚しながら錫杖を注視していると、錫杖から溢れた光は教皇様を優しく包み、そして一気に発光しました。


「くっ!?」

「眩し……!」


部屋中が白く染まる光に溢れ、部屋に居た私や神官達は目を開けていられなくなりました。しかしそれも一瞬のこと。すぐに光は収まり、辺りは再び静寂に包まれたのです。


「成功……したのでしょうか?」

「わかりません。でも……」


これで駄目なら打つ手がない――そんな最悪の現実を言葉にしたくなくて、私は黙ったまま教皇様へ一歩、また一歩とゆっくり近づきました。そして恐る恐る手を伸ばしたその時、教皇様の体がピクリと動いたのです。


「教皇様!? 教皇様!」


目が覚めた――それがわかった瞬間、力加減を考えずに思わず彼の体を揺さぶったためか、教皇様の体はベッドごとガタンガタンと地震に見舞われたように翻弄されたのでした。


「な、何事じゃ!? 其方は……フレアか?」

「……はい。フレアです。教皇様」


しがみつく私の頭を教皇様の大きな手が撫でてくれました。幼い頃から安心を与えてくれ、慣れ親しんだその皺だらけの手をとり、私は思わず涙を流していました。


「はは……大げさじゃなフレアは……。少し眠っていただけじゃというのに」

「大げさなどではありません。あのまま眠り続けていれば命はないと、皆が恐怖していたのです」

「そうか……。それは……すまぬことをしたのう……」


疲れたように大きく息を吐くと、教皇様はそのままベッドへと横たわりました。


「教皇様。教皇様が眠りについた理由は神官から聞きました。なぜ自ら眠りにつく必要があったのか、話していただけますか?」


私の問いに一瞬だけ辛そうな表情を見せた後、教皇様は小さく頷かれたのです。


「……話さんわけにもいかんな。お前にも関係のあることじゃからのう……」

「私に?」

「うむ」


横たわったままの教皇様が目配せすると、何かを察した神官達は慌てて部屋を出て行きました。人払いまですると言うことは、私以外に聞かれるとマズい内容なのでしょう。彼等の姿がなくなり、部屋の周囲から気配が完全に消えたのを確認した私は、もう話しても大丈夫だと教皇様に頷きます。すると、教皇様は重い口ぶりで話し始めたのです。


「そう。ワシが眠りについた理由……。それは……お前の妹であるメリアが関係している」

「!」


メリア。幼い頃に生き別れた双子の妹。死んだと思っていたあの子が生きているとわかって嬉しさがこみ上げてくると同時に、なぜ彼女が教皇様の眠りに関係してあるのか、私はそれが気になりました。


「ある日の晩、ワシが執務をしている時に、あの子が部屋を訪ねてきたんじゃ……」


§ § §


――教皇視点


コンコンと、静かにドアをノックする音に気がついたワシは、書類に向けていた目を上げた。するとそこには一人の人物が佇んで、ワシをジッと眺めていたのじゃ。じゃが慌てることはなかった。なぜなら、ワシが実の娘同然に育ててきた人物だったからじゃ。


「教皇様」

「フレアか。こんな夜更けに何用じゃ?」


この国で勇者を名乗るフレアの腕前なら、警戒厳重なこの大神殿の最奥へ夜中に侵入することなど容易い――と、そこまで考えてワシは自分の思考の違和感に気がついた。侵入する? なぜそんな必要がある? フレアはこの国の勇者。たとえ夜中であろうと、彼女なら堂々とここまで辿り着くことが出来るはずなのに。ハッとして顔を上げ、改めてその人物を観察すると、ワシの知るフレアとは微妙に雰囲気が違うことに気がついた。


「お主……何者じゃ?」

「あら? もうバレたの。流石は教皇様ってところかしら」


フレアと同じ顔で笑う女からは、聖女と称えられるフレアとは対照的に蠱惑的な魅力を感じた。女から殺気は感じないが、だからと言って友好的でもなさそうじゃ。つまりは敵。ワシはそう判断した。


(やれやれ……まさかこの年で戦うことになろうとはな)


ワシは油断なく身構えながら女の出方を警戒する。フレアに似ているがフレアではない。つまり、この女はフレアに変装するか魔法で偽装するかして、ここまで侵入してきたはずじゃ。もっとも可能性の高い目的はワシの暗殺。ワシが死ねば、最高指導者を失ったこの国は一時的にでも混乱する。つまり他国の間者か、魔族の手先。あるいは魔族そのものの可能性もある。


単独でここまで来ると言うことは腕前も相当なもののはず。現役の頃ならいざ知らず、年老いて足腰の弱ったワシではろくに抵抗も出来ずに殺されるじゃろうな。


「……だからと言って、黙ってやられるわけにはいかん」


無抵抗で殺されるなど論外じゃ。ワシはそこまで潔い人物などではない。せめて一太刀浴びせてやらねば死んでも死にきれんではないか――そんな覚悟を知ってか知らずか、女は薄ら笑いを浮かべながらこう言った。


「相変わらず私に対しては冷たいんですね教皇様。フレア姉さんにはあれだけ愛情を注いでいると言うのに」

「……? まさか!?」


そう言われた瞬間、ワシは目の前の女が何者なのかハッキリとわかった。フレアのことを姉さんと呼ぶ人間など一人しかいない。幼い頃行方不明になったフレアの双子の妹――メリア――それが目の前の女なのだと。

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