転生令嬢の杞憂
私はユリーで八歳のはずです。
いえ、二十二歳・・・もしかしたら三十歳かもしれません。
見たこともない景色が浮かんでくるのです。
これは転生なのでしょうか、それとも憑依したのでしょうか?
ところで転生とは何でしょうか?
側に数人のメイドがいるから私は貴族なのでしょうか?
怖いよお父様、ラーモット様、助けて!
私は周囲の侍女やメイドたちに意味不明なことをわめきながら涙を流した。
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最悪だ。
私がこの世界に転生してから十九年・・いや十一年か?そこはまあ良い、で、色々な可能性を検討してきたけど、どうやら悪い方の予想が当たってしまったようだ。
先ほど見かけたゆるふわぽややんで守ってあげたくなる系の美少女が来月この学園に転入してくる。
あれはどう見てもヒロインだろう、ならば第二王子の婚約者である私の役割は悪役令嬢に違いない。
私は別に悪ではないが非常に目つきに悪い美人系の顔立ちの為、直接付き合いのない者たちからはやや遠巻きにされている。
この世界が乙女ゲームの世界だとは決まっていないが、その可能性を十分考慮しておかねば。
私は先を見通せる出来る女なのである。
「やあユリー、今日の白いドレスもにあっているよ、まるで白百合のようだ。」
この歯が浮くような言葉を平然と言ってのけるのは婚約者のラーモット殿下だ。
「ごきげんよう、ラーモット様」
少し頬を染めながら私は殿下に挨拶をする。
ああ、どうしましょうか、私は殿下が好きだ。
ここが乙女ゲームの世界だとするとこの気持ちもゲームの強制力なのかもしれないけれど、確かに今私は恋をしている。
失いたくない。
だが、お約束ならヒロインが転入してくると攻略対象は彼女に惹かれ、そして私を憎むようになるのだろう。
嫌だ!
確かに殿下は女性にだらしないところが少しあるけれど、ここぞと言うときは私だけを見てくれる。
早急に対策を練らねば!
「ユリー、そんな射殺すような目をしては周囲の者がおびえてしまうよ、悩みがあるなら相談してごらん」
殿下の言葉で現実世界に引き戻された私の視線の先には偶然そこに居ただけのご令嬢が子犬のように震えていた。
私は考え込むときに右三十度の方向を見てしまう。
たまにその視線の先に誰かがいて、被害に遭う不幸な者がいる。
これは癖であり、他に意図はない。
「申し訳ございません殿下、たいしたことではございませんわ」
「そうかい、でも言いたくなったら教えてくれるとうれしいよ」
私はその後、雑談をして殿下と別れた。
至急学園の寮に帰り明日からの作戦を練らねばならない。
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結論から言おう、私は彼女に遠く及ばない・・・
あれからいろいろ考えた。
その結果がこれだ。
廊下ですれ違う者はみな私を二度見して驚愕の表情を浮かべている。
私は頑張った。昨晩寝る間も惜しんで頑張ったのだ。
だが私は諦めてはいない、周囲の者には不評でも殿下のストライクゾーンには入っているかもしれないじゃないか。
私は淡い期待を胸に殿下の下へと向かう。
「やあユリー、今日はどうしたんだい。ふむ、桜色のそよ風に包まれる君も綺麗だよ」
敗北だ!
殿下が可愛いヒロインに惹かれるのであれば私が可愛くなれば良い。
これが一晩考え続けた私の結論だ。
だからヒロインのように可愛くなりたくてピンク色のドレスにこれでもかと言うほどフリルをあしらったふんわりした衣装をまとった。
だが結果は可愛いではなく綺麗だった。
私はヒロインにはなれない・・・
愕然としている私の髪に殿下が優しく触れる。
「何か辛いことがあるのであれば遠慮せずに言ってごらん」
いずれこの優しい瞳も、言葉も、すべて失ってしまうのだろうか。
「申し訳ございません。気分が優れないので今日はこれで失礼いたします」
耐えられなくなった私は瞳を伏せてきびすを返した。
諦めたりなんかしない、きっとまだ方法があるはずだ。
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ついに暫定呼称ヒロインが学園にやって来た。
彼女は今、見目麗しい男女に囲まれて食堂でプリンを食べている。
やはり私の予想は正しかった・・・いや、予想を遙かに上回っている。
お約束であればイケメンを侍らせ女生徒に嫌われるのが普通だ。
だが彼女は女生徒からも人気を博している。
恐ろしい子・・・
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ついに彼女の魔の手は殿下の元まで・・・
私は殿下と昼食をご一緒しようとカフェテリアに向かったが、そこでヒロインと殿下が談笑している場面に偶然出くわしてしまった。
二人の他に数人の学生が同席しているが、私はヒロインに微笑む殿下の横顔にがく然として立ち尽くす。
殿下があのように無邪気に笑ったのを見たのは何時だっただろうか。
私の中で嫌だと叫ぶ嫉妬の心と、やはりと涙する諦めの心が入り乱れて感情がうまく制御できない。
このままではまずい、急いで殿下の元へ行くべきだと心が訴えるが、私は今どんな顔をしているだろうかと考えて足を止める。
もし私の嫉妬にゆがむ顔を見てヒロインが脅えるようなことがあったら、私が虐めたと思われないだろうか。
そんなことはないはずだが、もしかするとこの世界にはヒロイン補整又はゲーム補正が存在しているかもしれない。
私はきびすを返してカフェテリアを後にした。
そして失意のまま午後の授業が始まった。
私は耐えた、どうしたら良いのか分からなかったが耐え抜いた。
午後の授業が終わると素早く席を立ち寮へと急ぐ。
「ユリー、これから・・・・・・・・・」
確かお父様からいただいたお茶会用のお菓子がまだ余っていたはずだ。
昼食を食べ損なった私は午後からお腹が鳴るのを必死に耐えていたのだ。
「ぐぅーーー!」
周囲に人がいないことに安心したお腹が盛大に叫び声を上げた。
はずかしぬ!
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ハッハッハ、私は一体なにを悩んでいたのだろうか。
馬鹿馬鹿しい!
私は薄絹の寝間着をまとってベッドの中から明日着ていくドレスを眺めて薄気味悪い笑みを浮かべる。
私の心は殿下からの観劇へのお誘いを受けて舞い上がり最高潮に達している。
昨日思い詰めた表情をしていた私を心配した殿下が、殿下の妹様と行く予定の観劇に一緒に行かないかと誘ってくださったのだ。
まあ、お腹がすいたのに耐えていただけなのだが・・・
「やっぱり、春色のドレスの方が良いかしら?」
私は魔力灯を付けて衣装部屋に入る。
上級貴族用の寮は2DKのマンション並みである。
さっきまで侍女と共にあれでもないこれでもないと衣装部屋をひっくり返してやっとドレスを決めたというのに一人になるとまた迷ってしまう。
仕方がないのですよ、乙女は愛する方に最高の自分を見てほしいと思うものですから。
そして夜は更けていった・・・
なお深夜までドレスを選んでいた馬鹿な彼女が風邪を引いて寝込んでしまったのは仕様である。
「行くの!このくらい大丈夫よ。絶対わたくしは殿下と観劇に行くの!」
「ダメですお嬢様、王子殿下や王女殿下にご病気がうつったら大変です。それに殿下にはお断りのお手紙を送ってしまいました」
ベッドの上で赤い顔をしてわめいていた私は侍女のその言葉にがく然とする。
「そんな・・・・」
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「・・・ケニス様やミニル様と一緒に観劇を見に行ったとき。偶然殿下たちとお会いして昼食をご一緒に・・・」
お見舞いに来てくれた心の友であるセシルの言葉に絶句する。
なんと私が風邪を引いて寝込んだ日に彼女も観劇に行っており、そこで殿下とお会いしたというのだ。
元々殿下は妹様と観劇に行く予定だったので私を放置したわけではない。
それに女子寮は男子禁制だからここには来られないのだから仕方がないし、お見舞いの花束と手紙はちゃんと届いている。
問題なのは彼女に同行していたというミニル様、つまりヒロインの事である。
「ごめんなさいセシル、少し疲れてしまったみたい」
私は一人になりたくて嘘をついた。
「長居してごめんなさいねユリー」
私は本当に顔色が良くなかったのだろう。
友人は気遣うように微笑んで退室した。
「少し眠るのでベスも夕食まで休んでかまわないわ」
侍女が退出すると広い部屋の中で一人、窓から空を見た。
私の瞳から雨が降る。
殿下だけでなく唯一の友人であるセシルもヒロインに奪われてしまうかもしれない。
泣き疲れた私はいつの間にか本当に眠ってしまっていた。
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完全回復!
先日まで泣いていたのは誰かって?
あれは病気で気持ちが落ち込んでいただけだよ。
私は殿下とセシルを信じると決めたのだ。
今まで二人がちょっとヒロインと仲良くしてたからってこの世の終わりみたいに落ち込んでいたけど、別にヒロインと二人だけで会ったりしたわけじゃない。
全部私の思い込み、空想、心の弱さが見せる幻影に過ぎない。
私はヒロインに戦いを挑んだ。
あれからヒロインが新しい魔術を編み出せば対抗するように前世に知識を応用して生活雑貨を開発したり、殿下やセシルと仲良くしていれば対抗して甘えてみたりしたが結果は芳しくなかった。
私は魔術が得意ではないし、きつめの顔なので可愛いには縁遠いのだから簡単にうまくいくはずもなかった。
だが良いじゃないか、私は私なのだから。
開き直ってしまえばヒロインのことは気にならなかった。
私は殿下とセシルに呼ばれて学園の空き教室にやって来た。
「ラーモット様、セシル、お待たせして・・・・」
そこには殿下とセシル、そして二人と手をつないで立っているヒロインがいた。
嘘よ!
殿下とセシル、それにいつもなら無邪気に笑っているヒロインまでもが私を鋭い目で見つめている。
断罪される。
やっぱりここは乙女ゲームの世界で、なにもしていなくても強制力で罪に問われるんだわ。
私は逃げだそうとしたが、足をもつれさせて無様に床に転がった。
「「ユリー!」」
殿下とセシルが駆け寄ってくる。
「嫌!来ないで、嫌だ!助けてお父様」
感情や体の制御が出来ず私は地面に丸まって泣き叫んだ。
殿下がそんな私の口を手で覆ってふさぎ、もう片方の手で体を抱きかかえるように拘束した。
「二人は外に出て誰も来ないように見張っていてくれ!」
殿下に拘束された私は身動きも出来ずに複雑な表情で部屋から出て行く二人を見送った。
このゲームのバッドエンドでは私はどうなってしまうの。
修道院、国外追放それとも処刑・・・
殺されるなら殿下が良いな。
小さい頃、この記憶がよみがえって挙動不審になったときに殿下は私の意味不明な話に根気よく付き合ってくれた。
その時お父様は外交官として隣国に行っていたし、お母様は私を産んですぐに亡くなってしまっていたので殿下がいなければ私はおかしくなっていただろう。
あの頃から、ただの政略結婚の相手でしかないと思っていた殿下を意識し始め、今では私の心のよりどころとなっていた。
私が暴れるのを止めると殿下は拘束を解いてくれた。
「痛くしないでね」
刃物で刺されるのは痛そうだし、出来れば睡眠薬が良いな・・・
最後に殿下のお顔を見ようと振り向いたが視界が滲んでよく見えない。
お顔が赤いように見えるのできっと酷く怒っておられるのだろう。
「殿下、わたくしは永遠にあなたを愛しています。ミニル様とお幸せに」
私が殿下に想いを告げると急に彼のお顔が近づいてきて・・・・・私のおでことぶつかった。
「痛いです殿下」
「そなたはまた変な夢を見て奇妙な誤解をしたようだな」
私は前世の知識を夢の中で見たと説明していた。
「私がそなたを捨ててミニルと結婚するとでも思ったのか。いや、そう思ったのだろうな。その斬新な発想は驚愕に値するぞ。彼女は魔法技術を見込まれて学園に入学したがまだ十二歳だ。私に児童性愛の趣味はないぞ」
「でも、五年もすれば彼女は十七歳で殿下は二十五歳です。お似合いではありませんか」
「黙れこの馬鹿者が!これが何度目か忘れてしまったが、私はお前を愛している。分かったらさっさと泣き止め」
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「あの、セシル様、ユリー様は大丈夫なのでしょうか?」
「気にしないでいいのよ、これはよくあることなの。それにラーモット殿下が何とかしてくださいますわよ」
今回ユリーが鬼気迫る勢いで作り出した商品は素晴らしく、魔術を組み込めば更に便利になると予想された。
だからミニルちゃんの工房に来て貰って共同研究の話をしようとしただけなのだが。
ミニルちゃんが緊張していたので手をつないであげたのがここまで酷い結果になるなんてね。
しばらくして殿下とユリーが部屋から出てきた。
「セシル、それにミニル様、お騒がせして大変申し訳ございませんでした」
モジモジしながらユリーは私たちに頭を下げた。
私はユリーを見た後に殿下を睨み付ける。
このバカップルが・・・
この時、ユリーの奇行になれていないミニルちゃんが心配そうに問いかける。
「ユリー様、首のあたりがいくつも赤くなっていますけど大丈夫なのですか?」
ミニルちゃん、そこは聞いてはいけないのよ。
本当にこの二人は面倒だけど、退屈しないで済むわね。それにこの子も良い味出してるわ。
私はしどろもどろにミニルちゃんに言い訳する二人を眺めた。
今日も世は事もなし。