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クルイアイ  作者: くらうでぃーれん
1・愛と憎悪
5/37

2-1


 ユイは淡々と仕事をこなしていた。

 感情のこもらない表情を浮かべ、注文を取り料理と酒を運ぶ作業に従事する。

 学校とアパートの中間あたりにある居酒屋で、油と酒の臭いが染み付いた制服と前掛けを身に着け、テーブルに料理を運び、お盆いっぱいにグラスや皿を乗せて引き返す。


 ユイはアルバイトをしなければならなかった。

 理由は平凡にして単純。お金がないからだ。


 とはいっても、ユイ自身がお金に困っているわけではない。困っているのは彼女であり同居人のマナである。マナは家を出て2人暮らしをするにあたって、もっと言えば大学進学の時点で、両親と激しく衝突していた。理由はもちろん、ユイ。


 学生の身分で男と同棲なんてと、ひどく漠然とした理由で反対されていたが、ユイは結局マナの両親と会うこともせずマナを迎え入れた。理由はこちらも単純、面倒だからだ。


 理由が漠然としている以上、何かしらの説得をしに行ったとして上手くいくとも思えない。

 もっとも、マナの両親とは一度も顔を合わせたこともないので人柄も知らないし、その話も全てマナを介して聞いたことなので、実際にどう言っていたのかは知らないし、知るつもりもない。理由はもう言うまでもないだろう、面倒だからだ。


 マナは両親にユイの情報を一切与えておらず、ユイも両親にはまともにマナの話をしたことが無かったので、親を介して文句を言われることさえなかった。


 マナはユイが好きだから一緒に暮らしたいと言っている。そしてユイもそれを受け入れている。

 別にマナを苦しめるつもりもないし、外れた道に引きずり込むわけでもない。結局両親が反対している理由は、彼ら自身の基準と自己満足でしかない。そんなものに付き合う義理はないと思っているし、結果として金銭面においてマナを苦しめているのはその両親なのだ。そのマナを支えているユイが、文句を言われる理由がどこにあるだろうか。


 ユイがマナを養っているのは、負い目や同情なんて言う下らない理由によるものではなく、単にマナと一緒に居たいからという一点に尽きる。

 運の良いことにユイの両親は学費も出してくれるしある程度仕送りもしてくれる。マナと暮らしていることは特に話していないので十分とは言い難いものの、それにバイト代を足せば贅沢はできなくとも、大学4年間を2人で過ごすのは可能な程度の資金となっていた。


 面倒事を嫌うユイとしてはバイトなど避けたかったのだが、こればかりはどうしようもない。

 そんな理由で、ユイは今日も無感情に仕事に励んでいた。


 ガシャン、と洗い場の前に食器を並べると、すかさずキッチンを隔てるカウンターの上にゴトリと料理が置かれた。


「はいよー、もう次々出来てるからね! 休んでる暇はないよー!」


 中から明るい声で楽しげに叫んでいるのは、ユイの大学の先輩である6年生(要するに留年2年目)の佐藤(さとう)千尋(ちひろ)だった。他の従業員は胸から上が覗く場所から、彼女は頭しか覗かせることができないほど背が低い。明るい茶色のセミロングの髪は短いポニーテールに結ばれ、さらに黒い三角巾で覆われている。

 その料理を運んで戻ってくると、すでに次の料理が並べられていた。確かに、休んでいる暇はなさそうである。


「ほらほら、あたしのスピードナメんな! 速くて美味くて安心! 佐藤ちー様を今後ともよろしくぅ!」


 などとワケの分からないことを言いつつ、次の料理が置かれる。

 忙しい日のピークの時間帯になると、本当に忙しい。小走りで回らないととても対応しきれないほどだ。多くの店員が忙しさに苛立ち始める中、キッチンの千尋は相変わらず楽しそうにおびただしい数の料理に同時に着手しており、ホールのユイも特に気を荒げてはおらず落ち着いた態度で仕事に臨んでいた。


 別に、冷静に努めているわけではない。千尋のように楽しんでいるはずもなく、落ち着いているのはただ苛立つ理由が無いからというだけ。

 ただ忙しいというそれだけで、むしろ他の人たちが何に対して苛立っているのかユイにはよく分からない。明確な怒りの対象が無いのだから、不機嫌を露にしたところでどうなるわけでもないだろうに。


 こんな時マナだったら、きっと店に入ってくる全ての客が腹立たしいと言ってしまうのだろうけれど、ユイはマナほど感情豊かではなかった。


 飲み会の席から大量のグラスを持ってキッチンへと引き返す。ちょうどその時新たな客が入店して来た。千客万来とはこのことを言うのだろうか。

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