終
時は遡って、ユイとマナがその報道を見る数日前のこと。
街灯の少ない暗い路地で、ユイはマナのことを考えていた。その場にはユイ以外のヒトがいる気配は全く感じられない。ユイは1人、相変わらず感情の薄い瞳で地面を見下ろしていた。
マナがしたことは、だいたい分かっていた。
だが別に、ユイは唆したつもりはなかった。
ただ思ったことを話したら、マナがその気になってしまって、入念な準備のもと実行に移してしまったらしい。それだけのこと。
きっとマナは気づいていない。ユイが気づいていることに。
何も知らないユイの為に、ひっそりと甲斐甲斐しく動いていると思っているのだろう。仮に気づいているとしても、深くは考えていないはずだ。マナとは、そういう子だ。
ユイから見て、マナはとても分かりやすかった。すぐ顔に出るし、行動があからさまだったから。特にユイの前では。
ただ、気づくのが少し遅かった。マナのことばかり見ていたせいで、マナが見ているものをよく見ていなかった。
気づいた時にはマナはもう、あと1歩のところまで準備を進めていた。
すでに一度、諫めていたつもりだった。マナはユイのことならなんでも聞いてくれるから、それで十分だと思っていた。
だから何も考えず、それでもマナが浮かれているのは別の理由だと思って、あまりにも安直に意見を求めたりもしていた。
しかしそれが遠回りな聞き方だったせいか、マナに少し勘違いをさせてしまったらしかった。もしくは、行動に踏み切るきっかけを与えてしまっていたらしかった。
マナは思い込みの激しい子だ。たとえ真実とは違うことでも、正しいと思えばマナはそれを信じ込んでしまう。だから今回もユイのどこかの言葉を曲解して受け取って、ユイがそれを望んでいると、もしくはマナを唆していると思ってしまったのかもしれない。
結果マナは、人を殺した。
その事実はまだ公にはなってはいないが、マナの態度を見ればやはり一目瞭然だった。
その行為自体はどうでもいいのだが、ユイの短慮のせいでマナに危険な橋を渡らせることになってしまったようだ。それについては少し、悪いことをしたと思った。
マナはユイのどんな言葉にでも、必ず応えてくれる。たとえそれが、どんなに無茶や無謀であったとしても。
だからこそ、ユイは自分の言葉に細心の注意を払っていなければならなかったのだ。マナの身を守ると言う意味も込めて。
それでも、直前でマナの行動に気付きながらも止めきれなかったのは単純に――マナを愛しいと思ってしまったからだった。
自分の為にそこまで尽してくれるマナが、どうしようもなく可愛いと思ってしまったから。
だって、考えてみてほしい。例えば、最愛の彼女がサプライズプレゼントを用意してくれているとする。ただしその準備には、少しばかり危険が伴っていたとする。しかしだからといって、それがよほどのことでない限り、たとえ気づいていたといしても気づかないふりをすることが、彼氏としての努めなのではないだろうか。
あまり危険が大きすぎるようだったら止めていたかもしれないが、マナは入念に準備していたようだったので、まあ大丈夫だろうと思ってしまった。
入念な準備――例えば、凶器の試し斬りとか。
マナの様子。シンクを含めた部屋の状態。血の臭い。
その時はまだ漠然としていたものの、なんとなく兆候に気づいてはいたのだ。はっきり気づいていたところで、やはり止めはしなかったかもしれないが。
まあそもそも、誰かが死ぬことに対してあまり関心が無いというのも、止める気にならなかった大きな要因だろう。
そしてなにより――マナにだけそれをするなと言うのも酷な話だ。
相手に尽くしたいと思う気持ちは、ユイにだって良く分かるから。
マナは普通ではない。そんなマナを心から愛することができるのは――ユイも普通ではないからだろう。
自分が人として欠陥品だということくらいは、ずっと前から知っている。そして陸瀬を始め、多くの人にあれだけ悪し様に言われているのだから、マナも同じく欠陥品なのだろう。
2人ともが欠陥品だというのなら、足りない部分を互いに補っていけばいいのだ。
――そう、互いに。
ユイの視線の先にある先程までヒトだったはずのソレは、今や物言わぬ肉塊になり果てていた。ユイはうっとりとした笑みを浮かべて足元のソレを溝に蹴り落とし、適当に集めておいたゴミを放り込んでその上から覆った。
赤く染まった刃を仕舞い、服に着いた赤い斑模様を上から着た服で覆った。
ついつい、早くも2人目に手を出してしまった。
最初のアレは、どうやら未だ誰にも気づかれていないらしい。特別交友が深い人間もおらず親しい親族がいるようでもなかったので、気にかける者がいないからだろう。ユイからすれば非常に都合がいいことだ。そのまま人知れず朽ちればいい。
マナを守る為に、マナを幸せにする為に、マナの笑顔を見る為に、それが最良の手段だった。
誰にも気づかれていない。その「誰にも」には、マナでさえ含まれていた。
マナはあの男が消えたことに気づいてすらいない。恐らくそれを告げたところで、マナは首を傾げるだけだろう。あんな男のことなど、もはや記憶の隅にすら残っていないのだろうから。
だけどマナはそれでいい。いやむしろ、それがいい。マナはいつも通り、ユイ以外のことを考えず穏やかでいてくれればいい。その為に必要な些事は、全てユイが片付けてしまうから。
自分で語ったように、人を殺すリスクは十分に理解している。だけどユイにはそれをするだけの理由があった。そしてリスクに見合った見返りもあった。
言うまでもなくそれは――マナの平穏。そしてマナの笑顔だ。
別々のバイト先を選んでマナを1人にしたのはユイ自身だが、だからといってマナに害を及ぼすのを見過ごせるかというと、それは全く別の話。
バイトを別にした理由は、大した捻りも思惑もない、平凡かつ単純な理由。少しでいいからマナを他人に慣れさせようと思ったからだ。
今のままではいくらなんでも面倒事を起こし過ぎる。理想としてはユイと同じくらい、マナにもユイ以外の他人に無関心になってほしいものだ。せめてあの攻撃的な態度だけは納めてもらいたいと思っていたのだが、今のところあまり効果はないようだ。もう少し他の方法を講じてみてもいいかもしれない。
マナと違ってユイは他人からの接触を気にしない。声をかけられることも、触れられることも、少々であれば傷つけられることだって、どうでもいいと言えてしまう。
自分が何をされることも気にしないのだが、溺愛するマナを傷つけようとするものに対してはどうしても過敏に反応してしまう。悪口程度であれば聞き流してしまえるが、直接的にマナに危害を加えられそうになると、いつものような思考ができなくなってしまう。
だから危うく、一度は計画を自分の手で破綻させてしまうところだった。目の前でマナに手をあげられそうになって、思わず――陸瀬を殺したいと思ってしまった。
あの状況でもやろうと思えば可能だっただろう。所詮は抵抗力を持たない女1人。殺せずとも再起不能くらいにはできたはずだ。
だけどどうにか、マナを庇うだけに抑えることができた。もしあの場でもう一度陸瀬の顔を見ていたら、マナに代わってユイが陸瀬の首を締めあげていたかもしれない。自分はもう少し冷静な人間だと思っていたが、やはりマナが関わると自制が利きづらくなるようだ。
その後陸瀬に会って、再び殺意が湧かなかったことには安心した。いちいち殺したくなっていたのでは仕事どころではない。自分の無関心さに初めて感謝した瞬間だった。
ユイはマナのこと愛していた。どこが好きかと考えると、恐らくユイを愛してくれるマナを愛しているのだ。マナが愛してくれるからユイもマナを愛して、マナを愛しているユイをマナはさらに愛してくれて、だからユイもマナのことをさらに愛して、ユイの愛に答えてマナはさらにユイを愛してくれて、そんなマナをユイが愛して、マナが愛して、ユイが愛して、マナが愛して、ユイが愛して、愛して、愛して、愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して。
その愛情の循環はどこまでも続き、無限の深みへと今も沈み続けている。
ユイはマナを愛している。ほとんどのことに興味を抱けないユイも、その甘美な感情からだけは抜けだせそうになかった。
マナは、ユイだけのものだ。マナに、ユイ以外など必要ない。マナのように全てを排除する気はないけれど、それがどうしても必要なことであれば排除する。2人だけの世界の中で、マナだけを見つめていたいから。
早くマナに会いたい。
早くマナを抱き締めたい。
事が明らかになるのはいつになるだろうか。
発見が遅れるのは色々と分かりにくくなるからいいけれど、早く見つかって早くマナの笑顔が見たいと思った。
この数日後にほぼ同時に2人の死体が発見され、2つの事件に強い関連性を抱かせるようになることは、もはや〝運命〟と呼んでも良いのではないだろうか。そんなもの馬鹿馬鹿言葉だけれど、マナの為になら使ってもいいと思えてしまう。
すでにユイの頭の中は、マナのことで一杯だった。
ユイがしているこれは、キスやセックスと同じ。2人が幸せになる為の行為だ。
そこに明確な理由など存在しない。そして行動を抑えることも簡単に出来ることではない。だからこの男を哀れと思うことも無い。もっとも、ユイには元々そんな感情ほとんど抜け落ちてしまっているのだが。
早くマナに会いたい。マナに触れたい。マナを求めたい。
――ああ、ダメだ。マナのことを考えると、つい笑いそうになってしまう。
マナを見ていると、マナに想われていると、幸せすぎて、笑みを浮かべてしまう。
抑えられない感情というものがずっと理解できなかったけれど、マナに出会ってよく分かった。今のこれがまさにそれだ。愛しいマナの笑顔を思うとそれだけで胸がいっぱいになって、溢れ出る感情が意思に反して口角を吊り上げる。
愛しいマナの、愛しい笑顔。それだけが見たくて、自分は今ここにいる。
「‥‥マナ、笑ってくれるかなあ」
マナの笑顔は可愛くて温かくて心地よくて優しくて気持ちよくて柔らかくて甘くて穏やかで大好きで安心して包み込まれるようで、あの笑顔を見ていると自分の中が全てマナで埋め尽くされていく。
ユイは今、最高に幸せだった。
ユイは今日もアパートに帰ってマナを求めるだろう。そしてマナはそんなユイの全てを受け入れてくれるだろう。
それは毎日のことで、いつも通りのこと。
だからこれは日常のとあるひとコマでしかなく、終わりでも始まりでもない。
あの日からずっと、ユイは終わらない幸福を味わい続けている。
マナがいてくれる、そんな幸福な日常。
だからユイは、今日も明日も、終わることのない幸せな日常を歩み続ける。
ただ1人、マナのことだけを見つめて。
読了ありがとうございました。この作品は以前新人賞に応募したもので、供養のためにこちらに投稿させていただいています。
今作のテーマはヤンデレ。私は以前からヤンデレ、というよりは重い愛と常識の狂ったキャラクターが凄く好きで、そんな自分の好きな展開を詰めた作品となっております。書いたのが少し前なので、読み直すと多少気になる部分もあったりはしますが。
世のヤンデレのイメージというと多分、包丁とか監禁拘束と思っている人は多いかと思いますが、どうしてそうなるのかというと男側が逃げるからだと思うのですよ。で、私はあまりそういう展開は好きじゃなくて、「殺したいぐらい好き」とかだいぶ意味不明なのですよ。だから、というか、個人的にはヤンデレ×ヤンデレが最強だと思っています。
だってどっちもヤンデレだったらお互いの欲求がちゃんと満たされるわけだし、2人とも超幸せじゃないですか。それってただの純愛じゃね?って思う人もいると思いますが、その通り。純愛モノは一歩間違えばヤンデレモノに変わり得ると思います。ぼくのすきなえっちな漫画家さんもそんな感じだから好き。
そんな感じで頑張って、選考委員から頂いた選評ではわりと高評価なコメントと共に続きが読みたいですとか言っていただけたんですが、気になるなら選考通過させてくれよ!って感じでしたw
ちなみに、この先の展開も考えていないワケではないんですが、今のところ続編を書く予定はありません。もし続くとしたらラストはこうやって終わらせたいというのもすでにあるのですが、それよりは新しい作品を書いていきたいと思っています。また今後も、もしかすると応募作の供養をここですることもあるかもしれませんので、その時はまた読んでいただけたら嬉しいです。
ではでは、次に投稿できるのはいつどんな作品になるかは分かりませんが、今後も執筆活動を頑張っていきたいと思う所存であります。少しでも面白いと思っていただけたなら、ひと言で構いませんのでコメント等していただけると非常に嬉しいです。ぜひぜひ、よろしくお願いします。




