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初めてマナに出会ったのがいつだったのか、ユイはよく覚えていない。
マナが中学からの同級生であったことは辛うじて覚えているし、マナが幸せそうに自分たちの出会いを語ってくれたこともあったが、それでもやはり思い出せなかった。
ユイはずっと、全てに対して興味が無かった。
何に、という話ではない。本当に全て。
他者に対する興味はもちろん、自分自身にすら全くと言っていいほど興味が無かった。
別に、何かきっかけがあったわけではない。ただ単純に、何を見ても何が起こっても、それに対して興味を抱くことができなかった。
ずっとそれが普通だと思って生きてきて、いつしか自分は「普通」ではない(ユイの知る普通とは、そこに居る人々の過半数が当然だと思っていることを指す)ということに気づいてからも、特にどうこうしようとは思わなかった。
自分はきっと、周りから見れば異常なのだろうと思って、しかしそれが自分なのだからどうしようもないと思っていたから。そもそもどうにかしたいと思えるほどの興味を、自分に対して抱けなかったから。
自分自身を含む全て、それは自分を含む「生」という概念にすら興味を持つことができないということだった。
小学生の頃、一度大きな事故に遭って死にかけたことがあったらしい。しかしユイは病院のベッドに横たわりながら、別に何を思うでもなかった。生きたいとか、死にたいとか、死ぬのは怖いとか、誰かと会えないのが寂しいとか、そういう考えを持つことができなかった。
だからその時も痛いなあ、とか暇だなあ、と思う以上のことは何もなく、今では記憶にすらあまり残っていない。
怪我をすれば痛いと思うし、当然避けられるなら避けたいとも思うが、ユイの思考はいつもそこで止まっていた。
それゆえにユイは友人関係も非常に希薄で、自ら誰かを求めることも拒むこともしなかった。来る者拒まず去る者追わず、とでも言えば多少聞こえは良いが、ユイの場合それはまさに「素通り」だった。
友人が側に居ることにも、居ないことにも何も感じていなかった。
それを見かねた「優しい人」がユイを「救済」しようとしたこともあったけれど、ユイのあまりの無感情ぶりに為す術もなく離れていったことも、一度といわずあったはずだ。
だからユイがマナに話しかけたのは、ただの偶然とか気まぐれとか、ユイ自身の行動でありながらユイの意思があまりに希薄なものだった。
今日は1人だ。暇だ。あそこに1人でいる人がいる。暇潰しに声をかけよう。
とか、考えていたのはその程度でしかなかったので、ユイの記憶には中学時代のマナの姿はほとんど残っていなかった。
ユイが誰かに話しかけること自体は特に珍しいことではない。他にすることもないから、黙ってじっとしているだけなのも退屈だから、とりあえずその場凌ぎというか、無意識に溜め息をついたり背伸びをしたりするのと同じような感覚で、とりあえず会話をしていた。
そしてその1人が、マナだったというだけ。ユイが何度もマナに話しかけていたのは、マナが1人でいることが多かったからユイの気が向きやすかったという、ただそれだけの理由だった。
だからユイがマナをマナとして認識し始めたのは、高校2年になって少し経った時が初めてだった。
高校にもマナがいることはぼんやりと気づいていたが、それが誰なのかは意識していなかった。何度か話しかけていたせいで見覚えくらいはあったが、だからどうというわけではなかったから。
しかしその言葉で、ユイは初めてマナのことを見た。
「ユイくん。あなたのことが大好きです。私と付き合って下さい」
はっきり言って、ものすごく驚いた。自分がそんな風に見られることなど、考えたこともなかったから。
ユイは誰も求めていないから、誰にも求められることもなかった。両親もわりと淡々とした人たちだったし、同級生に心配されたり疎ましがられたりすることは多少あったけれど、具体的な「愛」などというものを感じたことは、いまだかつて一度もなかった。
自分自身に興味がないから、同情とか正義感とかそんな類のもの以外の、理由のない興味を持たれることに、「興味」というものそのものを、初めて意識した。のではないか思う。自分のことながらその辺りは未だ不明瞭だが。
そんな理由のない「愛」という名の興味を、目の前に居る少女は自分に向けてくれている。
驚いたけれど、すぐにいつもの調子に戻った。それ以上の感銘を受けるというほどのことでもなかったから。
「俺は別にキミのこと好きじゃないけど」
だけど、ほんのわずかだけその少女に――興味が湧いた。
「いいよ」
だからユイはその申し出を受けることにしてみた。付き合うというのがどういうものか良く知らないけれど、とりあえずこの少女を少し見てみたいと思ったから。
自身の感情に疎くとも、それがどんなものか客観的な知識くらいは当然持っている。それらと照らし合わせてこの少女が告げた「好き」は、ユイの知っているものと込められた熱量が違っているような気がしたから。
そしてその時になって、男女交際というものをするにおいて、必要なのではないかと思われるものがとりあえず1つ、欠けているのではないかと気がついた。
「キミって、なんて名前なの?」
恐らくその言葉は、非常に失礼で相手の気分を害するものに当たるはずだった。
にもかかわらず、目の前の少女は怒ることも驚くことも落胆することもなく、なぜか幸せそうに表情を綻ばせて言ったのだった。
「香澄、愛です」
それが、初めて覚えたクラスメイトの名前だった。




