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事件発覚から数日後、バイト先に警察がやって来た。被害者がよく店を訪れていたらしいと知り、聞き込みをしに来たらしい。
証拠は残していないはずなのに。何の関連性の無い自分が疑われるはずもない。なのに、なぜこんな場所に警察がやって来なければならないのか――と、焦るのが普通の反応なのだろう。
しかしマナは警察の姿を見ても何の反応を示すこともない。それどころか、一瞬事件が何なのかにすら思い至らなかった。
が、あながちそれは間違いではなく、どうやら今回はマナが関わったものと別の兼で訪れているらしかった。そういえば、同時にもう一件何かあったと聞いたような聞かなかったような。よく覚えていない。
自分に関りがあろうと無かろうと、どうでもいい。警察だろうと何だろうとマナの態度が変わるはずもなく、そちらに一瞥だけくれるとすぐにやる気のない仕事へと戻っていった。
警察はしばらくバックルームで監視カメラの映像を見て被害者の動向を確認した後、従業員にも色々と話を聞いていた。マナが仕事が終わった時にも警察はまだそこに居て、マナにも話を聞かせてほしいと言ってきた。かなり、鬱陶しかった。
「あなたは、この男性について何かご存じのことはありますか?」
「‥‥誰ですか、これ」
警察に写真を見せられマナはしぶしぶそれに目を向けるが、しかしそこに映る男の顔が記憶に引っ掛かることはなかった。
「マナちゃん、この人、マナちゃんと揉めたことあるお客さんよ?」
同じく聴取を受けていた氷雨が、やや呆れたように口を挟む。言われてもう一度その写真に目を向けると、確かにどこか見覚えがあるような気もしないでもない。だけどやっぱり、よく分からなかった。
なんにせよ、ここに来ている客だというのならマナは本当に無関係だ。
「‥‥よく分かりません。もう帰っていいですか」
マナは思ったそのままを答える。そんなことよりもこんなユイのいない場所、早く出ていきたかった。一度警察を睨んですぐに視線を逸らすが、まだマナを解放する気はないようだ。警察は続けて質問をする。
「この男性が殺害されたと思われる日、あなたは何をしていましたか?」
「あ、その日は彼女も、わたしと一緒にお店にいました」
疑っているのかと思ったが、氷雨がそう説明すると警察は存外にあっさりと納得していた。カメラの映像を見れば分かることだし、そもそもマナを容疑者としては捉えていなかったようだ。
その男は店内での評判が悪かったことから、一応従業員全員のアリバイを確認しているらしい。簡単な質問にいくつかだけ答えると、警察は続いて別の男の写真を取り出した。
「こちらはまた別件なんですが、こちらの男性について何か心当たりは?」
それを見せられ、マナはやはり眉を寄せる。その男もやはり、マナの知らない顔だった。
「‥‥誰ですか」
マナは先程と同じ反応を返し、氷雨と店長もその写真を見て首をひねっていた。
「わたしも、この人は知らないですね。お店の常連の方、ではないですよね?」
「はい。ですが同時期に殺害されたこともあって、こちらの男性と関連がある可能性も見て捜査しているのですが、何か心当たりはありませんか?」
「‥‥ええ、ごめんなさい。わたし、お客さんの顔はだいたい覚えてるつもりですけど、この人はやっぱり知らないと思います」
氷雨と店長もその男については何も知らないらしく、最後に警察はマナにちらりと視線を向けたが、そっぽを向いて非協力的な態度を示すマナにそれ以上言葉をかけることはなく、「ご協力ありがとうございました」と言って再度来る可能性もあることを告げ、去って行ってしまった。
警察がいなくなると同時、店長は小さく息をつく。
「やっぱり警察がいると空気重くなるね。事が事だし」
「そうですねえ。でも、ちょっと非日常な感じが、わくわくしちゃいました」
「まあ、分からなくもないけどさ‥‥。それより俺は、香澄ちゃんの態度が怖くて仕方なかったよ‥‥」
予めマナの性格については警察にも説明していたらしいが、それでも警察すら遠慮なく睨みつけるマナに、店長は肝を冷やしていたようだ。マナの知ったことではないけれど。
とはいえ実のところ2枚目に見せられた写真の男は――マナが殺した男だった。
マナは知らぬ存ぜぬを貫き通している、というわけではなく、本当にその男のことはすでに忘れてしまっていた。マナは男の顔を覚える時に心に決めた通り、すでにその男のことを記憶から抹消しているのだ。
あの男を殺したことにユイが気づけば嬉しいし、気づかなければそれでも良い。どちらにせよその男のことを覚えている必要はすでに無かった。だから忘れた。
「うふふ、まあ警察の方はもっと態度の悪い人を日々相手にしてるんでしょうから、きっとマナちゃんなんて可愛い方ですよ」
「まあ、そうだといいけど」
「それにマナちゃんは本当に可愛いですしね」
「まあ、どうなんだろう‥‥」
「そういえばあの警察の方、わたしのこと大学生ですか、って聞くんですよ? うふふ、わたしってそんなに若く見えるでしょうか」
「うん、氷雨さんは若いっていうか幼いっていうか」
「あらあら、店長まで褒めてくださってー」
「いや、褒めてるって言うか。まあ、それが氷雨さんのいいところなんだけどね」
「お疲れ様です」
マナは氷雨と店長が盛り上がる会話も無視して、帰り支度を整えてその場を立ち去った。
帰り際にふと、そういえば最近は思わずユイに縋りたくなるほど腹の立つ客が来ていないことに気がついた。それは単純にそいつらが来なくなっているのか、それとも、マナがすぐに苛立たない、ユイのような寛容さを手に入れることができたからなのか。
もし後者だとしたら、マナは少しずつユイに似てきているのかもしれない。そう思うと、どうしようもなく幸せだった。ずっと一緒に居るから、思考が似通ってきているということなのかもしれない。所謂、似た者夫婦というのになりつつあるのではないだろうか。
そう考えるとさらに幸せだった。だから、そう思うことにした。
ユイのことだけを考えながら、軽い足取りでアパートに向かう。ユイはまだバイトが終わってないだろうから、ユイが帰ってくるまでに何を準備していてあげようかなとか、ユイが帰って来たら何をしてもらおうかな、などと考えながら。
それは、あまりにいつも通りのマナの姿だった。
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