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クルイアイ  作者: くらうでぃーれん
2・無関心と殺意
23/37

6-2


 などとは思いながらも、マナとてバイトには行かなければならなかった。

 出来ればこんなことしたくもないのだが、その原因はマナであり、ユイのほうが家計への貢献の割合は高いので、あまり大っぴらにはマナも不満は言えない。もちろん、言えないだけで不満は数限りなくあるのだが。ユイとバイト先が違うとか、ユイ以外と会話しないといけないとか、ユイ以外の声を聞かなければならないとか。


 そんな不満を抱えながら、その不満を顔にだけは出さないように(実行できているかどうかは別として)、しかしそれ以上は隠すつもりもなく、渋々バイトに励んでいた。


 マナは、とても集中力散漫だ。というより、常にユイのことを考えていて他のことはすぐに疎かになる。ただユイに向ける集中力の高さはだけは並々ではないと自負している。

 ということで、マナは現在もユイのことだけを考えながらぼんやりと仕事を行っていた。


 言葉と笑顔と愛想と挙動少なめで、淡々とレジを打つ。しかし可能な限りはレジを離れて、掃除や商品の整理を行う。

 そうしながらも、当然ユイのことを考える。今日は来てくれないのかな、とか。


 最近、ユイは時々店に来てくれるようになった。以前も何度かは来てくれたことがあったが、ここのところは若干頻度が高くなっている。マナとしては嬉しい限りのことで、毎回来てくれればいいのにと思わないではいられない。


「マナちゃーん、レジお願いしまーす」


 と、相変わらず気の抜けた氷雨の声でレジを振り向くと、数人の客が並んでいた。マナは嫌そうな表情を隠す気もなくそれを確認し、仕方なくレジへと向かった。

 氷雨も、マナは名前を呼ばなければ反応を示さないことはよく知っているので、マナの扱い方をよく心得ているというべきか。


 もちろんそれは、名前を呼んでくれないとヤダなんて我がままを言っているとか、そんな可愛らしい理由ではない。名前がなければ自分が呼ばれているなどとは微塵も意識しないからである。とはいえもちろん、それがユイの声であれば全てに反応を示すのだが。


 客の顔も見ず、声も控え目で、最低限の言葉で手早く会計を終わらせてゆき、列の最後の客が来たと思ったら、ソレは不機嫌そうに缶コーヒーをレジに置き、


「タバコ」


 その一言だけを聞きとりづらい声量で呟いた。

 動きを止めて少し考えて、またあの客か、とようやく理解に至った。ちらりと顔を見たところで、コレが本当にいつもの客かどうかマナには判断しかねるが。


 マナが何も答えないでいると、男は一度マナを睨んでからいつも通り不機嫌そうにタバコを示す番号を吐き捨てた。

 それだけ大きな声が出せるなら最初から出せ、と思う。なんだか以前も似たようなことを思った気もするが、こんな男に関する情報など塵ほどの価値もないので思考する意味はない。


 タバコのバーコードを読むと、毎度のことながら客側のレジ画面に『私は20歳以上です』というタッチパネルのボタンが表示された。こんな面倒な過程、無くなってしまえばいいのに。

 男が全く動こうとしないので、数秒の間を置いてから「画面をタッチしてください」と呟くと、男は再びマナを睨みつける。


「見れば分かるだろうが」

「押してもらわないと会計ができません」


 やはり同じようなやり取りをしたことがある気がしないでもないが、ユイ以外の人間に価値などないので以下略。


「お前が押せばいいだろうが」

「押してもらう決まりです」

「いちいち押す必要ないだろうが」

「じゃあ買わないでください」

「お前ケンカ売ってんのか!」


 男が怒鳴り、マナはぴくりとこめかみの血管を震わせ、一度だけ男を睨みあげた。


 ――殺してやりたい。


 あんなよく知りもしない男ではなく、この男を殺してやりたい。

 別に、この場で殺すことだって可能のはずだ。近くにはハサミもあるし、洗い場には包丁だってある。ユイの言うとおり、殺すだけなら簡単にいつだってできるのだから。


 頭を叩き割ってやりたい。顔を削いでやりたい。目玉を抉り出してやりたい。腹を掻っ捌いてやりたい。首を切り落としてやりたい。体中全てへし折って、切り刻んでやりたい。

 凶器として利用可能なものなんて、準備などしなくともその辺りにいくらでも転がっているのだ。分かりやすい刃物だけではない。鈍器でもいいし、熱湯なんかもすぐ用意できる。女の力では素手では無理かもしれないが、いくらでもやりようはある。


 今だったら、首がガラ空きだ。心臓だって狙えるし、一撃で終わらせられないなら初撃はこめかみでもいい。まず眼を潰すのも有りだし、相手が男なら股間というのも的確な狙いどころだろう。

 今はそれについて考えていることが多いからか、次から次へと殺し方が思い浮かぶ。確実な方法から、たくさん苦しめられる方法まで。


 当然、マナには誰かを苦しめて高揚するサディスティックな性癖など無いので、主に得ている知識は短時間で済ませられるものだ。


 殺してやりたい。ぶっ殺してやりたい。この男を、二度と喋れないようにしてやりたい。


 ふつふつと怒りと共に殺意が込み上げ、ぴくりと腕が震えた。

 今まで考えてきた殺したいという衝動以上に、今は具体性を持った衝動が沸き起こっているのを感じる。


 殺したい、だけではなく、殺すことが出来る、という確信と自信を伴った殺意。手段が分かるからこそ、感情に質量が伴うかのようだ。

 高校の時、男子をゴミ箱で殴りつけた時のことを思い出す。あの時は怒りに任せて動いただけで、今とは怒りの質がまるで違う。もっと明確に、頭蓋を陥没させるビジョンを願くことが出来る。


 ――同時に、マナを止めてくれたユイの手の感触を思い出した。


 バーコードリーダーを取り落とし、自分で自分の腕を押さえつける。

 ユイが言っていた通り、ここでこの男を殺すリスクに釣り合う見返りはない。ここで殺してしまえば即座に罪に問われることは明白であり、逃れようもない。そうなればユイと一緒に過ごす時間を奪われてしまうのだから、それだけはどんな理由があろうと避けなければならない。


 今日だってまた、この後に来てくれるかもしれない。その時に血だらけで、ユイを汚してしまうのも好ましくない。

 ユイの笑顔を思い出して、どうにか少しだけ気持ちを落ち着ける。マナは冷たい視線を男から外すと、何も言わずレジを離れてもう一方のレジへ向かった。


「氷雨さん、レジ変わってください」


 さすがにいつもののん気さを消して困ったようにマナを見ていた氷雨だったが、これ以上マナが対応しても問題になるだけだろうと判断したのか、結局氷雨は男の方へと向かって行った。

 揉め事に極力関わりたくないのであろう客たちは、男を避けるようにマナのレジの方へと移動してきた。これはこれで、面倒くさい。


「おい、あいつケンカ売ってんのか!」

「いえいえ、そういうわけではないと思いますよ? 一応、お客さんに画面を押してもらう決まりにはなっているんです」

「じゃあ俺が悪いって言いたいのか!」

「いえいえ、そう言ってるわけじゃなくて、だけどそこだけは、協力していただけたら助かります」

「そんな面倒なこといちいち客にさせんな!」

「すいません、そればっかりは、私たちではどうしようもありませんから」

「もう何でもいいからとりあえず責任者呼んで来い!」

「ええっと‥‥少々お待ち下さいね?」


 氷雨は仕方なくバックルームに戻って店長を呼びに行っていた。その間、マナは素知らぬ顔でレジを打ち続ける。実際、知ったことではなかったから。

 客の反応としては、関わりを持たないように無視しているのが大半。「くだらないクレームで流れ悪くしやがって」と苛立っているのが残りと、そして「俺たちの氷雨さんの笑顔を奪いやがって!」と露骨に男を睨んでいるのが数名。もちろん、マナはそんな客の反応など一切気に留めていない。


 やがて店長が店頭に出てきて、とりあえず男に対して謝罪をしていた。男はナメやがってだのとっとと辞めさせろだの自分勝手な文句を言っていたが、やがて店長から詫びの粗品を受けとって、怒りは納まらずともようやく引き下がったようだった。


 帰り際、再びマナのことを睨みつけていたが、マナは見事に無視してのけた。

 そうして並んでいた客がいなくなると、店長に呼ばれてマナはバックルームに引く。氷雨は状況を見ていた客と「大変ですねえ」「まあ、たまにあることですから」と、早くもいつもの朗らかな様子を取り戻して談笑していた。



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