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クルイアイ  作者: くらうでぃーれん
2・無関心と殺意
19/37

4-1


 時間を確認すると、そろそろマナがバイト終わりの時間だった。ちょうど用も済んだことだし、歩いていた道をとって返し、マナを迎えに行くことにする。

 街灯もない闇に沈んだ道を1人静かに歩きながら、ユイは過去の記憶に思考を沈めた。


 バイトを始める際は、正直苦労させられたものだ。

 当然のように同じ場所で働くと言うマナに対し、色々な理由をつけて説得しようと試みたがなかなか上手くいかなかった。上手くいかなかったというか、聞き入れてもらえなかった。


 そもそも「ずっとユイくんと一緒にいたいもん。ユイくんだって同じでしょ?」が何にも勝る正当な理由だと思っているマナに、少々の理屈など通用するはずがなかったのだ。

 色々と理由はあれど、どう考えても同じバイト先に勤めていたのでは仕事になどなるはずがない。と、ユイは思っていたのだが、それもマナには通じるはずもなく。


 結局は最終手段として「俺のお願い聞いてくれないの?」を使用し、マナに拒否の余地を与えなくすることで押し通すことになってしまった。


 とはいえユイとて、決してマナと同じ場所で働きたくなかったかと言えばあながちそういうわけでもないのだが、まあ、色々考えた結果、そうした方がユイとしては都合がいいだろうという結論に至った。

 そして現在マナのいる店へと向かいながら、無理を言って別のバイト先にしてみたのは間違ってはいなかったみたいだと、ユイは改めて考えていた。


 ――特に今は、別だからこそ出来ることもあるから。


 店の前までやって来ると、ガラス越しにどこか不機嫌さが窺える微笑を張りつかせているマナを見つけ、苦笑を禁じ得なかった。

 他人に剣呑になりすぎるなというユイの言葉を律儀に守ってくれているのだろうが、表情はまだしもここからでも分かるほど厚く張られた拒絶の壁は、本当に守れているといっていいのかどうか。


 しかし、マナは元々極端な子だ。そこまでしなくていいよなんて言おうものなら、次の瞬間には全ての客を遠慮なく睨み始めることだろう。場合によってはやはり遠慮なく、手が出るかもしれない。

 素直なのはいいことだが、あまりにも後のことを考えないきらいがあるので、そのあたりはユイが上手く誘導してあげなくてはと思っている。仕事も、それ以外のことも。


 マナの為にも、ユイ自身の為にも、上手くやってくれればいいのだけれど。


 ユイが自動ドアをくぐると「いらっしゃいませ~」と、ひどく楽しそうな女性店員の声が響き、マナは無言のまま正面を向いて口を開こうともしない。


 しかしユイが視界の端に入ったのだろうその瞬間、マナは不機嫌な笑顔からうってかわって100点満点の笑顔をぱあっと咲かせて、ちょうどレジに並ぼうとしていた客を見事に無視してユイのもとへと駆け寄った。

 マナの代わりに仕方なく(という割にはやけに楽しげに)髪の長い女性店員が対応し、失礼な扱いを受けたはずの客はしかし、その店員を見ると少し嬉しそうにしていた。


「ユイくん! 迎えに来てくれたの?」

「うん、近くまで来たから」


 言って、ユイは手にしていた買い物袋を掲げる。


「もう、買い物なら私も一緒に行きたかったのに」

「店、閉まっちゃうじゃん」


 その言葉にマナは時計を見て、首を傾げる。

 買い物袋を見て気づいたのだろう、ユイの立ち寄った店は1時間より前に閉店しているはずだった。

 言葉を交わすまでもなく、その動きだけでマナの言いたいことは伝わった。


「ちょっと散歩してたんだよ。ついでにね」


 そう言った途端、マナは眉尻を下げてぎゅっとユイの服の裾を掴んだ。


「‥‥私は、ついでなの?」


 嘆息して、拗ねた表情を浮かべるマナの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「何言ってんの。マナに会うついでに、散歩してたんだよ」


 言って手を離すと、マナの表情はあっという間に満面の笑みに彩られていた。


「もうちょっと、もう少しで終わるから、もうちょっと待っててね。あ、もしすぐ帰るなら私も帰るから」

「ダメだってば。待つから、コーヒー1杯ちょうだい」


 平然と無茶を言うマナに呆れたため息を漏らしつつレジに立つ。一番小さいサイズを注文したはずなのだが、出てきたカップにはコーヒーがなみなみと注がれていた。明らかにサイズ以上の量が入っている。2,3度瞬きをしてマナを見ると、嬉しそうに笑って唇の前に人さし指を立てていた。


 お金を用意している間に、マナはそのカップを持ってどこかへ消えたかと思うと、さらに際どく量を増したカップを持って戻ってきた。どうやらコーヒーフレッシュではなく、カフェラテ用の牛乳を入れてきてくれたらしい。しかしそのせいで、マイルドな茶色い液体は今にも溢れだしそうなほど量を増している。


 呆れながら会計を済ませると、マナは丁寧にそのカップを店内隅にある休憩コーナーに運んでくれた。当然、ユイの後ろに並んでいる客は完全に無視している。恐らく、そもそも視界に入っていないのだろう。

 ユイはありがとう、と言ってマナの頬をくすぐった。マナは幸せそうな笑顔を浮かべ、振り返った瞬間にその笑顔を消して、ものすごく嫌そうな顔でレジへと戻っていった。


 小さな椅子に腰掛けると、席は窓に面しているため正面に映るのは通行人と、忙しなく左右に行き交う車のみ。とりあえず、カップを机に置いたままズズ、と行儀悪くコーヒーをすすって水位を下方修正させる。目一杯注いだだけかと思いきや、ユイ好みの味に調整されていて少し驚く。


 もう一度そのまますすってさらに水位を押し込むと、退屈な風景から目を逸らしてマナに視線を向けた。

 マナは淡々とした態度で仕事をこなしている。必要以上に待たされて若干不機嫌になっている客に対してさえ、一切態度を変えることなく、安定した不機嫌でレジを打っていた。


 見ている限り、態度はともかく仕事自体はわりと上手くこなしているように見えた。無感情な声でてきぱきと手を動かしている。丁寧、とは言い難いけれど。


 ユイがわざわざ店を訪ねた理由は、マナに会いに来たというのには間違いないのだが、そうすることによってマナの中で大きくなるであろう考えを、助長というべきか抑制というべきかは迷いどころだが、少し誘導させる目的もあった。


 何度も言うようにマナは極端な子だ。目を離し過ぎると、マナの中の思考を暴走させて思いもよらない方向へ駆け出してしまう危険性を孕んでいる。

 そして駆けだした道の途中に誰かがいれば、容赦なく薙ぎ払ってしまうだろう。しかしマナには、どうでもいい目の前の人間にそんなことをしてもらうわけにはいかないのだ。


 だからユイはこうして、監視というほど堅苦しいことをするつもりはないが、様子を見に来たほうがいいだろうと考えていた。マナが自分の激情を優先する可能性を、少しでも抑えるために。いや、ユイとの約束がありそのユイがこの場にいる限り、それは完全なる抑止。鎮圧と言ってすら過言ではない。


 マナは不機嫌なまま手早く並んでいた客全ての会計を済ませると、最後の客が立ち去るよりも早くくるりと振り返って幸せそうな笑顔を浮かべ、いそいそとユイの下へやってきた。仕事中であることは意識の外にあるようだ。


「コーヒー美味しい?」

「うん。牛乳の量カンペキ」

「当たり前だよ。ユイくんのことなら私、何でも出来ちゃうんだから。それに美味しいのは、私の愛情が入ってるからだよ?」

「え、いつの間に入れてたの?」


 少しおどけた口調で尋ねると、マナはちゃぷ、とコーヒーの中に小指を浸し、茶色く濡れた指をユイの眼前に差し出した。期待に応えるべくその指をかぷ、と咥えると、マナは嬉しそうににっこりとほほ笑んだ。


「今」

「あ、急に美味しくなった気がする」

「でしょー」


 そう言ったところで、「マナちゃーん、レジおねがーい」という気の抜けた声がこちらに投げられた。マナは舌打ちとともにぎろりと後方を睨みつけ、すぐに柔らかな笑顔をユイに向けた。


「すぐに戻ってくるね」


 ちゅぱ、と嬉しそうに自らの小指を咥えてから、マナは渋々と音を立てながら重い足取りで戻って行った。



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