3
堂々たる告白と常軌を逸した返答のせいで、2人の関係はかなり有名になっていたらしかった。
人間関係が希薄だったはずの2人だが、それ以降声をかけられる機会が何度かあった。しかしマナはその全てに対して強い嫌悪を込めて拒絶を示した。
マナはただ一途に、素直に、ユイだけを愛した。可能な限りの全ての時間を共有し、身を触れ合わせ、望んだ通り自分に差し出せるものは全て差し出した。
そしてその反動のように、マナはユイ以外の人間を極端に嫌った。憎んでいるといってもいいほどに。今まで自分に対して向けられていた悪意をそっくりそのまま返すように、マナはユイ以外の全てを嫌悪するようになった。
ユイ以外の誰とも交流を持つつもりがないのなら、わずかな愛想すら見せてやる必要はない。それならば、限界まで突き放してやるのが一番だ。だから近づきたくもないというのに向こうから近づかれるのは、不愉快以外のなにものでもなかった。
人付き合いが苦手だったのは、何を話せばいいか分からず、他人との距離を測りかねていたから。だけどユイを愛するようになってからは、ユイ以外とは何を話す必要もないことが分かり、距離感なんて突き離せる限り突き放してやればいいと分かったから、苦手意識は完全になくなっていた。
付き合い始めてから、ユイは以前よりもマナを見てくれるようになった。
以前より、声をかけてくれるようになった。
手を握り返してくれるようになった。
誘ってくれるようになった。
触れてくれるようになった。
身を寄せてくれるようになった。
抱き締めてくれるようになった。
唇を求めてくれるようになった。
笑顔を見せてくれるようになった。
マナの体を求めてくれるようになった。
マナの、全てを求めてくれるようになった。
ユイの変化の1つ1つがマナにとってはこれ以上ない幸せで、ユイはマナの全てだった。
ユイと愛し合うようになって、マナは綺麗になったと言われるようになった。髪型を変えて、前を向き、表情が豊かになった所為だろう。だけどユイ以外の言葉など、マナにはどうでもよかった。
そして今まで蔑んでいたくせに、今になって声をかけてくる男もいた。マナがユイと付き合っていることを知っているくせに、今になって言いよって来る男もいた。
もちろんマナはそんな男は全力で拒絶した。――物理的に。
良く知らない生徒に声をかけられ、詰め寄られた時点で鳥肌が立った。そして軽薄に肩に触れられた瞬間、マナはキレた。
近くにあったゴミ箱を掴むと、全力でその男子の頭に振り下ろした。スチールのゴミ箱は見事に凹み、痛みに悶えるソレに向けてさらにゴミ箱を叩きつけてやった。
教室内が騒然となり誰もが遠巻きに眺めている中、騒ぎを聞きつけて、ではなくちょうどマナに会いに来てくれたらしいユイは、まだ暴れようとするマナの手を引いてその場から連れ出してくれた。
その一連の行動の間、ユイは一切表情を動かすことなく、そして倒れる生徒に一瞥もくれることはなかった。
マナを適当な空き教室に連れ込んだユイに、とりあえず呆れたため息をつかれた。拗ねた顔で抱きつくマナを、ユイは静かに諭してくれたのだった。
「あんまり目立つことはやめろって」
「だって、触られたんだもん。死んじゃえばいいんだよ、あんなの」
「やりすぎると、面倒事が増えるから。下らないことにはあんまり関わるべきじゃない。適当に流しなよ。今は、俺にもとばっちりが来るから面倒なんだよ」
その男子の行為は許しがたいことだったけれど、ユイがそう言うのならそうしようと思った。
そしてそのことは当然問題になったけど、それが一番面倒が少ないからとユイに言われたので、マナはユイに従ってその生徒に頭を下げた。
当然悪いなんて思っていないし、許してもいないけれど、ユイがそうした方がいいと言ったから、そうした方がいいのだと思った。その問題は割とあっさり解決となった。
ユイが言うには、女子に為す術もなくボコボコにされたことなど、できる限り問題にしたくないからだろうということだった。その男子の気持ちなどよく分からないが、ユイはそれも分かったうえでマナに謝っておけと言ったのだろうから、やっぱりユイはカッコイイと思った。
その後にも一度、男子に下衆な質問をされてそいつを思い切り蹴りつけたこともあった。言葉の内容より何より、声をかけてきたことそのものが気に入らなかった。その時もユイが事をそれ以上荒立てないよう庇ってくれたけれど、ユイにはやはり呆れた顔を向けられた。
その頃、マナは毎日のようにユイの家に通うようになっていた。だからユイの両親もマナのことは知っていたけれど、特に関わってこようとはしていなかった。
それが誰であろうとユイでない以上、マナはユイの両親ですら嫌っていたのでそれはありがたいことだった。
そしてその日もマナはユイの家に行き、ユイの腕の中でその日の出来事を諫められていた。
「マナ、いちいち手を上げて面倒事を増やすのは止めろってば」
「だって、向こうから近付いてくるんだもん。全部あいつらが悪いんだよ」
「だからって今日みたいなことしてたら、もっと面倒なことになるから。あんなの無視しとけばいいんだって」
「だって、話しかけてきたんだよ? 信じられない」
マナは当然の理由を述べたが、ユイにはやはり呆れた息を漏らされた。
「マナ、今後すぐに他人手は出さないって約束して」
「いやー」
マナは駄々をこねながらユイに抱きついた。ユイは受け止めてくれたけど、聞き流してはくれなかった。
「ずっと言ってるけど、マナが変なことに巻き込まれたら、俺まで巻き込まれるかもしれないだろ。だから大人しくしてくれ」
「大丈夫。ユイくんは巻き込まないように頑張るから」
「俺がマナを放っとかないから、無理」
その言葉にマナはあっさり陥落されて、ユイと約束を交わすことになった。その約束はマナの中で生き続け、これがなければマナは後のバイト先の客を、数人と言わず殴りつけていたことだろう。
そんな話もありつつ、マナはひたすらユイに寄り添い続けた。
高校を卒業する頃には、マナはユイの傍にいるのは当たり前だと思うようになっていた。マナはユイを溺愛していたし、心酔して陶酔して、渇望していたから、ユイがいないと生きていけないと思っていたから、マナはユイの傍に居続けた。
大学進学に迷いがあるはずもなく、何もかもをユイと同じにした。2人で合格した。話し合うまでもなく、2人で暮らすことに決めた。両親と大喧嘩をした。最後まで認めなかった親を無視して、家を出た。携帯を変えて住所も教えず、連絡手段を途絶えさせた。ユイと2人だけの同棲生活が始まった。
身の回りで様々な変化があったけれど、マナにとってはその全ては些事でしかなかった。ユイが傍に居てくれる、ユイが笑いかけてくれる、それだけがマナの全てだから。
マナはユイを愛していて、ユイもマナを愛してくれているから、マナがユイを求めるのは当然だった。ユイがマナを求めるのは当然だった。
ユイが居る。それがマナにとっての幸福の全て。人生の全て。
そして、世界の全て。
××× ×××




