異形の髑髏
修正はこまめにします
四方を囲む壁の一面が鏡に置き換えられた部屋
そこで僕は鏡とにらめっこをしていた
決して時間を持て余している訳ではない、ここが一体何処なのか探るよりも優先される行動をしているだけだ
目の前の鏡に映る僕の姿は以前の面影など欠片も残っていない
漆黒に染まり人間離れしている程に引き締まった筋骨隆々の身体
頭部は子供が見たら間違いなく泣き叫ぶであろう、悍ましい歪な髑髏
ホラー映画に出てくる怪物たちが霞んでしまう恐怖がそこに佇んでいた
何度も、何度も鏡を見返しても変わらない現実
思考が停止し、受け止めきれない事実に、ただただ呆然と立ち尽くすしかできない
どれだけの時間こうして立っていたか記憶にないが、駆動を鳴らしながらゆっくりと開く扉の音で意識が戻った
鏡越しに映る姿は記憶に新しい見知った顔
そいつはこんな姿の僕に、前と変わらない挨拶を投げ掛けた
「おはようございます。
ご気分はいかがですか」
すぐに理解した、お前がやったんだな “師堂誠一”
突然現れた師堂を前に状況を説明して欲しい欲求はあったが、それよりも先に一発ぶん殴ってやらないと気がすまなかった
考えるより先に体が動く、挨拶の返事代わりにと拳を握り締めて師堂へと詰め寄る
慌てた様子で弁明の言葉を投げかけてくるが、残念な事に耳に入ってはこない
「納得のいく説明しますので落ち着いてください」
「喋らなくていい」
こっちは一発殴ってから話を聞くつもりだ
力を入れた右拳を掲げると引きつった顔の師堂院長が誰かと入れ替わるように下がってしまった
邪魔をするな、苛立ちを募らせた僕は入れ替わった人物の顔を見た瞬間、動きが止まる
目の前に現れた人物は今の僕と同じ“異形”だった
ワインレッドの高級なスーツに身を包み、靴から手袋、ベストにネクタイ、インナーにいたるまで手入れが行き届いた質の良い物に身に着けている
服装だけを見るのであれば、大手企業の社長と言われても納得できる鮮麗された服装
しかし、その全てをかき消すほどのインパクトが頭部にそびえ立っていた
頭があるべき部分にあったものは、火の点いていない漆黒に染まった三灯蜀台
貴族の食卓に飾られているような豪華絢爛なものではなく、シンプルな形状で中央の蝋燭部分が少し飛び出て左右の蝋燭部が少し低い、どこかで目にしたことがありそうな形だ
三灯蜀台と身体の継ぎ目は服に隠れて見えないが、三頭蜀台の先端まで黒く染まっている事を考えると三灯蜀台部分も身体の一部なのだろう
瞳の無い視線で観察していると、どこから声が聞こえてきた
「師堂の言葉を真似たくはないがあえて言おう、一度落ち着くべきだ」
薄い壁越しに話しているようなくぐもった声はどうやら目の前の三灯蜀台から聞こえるようだ
あの頭で喋れるのか
そんなふとした疑問が一瞬頭をよぎるがすぐに別の疑問に掻き消される
三灯蜀台頭も僕と同じ人間だったとしたらどうして邪魔をするのか
目が覚めてから現実離れの出来事ばかり、これは夢の中なのではないかと本気で考えてしまう
ここまで錯綜した思考で判断するのは愚かだろう
掲げていた右拳を下ろすと三灯蜀台頭へなげやりに告げた
「どこかに消えてくれ」
師堂の言葉に反応する訳ではないが、この身体はどうにも調子が悪い
声も低くなっているし、前はこれほど短気な性格ではなかったと思う
苛立ちが溜まっていく一方な僕の心情も知らず、三灯蜀台の後ろに隠れていた師堂は恐る恐る顔を覗かせると一言放った
「そう怒らずにお話しましょうよ、ね!」
ブチッと頭の中で何かが切れる感覚
次の瞬間には右腕を大きく振りかぶって、先ほど下ろした拳をもう一度突き出していた
振りかぶってから突き抜くまでに一秒も掛からない、不意をついた格闘家顔負けの一撃は師堂の顔面を的確に捉えた、はずだった
命中することはなく空を切った一撃、原因は漫画で見た様な華麗な受け流しを決められたからだ
三灯蜀台頭はその場から動くことなく最小限の動きで師堂を安置に追いやると、突き出された拳の手首を掴んで後方へ引く
全力で放った一撃が空を切った上に受け流されせいで体制を大きく崩し、勢い余って廊下に飛び出した
それでも止まらない勢いはでんぐり返しの下手な子供のように僕を床に転がす
逆さまの状態で足を大きく広げて背中を壁に打ち付けた姿は滑稽の文字が良く似合っていた
「すまない、咄嗟の判断でこうする他なかった。
それに先に手を出したのは君、自業自得だと思って欲しい」
身体を襲った衝撃で冷静になれた僕の頭に三灯蜀台頭の言葉がスッと入ってくる
そして自分の行動が以下に愚かであったか気づいた
現状、思考や心は変わっていないが身体の構造は人間とは大きくかけ離れている
全身は柔軟な金属のように硬く、壁や天井を縦横無尽に走り回れそうと感じる程に身体が軽い
今の一撃だってそうだ、前の僕だったら見てから避けた上にカウンターを入れられるくらい下手っぴだったに違いない
それが空気を切り裂くような速さと力で精確に顔面を打ち抜こうとしていた
もし、三灯蜀台頭が動かずに怒りに身を任せた拳が師堂の顔面を捉えていたらどうなっていたか、考えるだけで恐ろしい
結果的に無様な格好にさせられてしまったが、ここは僕が間違えたのだと自分に言い聞かせて師堂にぶつけたい感情を一度静める
「……話は聞く、その後どうするか決めさせて貰う」
「もちろん!それはベストな回答だ」
僕が警戒を緩めたのが分かったのか、三灯蜀台頭が手を差し伸べてきた
嫌な気分にはならないが見た目があれなのでちょっとしたホラー感覚を味合わされた
結局、手を借りる事無く一人で起き上がって三灯蜀台頭に顔を向ける
下側に視線を逸らすと以前として手を差し伸べていた
今度は単純に握手という事なのだろう、大人の対応を取るとするなら応えるべきだが、時と場合によってはその限りではない
一切応じる事無くただ一言発した
「それじゃあ話し「――ビィー!ビィー!ビィー!ビィー!」」
会話を遮る様にけたたましい警報音が廊下中に鳴り響く
なにをやってもうまくいかない、空回りのしすぎで再び爆発しそうになるのを必死に押し殺し思考を巡らせる
―もう僕は僕で無くなってしまったみたいだ―楓になんて言おう―
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