第2話 1
この世界に神はいない。
それは誰が言ったかわからない。
しかし、それはある意味では真実であった。
荒れ果てた大地に闊歩する機械獣の群れ。
唯一人間が住める場所は城壁の中の小さな世界。
そこに全ての人間が押し込められ、外の世界を一度も見ることなく死んでいく者も多い。
今では城壁に囲まれた人類の楽園である防衛都市は首都オリンポスの周辺にある大小五つのみであり、これは事実上最後の砦といって差し支えないだろう。
かつては100を越える都市があったがそのほとんどが機械獣の侵略に屈し壊滅した。
いまは、機械獣の進行にギリギリのところで耐えており、実際は今回のような大進行が何度も起これば一瞬で潰されてもおかしくない。
しかし、人間もただ機械獣の進行を黙ってみていた訳ではない。
ある特定の条件を満たした者にだけ発現する《機力》と呼ばれる力を持って人類は抗い続けていた。
機力を扱い戦う者をかつて存在したと言われている市民を守る者、騎士になぞらえて機士と呼んだ。
機士のみが機械獣を討滅させることができ、世界を守る英雄となれるのだーーーーーーー
「んー…でもいくら機士っていってもふつーは、73体も一人でぇ倒せるもんじゃないの」
部屋にいるのは少女一人だけであり、その緑色の髪の少女はとても眠そうにあくびをしながらいった。
『……僕はそんなことよりも君のグータラさの方が問題だと思うよ…』
そこはひどく暗いワンルームだった。
唯一光っているのは3面のホログラムディスプレイとホログラムキーボードぐらいで後に明かりはない。
「……むぅー…ヘメちゃんの声が脳天に突き刺さるのぅー」
そういってディスプレイの前に寝転がる少女は、その幼い肢体を白色のワイシャツのみで包み、眠そうな瞳には少女に似合わない銀縁のメガネを着けていた。
『脳天に来てるのは僕の方だよ…』
呆れをたぶんに含んだ声が少女の脳内に直接響く。
それは声の正体が彼女にしか聞こえない機神の声に他ならない。
「これでもさー働いてるの」
『働いてる人間は寝ながら仕事しないでしょ』
「体勢は関係ないんじゃないかなぁーそれは人それぞれなのぉー」
少女はどこ吹く風というようにゴロゴロと転がりながら器用にマウスを操作し、さっきまで見ていた動画を再生する。
それは、都市内部に設置された防犯カメラの映像であり画面にはアイレインが映っていた。
「でもまぁさかアーちゃんが帰ってきたなんて驚きなの」
『はぁー…まぁそれについては同意するよ…』
もう疲れたとばかりにため息をつき、会話に応じる。
彼の神は、内心で「僕は本来働き者の神だったのになんで宿主は……」と嘆いていたが少女はわかっているのかわかっていないのかという顔であくびをしていた。
「ふぁーあ…でもそのおかげでなんとかこの世界も助かる可能性が出てきたてぇーことなのぉー」
『それはそうだろう。彼がいない間に多くの街が陥落している』
「なのぉー」
『………君がよく言ったね…』
「んー?なんかおかしかったの?」
『………おかしいもなにもないだろう!この都市には君を始めとして彼の元に集った者が4人もいたんだよ!?さっきの軍勢も全員が出てれば普通に勝てたよね!?』
「………えぇーめんどいのー」
今にも寝てしまいそうな彼女は画面を仰向けの姿勢のまま見るとまたマウスを器用に使って窓を都合5つ表示させる。
そこにはアイレインとバッカス、それとかつての仲間である2人の少女達……そして アリスが映し出されていた。
「それにネリーちゃんもランランも戦ってないのぉーじゃあ別にいいんじゃないかの?」
『そういう場合かい??』
「そーいう場合なの」
少女の返事に深いため息を吐き出すと神は口を開く。
『彼はこの後どう動くんだろうね…まだかつてと同じように姫を守ろうとするんだろうかな』
それに少女はすぐには答えず画面をジッと見つめる。
「……アーくんはたぶんまだ守りたいんだと思うの…でも姫ちゃんの方はどーかわからないの」
少女はそれだけ言うとゆっくりと目を閉じ眠りにつく。
怠惰の権化のような少女は自分の契約機神の言葉に耳を貸すことはない。
なぜなら自分が戦う理由は昔から変わらないのだから。
「さぁーてとー…アーくんはどう動くのかなぁー」
微睡みの中少女はそう呟くのだった。