第1話 6
アイレインの要求にバッカスは、戸惑いの色を強くする。
それは至極当然のことでアイレインは4年前に突然いなくなり、アイレイン本人は知らないだろうがこの世界では彼は、すでに死んだことになっているのだ。
『……本当にお前はアイレインなのか?本人だとすれば今までどこに行っていたんだ?』
「その話はあとだ。今の状況を早急に打開するにはこの手しかない」
『それは……どういうことだ!?』
「どういうもないだろう。今のままでは、この都市は落ちるぞ?」
『………落ちる…だと?』
「ああ。お前ならわかるだろう?」
『たしかに…そうだが……。しかしいきなりそんなことを』
「いいからすぐに撤退の指令をだしてくれ。1分後に現在この都市に進行している機械獣を全て殲滅する」
あくまでアイレインは冷静にいう。
強情に主張するアイレインにバッカスは数秒沈黙したあと、「わかった」と肯定の意を示すとこちらが耳を塞ぎたくなるほどの大号令を発する。
『全軍に告ぐ!直ちに機械獣との戦闘をやめ撤退せよ!』
その声は、戦闘領域に存在する全ての受信機から発信され響き渡る。
『へぇー。バッカスって言ったっけ?なかな割り切りが早いじゃないか』
「ああ。腹をくくったあいつの行動力は凄まじいよ」
アイレインはそういうと手に持っていた刀に機力を走らせ天を突くように振り上げる。
「こっちもやるぞ」
『それにしてもいいのかい?これを使うってことは主の機力はほとんど残らないんじゃないかい?』
「残していてもじきに消えてしまう機力だ。使ってしまっても問題はないだろう」
アイレインは、そういうと静かな声と裏腹に闘志を秘めた瞳で呟くと機力を隅々まで行き渡らせた刀が鮮やかな白銀に輝く。
「我が声に答え……集え百騎よ」
ーーーー機神解放《百騎招来》
アイレインの呟いた瞬間、刀が輝くと暗くなりかけた空を光が白銀に染め上げる。
光が引くのと同時にアイレインの背後には刀を包み込む光と同じ色の光の騎士が百騎、整然と隊列を組んで宙に浮いていた。
「行け」
アイレインが刀を振り下ろすと白銀の百騎は敵を求めて散り散りに飛び去った。
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撤退命令を出したあとバッカスは自身も全力で相対していた機械獣から距離を取っていた。
そして、十分に距離を取ったと思い振り返った時、閃光が駆け抜けた。
閃光と衝撃。
その後には、白銀に輝く騎士ともはや原型をとどめていない機械獣の姿があった。
「なっ何が起こったんだ!?」
「知るかよ!」
「あの光ってるのはなになの!?」
突然機械獣を消し去り、現れた光の騎士に隊員達は混乱と警戒の色を濃くする。
それはそうだろう。
バッカスもアイレインから直接効いていなければ、新手の機械獣か!?と警戒するところである。
(まったく………やってくれるな)
しかし、真実を知っているからこそバッカスは戦慄を覚えずにはいられなかった。
この技はアイレインの宿す軍神の神技の一つにしてランク5であるアイレインしか行使できない技ある。
かつて一度だけ目にしたことがあるだけにその能力は知っている。
おそらく都市に攻めてきている機械獣は全て破壊されていることだろう。
自分と隊員達が命を掛けてせめぎ合っていたのが嘘のようにあたりは静けさを帯び、その中で、不安を口にする者や、混乱し喚き散らしている者など様々だが全員が現状を飲み込めていないのは明白だった。
「なあ?さっきバッカスさんが撤退命令を出したよな?」
「え?じゃあこれはバッカスさんがやったの?」
バッカスが呆然と立ち尽くして、思考に沈んでいると、次第に現状を理解しようとする者が現れ、答えを待っているかのように視線がバッカスに注がれる。
それは、撤退命令を出した当人に注がれる当然の視線なのだがバッカスはどういったものかと悩む。
そうしているとまた、懐かしい声が頭に直接響く。
『バッカス。僕のことはまだ秘密にしてくれ』
それに対し、言葉を発することなく答える。
(ほぉ…なぜだ?)
『理由は後で話す』
そう短くいうと接続が切断されたのかブツッという音がなり、なにも聞こえなくなる。
(昔と変わらず勝手な奴だ)
しかし、今、隊員達に真実を伝えても信じることは難しいだろう。
ならば今はみんなを安心させてやることが一番だ。
「機械獣は全て殲滅した!至急各部隊は残敵と人員の確認を急げ!怪我人は急ぎ医療班で治療を受けろ!手の空いている者は俺について来い!市民の安否を確かめるぞ!!」
バッカスが矢継ぎ早に指示を出すとそれを合図にして周囲と受信機から大きな歓声が響き、お互いの無事を喜び合い抱き合う様子が広がっていく。
目の前の機械獣が光の騎士に破壊され、その騎士もどこかへと飛び去っている状況で彼らは、大きな不安と共にもしやという期待を持っていたのだろう。
その期待が現実のものになったことで彼らは、やっと抑圧から開放されたのだろう。
彼らの様子を目にしバッカスも小さく笑う。
そして、踵を返して市街地に向かうバッカスの耳にも、残敵無し、城壁の外に待機していた機械獣の群れも全て光の騎士達によって撃破されたとの知らせが届く。
『いやはや…やはりあの坊主はやりおるわい』
「ああ…あいつは昔からやるといったやる男だよ」
わかっていたことだが結果を聞けば末恐ろしいものだ。
しかし今、安堵の息を付けるのは彼の間違いなくおかげだ。
一日中、気を張っていたために少し疲れを滲ませながら、バッカスは、部下を引き連れて市街地へと向かうのであった。