第1話 4
「げっ迎撃しろ!」
上ずりながら発せられた命令に呆然とつったっていた隊員達は、その声で我に返る。
市街地に申し訳程度に配置された部隊が反応できた順番に機力の衝撃波を飛ばし、着弾した衝撃波によって大型の虎型機械獣は白煙に包まれる。
しかし、悲しいかな後方に配置されているこの部隊は、補給部隊としての任が与えられており、戦闘力からすれば前線で戦っていた者よりも数段劣る。また、機械獣と戦っとことのない低学年の者が大半を占めている。
さらに、極めつけは体長5メートルを超える大型機械獣の出現。普通の機械獣も映像や資料でしか見たことがない彼らにとっては恐怖以外の何者でもない。
つまりーーーー彼らの攻撃は、ティーガにはまるで効いてなかった。
ーーーーガオォォォォォ!!!!!!!
「たっ隊長っ!効いてませんっ!!」
「そっそぉんなこと見れば分かるわっーーーー!」
隊長がいろいろな意味で激昂した瞬間、民家を一撃で吹き飛ばした衝撃波が機械獣を取り囲む補給部隊を襲った。
自身の周囲に向けて発せられた衝撃波は、木の葉を巻き散らす嵐のように隊員を吹き飛ばし、それでも足りぬとばかりに市街地を暴風が吹き荒れる。
「だっだめだ……こんなのに勝てるはずわけねぇだろ」
たまらず、一人その防風を耐えしのいでいた隊長は呟いていた。
彼とてこれがはじめての戦闘ではない。何度も機械獣との戦いを経験し、その経験をもって、出てくる言葉はこれしかなかったのだ。
隊長がそう感じているのだから吹き飛ばされ、地面に投げ出された隊員達は、その比ではない。なんとか痛む体を支え、顔だけを迫る脅威に向けていたがその表情は恐怖に歪んでいた。
一般人とは違う脅威に立ち向かうために神に与えられた力。それが機力と呼ばれるナノマシンが生み出すエネルギー。
しかし、その力をもってしてもどうしようもない歴然とした力の差を感じ取り、彼らは、恐怖に震えていた。
今まで彼は、一般人とは違う強い力を持っているという傲慢なプライドをもって生きてきたが、そういったプライドは一度折れてしまえば簡単に人の心を挫く。
支えを失い、折れてしまった心。そうなれば、彼らはもう力を持たない一般人と同じだ。
恐怖は伝播し、もう動けないと思っていた体が勝手に動き出す。
「にっにげろっ!!」
彼らは、敵に背を向け走り出していた。
「まて!逃げるんじゃない!」
その背に向けて隊長は、叫ぶ。彼らよりも多くの戦場を経験し、戦い抜いてきたプライドが隊長の足をその場に縛り付ける。
しかし、恐慌状態に陥った隊員達を彼に止める術はない。
散り散りに逃げていく隊員達を尻目に機械獣は動き出す。まるで初めからなにもなかったようにその巨大な体躯を一瞬落とし、力を貯めると一気に加速する。
「ウオオォォォ!!」
しかし、その進行方向に動きを止めるように一人の偉丈夫が立ちふさがる。
ーーーー機内外混合法《金剛鎧羅》
楯を手にしてそこにバッカスが立ちふさがっていた。
機力を体内に張り巡らし、体外には機力の鎧を纏う絶対の守護を約束する防御の術。
纏う機力が淡く発光し、体と楯を隙間なく覆い尽くす。それはさながら鎧を着込んだ重戦士のそれであった。
バッカスの咆哮と共に増大する機力を楯に集中させ、前につき出すと突進するティーガと衝突する。
『グガァァァァァ!!!!」
「ぐおぉぉっぉぉ!!!!」
一人と一体が激しく衝突する。
両方とも一歩も引かない衝突地点では、先程の咆哮がまるで手を抜いていたかのように比較にならない暴風が吹き荒れ、地面が同心円状にひび割れる。
「ここから先にはいかせん!!」
激しい衝突中、バッカスは裂帛の気合を込めて叫ぶとさらに機力を楯に集約し、楯を前方に押し込む。
「ヘファイストス!」
『全く神使いが荒いのう』
バッカスの咆哮に答え、ヘファイストスはその力を分け与える。
ーーーー機外法《錬成》
楯を片手持ちに持ち替えたバッカスは空いた右腕を後ろにそらせると紅蓮の機力がその腕を覆い隠し、次の瞬間には、鋼色のガントレットが顕現していた。
「沈めぇ!」
楯を左に振り、衝突の衝撃をずらし、その空いた隙間にガントレットを装着した右腕を潜り込ませると虎型の機械獣の鼻先を掴む。
急に衝突の方向をそらされ、上体を崩しため逃れられずに掴まれ引き倒される機械獣。
そして横向きに倒れた機械獣の頭部目掛けていつの間にか錬成を終えていた左手の大剣がとどめの一撃として振り下ろされる。
凄まじい衝撃と共に地面が陥没する。
土煙が舞い落ちたその先には倒れふし動きを止めた機械獣と振り下ろした体勢で動けないバッカスの姿があった。
「おっおおお!!」
その一部始終を見ていた補給部隊の隊長が感嘆の息をつく。
自分たちが束になってもかなわなかった敵をバッカスは一人で倒してしまったのだ。
「なんという強さだ…。あれが《守護者》《ガーディアン》バッカス。ランク3なのか」
強敵がバッカスの手によって倒され、安堵し、彼の強さに敬服する。
これがランク3の力なのかと。
この時、隊長だけでなく、バッカスも難敵を倒したことで一時気を抜いていた。
『さっ最終防衛ライン突破されました!数5、狼型が市街地に侵入していきます』
バッカスのいた最終防衛ラインは、彼の力によってギリギリの均衡を保っていたのだ。
つまり、彼が抜けた瞬間は、戦線は、瓦解していた。
ーーーードカッン!!!
三再び響き渡る爆音。
それは、市街地が襲撃された狼煙だった。
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アリスは必死に走っていた。
友人の手を引き、一刻も早くシェルターに到達しなければならないのだからなおさらだった。
エミールの指示通りに駆けるアリス。
しかし、何度か曲がりくねった道を行き、シェルターまでもう少しというところで十字路の反対側に一人の少女を発見する。
「うぇーん……ママぁー……どこぉー」
泣きじゃくる6歳くらいの少女。どうやらこの戦場と化した街で親と離れたらしく泣きじゃくってしゃがみこんでいた。
「…エミールちゃん。ここからは一人でいって」
「え?アリスちゃん?」
「私もあの子を連れてすぐに行くから」
アリスは走っていた足を止め、つないでいた手を離すと、エミールの返事も待たずに飛び出した。
「危ないよ!早くシェルターに避難しないと!」
「うんわかってる!だからエミールちゃんはいって!」
後ろからかけられる声に前を向きながら駆ける。
「どうしたの?ママとはぐれっちゃったの?」
すぐに到着し優しい声で話しかける。
「お姉ちゃんだれ?」
するとさっきまで泣いていた少女が顔を上げてアリスを見る。
その顔は涙に濡れ何度も擦ったのか真っ赤になっていた。
「私はアリス。あなたは?」
「んぅー、私はメイって言うの」
アリスが現れたことで少し安堵したのか少女は涙声で自分の名前を答える。
「そう。メイちゃんっていうの。お母さんとはぐれちゃったの?」
「うん…そうなの。しぇるたーにひなんしなきゃってママがいうからいっしょにはしってきたんだけど…ママがどっかにいちゃって……ぐすっ」
思い出したことでまた悲しくなったのか瞳に涙が貯まるメイを慰めるように膝を付き、頭を撫でる。
「そっか…でも大丈夫だよ。お姉ちゃんがシェルターまで連れて行ってあげる。お母さんもたぶんそこにいるよ」
「ほんと?」
「うん」
瞳に溜まっていた涙が引き、メイは恐る恐る尋ねるが、アリスは、すぐに肯定した。
「だから、一緒にいこ?」
「わかった!」
アリスが手を差し出すとメイは疑うことなくその手を掴む。
(早く避難しないと)
少女に聞こえないよう小声で呟き、シェルターに向けて走り出す。
とその時、大きな揺れがアリス達を襲った。
「きゃっ!」
その揺れにメイが驚き、転んでしまう。
「大丈夫?立てる?」
すぐさまアリスが助け起こそうとした時、背後から何かの影がアリス達を覆い隠す。
「おっお姉ちゃん!?うっうしろ!」
「え?」
メイが急に怯えた表情になり、後ろを指差すので、反射的に振り返るとそこには、大きな機械の獣がアリス達を見下ろすように立っていた。
「機械獣!?」
機械の獣は何か品定めをするかのようにアリスを見ており、すぐに飛びかかっては来なかった。
それをチャンスだとみたアリスは少女を立たせるとその背を力強く押し、自分は反対方向に走り出す。
(少しでもあの子から離れないと!)
「お姉ちゃんどこ行くの!?」
「メイちゃんはその道をまっすぐいって!私もすぐに追いつくから!」
それだけ言うと全力で走り出す。
そのアリスの背を追ってくる音が聞こえ、一際大きな大きな音がしたかと思うと、アリスの目の前にまるで空から降って来たかのように先程の機械獣が衝撃を響かせて着地した。
「きゃっ!」
回り道され、反転しようとした瞬間足が絡まって倒れる。
先程からずっと走っていたためアリスの足はすでに限界を超えていた。
(どうしよう…)
足は痙攣し、肩で息をしているアリスはもう一歩も動くことができない。
その時、機械獣を見上げ、上半身をかろうじて腕で支えているアリスの耳に何かの声が響いた。
『…やっと…見つけた…』
「え?」
アリスがその声に疑問の声を上げた瞬間、機械獣は、その禍々しい爪の生えた腕を持ち上げるとアリスに向けて振り下ろす。
ーーーー誰か…助けて!
アリスは己の死と直面し、声の出ない喉を無視して心で助けを求めた。
それが届かない声だと知りながら、瞼をきつく瞑り、必死に祈った。
そして、自分の体にはしるであろう衝撃と痛みに耐えるようにぐっと体を硬直させる。
だが、いつまでたってもその痛みはアリスを襲うことはなかった。
代わりに降ってきたのは、優しく、温かい言葉。
「ごめんアリス。遅くなったね…でももう大丈夫だから」
声に反応し、恐る恐る瞼を開けるとそこにはどこか見覚えのある少年が立っていた。
「あっあなた…だれ?」
「忘れちゃったのかい?僕は、アイレイン、アイレイン・A・ヴォルフレンだよ」
そこにはどこか少し恥ずかしそうに頬をかく、あどけなさを残す少年が少年に似つかわしくない禍々しい刀を持って立っていた。
「アイ……レイン……?」