第1話 2
手のひらサイズの小型デバイス【エイプリル】の画面をタッチし、起動すると一通のメールが受信されていた。送信元は、都市政府危機管理科。
そんなところからメールが来る覚えはないし、今ままでメールが来たこともない。
アリスは、怪訝に思いながらそのメールを開くとそこには、『緊急避難警報発令。市民の皆さんは、至急シェルターヘ避難してください』という赤い文字が踊っていた。
「え?…緊急避難警報?」
確かこのエイプリルを購入する時にそんな説明があった気がしたが、アリスはあまり覚えていなかった。
この都市に移住してきたもの最近だし、小型デバイス【エイプリル】を購入したもの最近である。前に使っていた機種は古く、こんな機能はついていなかった。
(確か、都市政府危機管理科からのメールは有事の際に都市政府から発令される災害警報だったはず)
うろ覚えの知識を発掘して、首をひねっていると真っ先に浮かぶものがあった。
「まさか機械獣がここまで?」
緊急避難警報の文字を見て、初めに浮かんだのは人間の宿敵、害獣とも呼べる存在である機械獣であった。
最近、機械獣活動が活発になり、いくつかの都市が壊滅に追いやられているというニュースは何度か目にしたことがあるがこの都市は、かなり王都に近く、ここまでに何個か大きな都市がある。
もしその全ての突破されていたなら今頃大騒ぎになっているはずだが、そんなニュースは見たことがない。
それに、昨日までの都市は平穏そのもの。王都に近く、機械獣の被害が少ないことでも知られており、だからこそ、ここには学園都市なるものがあるのだ。
(うーん……やっぱり地震とかかな?でも揺れた覚えはないから火事?爆発事故?)
次に浮かんだのは、地震や火事といったオーソドックスなもの。地震は記憶をなくしてからの3年間の記憶のでも何度もあったし、エターナルダイトの精製工場ではよく爆発事故があり、大規模な火災が発生している。
アリスの現在の宿であるアパートは、比較的外縁部に近く、工場や採掘施設から近い。いつも重機の音がしており、騒音以外のなにものでもないのだが、そのおかげでここの家賃は苦学生であるアリスでも払える範囲であった。
ーーーードォン!
アリスが首をひねっている間に大きな爆発音が響き、建物自体が大きく揺れる。
咄嗟に机の下に身を隠し、揺れが収まるのを待ってから、そろそろと這い出し、カーテンに仕切られた窓の方を向くと、カーテンは本来の色を忘れたかのように、オレンジ色に塗りつぶされていた。
「やっやっぱり爆発事故!?どっどうしよう!?シェルターってどこだっけ!?」
やはり、エターナルダイト工場の爆破事故で周りが火事になっているのだと咄嗟に考え、シェルターへの一時避難を考えた時、外が騒がしいことに気づいた。
爆発事故が起こっているのだから、住民が騒いでいるのか、それとも都市管理組織が消火にあたっているのかは分からないが、当然と言えば当然のことである。
事故が起きれば、この閉鎖された都市において逃げ場はシェルターしかなく、いつその事故の余波が自分に降ってくるかもわからない。
しかし、早く避難しなければという考えとは裏腹に今、外に出てはいけないという漠然とした胸さわぎがしていた。
なにかがおかしい。
何がおかしいのか検討もつかない。
しかし、避難用のバックを掴んだまま動けないもの現状である。
(どうして?)
アリスが何か奇妙な感覚に混乱している時、自分の部屋のドアが勢いよく開いた。
「アリスちゃん!?早く逃げないと!」
ドアを乱暴に開けて入ってきたのは、同じ学園に通うクラスメイトのエミールだった。
いつもは二本の三つ編みにしている茶色い髪は結ばれておらず、服装はパジャマ姿。どうやらアリスと同じように寝起きのようだ。トレードマークの丸メガネのしたの大きな瞳は恐怖に揺れている。
エミールは、バックを取ろうとしている姿勢で固まっているアリスを見るとその手をとって引っ張る。いつもはおとなしく、読書が好きなエミールであるが、この時ばかりは血相を変えて、取り乱していた。
「エミールちゃん?どうしたの!?」
「どうしたじゃないよ!ここにいたら殺されちゃうんだよ!?」
「こっ殺されるってどうゆうこと?」
死んじゃう、というなら分かる。火災や爆発に巻き込まれでもしたら普通の人間であるアリス達にはどうすることもできない。
「どういうもなにも機械獣がすぐそこまで来てるのよ?」
「機械獣が!?工場の爆発事故じゃないの!?」
機械獣が都市内部まで入ってきていると聞かされて恐怖に凍りつくアリス。
さっきまで感じていた胸騒ぎはこれだったのかと戦慄する。
「工場爆発で緊急避難警報なんて出ないよ!」
「だって機械獣が接近しているなんてニュース一度も……」
「んーわかんないけどメールちゃんと見てないの?アカデメイアの北側の城壁を破って侵入したって書いてあったよ!?」
「北側ってことは工業地帯があるところだから……ここじゃない!」
「だから急いでるんでしょ!」
口論している暇も惜しいと混乱するアリスの手を引いて廊下に飛び出すエミール。
工場地帯と隣接するこの住宅施設は、北側の城壁とも近い。確かにここにいては危険である。
しかし、それでもアリスのここから出てはいけないという予感というか胸騒ぎというかよくわからないものは、消えてはくれない。
それでも手を引いて走るエミールは必死に走っており、すでに1階につながる階段に差し掛かっていた。
「だめ!今外に出たら危険なの!」
その足を止めるため、全力で手を引き返しながら叫ぶ。
やはり妙な胸さわぎを抑えきれないアリス。
「危険って……。アリスわかってるの?機械獣が来てるんだよ?ここにいても一瞬でぺちゃんこにされちゃうんだよ!?」
なにをいっているのかわからないというエミールに手を引かれて階段を降りる。今度はアリスも立ち止まることなくついていく。
胸騒ぎはするが、エミールの正論に反論する理由をアリスは持っていなかった。
もうすぐ玄関扉を抜けて外に出る。
アリスはだんだんと強くなっていく胸騒ぎを押し殺し、エミールに連れられて外に出た。
「ひっ…………………!?」
そして、アリスより先に外の光景を目にしたエミールは小さく悲鳴をあげ、立ち止まる。
「…………………!?」
何があったのかと思い、アリスも外に目を向けて息を飲んだ。
そこには、まさしく戦場が広がっていた。