識別者
色なき世界。
そんなものがあるかと言えば、ないだろう。
色とは光だ。
光の反射によって色は私たちの目に入り認識される。
色がない世界とは光がないことになる。
それはつまり完全な闇であることを指す。
だが想像してみてほしいほしい。
色のない世界、と言われて最初に頭に浮かぶのはなにか。
多く人は白黒やグレーの世界を思い浮かべるのではないだろうか。
色のない世界とは暗闇のはずなのに、
人は白黒やらグレーやらの世界と考える。
つまり人が考える「色」のない世界の「色」とは
単純に物理学的な光という色のことではないのかもしれない。
では「色」とはなにか。
色のない世界とは存在するのか。
存在するならばどこにあるのか。
逆に色のある世界とはどこにあるのか。
ひたすら考える。
考えて考えて。
その繰り返し。
あなたの世界に色はありますか?
朝。目覚ましの音に起こされた少年は眠そうな顔をしながらもぞもぞと起き上がった。階段をふらふらとした足取りで下りる。リビングの机の上には目玉焼きとトースト、コーヒーが置かれていた。彼の家は母子家庭で、母親は朝早くから働きに出ている。
その母親は朝は忙しいにもかかわらず毎朝朝食を用意してくれる。ただ母子そろって食卓を囲むことはめったにない。仲が悪いというわけではなく、単に忙しくなかなか機会がないのだ。そんな多忙な母のことが彼は多少心配ではあるが、本人は全然大丈夫だと言うのであまり気にしてはいない。もともと母は身体が丈夫なほうで風邪も滅多にひかず。しっかり食事と睡眠さえとっておけばまず体調を崩すこともないという超がつくほどの健康体なのだ。
彼はまずコーヒーを一口飲んで、いまだに眠っている頭を起こしにかかった。次にイチゴジャムと書いてあるビンをとりジャムをパンに塗る。まだ完全に覚醒しているわけではないらしく、もそもそとパンを食べ進めていく。
食べているうちに目が覚めてきて、天気予報を見ることにした。テレビの画面の中でニュースキャスターがなにやら言っているが、興味がなさ過ぎる少年の見民には届かなかった。しばらく興味のないニュースが流れたあとお待ちかねの天気予報になった。今日の天気はどうやら快晴らしい。彼は正直なところ晴れの日はあまり好きではない。日光があまり好きではないのだ。
別に日焼けが嫌だというわけでもなく、肌が弱いからという理由でもなく、ただ好きではないのだ。
少年は朝食と食べ終わると洗面所にいき歯を磨き、身だしなみを整えた。彼は特別身なりを気にするほうではないが、最低限の身だしなみは整えようといつも心がけている。
寝癖をしっかりと直し自室戻って制服に着替えて家を出た。天気予報のとおり空を見ると見事なまでに雲ひとつない空が広がっていた。日光がまぶしい。彼は太陽の明るさを少し確認すると、一つため息をついて学校へと向かった。
彼の通学路は途中まで人通りは少ない。というよりもそういう道を選んで通学路にしているのだが。彼はあまり人に関わるのが好きではない。干渉もしない代わりに干渉もされたくないのだ。いきなり話しかけられるのも苦手なのでこういう人の少ない道を好んではのんびりと歩いていくのが彼の朝だ。とはいってもある程度歩いてしまえば人通りのある道に出てしまう。そこからは少しだけ速度を上げ誰かに声をかけられないように学校に行くのだった。
登校中はまったりと特になにか考えるわけでもなく音楽を聴くでもなくただ歩く。それが彼の理想だ。
だが人のいるところに出ればそうはいかない。人を見ると彼はいろいろなことを考える。正確には、その人たちの話している言葉を耳にしたときにもっとも思考が働い
ている。学校内や登校中などは嫌でもほかの生徒たちの会話が聞こえてくるため、彼の思考は働き続ける。だから人がいないところをとおりなるべくまったりと行くのだ。
それならば聞かなければいいじゃないかと思うかもしれないが、無意識のうちに聞いてしまうのだ。そして聞けば本人が考えようと思わなくても思考は勝手に動き出す。
どんどんと、次から次へと思考をめぐらせてしまう。
登校中の周りの他愛もない会話。誰が誰と付き合ったただとか、誰それがウザいだとか。彼にしてみれば正直下らない。わざわざ口にするほどのことでもないだろう、と思ってしまう。興味もわかないのだ。なのに思考は回る。周りの言葉から情報を得て、頭の中で考え一つの結論を導く。そしてさらになぜそういう結論に至ったのかと言うことについてさらに考えていく。その繰り返し。言ってしまえば意味など皆無の行動だ。だけどやめることも出来ない。決して生産的なことではないことを彼はわかっている。それでも情報の整理と自分なりの見解というものを出さずにはいられない。
人間は考える生き物だ。というのが彼の持論だ。ゆえに考えるのをやめてしまったらそれはもう人でないどころか生きている意味がないのではないかとすら思っている。
たまに漫画やアニメでは「考えるよりも感じろ」なんて台詞があるが、彼に言わせてみれば「感じるよりも前に考えろ」なのだ。いつくものパターンを想定しその中からもっとも確率の高い答えを導く。彼はずっとそうやって生きてきた。彼は昔から感受性というものが乏しいらしく、何かを読んだり見聞きして感動したとかそういうことが全くなかった。それどころか感情移入すらできない。
ただただ冷静に物事を見て考え結論をだそうとしてしまう。それが彼の癖であり生き方だ。
そもそも彼はあまり感情的になったことがない。感情に突き動かされることなくすべてを脳が処理しているからだ。考えたすえに、怒る価値すら感じえないのだ。無駄と思うことはしたくないというのが彼の主義でもある。だから感情的になることにも大した意味を感じず結局感情で行動することがあまりなくなった。
しかし決して何も感じないというわけでも何も思わないというわけでもない。ただほかの人よりも感じにくく、感情の起伏が少ないというだけなのだ。もちろん五感もしっかりと機能している。つまりは感情よりも理性やら思考やらが優先だというだけの少し変わった高校生だということだ。
A 彼のこの人格はずっと前から変わらない。いつからなのかすら彼自身覚えてはいない。いつだったか彼はなぜ自分はこのように考えるようになったのか考えた。しかし答えは出なかった。そのうち彼はこの問題を考える意味を感じなくなった。現状がこうであって、特別変えたいとおもっているわけでもないのだから、なぜかを気にしたって仕方ないじゃないか、と。
それでも、たまに少しだけ考えることがある。なぜ自分はこうなのか。自分とはどのような人間なのか。答えは今もでていない。答えがあるのかすらあやしい。だが彼は思考をとめはしない。彼にとって思考をとめることは許されないのだから。
そんな思考をとめられない彼は今日も結局いいろいろなことを考えながら学校に到着した。この日は登校中知り合いには誰にも会わず、声をかけられることもなく、彼にとってはいい日となった。
彼の通う高校は県立の高校で偏差値も中の中というごく平凡な学校だ。それゆえに
たまにではあるがバカが入学してくることもある。そういう輩はよく問題を起こすので彼としても厄介だ。べつに巻き込まれるわけでもないし、この人には絶対に迷惑をかけてほしくないと言うような人がいるわけでもない。単に問題が起こると学年集会やら全校集会やらが行われるため、それが面倒だと思っているだけなのだが。
幸いなことに彼のクラスにはそういった輩はいない。いたところで彼の場合関わりすらしないだろうが。
彼はもう二年になるが特定の仲のいい友達というものがクラス内にもクラス外にもいない。少なくとも彼はそう思っている。べつに友達がいないというわけではない。しかしクラスにいても彼に声をかける人は少ない。彼は自分から話しにいったりはしないため、周りもどう接したらいいのかわからないようなのだ。さすがに彼も話しかけられたら対応するので、たまに声をかけてくる者もいるが、会話が続くことはない。
べつに彼の対応が素っ気無いというわけではないが、彼の態度はお世辞にも愛想がいいとは言えない。自分からは関わらず、相手からきてもそれなりにしか応じないのでいまだにクラスメイトたちは彼の扱いと言うか接し方についてわからないでいた。
彼にしてみればわからないのなら関わってこなければいいじゃないかといったところだが、一般の人の感覚でいけば仲間はずれのような状態にするのは好ましくないのだ。まぁ彼にとってはそう思われるほうが面倒なのだが。
教室にほとんどのクラスメイトが集まってきたところで、始業の鐘がなり授業が始まった。
黒板の前で教師がなにやら説明している。だが彼は教師の話には耳をかたむけずずっと外の景色を見ていた。彼の席は窓側の一番後ろであまり目立たない席だ。だから授業をちゃんと受けていなくても、教師に何か言われることはほとんどない。彼の場合は席がそこだから授業を聞いていないわけではなくどこの席でも大してまともに授業など聞いていないのだけれども。
授業は特別難しいこともない。なのでテスト前に軽く教科書さえ読んでおけば赤点をとることもないのだ。なにより彼は教師の話を聞く意味を特に感じていないのだ。教科書どおりに進めていく授業、たいしたことは言わない教師、知りたいことが知れない授業、ひたすら覚えろのやりかた。そのすべてが煩わしく、気にくわず、聞くことが不毛にしか思えないのだ。
これまでもずっとそうだった。彼にとって授業とは微々たる意味すら感じ得ないものなのだ。
ゆえに彼は授業中は外の景色を眺めるか、寝ているかのどちらかで時間をつぶしている。学校に来ているのは出席日数確保のためだ。一応卒業はしたいらしい。それとも惰性で来ているのか。それは彼にもわからない。これも彼がずっと考えている問題だ。主に授業中に。
いつものように考え事などをしていたら授業が終わった。
トイレにでも行こうかと立ち上がると一人の男子生徒が声をかけてきた。そいつはクラスの中では珍しくよく彼に声をかけてくる生徒で、彼が適当にあしらおうと後日まためげずにやってくる少し変わった男子だ。
「なぁなぁ! 見てくれよ! 新しい色のボールペン買ったんだ!」
すばらしいほどにハイテンションで話しかけてきた彼は、どうやら新調したボールペンを見てほしいらしかった。
「いい色だろ?」
ものすごくにこにこしている。この生徒は思えば、機嫌がいいのかいつも笑っていた。彼にとってはハイテンションなのもそうだが、そこについて疑問を感じていた。
「あぁ、そうだな」
いつものように適当に返す彼。
「だろ! やっぱそう思うよな!」
そう言うと満足げな顔をしてほかの生徒にも報告をしに走っていった。
嵐が通り過ぎたみたいだなと彼は一人嘆息した。
いい色をしている、ということに対して彼は賛同したが、実際はたいして色など見ていない。いや見ていない、ではなくわからなかった。気付いたのは何年か前のことだが、どうやら人と話をしたりするときや、人がたくさんいるのを見ると視界から色が消え始め、最後には彼の視界は灰色の世界と化してしまうようなのだ。
しかしなぜそうなるのかはよくわからず、眼科に行っても問題はないと言われる。でも彼は見る世界は度々色が失せ灰色の世界になるのだ。
月日が経つごとにそれは激化していった。今では人がそこまでいないところでもたまに視界が灰色になる。物体の違いや有無は白と黒の明暗の違いでわかるのでいいのだが、色を見なければいけないさっきのような状況になるとさすがに困る。
そのため普通の人なら色で判断できるようなことでも彼の場合、状況を正確に判断し、説明書きなどを見て物事を判断しなければならないのだ。
不便ではあるが特別治したいと思ったこともない。視界が灰色のときでも、視力の悪い人が遠くのものを見るようによく目を凝らせばなんとか色が区別できることもわかっている。ただしこれはかなり疲れるのであまりしないことだが。
最初はこうなった理由も考えていたが、ある程度考えていくとだいたいの結論が出たのでそれ以降はあまり気にしていない。要は外界に対して興味がないからなのかもしれないということだ。しかし理由の予想がついたところで治すことは出来ない。なぜなら興味がないのは本当のことで、この先興味を持てる気もしないからである。
こうして彼は灰色の世界を生きてきた。
春になり花が咲き乱れて桜が満開になろうとも彼の目には灰色の無機質な花しかみえない。
夏が来て海に行こうと、祭りに行こうと、花火を見ようと、灰色で面白みのない光景が広がるだけだ。
秋になって紅葉のシーズンになろうとも赤などどこにも顔をださず、色はそっと身を潜め代わりに燃え尽きたかのような灰色が蔓延る。
冬になって雪が降ろうとも、まわりが白銀の世界が、やら一面の白が、やろと騒ごうとも、彼の目にはそれまでと同じ白と黒で構成されたモノクロの世界が一面に見るだけだ。
彼は考える人にはそれぞれ見えている世界があってそれは一人ずつ違う。さまざまな色や形、印象によって構成される世界だ。そして彼の世界は灰色だった、とただそれだけなのではないかと。ただただ物事に無関心に、無感動に生きてきた結果なのではないか、と。
彼は悩んだことがない。想うこともない。ただ彼は考えるだけなのだ。感じずに考える。そうしてきた彼には感覚的なものはほとんどなく、思考によって割り出された結論だけがそこにある。
このことを彼が誰かに話したことはいまだかつて一度もない。どうせ言ったところで意味などないからだ。誰かに伝えたところで変人扱いされるか、上っ面の、何も理解してない状態の同情やら心配を受けるだけだろうからだ。
ならば誰かに言うことはないだろうと、彼はそう思うのだ。なんの解決にならないどころか逆に悪化しそうだ。
彼はよく人を考える。おもしろく下らないそんな生き物を。もしかしたら彼はもっと人と関わるべきなのかもしれない。でもそんな気はさらさら起きないのだ。関わったところで人に対する辛辣な感想しかでてこないだろう。一応いまのところ社会生活において問題はないのでこのままでもいいだろうというのが結論だ。したくないことを無理にしたところで大した効果は望めないであろうから。
そうして人やらなにやらについてこの日も考えていると一日の授業が終わり下校時刻となった。結局あのあとは例の男子が話しかけてきた以外に誰も声をかけてはこなかった。正直疲れないですんだと思っている自分がいることを彼は認識した。
そんなことを考えながら彼は学校でた。
この日は下校中本が書いたくなったので本屋に立ち寄ろうと思い寄り道をすることにした。
本屋には近くの駅の駅ビルまで行かなければならない。駅となると誰かに会うかもしれないなと少しだけ憂鬱になった。まぁそのときはそのときかと歩いていると駅前の大きな通りにある交差点についた。信号は現在赤。時間帯のせいもあってか人は多い。もちろん彼の視界はすでに灰色だ特に人はかすれて見えるほどに。
なぜこんなに人が多いのだろうとため息をつきつつ、頭では何をバカなことを考えているのかと、答えをすでに出してその結論を提示してきていた。
ふと視線を上げると信号は赤から青に変わったようで人が一斉動き出した。彼も合わせて歩き出す。
その視線の先に奇妙なものを見つけた。彼の灰色の世界に一つだけ色のあるものが混じっていたのだ。
「それ」は何色とも形容しがたい奇妙な色をしていた。いや絶妙ともいえるかもしれない。
彼はなぜだか「それ」にひどく興味をもった。
気付くと彼は走り出していた。「それ」に向かって。
あれはなんなのだ、と。どうして色があるのだろう、と。疑問がわきでてくる。
彼は一直線に「それ」を目指した。
そして目でとらえた。
さらに向かう。
その色の先には。
そこにある「それ」は。
そこにいるその人は
お読みいただきありがとうございます。
数年前に書いたものです。
誤字脱字は大目に見てください。
よかったらこちらもあわせてどうぞ
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