9:その侍女、身代わりにつき
フィナ=グレイーーーーつい一か月前まで人生の勝ち組であった少女は今、十八年というその短い生涯を終えようとしていた。
とある貴族の長女として生まれたフィナは、同じ年に生まれたアリス王女の侍女として、王宮で仕えることとなった。
当然、それは当家始まって以来の快挙であり、家族や親戚から何度も感謝された。
ーーー常にアリスの側に仕え、アリスにすべてをささげ、アリスと共に成長する。フィナ自身は幼さゆえに、そのすごさがわかっていなかったが、それは国中の貴族の娘のうちたった一人しか座れない席であった。
初めてアリスと会った時の感動は今でも忘れられない。
ーーーー自分と同い年のはずのその少女は、この世のものとは思えないほど美しく、可憐であった。
そして、フィナに気が付くと、にっこりと微笑み
「これからよろしくお願いしますね。---フィナ」
ただ一言、その言葉を聞いた時フィナは決めた。
この姫様は、何としても守り抜く。----たとえ、命に代えてでも。
まだこの世界の厳しさも、過酷さも、何一つ知らない少女の覚悟はーーー
ーーーーつい三日前にその強さを問われることとなった。
アリスにあらぬ疑いがかけられたとき、フィナは何とかしてアリスに生き延びてもらおうと考えた。この国、いや、この世界にはアリスが必要だと、見えない何かに突き動かされるように、フィナはアリス専属の騎士ユリウスと一つの作戦を立てる。
『姫様、お許しくださいーーーー』
『フィナ!?あなた何をーーーー!?』
アリスの従者やユリウスも連れて自身が『王女アリス』として王宮を脱出する。
そして、追手をこちらに引き付けているうちに、アリスには騎士を一人つけて、王宮の裏から脱出してもらう。
ーーーーーー危険で、賭けの要素が多いが、少なくとも馬鹿正直にまとまって逃げるよりはマシなように思えた。
そして、実際フィナやユリウスを追ってかなり多くの兵士が現れた。
ユリウスは精鋭騎士団の団長とも戦えるほどの実力者だ、だが、悲しいかな多勢に無勢。あっけなくその命を落とした。
だが、そこで立ち止まってはいけない。
ーーーーもとより、この作戦は捨て身で行う時間稼ぎなのだ。
だから、フィナは走った。
ドレスがうっとおしい、そして
「----アリスーー様、もーーードレスをーー」
目の前のことに意識がいくあまり失念していた。
アリスはドレスや寝具以外の服を着たことがない。当然、持ってなどいない。
ーーー脱出の際に一般市民の衣装を着せるべきだった。
誰もそのことに思い至らなかったのだから笑える。
これでアリス王女が殺されたとあればーーーーーもう、どうしようもない。
だが、フィナにとって今一番大切なことは追手を引きつけつつ、可能な限り遠くまで逃げるーーーーアリスが予定通り王都の北側にある村に逃げ込める時間を、稼ぐこと。
村には、アリス側の住民が多くいる。---聖女を助けるためとあれば、助力は惜しまないだろう。
あとはーーー
「----きゃっ!」
ドレスを着ての鬼ごっこなど、負け戦もいいところだ。
当然のように、フィナは転び、兵士たちに囲まれるーーーーその数六人。
だが、後方からまだまだやってきているようだ。
時間稼ぎもここまでーーーーだが、まだ、できることはある。
深くかぶっていたフードを取り払い、思いっきり顔を見せつけてやる。
「--------っ!!お前!!姫はどこへやった!?」
「------ふっ」
ここまでは予定通りだ。
兵士は慌てる、間違いなく、姫の居場所を聞き出すか、逃亡先を聞き出しに来るはずだ。
これであとほんの少しだけ時間を稼げーーーー
ーーーーーーグサッ
「---------------え?」
ドンと胸を小突かれたかのような衝撃。
ーー見ると、自分の胸元から剣が生えていた。
「はっ、まさかお前たちの作戦、ばれてないとでも思っていたか?」
「-----ぇーーーぁ」
「お前たちが囮だってことは最初から知っていたんだぜ?ーーーだから、こっちに割かれた人員はあっちの三分の一にも満たないんだよ」
「-----ぇ」
「残念だったな」
その騎士は、つい先日まで自分たちの味方だったとは思いたくないほど歪んだ笑顔でフィナを見下ろしていた。
「---だが---、---ぜ--ねよ-ー」
もう、何を言っているのかわからないーーー
体に力が入らない、瞼を開けているだけで精いっぱい。
だが、その瞳にはもはや何も映らないーーーー否、フィナには確かにアリスが見えていた。
「----ぁーーーーま」
そして、視界が一瞬だけ真っ白に輝きーーーーーー
ーーーーーーー世界が暗転する。
フィナ=グレイ。彼女の心臓は確かに止まった。
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「-------て、-------きて!!」
こえがきこえる
「-----なさい!!-----ナ!!起きなさい!!」
声が、聞こえる。
「フィナ!!フィナ!!起きなさいーーー起きてよぉ!!」
いつかも聞いたーーーいつも聞いていたーーー今でも聞きたいーーー声が聞こえる。
だがそれは幻聴。聞こえるはずのない声。
であるならこれは
「----夢ーーですか」
「---っ!フィナ!!」
あぁ、アリス様。私はーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー私は?
自身の胸元に生えた剣。---あの映像が、あの記憶がよみがえる。
そうだ、私は死んだ。確かに死んだ。
それは間違いない。
だが、だとすればこれは何だ。
仰向けに横たわっている自分の顔に、雨漏りのようにぽたぽたと水滴が降ってくる。
死後の世界にも、『感覚』と言うものはあるのだろうか
わからない。---でも、悪い気はしない。
唯一、心残りがあるとすれば
「姫様ーーー私はーーー」
「-----いい加減っ!!起きなさい!!!!!!!」
「ひぃっ!?」
突如、ものすごい殺気がしてガバッと起き上がります。
すると、ぼんやりとしていた視界が一気にクリアになって、自分がどこにいるのかが分かってきました。
ーーーーー私は、どうやら民家の一室にいるようです。
そして、私の前には不思議な衣装の青年とーーーー
「ひっ、姫様!??」
ーーーーー姫様が、アリス王女様がいました。
「はぁーーーー、よかった。で、記憶とかは大丈夫なの?」
そう言って姫様は隣の青年に話しかけます。
「あぁ、大丈夫だ。----死ぬ直前の記憶もあるからあんまりありがたくはないが」
「ううん、十分よ。---死ぬ機会なんて本当は一生に一回だけなんだから」
ーーーー??
なんだか、無視してはいけない単語がちらほらと聞こえるのですが
「-----あの、姫様?」
「あぁ、ごめんね、フィナ。大丈夫だった?-----えぇっと、何から説明したらいいの?」
「ーーー俺に聞くなよ」
その青年の正体も気になるのですが、今はまず
「姫様、私ーーーー死んだはずじゃ?」
確かに死んだ記憶も感覚もあります。あれは、間違いなく『死』でした。
だから、この状況はつまりーーー?
すると、姫様はいたずらっ子のようにーーーーあぁ、初めて見る表情ですーーーー素敵な笑顔で
「うん、フィナは生き返ったの」
ーーーーーは???
だから言ったじゃないですか。
名前が付いてる人物はあんまり死なないって。
ーーーーーえ、ユリウス?誰ですか?




