7:その青年、神の力を持つ者につき
今回、ちょっとだけ量が多くなりました。
「----ところで、ずっと気になってたんですけど」
一誠に対して、気を許しているのか、上から目線な言葉遣いに移行しつつあるアリス。
互いの自己紹介も済み、今後の方針を決めるーーーーその前に一つ、アリスにはどうしても聞いておきたいことがあった。
目の前の人物ーーーラーズグリーズルと名乗るこの青年のもつ『力』について、だ。
先ほど彼は間違いなく『魔術』を使った。しかし、恐らく彼の主戦力は最初に見せたあの剣術だろう。だが、魔術は『剣術を極める傍らで』などと、そんな簡単に会得できるものではない。
この国の王宮魔導士ですら、何十年も努力と研究を重ね、火の玉をいくつか飛ばすので精いっぱいなのだ。
ーーーー決して、さっきの彼のように、ほいほい使えるほど『魔術』は簡単ではない。
だが、彼は自然にーーーあたかもあたりまえのように使っていたのだ。この国、いや、この世界の常識において、それはあり得ないことだった。
だから、アリスは思い切って聞いてみることにしたのだがーーー
「----あなた、魔術師なの?」
「え、違うぞ。俺はーーーー」
ーーーーこんな答えが返ってくるとは思わなかった。
それはつまり、専門職でない『魔術』を普通に使ってみせる。そんな『人ならざる』力をこの青年が持っているという事になるのではないか?
だが、そんなアリスに気づいていないのか、彼は続ける。
「----俺は、『神剣士』だ」
「-------。-------------。----なにそれ」
「-----」
「-----」
「ーーーえっと、神剣士って言うのはなーーーー」
神剣士、そんな存在は聞いた事がない。
ーーー自身が追われている身であることも忘れ、アリスは青年の説明に耳を傾けた。
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神剣士。それは、《ナイアー・ラ・オンライン》において、『すべての武器の熟練度をMAXまで上げた』究極の猛者(暇人)にのみ与えられる称号。そして、その称号の効果は『武器の入れ替え速度の向上』。
一般的なゲームなら、『やり込み要素』程度なのだが、このゲームにおいては違う。
それは、このゲームの『特異性』に起因しており、だからこそこの《ナイアー・ラ・オンライン》において、神剣士は文字通り『神』のような存在であり、カンストプレイヤーの最終目標の一つでもある。
ーーーでは、ここで《ナイアー・ラ・オンライン》の特異性について語っておこう。
通常のMMORPGにおける職業は『戦士・騎士・僧侶・魔導士・盗賊』などが基本である。
そしてそれらは、その世界の住人ーーいわゆるNPCにも当てはまる。
彼らもまた、プレイヤーと同じように職業を持ち、レベルがあり、その世界で生きている。
だが、この《ナイアー・ラ・オンライン》は違う。
この世界に飛び込むプレイヤーはみな『勇者』という職業を与えられる。
そして、勇者は基本的に『何でもできる』存在なのだが、最初の頃はただの『器用貧乏』でしかなく、一つ一つの攻撃力は格下のモンスターにも劣るほどなのだ。
ーーーーもっとも、十数レベル上がれば『化け物』じみた強さになるのだが。
だから、勇者は自身が極める武器を選択することによって『独自性』を手に入れる。
例えば、剣を極めれば『剣士』、杖を極めれば『魔術師』と言ったようにーーそれが、ほかのゲームにおける『職業』のような形になるのだ。
つまるところ、ナイラにおけるプレイヤーは常に職業変更ができる、もしくは職業の組み合わせによって、オリジナルの職業を扱うことができるのだ。
『ーーー組み合わせ自由な職業。君だけのオリジナルを見つけよう。』これが、ナイラが三年間もの間常に売り上げ一位を記録した理由なのだ。
ーーーーと、ここまで説明すれば、神剣士の異常さは理解できたと思う。
『全ての職業の全ての技を使うことができる。』-----そう言うことなのだ。
だから、全てのカンストプレイヤーはこの神剣士を目指す。
そして、この男、佐倉一誠は辿りついた。ただそれだけの話だ。
ちなみに、一誠が現役のころにこの『神の領域』に辿りついたのは、たった十数人。
そして、各々に『ヴァルキュイヤ』の異名が与えられるのであった。
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「・・・・・・・・・・・・」
アリスは、はじめ自分の耳を疑った。---目の前の青年は何と言った?
『俺は、全ての職業を完全にマスターしている』と言ったのだ。
ありえない・・・ありえないがーーーー
ーーーーー仮にそうだとすれば、彼の特異性が納得できてしまう。
当然のように魔術を使い、剣術でフィルツ王国の精鋭騎士を圧倒する。
そんなことができる職業は聞いた事がない。
それに、職業を完全習得するなど、何年かけてもできる事ではない。
だけど、神剣士と言う職業がーーーそんな『神』の力とも言えるそれをこの青年が持っているのであればーーー
ーーーーそうか。
アリスはハッとした。
この青年は、端から命を懸けて自分を守るつもりはなかったのだ。
いや、もちろん、必ず守ってくれるのだろう。先の眼差しはそれほど真剣だった。だが、命を懸けるほど危険な事だとは露程にも思っていないのだ。
軍を相手にしても勝てる。それだけの力を持っているからこそ、彼は『気が向いた』と言う一言で自分の運命を、死を迎える少女の運命をーーー変えてみるのも面白そうだと思ったのだ。
ーーー本当に、どこまでも単純な人だ。
人の命を何だと思っているのだ、とか、まるで悪魔だ、とか、本来ならそう言った感情が湧くものだが、このときアリスはーーー
ーーー彼を、ラーズグリーズルを『とても人間味のある勇者』だと感じたのだった。
『面白そうだから』力を使う。
そんな生き方をする彼はとても楽しそうでーーー
ーーーー『力がある者は総じて不幸である』
つい先ほどまで核心をついてると思っていた言葉の、まさに『例外』。
いや、本来あるべき『強者』の姿なのかもしれない。そんな風にも思えた。
だから、そうやって生きていけるーーーそうやっていけるだけの力がある彼を羨ましく、頼もしく思ったのだ。
だからアリスは願った。
物語の中にいる、綺麗なだけの勇者ではなく、目の前にいる、自分のために力を使う、そんな勇者に。
「----勇者様」
「ん?」
「兄を、止めたいのです。ーーー姉を救いたいのです。------この国を救いたいのです。だから、私に力を貸してください。----勇者様」
「----勇者、ね。----わかった。って言うか、元からそのつもりだ。任せとけ」
ーーーーーあぁ、間違いない。
この人は、勇者だ。私の勇者だ。
自由で、自分勝手で、自分のために力を使う。
だけど、私をーーー見ず知らずの少女を救ってくれた。守ってくれる。
そしてーーーー未来を見せてくれる。
だから、私は、私だけは彼を勇者と呼ぼう。
自由に生きる、彼の生き様をいつまでも見つめていたい。
ーーーそう思った。
王女アリスと旅人ラーズグリーズル。
二人は作戦を練り始める。
そこには勇者に全面的な信頼を置く王女と
ーーーー充実感から顔がにやけつつも、いつになく真剣な目をした勇者がいた。
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こうして、物語は動き始める。
神の力を持つ一誠と、のちに彼の妻となる聖女のーーーー
ーーーーーー圧倒的な『力』で、多くの『策略』を打ち砕く。そんな物語が。
なんか、魔王に転生したかのような物語の始まり方ですが、安心してください。
彼は、自由気ままに『楽しい事』を探す、そのためには手段は選らばーーーーーあれ、なんか魔王の方が似合っている気が←




