6:その青年、謎の多い人物につき
前回の『お色気?シーン』の影響で連続投稿です。
水浴びで心も体もすっきりしたアリスは、今まで互いに名乗っていなかったことに気が付いた。
ーーーーそれに、まだお礼も言っていない。
不思議な人だが、先の一件から、危険な人物ではない気がする。
アリスは、青年の用意した衣服に身をつつみ、一つしかない布団に腰かけ、桶の水を捨ててに行った彼が戻ってくるのを待っていた。
ーーーそして、あることに気が付く。
この部屋に、彼の私物らしきものが一切存在しない。
だが、彼は『ここは、俺が借りてる部屋だし、そこそこ安全だからくつろいでていいぞ』と言っていた。
という事は、この部屋はアリスをここで匿うためだけに借りた部屋なのだろうか。
だが、それにしては、おかしな点が多すぎる。
まず、匿うとなれば、もっと隠れ家的な場所ーーーそれこそ近くの村あたりのはずで、そうなれば、やはりここに旅立つ際の荷物がないのはおかしい。
もし、彼以外にも協力者がいるのであれば、一瞬でも自分の元を離れるのだから護衛の一人か二人、残すべきだ。
王都の入り口付近で荷物を持った仲間が待っている、と言う可能性もないことはないが、それならば、こんなところでのんきに体を洗っている場合ではない。
ーー現に、今も外では兵士たちが自分の姿を探し回っているのだ。
そうなると、可能性は一つ。
この部屋は、本当の意味で『彼が借りている』部屋、と言うことになる。
ーーーだからなおさら、荷物がないというのはおかしいのだ。
それに、先ほど彼は『何もないところから水を出してみせた』のだ。
確かに、魔法使いならそれくらい余裕なのだろうが、それでも荷物がないことの説明にはならない。
彼が、部屋を二つ借りている可能性はーーー
ーーーーあるかもしれないが、先ほどの彼の言い方からして違う気がする。
であれば、彼は本当に何者なのか。
どんな目的があるというのか。
ーーー彼は、本当に味方なのだろうか。
ーーーーーーーーーガチャ。
考え込むアリスの前にーーーどうやら、桶はこの宿のもので、返却してきたらしい、青年が再び現れた。
そして彼はやはり無表情のまま近づいてきてーーーー
「-----落ち着いたか?」
「------------え?」
「-------腹は?減ってないか?」
「え?---------えぇ」
よく分からないが、心配してくれたのだろう、その言葉に、緊張がほぐれーーーー同時に、無意識のうちに彼を警戒していたことに気が付く。
当然の事ではあるのだが、命の恩人であり、親切にしてくれている人物に対して、警戒心を持っていたことに申し訳なさを感じる。
だが、彼はそんなことは気にしていないようで
「------そうか」
と、少し安心したような顔をした。
だから、余計に胸が苦しくなってーーーー
「じゃあーーーーー」
「----あの!!」
「----どうした?」
「----先ほどは、危ないところを救っていただき、ありがとうございました。私は、アリス。アリス=フィルツ=スジェンダです」
これで伝わったかはわからない。
今まで、やろうと思ったことがなかったから。
だけど、できうる限りの言葉で、貴族にとっての定型文ではなく、心からの感謝を、彼に、伝えたかった。
「------あぁ。受け取った。けど・・・まぁ、気にするな。気が向いたからやったことだし」
「---え?じゃあ、やっぱり、どこかの派閥の人間じゃーーー?」
気が向いたと言う理由も理由なのだが、その言い方からすると、彼は本当に『善意の第三者』ということなのだろうか。
「ーー?あぁ、そっか、うん、違う。俺はいっせーーーーーーーラーズグリーズル、ただの旅人だ。この国に来たのは三日くらい前の事だし、派閥とかは関係ないな」
「-----そう、だったんですね」
ラーズグリーズル、聞いた事のない名前だし、なんだか長い。
それに、気のせいかもしれないが、彼自身も少し言いにくそうだった。
が、今は置いておこう。
ーーーやはり、彼は個人的に動いているようだ。
それはそれでいろいろ疑問なのだが、彼は私の味方のようだった。
それにしても、
『旅人』ーーーその響きはとても素敵だった。
気の向くままに、気の向く方へ。
そんな自由な人生を私も歩んでいきたい。そう思った。
ーーーだけど、
「でも、よかったのですか?私を助けて。最悪この国を敵に回すことになりますよ?」
私は王女だ。
国があってこその王女、それはつまり『生まれながらにして、国に縛られる』存在。
そして、その王女は今、『大罪人』として国の兵士に追われている。
そんな自分を救うという事は彼らの敵に回るということ。
ーーーーいくら、剣の腕が立つといっても、一人で軍を相手にできるとは思えない。
そんな私を、いや、そんな『現状』を彼は-----。
「国を相手にする、か。---面白そうだな」
「----え?」
面白い、そう言ったのだ。
驚いて顔をあげると、彼は私をまっすぐに見つめていた。
「俺はやれるぞ。---王女様がまだ『生きたい』と望むのなら」
「----!」
彼の眼は、真剣だった。
つい三日ほど前に来た国。しかも出会ってまだ数時間の王女を、この青年は命を懸けて守るつもりなのだ。
ーーーそんな価値は、自分にはない。
そう思う。けれど同時に、惹かれる。
決められた道を、決められた通りに過ごしてきた自分。
そんな自分が、今初めて自分の意志で未来を選ぼうとしている。
自分で選び、自分の力で切り開く、そんな未来。
たとえ、それが後悔ばかりの、辛い未来だとしても。
ーーーーその結末を、見てみたい。
「-----本当、旅人って自由なのね」
「おう、だから、俺は『旅人』なんだよ。好きなことを、好きなようにできるからな。---自由に生きたいのさ。この世界では」
「----それが見ず知らずの王女の命を救う理由?」
「あぁ、それが一つの国と刃を交える理由だ」
「ーーー助けたところで、あなたに得はあるの?」
「人生が少し充実する。それで十分だ」
ーーーーー本当に、どこまでも不思議な人。
だけど、とっても
「----素敵な生き方ね」
「そうだろ?---だから、王女様も好きなように生きてみようぜ」
「ーーーアリス。アリスでいいわ」
「おう。じゃあ、アリス、よろしくな」
そういって、彼は笑った。
それが、初めて見る彼の笑顔だった。
ーーーーー本当に、自由な笑顔。
何物にも強制されていない、本当の笑顔。
その表情に、私は思わず見とれてしまっていた。
やっぱり、連続投稿はきつかった・・・
投稿は計画的に、ですね。




