3:その王女、逃亡中につき
『この世界において、力を持つ者は総じて不幸である』
そんな言葉を聞いたのはいつだったか。
まだ、十八年しか生きていない彼女にも、その言葉は核心をついていると思われた。
そうでなければ、今の自分が彼らに追われる理由がない、と。
ーーーーいや、彼女の立場を考えれば、よくある話だった。
ただ、ここまで堂々と行われるとは思わなかっただけで。
よく晴れたその日、アリス=フィルツ=スジェンダはフィルツ王国の近衛兵達に追われていた。
名前から見て分かる通り、彼女はこの国の王女である。
王位は六位と低いため、本来であれば政略結婚で他国との親交のために使われる立場なのだが、とある理由から父親である国王が手放さなかったのである。
そのおかげで、いつ戦争が起こってもおかしくない周辺諸国に嫁ぐ必要もなく、ほかの姉妹に比べて幸せなように感じていた。
だが、結局は一番の貧乏くじであったと理解せざるを得なかった。
国王が亡くなり、次期国王として指揮を執っているのが長男であるフェルナンド。
長女のマーベルが王位継承権を破棄したため、実質、次期国王は決まったようなものだった。
しかし、フェルナンドはその地位を確立させるため、マーベルを幽閉した。
次男のトマスはそんな兄の手から逃れるため、宰相とともに、国のどこかに避難したと聞く。
だが、自分の王位は六位。
フェルナンドに何か起きない限りは見向きもされないーーーはずだった。
そう、彼女には力があった。
『癒しの使い手』として覚醒していた彼女は、その力を他国に使われることがないように、嫁がされることはなかった。
そして、その力のおかげで国民からの支持は高かった。
『聖女様』そう呼ばれる彼女こそ、この国の王にふさわしい。
そう言った声が上がるのは当然の事であり、アリスにとって最悪の出来事の始まりだった。
アリスに目を付けたフェルナンドがとった行動は、常識を疑うものだった。
『アリスは、自身が王座に就くために父親を殺した大罪人だ』
と言う訳のわからない言いがかりをつけて、軍の兵士にアリスを捕らえ、処刑するように命じた。
当然、全ての兵士がそれを信じているわけではない。だが、国王と同じだけの権力を振りかざされれば従わざるを得なかった。
当然、裏でアリスの危機を救おうとした兵士や国民は大勢いる。
だが、どういうわけか、この国の精鋭部隊は完全にフェルナンド側についており、アリスはすぐに追い詰められてしまった。
王宮へ続く中央市街地の裏道。
昼間であっても人通りの少ないその場所は、いたるところに行き止まりが存在する。
薄暗い路地裏で、アリスを取り囲む国の兵士たち。
癒すことに特化した少女を、戦いに特化した男どもが捕らえる。
当然の結果。ありふれた未来予想。
ーーーーーそれを眺める一人の男がいなければ。
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隠れ身のスキルで、彼らを屋根の上から眺める一誠。
目の前では、王女が兵士に囲まれている。
この『アリス王女』はゲームにおいて、かなりの重要人物ーーーーの妹であって、名前を聞いたくらいで実際に顔を見ることはなかった。
つまり、この王女の鬼ごっこを眺めるというイベントはゲーム時代には発生していない。
ーーーーしばらく、様子を見ることにした。
「ーーーさぁ、姫様。おとなしく投降してください」
「-----くっ」
「抵抗されては困りますよ。まぁ最悪、姫様の首があれば十分だ、とロドリス様はおっしゃられていますが」
「やはり、あの男が裏にいるのね?」
「おい、あんまり喋るな。誰かに聞かれたらどうする」
「はっ、これだからお堅い精鋭様は」
「何だと貴様ーーー」
「おい、いいからとっとと片づけるぞ」
ーーーーありふれた事情。ありふれた会話。
この後、王女は殺されるのだろう。
ありきたりだ。実に面白みがない。
残酷すぎる現実でも、ここまで定型文だと興ざめだ。
だがーーーー
「どうせ暇だし、二か月くらいの足止めは覚悟するか」
そう、暇なのだ。
だったら、多少面倒でも面白く、充実した人生を送りたい。
実際、この世界に来てから一か月は経っている。
その間に知りたい情報はあらかた手に入ったし、必要なものが存在していないことも理解した。
くどいようだが、本当に、やることがないのだ。
だからーーーー
目の前では、男が剣を振り上げていた。
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「それじゃあ、姫様ーーーー失礼しますよ・・・っと!!」
「ひっ!?--------?」
アリスを取り囲む兵士の数は10人。
その中でも、特に位の高そうな人物ーー兵隊長ーーが剣を振り上げ、アリスの首をーーーー刎ねることはできなかった。
思わず目をつむったアリスは、キィィンと響いたその音に、目を開ける。
「------貴様、何のつもりだ」
兵士長の攻撃を止めたのは、クリスタルで出来た剣。
両手で振り下ろした剣を片手で止められたことに驚き、相手を見るが知らない男だ。そう聞くのは当然の事だろう。
だがーーー
「んー、反応がテンプレすぎるな」
謎の男はそう呟きーーーーー
「----え」
気が付けば、兵隊長の首は宙を舞っていた。
「----は?」
「-----?」
「えーーーー?」
ーーーーー宙を舞っていた首は合計で10個。
兵隊長の首が飛んでいくのを頭が認識する前に、彼らの首もまた、宙を舞っていた。
ぼとぼととほんの数秒前まで自分と話していた男たちの首が落ちる音がする。
だが、今のアリスにとって、それは大した問題じゃなかった。
ーーー謎の男が振り返る。
「ひっ!?」
今まで感じたことのない恐怖に、アリスは怯えきっていた。
王女と言う立場から、兵士たちの訓練を見たことはあるし、癒し手と言う立場から、血まみれになった兵士を見たこともある。
だが、これは次元が違う。
先ほど首を刎ねられたのはこの国の兵士たちの中でも、トップクラスの人物だ。
その攻撃を軽くしのぎ、一瞬で命を刈り取る。
返り血は一切浴びていないにもかかわらず、アリスには、目の前の人物が、まるで血まみれの悪魔のように見えていた。
男が近寄ってくる。
自分の心臓の音で、周りの音が聞こえない。
ーーーあぁ、私、死ぬんだ。
兵士に囲まれた時とは比べ物にならないほどの死の予感。
先ほどのように話しかける余裕すらない。
自分の足を生暖かい液体がつたっていく。
全身の穴と言う穴から汁が吹き出す。
「--ぁーーーーぁ」
気が付けば、そんな声が漏れていた。
男がアリスの目の前に立ち、その時になってようやくアリスは違和感に気が付く。
男の髪も目も黒なのだ。
それはこの国では見たこともない。
アリスは思わず目の前の青年を見つめーー
「------あ」
そう、そこに立っていたのは、血まみれの悪魔などではなく、青年と表現するべき存在だった。
テンプレを嫌いながら、テンプレ通りに行動する一誠君。
まさにツンデレ主人公ですね(笑)