21:その次男、国王代理につき
時間は数刻さかのぼり、フィルツ王国王都。
まだ、フェルナンドがウハウハしていた頃のとある詰め所。
王家次男のトマスは父の代からの宰相であるシャランと二人、詰め所のとある一室に匿われていた。
フェルナンドは王になったことを良いことに、かなり横暴なことをしているそうだ。
もちろん、実際は王位を継承してから剥奪されるまでの期間は一か月ほどで、大した事はできていない。
だが、『突然』亡くなった王、『突然』病に倒れた(と告げられた)第一王女、『突然』姿を消した第二王子ーーその後、すぐに王座についた長男となれば、彼が悲劇の王子ではないことくらい国民も気が付いている。
そして、そんな人物が王となったときに、どのような圧政があるのかと思うと気は重くなるものだ。
だけど、すぐに国を離れることはできない。
家族、友人、恋人ーー多くの縁が、絆が彼らをこの地に留まらせる。
それに、彼らは知っている。圧政を敷く王は長くは続かないことを。
「ですから、今はまだ我慢してください」
「あぁ、分かっているとも。朝から兄様の顔を見なければならなかったあの日々に比べればなんともないさ」
トマスは茶化しているが、実際はかなり憂鬱なものだった。
だから、詰め所とはいえ、トマスが不自由なく過ごせるように整えられたこの場所は、彼にとって精神的にもかなり快適だった。
「なぁ、シャラン」
「なんでしょうか」
「----いや、何でもない」
シャランは父と同い年だった。
幼いころから常にともに過ごし、トマス達の事を王子王女として扱いながらも、息子や娘を見るような温かい目で見ていてくれた。
だから、トマスは尋ねることが出来なかった。
ともに育ち、常に側にあり、心からの忠誠を誓っていた国王が、その息子にーーその成長を王と共に楽しみにしていた者に殺された今、フェルナンドの事をどう思っているかと尋ねるのは酷く残酷な事のように思われた。
ここ数日で全くと言っていいほど別人になった老人に、トマスは同情や罪悪感ではなく、怒りを覚えた。
もちろん、矛先は実兄のフェルナンドだ。
あのふざけた顔をぶん殴ってやらないことには、どうも腹の虫がおさまりそうにない。
ーーーと、そこへ一人の兵士が走ってきた。
「ほ、報告します!!」
「うおっーーーなんだ、そんなに急いで。何かあったのか」
「はい、実はーーー」
その口から語られた内容は、耳を疑うものだった。
大罪人として追われていたアリスが、不思議な青年を連れて戻ってきた。
彼は大勢の兵士に無手で勝ち、一人もアリスに近づけなかった。
そして、そのまま民衆を味方につけフェルナンドを王座から引きずり下ろしたそうだ。
一誠の、本人も知らないとあるスキルの影響を受けていないトマスやシャランにとって、その話は到底信じられるものではなかった。
そうやって自分を登城させ、捕縛、処刑するつもりなのかもしれない。
だが、どちらにせよこの場所は相手に知られているのだ。決断しなければならない。
「----どう思う?」
「そうですね。にわかには信じがたいですが、とりあえず、この場を離れるのが賢明ですな」
「あぁ、それに関しては同意見だ。だが、本当にそんな男がいるというのか?うちの兵士が無手のーーそれも一人の青年に負けるなど・・・」
「そ、それなのですが・・・」
申し訳なさそうに、しかし、どうしても譲れないという顔で兵士は告げた。
「私どもには彼が人ではないように思われるのです」
「ーーー魔族か」
「い、いえ、そうではなくーーーー何と言いますか、もっと崇高な・・・」
そこまで言って兵士は顔を青くする。
ただでさえ、王族に意見するのは無礼な事なのだ。
しかも、今の言い方では、国と言う集団において最も敬われるべき存在に対し、あんたよりもすごい奴だった、と言って様なものだ。
文句なしの重罪である。
ーーーだが、
「----ふっ」
「トマス王子?」
王子が笑い、宰相が尋ね、兵士が青ざめる。
「はっはっは・・・あぁ、いやーー許せ。それよりも・・・そうか、そんな奴には是非とも会ってみたいものだな」
「も、申し訳ございまーーーーへ?」
地面にこすりつけるほど下げていた顔をあげ、その兵士は間抜けな声を上げる。
「それで、その者とアリスは今どこにいる?」
「は、はいっ!!じ、実は今マーベル王女様の救出に向かっておりましてーー」
その言葉に口を挟もうとトマスは口を開きーー
「ーーーおい、なんだか外が騒がしくないか?」
その一言で部屋には静寂が、正しくは『外の音』だけが響く。
「祭りーーーではないな。・・・あれか?フェルナンドのやつが捕らえられた事を喜んでるとか」
そう言いながら、トマスは兵士の顔を盗み見る。
実の弟とはいえ、国王を呼び捨てにした挙句、『やつ』と呼んだのだ。この兵士が敵であれば何か反応があるはずだ、と。
しかし、そこにあったのは純粋な『焦り』。よく聞けば、悲鳴のような者すら聞こえる。
これは確実に何かがあったな、そう思いトマスは指示を出す。
「シャラン、何があったの確認して来い。それと、もし魔物の襲撃であったなら俺の名前で兵士を使う許可を出そう」
「ーーはっ」
フィルツ王国において、街中で住民が悲鳴を上げることは少ない。それは治安が良いからと言う理由もあるが、他国からの侵攻が無に等しいからだ。
それらの多くは『赤き森』などの危険区域で足止めされるか全滅し、それを潜り抜けたとしても、それらが王都に辿りついた試しはない。
だから、トマスは悲鳴の原因を『魔物の襲撃』だと考えた。
日常茶飯事と言うわけではないが、年に数回は起きている事だ。指示には慣れていた。
ーー部屋を飛び出した老人の後を追うかのように、トマスも兵を引き連れ出陣した。
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「ーーーまったく、あのお方は。ご自身が逃亡中の身であることをお忘れになっているのではないでしょうか」
トマスの命により王城へと向かいながら、シャランは小さく笑みを浮かべる。
一日前であれば、トマス王子の名前を使ったところで、使える兵士はほとんどいなかったはずだ。下手をすれば今もなおそうなのかもしれない。
だが、シャランには確信があった。あの兵士は嘘はついていないはずだ、と。真たる王の器であるトマスの道は、こんなところで途絶えはしない、と。
ーーーだが、そこに広がっていたのは想像を絶するほどの絶望だった。
「ーーーな、なんだ・・・あれは」
王都の上空ーーもっと言えば王城の真上に紫色の魔法陣が浮かんでいた。
魔法陣は珍しいものではない。むしろ、魔術が上手くない人族にとって、アシストをしてくれる魔法陣は必需品だった。
だが、それはあくまで『手のひらサイズ』の物に限る。
だから、目の前にある城をすっぽり覆い隠せそうなほどの巨大な魔法陣は見たことがない。
驚き、立ち尽くすシャランの目の前でそれは降臨する。
魔法陣の中央から真っ赤な液体が垂れ始めたーーーそう思った次の瞬間にはそれが太く巨大な足となる。
見えているのは片足だけだが、その大きさや、放つ邪悪さは既に王家に伝わる最大の王都襲撃事件の規模を超えている。
レッドドラゴン。『赤き森』に棲むとされている超危険生物だが、過去に一度だけ王都を襲ったことがある。その結果、王都は壊滅、これが周りを危険区域で囲まれていない国であれば確実に国は滅んでいた。
足が王城につき、それを押しつぶす。
ゆっくりと時間をかけて全身をあらわにしたそれは、燃えるように赤く、猛々しい巨人だった。
目や口と言ったものはなく、巨大な藁人形に炎を詰め込んだような化け物は、ゆっくりと、だが確実に『絶望』をもたらした。
レイド;ウィッカーマン(レベル150)
「ーーーひゃ・・・ひゃくごじゅう・・・」
「もう、おわりだ・・・」
「おかーさぁーん!!!」
「ぅわあああああっ!!!」
「レオッ!!どこなの!?」
「いやだぁ、死にたくない!!」
そこに表示されているのはレッドドラゴンの倍以上の数値。
伝説ですら聞いた事のないその数値は、王都のほぼすべての国民のひざを折るのに十分なものだった。
ーーそう、ほぼ全ての。
「-----諦めるなッ!!!」
その声に、民は、兵士は顔をあげ声の主を探す。
そして、彼らが見つめる先には一人の男が。
「たとえ相手が何であろうと、この国を!!民を!!---くれてやるものかっ!!!」
雷鳴のごとく響き渡るその声。
それを聞き、全ての兵士は立ち上がる。
全ての国民はその眼に希望を映す。
そうだ。それでこそーー
「トマス王子ーーーっ!!」
「ぅおおおおおおおおっ!!!!!」
我らが王にふさわしい。
「第二王子ーーーいや、フィルツ王国次期国王の名において命ず!!」
いつの間にそこにいたのか、トマス王子は詰め所の屋根の上に立っていた。
誰もが、彼のーーー誰もが国王の声を待っている。
「----あの巨人を排除せよ!!!」