20:その術師、彼の国の者につき
2万PVありがとうございます!!
今回は長めにしてあります。
やっとこの章が終盤へと差し掛かります。
結界の一部が砕けて、まるで卵の中身が溢れ出ているかのように湧き出すシャドウ達。
斬っても斬っても一向に減る気配のない彼らに一誠は苛立ちを感じていた。
絶対防御のスキルのおかげでアリスに被害はないが、そのせいで時間も労力もかかっている。
スキルは基本的に時間制だ。
例えば絶対防御であれば三分間ーーもちろん、この時間は一誠が使用した場合ーーであって、それが切れるタイミングを見計らってもう一度スキルを使用する必要がある。
だが、スキルの効果中は職業変更、つまり武器を変更することはできない。
だから、戦闘終了直後や結界を破壊するために武士、つまり刀に切り替えた時以外は一誠は騎士での行動を余儀なくされていた。
騎士はその名のとおり『守る』役職だ。
だから、どうしても戦士に比べて攻撃力に欠け、剣士に比べ攻撃速度で劣る。
ーーもっとも、レベル差やステータスを考えれば騎士の攻撃力でさえやりすぎなのだが。
だが、攻撃速度が遅いという事実が今現在、シャドウに囲まれている状況を生み出していた。
「アリス!!」
「な、なんですか!?」
迫ってくるシャドウを薙ぎ払いながら一誠は叫ぶ。
「これ着けろ!!あと、これ使え!!」
「え、ちょーーっ!?」
そうやって投げつけられたのは大きな宝石のついたネックレスと中に丸めた紙の入ったカプセル。
一瞬フィルツ王国でのネックレスを送る意味が頭に浮かび顔が赤くなるが、そう言う意味で渡されたわけではないことは百も承知だ。
邪念を払い、ネックレスをつけ、カプセルを開ける。
中に入っていた紙を広げるが、そこに書かれた文字は読めない。
一方、一誠もアリスが文字を読めないことを思い出し、使い方の説明をしようと口を開きーー
「ーーー《ガード》」
「!?」
途端にアリスの周囲に透明な水色の膜ができる。
一誠としては、なぜ彼女が文字を読めた、あるいはあの紙ーー簡易魔法ーーが使えたのか気になるが、この瞬間を逃すわけにはいかない。
武器を素早く杖に持ち替える。
当然、その職業は魔術師、もしくは魔導士。
ナイラにおける魔術師、魔導士、魔法使いと言った職業は基本、武器が持つ属性魔法を放ち、スキルがほかの職業に比べて圧倒的に多い。
だが、それは逆に言えば、スキルを習得するまでは武器が持つ属性魔法を放つことしかできないのだ。
そのため、ある程度まで勇者レベルを上げないと使い物にならないが、一誠たちカンストプレイヤーにとってはかなり使える職業である。
そして、ガードは魔術師の使えるスキルのうち、もっとも簡単なものだ。
その効果は単純な防御力上昇。
自身にしか効果はないが、序盤の戦闘ではかなり役に立つ。
なぜなら、格上の相手との戦闘になったときに生き残れる確率が格段に上がるからだ。
先ほど、アリスが受け取ったカプセルは簡易魔法。
ショップなどで購入できるアイテムで、序盤だけでなく、終盤でも使えるアイテムだ。
さて、ではあのネックレスは何かと聞かれれば、それはもちろんーー
防御力超絶上昇アイテムだ。
それ以外の効果は一切なく、ただ防御力を上げるためだけにあるアイテム。
もちろん、最強アイテムと言うわけではない。
同じレベルのアイテムで言えば、防御力中上昇にMP中上昇と言ったアイテムもある。
ネックレスの類は一つしか装備できないため、悩みどころではあるが、今のアリスにはこれが最適だった。
さらにーー
「《マジックウォール》」
パーティー全員の防御力中上昇で強化すれば、シャドウの攻撃で傷つくことはない。
では、なぜ今までそうしなかったのかと言えば、それは簡単だ。
自分では絶対に勝てない恐怖の対象がただそこにいるのと、向かってくるのとでは雲泥の差がある。
例えばそう、水族館でガラス越しに人食いサメを眺めるのと、絶対に噛み切れない服を着て同じ水槽に入るのとではやはり後者の方が恐怖は大きいものだ。
もちろん、そんな生易しいものではないが。
だから、アリスには少しの間恐怖に耐えてもらうとしよう。
「ーーーまぁ、目ぇつぶってろ」
「?!!?!?!?!??!」
言われた通り、ぎゅっと目をつぶっている様子は少し微笑ましいものではあるが、それよりも先にこのうじゃうじゃと湧き出てくる奴らを片づける必要がある。
杖を頭上に抱え上げ、『聖』なる呪文で滅殺する。
「《極炎火球》!!」
アリスにまとわりつくシャドウが、一誠に攻撃を仕掛けようとしていたシャドウが、元○玉のような巨大な炎の塊に圧殺、もしくは焼殺される。
後に残ったのは結界によって全焼を免れたーー結局結界は全て砕けたーー屋敷と、一組の男女のみ。
一誠はアリスに声をかけようと振り返り、思わず顔がにやける。
なにせ、首からかけてあるネックレスについたルビーをぎゅっと握りしめ、その手と同じくらい固く目をつむる少女がいるのだ。
一面焼け野原と言うこの状況にはあまりにもミスマッチすぎる。
その眼がゆっくりと開かれ、周りの光景に驚き、自分を見てニヤニヤしている少年に対して怒り出すまで、一誠はアリスを眺めていた。
「----マーベルお姉さまは!?」
「あ」
「あ、じゃないでしょ!?」
慌てて屋敷へ走り出すアリスに、再び絶対防御をかけながら、その背中を追いかける。
シャドウ達にイライラしたが、確かにメガフレアはやりすぎだった。
それでも、青いマーカーが消えていないあたり、マーベルはまだ屋敷にいるようだ。
一誠よりも数秒早く入口に辿りついたアリスは崩れ落ちたドアを潜り抜け、大広間へと足を進める。
ボロボロになった外見とは裏腹に、その内装は外で大変な出来事が起きたのが嘘であるかのように綺麗なものだった。
「お姉さま!!どこですか!!!」
幽閉されたという事は、少なくとも見張りの兵や敵と認識すべき者がいるはずなのだが、そんなことはお構いなしに叫ぶバカの頭を軽くはたき、一誠もマップを確認する。
だが、この屋敷もダンジョンの一部として認識されているらしく、青いマーカー近づいていることぐらいしかーーー
「ーーー?」
ふと、一誠は違和感を感じる。
だが、その違和感の正体には気が付けないまま、そのマーカーが自分たちのいる大広間へと入ってきた。
「ーーーおやおや、これはアリス王女様ではありませんか」
「なっーー」
そこに入ってきたのはマーベルなどではなく、今回の事件の裏にいるであろう存在、ロドーーーなんちゃらだった。
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「ロドリスーーーッ!!!お姉さまはどこなの!!」
怒りを前面に出すアリスとは対照的に、ロドリスはずっと笑顔のままでその考えは読めない。
とりあえず、今はアリスに任せて、一誠はマップを確認する。
確かに、その可能性は考えていなかった。
王都で確認した時は確かにマーベルはここにいた。
それは、名前で検索したから間違いはない。
だが、それ以降の確認はマップに青いマーカー、つまりNPCがいる事しか確認していない。
目の前のロドリスと言う男もNPCである以上、青いマーカーで表示されるのは当然の事だった。
オンラインゲームにおいて、敵と言うのは魔物か勇者だ。
だから、危険視すべきは赤いマーカーと黄色のマーカーだけだった。
青のマーカーは敵ではない、その考えをこの世界にも当てはめていた自分のミスだった。
だが、それならばマーベルは今どこにいるというのか。
彼女が死ぬことはないと思っているのもゲームから離れることが出来ていないからなのだろうか、それともーー
「おしえなさい、お姉さまはどこなの?」
「ーーー」
そして、一誠は思いつく。
マップで確認すると、確かにそこにはマーベルがいる。
「----魔国領だ」
「えっ!?」
「ほうーーー」
納得と、驚愕と、感心と。
三者三様の反応で、全員の視線が交差する。
「なぜ、そう思うのかな?」
「ーーーシャドウ」
「----あ」
一誠の言葉でアリスも気が付く。
そもそも、シャドウとは何か。
それは戦地で息絶えた人族の成れの果てだ。
死体は魔素に浸食され、四つの魔物に分かれる。
死体はゾンビやスケルトン、意志はゴースト、そして、影はシャドウに。
ゾンビやスケルトンは戦地をさまよい続けるが、ゴーストとシャドウは違う。
彼らはその姿、すなわち実体を持たない空気のような姿から、空気中の魔素を取り込みやすい。
魔素は魔物たちにとっての栄養素だ。それらを取り込むという事がどういう意味を持つのかと言われれば、それはすなわち彼らのレベルアップにつながる。
だから、高レベルで、比較的生産、捕縛の簡単な彼らはたびたび魔族の使い魔として使われる。
結界の破壊と同時に大量のシャドウが現れたこと、さらに、この場所にゾンビやスケルトンがいないことを考えれば、彼らが使い魔であると想像するのは容易な事だった。
そして、それらを使役していた者、すなわち魔族が裏にいるとなれば、マーベルをどこにやったかなどと聞くまでもない。
一誠としては、別にアリスを助けたついでにマーベルもと思っただけなのだが、魔族が関わっているとなれば話は別だ。
彼らがマーベルをどうするのかは知らないが、間違いなくあれのために使うのだろう。
ふと、一誠の脳裏に一人の少年が浮かぶ。
孤児院に現れた数人の大人たち。
彼らは一人の少年を連れていた。
少年は母親と二人暮らしで貧乏な生活を送っていたそうだ。
だが、彼が預けられた理由は捨てられたからではない、母親が亡くなったからだ。
彼の母親は新薬投与の被験者のアルバイトをして、息子と二人、貧しい暮らしをしながら多額の借金を残して消えた父親の尻拭いをしていたそうだ。
彼女はいつも言っていたそうだ。
『必要な犠牲』だと。
別に新薬がダメだとか、そう言うことではない。夫の借金がどうとか言うわけでもない。
一誠はただ、その言葉が理解できなかったのだ。
ヒーローを気取りたいわけではない、正義の味方を目指しているわけでもない。
だけど、そんな生き方しかできない人がいる世界を納得できなかった。
ただそれだけだ、だけど、それは一誠の生き方に大きな影響を与えた。
ある時、一誠はその少年がやせ細った野良猫を拾ってきたのを見た。
彼は『まりあ』さんにこういった。
『俺は、この手で救えるものは救いたい。今まで以上に働くし、手伝いもするから、飼わせて欲しい』
当時、少年は15歳ほどだった。綺麗事を並べているだけにも感じられた。
社会から見ればただのガキであり、働くと言っても鉄くずを拾ったり、新聞配達や牛乳配達をするくらいしかできない。
孤児院『川の家』は裕福ではなかったけど、決して貧しくはなかった。
何処からお金が入ってくるのだろうと思うようなことが多々あったし、孤児院を出て、一人暮らしをしていた数か月の方が貧しかった気がする。
そんな環境だけど、彼はいつも働いて、手に入れたお金を他人のために使っていた。
捨て猫を拾ってきて食べ物をあげたりすることもあった。
当時12歳だった一誠には理解が出来なかった。
働くのは大変だし、楽しくない。なのに、彼はなぜ、喜々として仕事に取組み、手に入れたお金を他人のために使うのか。
その答えが、彼の言葉に詰まっていたように感じた。
彼は、母親とは違い、お金を自分のために使っていいのだ。
彼は他人の幸せのための犠牲になる必要はないのだ。
だけど、彼はこれからもそうするのだろう。
『この手が届く範囲の人間を救いたい』
『手を差し伸べてあげることが出来るなら、俺は迷わずそうしたい』
なぜ、今になってそれを思い出したのかは分からない。
だけど、一誠にはマーベルを救うという事が、今の自分にとって必要な事であるように感じた。
「-----アリス」
「うん。分かってる。---だけど、私も連れて行って」
お互いに、目の前の男を睨みつけながら、そう言いあう。
だが、男は笑顔のままで告げた。
「もしかして、魔国領に行くのですかぁ?ーーーそれはおすすめできませんねぇ。まぁ、フィルツ王国がどうなっても良いと言うのであれば話は別ですが」
「どういうこと?」
その問いには答えず、ロドリスは一誠に目を向ける。
そこにあるのは挑発と嘲り。
目の前の青年の値踏みは終了しているようだ。
「先ほどの極大魔法はお見事でした。ですが、まぁ、あの程度ですか」
「ーーー何が言いたい」
「いえ、もしあなたがあれと戦えばどうなるのか知りたかったのですが、まぁ、見るまでもないようですね」
その時、初めてロドリスの表情が変化した気がしたが、すぐに背を向けてしまったため、その表情は分らない。
「あ、そうそう、今ごろフィルツ王国は壊滅の危機だと思いますから、戻るならお早めに。その際はまぁ、マーベル様の事は諦めてもらいますがね」
「ちょっと!!待ちなさい!!」
叫び、走り出すアリス。
だが、数歩と進む前にロドリスの姿は闇へと溶けた。
取り残された二人はしばらく無言でそれぞれの考えをまとめていたが、不意に一誠が口を開く。
「ーーーどう思う」
「分かりませんわ。だけど、国が危機と聞いて、それを見捨てるわけにはいかないというのが王女です」
答えは出ている。
だが、それはあくまで王女としての意見だ。
だからこそ、彼女の言葉は固い。
「一度、王都に戻るか」
「-----はい」
本当は今すぐ助けに行きたい。
だが、それをするにはアリス自身が弱すぎ、準備不足もいいところで、何より自分勝手すぎた。
そんな彼女の頭に手を置き一誠は告げる。
「心配すんな。何とかする」
「---はい」
ダンジョンから町に戻るのは簡単だ。
転移魔法を使えばいい。
アリスと一誠は王都へと転移した。
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ーーーー男は笑う。
それは、今回野に放ったあれの出来栄えや、今回の作戦の結果に満足していたからこその笑いだ。
間もなく、フィルツ王国は滅亡し、隣のアインツ帝国も滅亡するだろう。
その混乱に乗じて、次の標的を連れ帰る予定だ。
今回一つ目のカギが手に入った。
残は六つ。だが、それもそう時間はかかるまい。
なにせ、我らはどこにでもいる。
時間をかけて築き上げてきた計画が形になりつつあった。
「ふはははっ、はっはっはっ!!!」
もうすぐだ。もうすぐ出会える。
我らが主、魔王サタン様。
そして、主様が降臨する頃には世界のほとんどがあれによって破壊されているであろう。
「先ほどの青年もとんだ期待外れであったな。だが、まぁ魔王様が降臨されるまでの暇つぶしにはなるか」
人の身でありながら極大魔法を使った青年。
その規模と威力は残念だったが、あれとどのように戦うのかは興味がある。
男は野に放ったあれにつけた『神の目』を通してフィルツ王国を眺める。
これは暇つぶし、そして余興。
魔王様が降臨した際に、絶望エネルギーを大量に捧げるための下ごしらえ。
「さぁ、レイドよ、蹂躙を始めよう」