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その旅人、壊れ性能につき  作者: 猪口茂
第一章 フィルツ王国
18/22

18:その魔獣、森の主につき

「ギャァアアアッ!!」

「ギョィギョギョッ!!!」

「ーーはっーーーせいっーーーやぁっ!」


「ーーーすごい・・・」


アリスの目の前では一人の青年が『剣舞』を舞っていた。

だが、それは武闘会で行われるそれ(・・)ではない。

そこで行われているは純粋な『命を刈り取る』ための強者による弱者の蹂躙。

決して美しいと呼んでよいものではない。だが、磨き抜かれた剣技はもはや芸術である。


ーー青年が舞い、剣が舞い、血が舞う。


切り伏せられたものたちの魂の光が、彼らの生きた証明が、その最期にひときわ強い光を発し、儚く消える。

だが、そんな光景でさえーーいや、そんな光景だからこそ、生きる者の目を奪い、心を奪う。

まるで引き寄せられるかのように一歩、また一歩と戦場へ近づいていく。


ーーそれは魂の道連れ。英雄の戦いは味方の士気を上げるとともに、彼らに呪いをかける。

戦場は、命を懸けて戦う場所だ。だからこそ、本当の強者は手段を選ばず、ただ相手の命を奪うことに専念する。

だが、英雄は違う。


誰よりも前で、誰よりも早く、誰よりも強くーーー

それは強さ、美しさの両方を求められる。

だからこそ、それは味方に勇気を与え、味方の慢心を誘う。ここが戦場であると、命を懸ける場所であることを忘れさせる。



「----おい!」

「-------はっ!?」


アリスが一誠の攻撃範囲に入るまさに一歩手前、惚けた顔の彼女に一誠が活を入れる。

アリスはさっきまでの記憶がないのか、なぜ一誠が目の前にいるのかわかっていない様子であったが、『ここに居ろ』と言われた場所から離れていることに気が付き、慌てて戻っていく。


「いや、もう終わったからいいぞ」

「え!?だっていっぱいいましたわよ!?」


その言葉の通り、この森に入ってすぐ、一誠とアリスは五十匹近い赤ゴブリンの群れに囲まれていたのだ。

赤ゴブリンはラーにおけるレベルは50。この森の中では一番低いが、道中で蹴り殺したゴブリンは20程度。つまり、上級冒険者が数人で倒すレベルなのだ。

それが五十匹近くも出てきたのだ。

これが国なら緊急事態宣言が出されるのだ。それをたった一人で全滅させるとはーー


改めてラーズグリーズルと名乗る青年の強さに驚いた。

と言うのも、今までは『兵士を十人まとめてやっつけた』とか、『男どもの攻撃を跳ね返した』という結果しか見ていないため、その戦闘能力を測ることが出来なかったのだ。

もちろん、強いことは分っていたが、まさかここまでとは。

ーーだが、あくまでこの場所での目的はマーベルの救出なのだ。彼の強さに驚いている暇はない。


視界に映るものすべてが赤く、平衡感覚すら失いそうな森の中で、彼女は必死に一誠の後を追った。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ーーかなりまずいことになった。

一誠は内心でかなり焦っていた。

と言うのも、ここ『赤き森』はダンジョンだ。

だから、ダンジョン内にマーベルがいるのがわかっても、その詳細な位置は特定できない。

一定の範囲内でしかモンスターなどを示すマーカーは表示されない。

だから、しらみつぶしに歩き回るしかないのだ。



だがーーと一誠は思う。


初めてアリスを見つけた時、一誠はこう思い出した。


『このゲームにおける重要人物ーーーの()だ』と。


そう、つまり、マーベルはナイラの勇者(プレイヤー)にとっては重要な人物なのだ。だが、それが判明するのはバージョン1の最終クエストのはずだ。

そして、その最終クエストと言えばーー



「おい、魔王って知ってるか?」

「え?あ、あぁ。名前くらいなら」


『魔王』それは勇者と対照的な位置にあるファンタジー必須の悪役キャラ。

その多くは世界征服のために他種族への侵攻を行う。

もちろん、《ナイアー・ラ・オンライン》においても、魔王は悪である。

バージョン1の最終クエストでその存在がほのめかされ、バージョン2では、国や町に襲い掛かる魔族や魔獣の群れを撃退するイベントでも、裏には魔王がいたことが分かっている。

だが、言ってしまえばそれだけなのだ。

その姿を見た勇者プレイヤーは誰もおらず、魔王城がある魔族領は進入禁止エリアだ。そのため、いずれ実装されるであろう魔王との最終決戦を誰もが楽しみにしていた。


だから、一誠は現地人であるアリスから何か情報を引き出そうとしたのだが、この返事では大した情報は期待できそうになかった。


黙り込んだ一誠を心配そうに見つめるアリス。

何か間違ったのだろうか、と聞こうとしたアリスは何かの気配を感じ振り返る。






ーーーーそこには黄色い瞳が二つ、宙に浮いていた。



「------ぁひっ!?」


否、それは宙に浮いてなどいない。

そこにいたのは全身真っ赤な巨大トカゲ。

レッドドラゴン。この森のフィールドボスであり、レベルは70と災害級の存在であった。


気が付いた時には既に攻撃態勢に入っていて、自分に向かってくる無数の牙を避ける術は彼女にはない。

ーーだが、それは彼女が一人であったらの話だ。


今、彼女の後ろに立っている青年はこの世界最強の壊れ性能だ。

彼が間に入り、両手でそれぞれの顎を受け止めるだけで、その攻撃は自殺行為へと変わる。



ーーーーこの際だ、せっかくなので《ナイアー・ラ・オンライン》における『絶対的レベル優位』について話をしよう。

もし、ナイラにおいてレベル50同士の勇者プレイヤーとゴブリンが戦ったとしよう。

一般的なゲームであれば勇者プレイヤーの勝率はほぼ10割。つまり適正レベルだ。

だが、ナイラにおいて、その勝率は6割にまで下がる。

それは基本的に魔獣のレベルインフレを抑えるための措置として、勇者プレイヤーのレベルとNPCのレベル、魔獣のレベルはそれぞれ違う基準を設けているからだ。

だから、某少年漫画のように『わたしの戦闘力は~』と言った事態にはならない。

ロマンがないと言えばそこまでだが、いつ始めても同じようにイベントを楽しんでほしいと願う運営の試みなのだ。


ーー話はそれたが、つまるところ自分よりレベルの高い相手に勝つというのはほぼ絶望的である。

だが、以前も言ったように方法はある。

自分より圧倒的にレベルが上の相手に勝つ方法、それは



「ーーーへぇ」

「ちょ、ちょっと!?ももも、もう一匹出てきたわよ!?」

「まぁ、つがいってところだな」



数を増やすこと。単純だが実に合理的なその方法に限る。

だが、そこにはある計算式が存在する。

それにのっとった数でかからないことには全く意味がないことを先に記しておこう。



「ぬぅおりゃあっ!」

「-----す、すっごい」


例えば、このレッドドラゴン(レベル70)をアリス(レベル12)が倒すにはアリスが600人必要だ。

だが、実際の戦闘において1対600と言う形に持っていくのはほぼ不可能に近い。

一斉に攻撃をする、一瞬でも1対1になってはいけない。

そんな条件を満たすのはNPCには不可能だ。

だから、同じレベルでも防御に特化した壁役、回復役、戦闘要員などの役割分担をしたパーティーで挑む必要がある。

それに比べ、勇者プレイヤー(レベル12)では6人で済む。

これが一般人(NPC)と勇者プレイヤーとの決定的な違いである。


ーーでは、レベル70のレッドドラゴンがレベル300の一誠に勝つには?



「俺に勝ちたきゃ50匹規模の大群でかかってこいやぁ!!!」

「それはーーーなんとも地獄絵図だな」



普段と違う口調の一誠にーーーではなく、彼の放ったその一言に呆れたような声で呟きながら、アリスは一瞬で葬り去られた二匹の災害を眺めていた。

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