14:その青年、最強のストーカーにつき
「アリス、少しいいか」
一誠はアリスを連れ、一度『名もなき荒地』へと飛ぶ。
ーーーと言うのも、住民たちが一誠を見るなり飛んでくるため、うかつに街を歩くことができないのだ。
(失敗したなーーーまあ、こういう落ち着けない環境ってのは新鮮で面白いけど)
「どうしたの?」
いつの間にか砕けた物言いになったアリスを眺めながら、初めてこの場に連れてきた時のことを思い出す一誠。
フィナやユリウスの死を覚悟していたとはいえ、実際に目の当たりにして取り乱したアリスが一誠に『お願い』したため、断る必要もなく蘇らせたのだが、それ以来この王女は一誠のやることなすことを食い入るように見つめてくるのだ。
ーーーまぁ、倫理観念や道徳などを説いてくるよりはましなのだが。
「----お前の姉ちゃん、マーベルについてなんだが」
「お姉さま?」
「なにか特別な力とか持ってたりするのか?」
「----いえ、特には」
少し間があったのが気になるが、恐らくそう言うことなのだろう。しかしそうなるとーーーー
「----少し、急いだ方が良い気がするな」
「えーーーーそれはどういうーーー?」
一誠はそれには答えず、マップ画面を開く。
当然、アリスにはそれが見えない。だが、一誠が何かを眺めているのは分るため、そこには突っ込まない。ーーアリスはできる子だった。
ーーと、何やら確認が終わったらしい一誠が彼女を見る。
「----お前の姉ちゃん、フィルツにはいないぞ」
その顔は、どこか焦っているように感じられた。
アリスには見えないマップ機能。
《ナイアー・ラ・オンライン》において、クエストはNPCから受理する。
時には辺境の地にいる老人や天空都市にいる天使、果ては海底のナニカから受けることもある。
しかし、そうなるとNPCを見つけるのに時間がかかり、期間限定クエストの進行に支障が出てしまう。いくら攻略情報が出回るとはいえ、それでは初心者に優しくないという理由から、ナイラでは『NPC検索機能』が存在する。
つまり、今の一誠は誰がどこにいるのか常にわかる、スーパーストーカーなのだ。
もちろん、本人は全く自覚がないのだが。
だから、見つけられないという事は本来あり得ない、だから一誠は検索範囲を広げる。
範囲を限定していれば、かなり高速かつ高性能な検索ができるため、そのように設定していたのだが、どうもそう上手くは行かないようだ。
その代わりと言っては何だがトマスとその宰相の居場所は突き止めることができた。
どうやら王都の南側、にある衛兵たちの拠点らしき場所にいるーーーこれは、捕まっているのか?それとも、自身の息のかかった者たちにその存在を隠させているのか。もしそうなら、かなり突飛な作戦だがうまくいったのだろう。もちろん、そうだと断定できるわけではないが、彼の宰相はゲームでもたびたびその存在がうかがえたわけだし、あながち間違いでもない気がする。
アリスに聞くと、場所が確認できたうえに一応兵士たちが集まっている場所であれば危険は少ないとの話であったため、とにかく今はマーベル王女の捜索(検索)に力を入れるとしよう。
そうこうするうちに、検索結果が表示された。
しかしーーー
「おいおいおいおいーーーまじかよ」
「ど、どうしたんだ?」
思わず固まる一誠と、その珍しい表情に緊張するアリス。
だが、一誠は何も答えずーーーー代わりにアリスの腕をつかむ。
一誠の思わぬ行動に戸惑うアリスだったが、彼の言葉を聞きその顔が青ざめる。
「----赤い森。マーベルはそこにいる」
「なっ、あーーー赤い森・・・」
「ちょっと急ぐぞ。つかまれ」
「ーーーえ、ちょっと!!----またなの!?」
何度目かわからないお姫様抱っこでアリスを担ぎ上げ、『転移』する。
そして、その先でアリスが目にしたものはーーー
「ーーーって、なんでここなの?『赤い森』じゃないの?」
目の前には見慣れぬーーーいや、王城からたびたび眺めていた風景。
美しいまでの青草の草原、王都の南門のすぐ側に二人はいた。
しかし、目的地はフィルツ王国の領土とアインツ帝国のはざまにある『赤き森』のはずなのだ。
ここからでは早馬を使っても一週間はかかる距離だ。
もちろん、冒険者やならず者でなければ『赤き森』に行くことはないのだが。
では、なぜこんな場所に転移したのか。
そう思っての質問だった。
だがーーー
「いや、『転移』は使えない」
「ーーーえ?」
『転移』は基本的に町と町、国と国で使うものなのだ。
そして、ゲームの世界においては『転移:○○の町』と唱えるため、細かな場所の設定はできない。だが、この世界では町の中であれば好きな場所に転移できることを一誠は発見した。
しかし、それはあくまでも『ゲーム内で転移先に選べた場所のさらに詳しい場所へ転移できる』のであって、町からダンジョンへ転移することは不可能だった。
ーーーそう、今の説明そして『赤き森』などと言ういかにもな名前からわかる通り、そこはダンジョンと呼ばれる魔素の濃ゆい危険区域であった。
だから、一誠もアリスも焦ったわけで、一誠がそこへ一気に転移することが出来なかったわけでもある。
だから、『転移』は制限がある、とだけ説明して納得してもらう。
「ーーーじゃあ、お姉さまは?ここからだとーーー」
じわじわと絶望が忍び寄ってくる。
マーベルを助けられない未来が頭に浮かび、目に浮かぶ。
『死者蘇生は、今後使わない。命は一つ、だから人は人でいられる。俺はそれを覆すつもりはないし、覆すことはできない』
フィナを生き返らせるといった青年の言葉が浮かぶ。
それは、もしこの先同じようなことがあっても死者蘇生は行わないという宣言であり、アリスへの戒めでもあった。
今まではこの『神』の力を最大限に借りてハッピーエンドまっしぐらだったが、それも今回までのようだ。それは本来なら当然の結末でーーーーだけどこの人なら。私の勇者様なら。
間に合わない、そう言いかけた言葉をぐっと飲み込み、自分を抱えている勇者を見上げるアリス。彼は再び何かを確認しているようだった。
その顔は、とても凛々しくて。
ーーーそうだった。
この人は、できないことは言わないし、しない。
私の手をつかんで、私の目を見て、『急ぐぞ』と言った。
この人はそう言った。
それはつまりーーー
「----間に合うのね?」
胸が詰まりそうな気持を抑え、そう尋ねると彼はアリスを見下ろす。
その距離の近さに思わず息をのみーーー
「当たり前だ----」
彼はやっぱり楽しそうに
「----飛ばすぜ」
その瞬間、二人の姿が消えた。
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二人が消え、一分としないうちに、衛兵が駆けてくる。
「な、なんだ今の音は!?ってーーーーえ!?」
何かが破裂したような激しい音に驚き、駆け付けた彼が見たものは、大きくえぐれた地面とーーー草原にできた新しい道だった。
それは、はるか遠くにある『赤き森』まで一直線に続いていたという。




