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私は早速王太子様に手紙を書き、侍女に託しました。
お話するお時間を頂きたい。とだけ書いた手紙を。
返事は直ぐに来ました。週末、王宮のバラ園で。
お兄様にいただいた3日目、丁度良かった事に安堵し、あのバラ園で最後を迎えるのは、相応しいような悲しいような複雑な心地がしました。
週末、私はあのマフィンを焼いて王宮に向かいました。バラ園のアーチの先にある四阿で王太子様は既にお待ちくださいました。
「殿下、お待たせして申し訳ございませんでした」
私が声を掛けると王太子様は何時もと変わりなく微笑んで下さいます。
「キャサリン嬢、学園に居るのになんだか久しぶりだね。今日は改まって話とは?」
「はい、お時間を頂きありがとうございます。
あの、またお菓子を焼いて来ましたの。」
私は形の崩れていないマフィンをテーブルに並べてお茶を入れました。
このバラ園だけは他の侍女もなく、二人で過ごす場所でした。もちろんお茶も私が淹れます。
「うん、旨いな。だが、これを食べるとあの形の悪いマフィンを思い出す。」
「王太子殿下、殿下は学園での噂をご存知でしょうか?」
「噂?」
「…はい。殿下が、マリア・ブラッド男爵令嬢とお付き合いしているとの噂でございます。」
王太子様は僅かに眉をひそめられました。
私は、私の中の勇気を振り絞って続けました。
「私は殿下をお慕いしております。婚約してから2年、殿下の然り気無い優しさに触れ、引かれずにはいられませんでした。
でも、殿下に心ひかれる方が出来たのなら、私達がまだ成人していない今、婚約を解消するのがいいのではと思うのです。殿下の心ひかれる方こそが、殿下の支えになってくださるのですから。」
私は一気に言った。でも視界が滲んでいる。こんなところで涙を流したくはない。
下を向いて涙を我慢して顔を上げます。
「殿下?」
そこには何か複雑な顔をした王太子様がいました。
「何から言うべきか、私は、いや、お前も知っている通り俺は口下手だ。王太子の仮面をかぶっているときだけ、まあ、少しはましに話すことが出来る。」
突然の話に驚きながら、私は王太子様の話を黙って聞きました。
こんなに近くでお話することはもうないのかも知れませんから。
王太子様の声、顔、表情、どれも忘れたくない。
そんな気持ちでした。
私はこの婚約が解消されても、もうしあわせな結婚は出来ないかも知れません。
こんなにも王太子様を慕う気持ちを消し去ることは出来ないでしょう。
結局、婚約が解消されたら修道院に入る事になりそうです。